ニケの宿

水無月

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第三十三話・夜光戦隊シャインジャー

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 鉱夫かと思うほどに汚れた着物に、汗のにおいがしそうな脂ぎった顔。白髪や抱きしめたくなる幼子を見慣れた眼球が目まいを起こしそうになる。

「ご、ごめんね? ぶつかっちゃって。怪我はない?」

 周囲を確認せずいきなり回れ右をした自分が悪い。尻の痛みに苦笑を浮かべ素直に詫びるが――男は下卑た笑みを広げた。

「おお。こちらこそ悪かったな? 怪我はないか? べっぴんさん」

 差し出される手。「なんていい子なんだ」と感動したキミカゲはその手を握り返す。
 立たせてもらうと、大男に頭を下げる。

「ありがとう。やさしいね」

 男は照れたように頭を掻く。白いふけが舞った。

「いいって。俺ぁ頑丈だかんな。アンタこそ怪我、なさそうでなによりだ」

 そう言うと、キミカゲの肩をがっしりと掴む。

「ここで会ったのも何かの縁だ。そこらの店で一杯やって親ぼくを深めるってのはどうだ? 奢るぜ?」
「え? あ、いや。ごめんね。私は薬を――」
「ん? 酒を飲んだことないのか? 安心しなって。教えてやるぜ。酒の飲み方ってやつをよ。実はさ、数日前まで飼って(監禁して)いた女に逃げられちまってな? せっかく九歳の頃から俺好み女に仕込んでやったっていうのに。がっかりだぜ」
「酒なら……えっ?」

 待って待って待って。この子今、とんでもないこと言った。

「え? なにっ? 何?」

 キミカゲの抵抗も虚しく、首根っこを掴んで引きずられていく。周囲のヒトが「やめとけ。早まるな」と言いたげな顔で足を止めているが、大男は気づかない。
 男は良い笑顔をキミカゲに向ける。

「だから、アンタは俺の愛玩動物二号にしてやるぜ。俺ぁ淑やかなヒトが好みなんだ。今度は逃げられないよう、手足を落として人前に出られない顔にしてやるんだ」

 公衆の面前で何を言っているんだろうか、この男は。そんな「俺は娘の夢を応援してやるんだ」みたいなさわやかさで言っても誤魔化されないぞ。

「ご飯は一日二食。足りないときは……うーん。しゃあねぇ、俺のブツをしゃぶらせてやるよ」
「あ、あの! ちょっと。とりあえず腕を放して」

 鳥肌がすごい。

「本音を言うと幼女から育成するのが楽しいんだが、アンタは特別だぜ?」

 渾身のウインクを披露される。
 「きゃっ、嬉しい」となると思っているのだろうか。駄目だ。完全に会話が成立しない人種だ。誰か、今すぐキャッチ君を連れてきてほしい。変人の相手は変人に任せるのが一番だ。
 そのまま人通りの多い道を外れ、細い路地に入ろうとした。さすがに声を張り上げる。

「だ、誰か。治安維持をっ」
「そんな喜ぶなって」

 笑顔の男が鷲掴むようにキミカゲの口を塞ぐ。

「……ッ……!」

 普段ふんわりしているキミカゲが、久々に「危機感」を覚えた。
 その思いに共鳴するかのように――

 パシンッと弾かれ、男はキミカゲから手を離す。

「え?」

 男が呆けた声をもらす。
 キミカゲの腹のあたりがぼんやりと光っている。なんだこの光はと思い着物の中を覗くと、リーンから預かっていた短剣だった。サラシで巻いて固定していたのだ。落とさないように。

(夜宝剣。……光っている?)

 リーンも狙われている身なのだから返そうとした。だが受け取ってもらえなかったのだ。そういえば最近、少し思いつめたような顔をしていたのが気になる。
 サラシから引き抜くと、鞘にはめ込まれていた星形の宝石が、ぽぽんと飛び出した。それは淡く光りながら、月のようにキミカゲの周囲を旋回する。

「え? こ、これって……」

 ひとつひとつが女性の手のひらサイズほどの、七体の星。
 その全てに点のような目、冗談みたいにつぶらな瞳がある。「彼ら」は地面に着地すると、定位置につき、戦隊もののようなポーズを取った。
 どかーん。

