ニケの宿

水無月

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第三十四話・連行

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 黄色星が口笛を吹く。

『初陣だから緊張してたのよ。でも、我ら同士星影を守ることが出来て満足――あれ?』

 七星がじっとキミカゲを見上げてくる。うーん。可愛いな。玄関に飾りたい。
 そしてキミカゲが星影ではないことに、ようやく気がついたようだ。全員「ぐはっ」と口を開けて固まる。
 キミカゲは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「リーン……リン……あれ?」

 口元に手を添える。リーンの本名が思い出せない。ああー。思い出せ脳みそ。この子たちにはあだ名ではなく本名じゃないと伝わらない気がするのに、出てこない!
 十五秒ほど悩んだが、結局思い出さなかった。

「えっと。これの本来の持ち主がね? お守りにって貸してくれていたんだ。ごめんね? 星影じゃなくて」

 騙していたわけではないが、彼らは星影を守ろうと戦ったのだ。
 硬直していた星たちだったが、怒り出したりはしなかった。

『同士が貴殿を守りたいと思ったのは本当だ。でなければ我らはここにはいない』
『うむ。気にするな。この星の子よ!』

 ちっちゃい星霊の子に子ども扱いされるというのは、何ともおかしな気分だった。

『悪は滅んだ!』
『では、さらば!』
『また会う日まで』

 とうっと飛び上がると、夜宝剣に戻っていく。きゅぴぴんと妙に可愛らしい効果音と共に彼らは宝石に姿を変え、静かに眠りについた。



 夜宝剣を大事そうに握り締め、キミカゲはそっと立ち上がる。
 「護り刀」と聞いていたが、これほどの守護精霊を秘めていたとは。これがバレたら星影はますます狙われる存在になりかねん。
 リーンが光輪をなくすきっかけになった人攫い共に、なぜこれを使わなかったのか気になる。……うんまあ。威力が高すぎて使うのに躊躇してしまったのかもしれない。

(彼にも護衛をつけてあげたいが、オキンは身内事じゃないと動いてくれないしな……)

 ニケの時は、一緒に暮らしているキミカゲに害が及ばないようにと監視の意味も込めて、黒羽織を派遣してくれたのだ。
 どうしたものか。それと、この惨状もどうしたものか。

(うーん……)

 広場が穴ぼこのクレーターになってしまった。雨が降れば「ここ池だったっけ?」となるだろう。
 意味もなく同じ場所をうろうろしていると野次馬だろうか、複数の足音が近づいてきた。

「何事だァ‼ これは」

 到着するなり面倒くさそうな声を上げたのは、治安維持隊の隊長だった。
 許可された者しか手にできない「十手(じって)」で肩を叩き、穴ぼこを眺める。あとから来た治安維持の隊員たちも、この荒れ具合に眉をひそめている。鬼が暴れたのかと思う規模の破壊の跡なので無理もない。
 隊長の糸のように細い目が、おろおろしている不審者を捉えた。十手を突き出し、どかどかと近寄る。

「おい! そこのお前! これは何事だ。説明せ……うわあ」

 振り返った不審者がキミカゲだと知ると一瞬怯んだようにのけ反るも、回れ右はしなかった。
 咳払いし、声の音量を落とす。

「一体、何事ですかな? これは」
「あ、えーっと……」

 変な男ぶつかり、シャインジャーが撃退してくれた一連の流れをさっくりと話す。隊長は終始うさん臭そうな顔をしながらも、最後まで聞いてくれた。

「ははあ。困りますなぁ。こんなことをされては」
「ご、ごめんね?」

 暴れたのは星たちだが、責任は持ち主が負うものだ。それに、この穴ぼこの後処理をするのは維持隊の彼らなのだ。
 きちんと注意をしておかなくてないけない。それが例え面倒くさい相手(キミカゲ)だろうとも。
 十手の先でキミカゲの胸板をつつく。

「どうも前々から貴方の行動は目に余る。背後に竜がおられるからと、調子に乗ってしまいましたか? 貴方自身、特別でもなんでもないのですよ? みな、竜を恐れているだけです」