「ひいっ?」
「な、なんだっ?」

 キミカゲと男が狼狽えた声を出す。それもそのはず。キミカゲの背後が爆発したかと思うと、妙にコミカルな曲がどこからともなく流れだしたのだ。
 
 ジャッジャッ、ジャッジャッジャーン! ジャンジャンジャッジャーン。

 首? にかっこいいバンダナを巻いた真ん中にいるリーダーっぽい赤星が、びしっと男を指? で差す。

『我ら、夜光(やこう)戦隊シャインジャー!』

 その斜め後ろの青星がくいっと鼻眼鏡を持ち上げる。

『この宇宙の平和を守るため』

 なにかをずっと食べている橙星が続く。

『持ち主に「だけ」力を貸し。持ち主「だけ」を守――うっ! げほがぼっ』

 口に物がある状態で叫んだせいで、激しく咽ている。黄色の星が駄目な子を見る目で背中? を摩っている。
 キメ台詞は中断されたがめげずに赤星が振り返り、全員が決意を固めたように頷く。
 そして――

『いくぞっ。我らの力と輝きを見せるのだ!』
『おおーっ』

 リーダーに遅れまいと、他の星も大男に飛び掛かる。光の尾が伸び、小さな虹ができる。

『喰らえっ。流星パーンチ』

 ネーミングセンスが……今はそれどころではない。赤星が拳? を握り、男の頬目掛けて突き出す。彼らはどう見てもカラフルなヒトデ。それに殴られたところで「ぽそっ」という音すらしないだろう。あまりに可愛らしい一撃。
 だが――

「ぐっ?」

 赤い星の手? は脂ぎった顔面にめり込むと、簡単に大男を吹き飛ばした。しかしそれで終わりではない。地面をえぐりながらまだ吹き飛んでいる最中の男に、残りの星々が寄ってたかって攻撃を放つ。
 青いヒトデ、じゃなくて、青い星の「降り注ぐ海王の剣」。美しい波模様の剣が、雨霰と降り注ぐ。
 橙と黄色の合体攻撃「木星の聖歌」。圧縮された灼熱のエネルギーが、紅葉街を昼間のように照らし出す。
 紫星の――

「ストップ。ストップ! そこまで!」

 次々に必殺技を出す星たちに、我に返ったおじいちゃんがタンマをかける。

「壊れるっ。紅葉街が壊れる!」

 駆け寄ってくる持ち主の声に、星たちは浮いたまま動きを止めて振り返る。

『ぬ? いかがした?』
『我らの力が弱くて、不安になったか!』
『安心しろ。我らの力はこんなものではない』
『てか、キリが悪いので、宇宙最終深淵奥義『レインボードロップ』まで、使いたいのだが?』

 いやもう、絶対に許可できない。
 彼らひとりひとりの攻撃がとんでもない威力なのだ。奥義とか、GO! と言えるはずもなかった。
 最初の一撃で広場まで吹き飛んでくれたから被害は抑えられているものの、このままでは街ごと消えかねない。

「オーバーキル過ぎるよっ? 彼もう、意識ないし」

 白目を剥き、魂が出そうになっている男に目を向ける星々。
 なんという頑丈さ。キミカゲは死んでいないことに拍手を送りたい気分だった。
 追い付いたキミカゲは両膝に手をついてぜいはあと息をする。

「き、きみたち……精霊、だよね?」
『うむ。いかにも! 我ら』

 彼らは小声で「せーのっ」と息を合わせる。

『宇宙の味方! 夜光戦隊シャインジャー!』
(どかーん)

 ポーズを決める彼らの背後で、七色の爆発が巻き起こる。男はまた吹き飛んだが、まあ生きてはいるだろう。

「……。う、うん。かっこいい、ね?」

 キミカゲは爆風で乱れた髪をそのままに、宝石がすべてなくなった短剣に目を落とす。

「夜光戦隊シャインジャー……。はじめて見た」

 ぱっと見は陸地で立つ七匹のヒトデだが、その正体は上位星霊(せいれい)。
 生物の中で最強が竜なら、精霊で神に手が届くのはこの子たちだろう。
 キミカゲですらお目にかかったことはない激レア精霊ズ。是非フリーに見せたい。彼、こういうの好きだと思う。
 全員の攻撃を見たわけではないが、リーダーの攻撃だけただのパンチなのは気になる。
 キミカゲはしゃがんでなるべく目線を合わせる。

「助けて、くれたんだよね?」

 七つの星は一斉に頷く。

「「「「「「「うむ」」」」」」」
「あの。ありがとうね?」

 汗と爆風で飛んできた砂埃にまみれた笑顔だったが、褒められて嬉しいシャインジャーはぽっと頬を染めた。
 もじもじと喋り出す。

『べ、別に? 我らはただ使命を全うしただけだし?』
『そ、そうそう。この程度で褒められても? 嬉しくなんか……ねぇ』
『てか、我ら子どもだから、笑えるほど威力出なかったべ。でも、七色合体すれば大人の一撃に匹敵する光激を、一度だけ放てるっぺ? 見たい? 見たい?』

 命に代えても阻止させていただく。
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