 どんっと十手で軽く突き飛ばす。

「ううっ」

 胸を押さえ、たたらを踏む。転びはしなかったが見ていた隊員たちがハニワみたいな顔になる。
 見かねた隊員が一人、隊長に駆け寄った。

「隊長! 自殺に俺たちを巻き込まないでください」
「貴様らはその変人とやらを探しておけ」

 部下を押しやり、キミカゲの手元に視線をやる。

「はあ。それが夜宝剣というやつですか……。聞いたことはありますが、実物は初めて見ますな」
「あっ」

 キミカゲの手から夜宝剣を取り上げる。

「危険物のようなので一応、預かっておきましょう。それと今回のことでお話も聞きたいので、署までご同行願えますかな?」

 隊員の一人を指差し、偉そうに怒鳴る。

「おい! 署まで連行しろ」

 そう言うとさっさと行ってしまう。

「あ。待っ」

 置いていかれたキミカゲに、先ほど指名された隊員が近寄ってくる。

「キミカゲ様。お怪我は?」

 隊長がすみません、と言いたげな表情だった。

「ええっと」

 自身の身体を触って確かめる。看板持ったせいの腰痛と尻餅ついた尻が痛むのと掴まれた腕が痛いくらいだろうか。それと爆風で持っていた白衣が飛んでいった(紛失した)くらいだ。

「あの、それより薬を届ける途中だったんだ。その薬も落としちゃって……」
「かしこまりました。薬はこちらで探して、ついでに相手に渡しておきましょう」

 うやうやしく、手を差し出す。

「隊長を怒らせると面倒くさいので、今は素直に従ってください。さあ、参りましょう」
「うん」

 手を握り、よろよろと歩き出す。
 その光景を、誰かが影から見ていた。



 報告を聞いたオンオーシャンマキスデン――通称オキンは目を丸くする。

「――は? 伯父貴が連行された?」

 この街の領主より影響力があり、街民から頼りにされている竜族の雄。五十代前半くらいで、渋いおじさまというよりかは、元気なおじさんといった印象が強い。鬱陶しくなったのか、それとも夏だからか。角刈りもおひげも短く切りそろえられてさっぱりしている。
 珍しくきちんと着物を着こんでいるが、早く風呂に入りたくて仕方がない、といった顔をしていた。
 美しい銀の瞳が天井を移す。

「はあ。居候がいなくなった寂しさで、ついにやらかしたかあのジジイ。で、何人誘拐したんだ? どうせ全員幼子だろう」
「ちげー(違い)ますよ?」

 決めつけるオキンに、跪いたままの混血が首を振る。漆黒の髪が烏の羽のようにバサバサと揺れた。
 人族が滅んだせいで、繰り上げで一位の座についた嫌われ者。忌まわしき魔物との混血児・ベゴールリブラ。
 両親がいないため何の獣人なのかすら分からず、自分が誰なのかもわからずに、世界から石を投げられ続けた。
 色んな魔物が混ざり合った身体を隠すため、少し大きめの黒羽織を身につけている。巨体を引きずっているが、それほど大人というわけではない。
 ベゴールリブラは一部始終を説明する。情報収集を任せているだけあり、キミカゲが維持隊の隊長にしたさっくり説明より事細かだった。
 シャインジャーのくだりでオキンは興味深そうにぐっと身を乗り出したが、あとは興味ないのか白けきっていた。分かりやすいボスである。
 女を抱いて飯を食べて、さっきまで肌がつやつやしていたのに、聞き終えると十歳は老けたように長いため息をつく。

「はぁー~……。伯父貴の名を聞いただけで老化が加速するわ」
「同感ですが、どうします? 引き取りに行きますか?」

 嫌だけど、と顔に書いてあるのは赤髪の女性、レオペポラ。オキンに古くから仕えており、オキン同様キミカゲに振り回されてきたひとりである。
 ここはオキン邸の大広間。だだっ広い部屋に艶のある畳が敷き詰められ、襖には口では言い表せないほど美しい、どこかの風景が描かれている。一説では、オキン母の住む桃源郷だとか。
 一人で食事するなど考えたこともない大家族育ち(ボス)の指示で、食事は皆で一緒に、が決まりなのだ。
 自分の他に今ここにいるのは食後の休憩に談笑している数人の部下と、混血。オキン。そしてフリーたちを送り届け帰ってきたばかりのクリュ。
 労いを込めて、竜が好む早咲きの千里花(金木犀)の花びらを漬けこんだ水を作ってやった。金髪幼子は正座をしつつも嬉しそうにちびちびと舐めている。ペポラはそんな彼に身の守り方を叩き込んでいる師でもあるのだ。キミカゲの名が出たからといって、弟子の前で逃げ出すことは出来ない。
 「食べ終わったらさっさと部屋に引き上げりゃよかった」、と落ち込むペポラに「クリュがいなかったら真っ先に逃げていたな、こいつ」という目を向け、だがオキンは首を振る。

「いや。よい。捨ておけ。あまりワシらが出張るのはよくない」
「……ですね」

 分かっていたというようにペポラは引き下がる。
 竜は強く恐ろしい。しかしオキンは孤児や才能があるがゆえに疎まれた者を、次々に引き取り育てているだけでなく、育成した自分の優秀な部下〈黒羽織〉をあちこちに派遣し、人助け(有料)までしている。
 最強ゆえにナチュラルに他者を見下す言動をたまにするも、その都度キミカゲに叱られているというほほ笑ましい姿をさらし、街に溶け込もうと努力しているのだから、紅葉街の住民が維持隊ではなくオキンを頼りに思ってしまうのも無理なかった。
 これはオキンが竜の中でも特別善良、というのではなく、ただ母の真似をしているだけである。なのだが、街のヒトすべてに寄りかかられようと大木のように支えることが「出来てしまう」。これが問題だった。
 一見良いことに思われるが、これは街の者を堕落させ、領主や治安維持隊のメンツを潰してしまうことに他ならない。
 ここがオキンの領地で、領民全てがオキンの子(養子)なら問題はない。いくらでも導いてくれよう。だが、彼はここに一時期、身を置いているだけに過ぎないのだ。
 ようは「出しゃばりすぎない」。それを心に刻んでいる。
 混血はオキンのものより尖っている耳を、竜のものにも見える指でいじる。

「……では監視をつけておきます。維持隊がキミカゲ様をもしうっかり傷つけようものなら、この街終わりますんで」

 街に配慮はしているが、身内を害されて黙っている竜ではない。ボスの性格を熟知しているベゴールリブラはさっそく部下を呼び寄せ、街の存続のために――ではなく、キミカゲの安否のために部下に指示を出す。紅葉街の維持隊は質があまりよろしくない。単体で見れば優秀なものはいるが、全体で見れば低い。
 オキンはやれやれと首を振る。

「はあ。なぜジジイのためにワシの子分を使わねばならんのだ」
「マザコンだからでしょ」

 ズバッと放ったペポラの言葉に、クリュが水を吹き出し、談笑していた者らがきっちり同時に振り返る。
 ベゴールリブラは「くそっ。逃げ損ねた!」と舌打ちし、呼び寄せられた部下は涙目で混血の大きな背に隠れる。
 凍りつく空気。オキンはじとっと古参の赤髪を睨めつける。

「……愛しいペポラよ。貴様はボスを立てるということが出来んのか? ん?」
「それは冗句ですか? 部下に立たせてもらえなきゃ立てないくせに最強とか名乗ってる腑抜け竜がいるなら、死ねばいいと思います」

 オキンは葉巻吸いたいなぁと現実逃避した。
 彼女に口で勝てたことがない。口げんかで男が女に勝てないことなど、創世の時代からの常識ではあるが、もう少しこう、手心というか。こう。なんというか。
 山ほど言いたいことはあったが、真っすぐにこちらを見つめてくる蛇の目に、オキンは降参するように両手を挙げた。
 彼女はオキンが「最強」だから仕えているのだ。なのに、ボスがぐちぐちと頼りないことを言っていては、ペポラは最悪首を取ろうとオキンに襲い掛かってくる。
 負ける気はしないが、優秀で貴重な女性幹部を失うのは惜しい。

「そうだな。上に立つ者はばしっと決断しなくてはならない。べゴール。任せたぞ」
「御意に」
「は、はぴぃ!」

 ベゴールとその部下は揃って頭を下げた。

(……)

 部屋を出て行く混血を、クリュはじっと見つめていた。
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