ニケの宿

水無月

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第二十三話・まだまだ巻き込まれるスミ

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 意識を取り戻したニケが真っ先にしたことは、「盗られた荷物を取り返す」だった。
 光を受けた際に奪われたフリーたちの荷物のことだ。もちろんフリーはそんなものよりニケが大事なので「いやいやいやいや! 休んでなよ。嘘でしょっ?」と引き止めようとしたが、ニケは「においが消える」と家を飛び出した。
 なんなんだこの元気は? ニケが体力ある方なのは知っているけども。起きた直後は辛そうにしていたのに。
 出て行ったふたりにスミはハンカチを振り「もう戻ってくんな~」と笑顔で見送ったが、数分後にまた落雷音がして、フリーたちは当然のように戻ってきた。

「荷物取り返せました~。さっすがニケ」
「ふふんっ」

 「ほら」と、釣った魚を自慢するようにスミに見せる。

「よかったな。じゃあな? 家に入れないからな!」

 壊れそうな勢いで閉まる扉。
 スミの態度に目を点にするニケの横で、フリーが「ううんっ」と喉の調子を整える。

「分かりました! 「あの狼の兄さんのことが忘れられなくて……もう一度会えないかな?」って、スミさんが言ってたってホクトさんに伝えておきますね。住所も」

 扉が開いた。

「悪魔かお前はっ」
「ええ~?」

 フリーの首を絞めているスミと困った笑みのフリーを見て、「僕が寝てる間に仲良くなったんだな」と勘違いしたニケが砂まみれの床に座る。

「!」

 ささくれまくった床でニケが怪我をしてはいけないと、フリーは絡んでくるスミを軽く押す。

「えっ」

 簡単に突き飛ばされ、よろけた己に驚く。押し倒したときの彼とは段違いの力だ。どこに隠していたんだその力? なぜあの時は使わなかったんだ? さっきの落雷音と関係があるのか? ……そんなわけないか。
 ひょいと持ち上げ、ニケを自身の膝に座らせる。小さな手はスミに見えないようにフリーの着物を掴んだ。

「それでニケ。どうやって『操縦士』に打ち勝てたの?」

 家主そっちのけで話し始める白髪に、スミは納得がいかないような顔をするも、気になるのか大人しく木箱に腰掛ける。
 ニケは「んっ?」と顔をしかめる。

「なんだ『操縦士』って」
「ああそうか。えっと――」

 フリーが集めた情報を話す。ニケは腕を組んで黙って最後まで聞いていた。話の最中でフリーの指が頬をつついていたが好きにさせてやる。

「じゃあ、僕は犯罪集団の争いにクソ巻き込まれたってことか」
「そう、なるね」

 たまたまあの道を歩いていただけでこんな目に合うとは。月に一度来ると言うが、なるほどこれが今月の厄日か。
ニケは人生が嫌になったような遠い目をした。

「しかし『操縦士』か……。話を聞くに恐ろしい力だが、僕はどうやって打ち勝ったんだ?」
「「それは俺・自分も知りたい」」

 フリーとスミの声が重なる。

「いや、最後の方までは覚えているんだ。邪魔な幻を消すために――」

 その際、第二の火・「回火」を使えるようになったんだっけ。これは嬉しいが、フリーとふたりきりのときに自慢しよう。スミがいれば心行くまで自慢できない。

「ええっと。酷い幻を見せられて、怖かったのは覚えてる。奴が……あのモヤっぽいもので姿を隠していたのが「操縦士」なら、相対するところまではいったんだ」

 いつの間にかスミは前のめりになって話を聞いている。フリーの手は相変わらず頬をぷいぷいと押していた。

「精神攻撃の類を受けていると自覚したところで」

 フリーの元へ帰ろうとしたんだ。会いたくてたまらなくなったから。

「背を向けて歩き出したら……腕? 肩だったかな? まあ、ええわ。どっか掴まれて覆い被されそうになって」

 真剣な表情でスミがごくっと唾を飲む。
 ニケは顎に指をかけ、きりっと引き締める。

「そっから覚えていない!」

 座った姿勢のまま兎の青年は後ろにひっくり返った。こういうリアクションを取ってくれると、話していて楽しいな。

「あれ? 『操縦士』の攻略法を知ってたとか、そんなんじゃないんだ?」

 軽く頬を引きつらすフリーに頷く。

(なんだろうな? 最後に誰かの声を聞いた気がするんだ)

 菜の花畑にいるような。あたたかい、春の陽射しの声。
 その声が聞けて嬉しいはずなのに、心は泣きそうなほど辛くて。

「そもそもそんな魔九来来(まくらら)、僕は聞いたこともない」
「じゃあ『操縦士』が突然死したか、何らかの方法で心から脱出したか……ってことになるのかな? ララさんはそんな方法はないと、言ってたんだけど~。脱出方法を隠し持っていたとか、かな?」

 犯罪組織代表の名を、知り合いのような気安さで口に出すな。
 木箱から落ちたスミが、木箱の上に戻ってくる。

「いってぇ……。もしそうならまだ『操縦士』は生きていて、ニケは全く悪くないけど、「邪魔しやがって」と報復にくるかも知れないな」

 最悪だ。今すぐその白い子を連れて出て行ってほしい。
 スミの苛立ちに気づかず、フリーは焦って立ち上がる。

「す、すぐに消しに行かなきゃ! またニケが狙われるなんてそんな――」
「落ち着け」

 どうせお前さん、殺せないだろう。
 ニケが座れと言うと、白い子は気味悪いほど素直に従った。

「モヤで姿を隠していたから顔も知らんし、においも分からん。どうやって見つけるんだそんな相手」
「うっ」

 言葉に詰まるフリーに、こそっと耳打ちする。

(だいたい、そのふたつの組織は壊滅させたんだろう?)
(え? いや、壊滅はさせてないよ)

 壊滅寸前までは追い込んだかもしれないが、ニケを救う情報を第一優先して動いたために、トドメは指していない。
 そう言うとニケは小さく舌打ちをした。

(ちっ。そういうのは徹底的に潰しておけよ)
(そういうものなの?)
(こりゃ、宿を見回っている場合じゃないかもな。すぐに紅葉街へ帰った方がいいだろう)

 ヒトの寄生虫のような『操縦士』が潜んでいて、しかも報復の可能性があるとか恐ろしすぎる。なにが恐ろしいって、もし間違ってフリーが操られでもしたら、誰が倒せるんだこやつを。

 ――いや。僕でも倒せるな。

 フリーがめんどくさいのは、強力な魔九来来(まくらら)を使うからだ。外側がフリーでも中身が『操縦士』なら、呼雷針(あの刀)は降りてこない気がする。
 それと、『操縦士』はあれだし許す気もないが、憧れの絵師に会わせてもらえたことは、礼を言いたい気分だった。
 浮世絵師の花札市代。
 祖父が愛した幽霊画。祖父は幽霊画を集めてそれを飾ったお化け屋敷のような、「恐怖宿」を創りたかった様なのだ。
 怖がりな嫁(ニケ祖母)の大反対を受け頓挫したようだったが。
 ニケの怖がりは祖母譲りらしい。そんなニケが、不思議なことに幽霊画に魅了された。どこか――似ていたのだ。花札市代が描く幽霊たちの雰囲気が。記憶におぼろげに残る母の姿に。
 だから、花札市代の幽霊画だけは、怖くなかった。
 彼女が活躍し、生涯を終えたのは祖父がまだ幼い頃。そう。彼女は、彼女たちはもういないのだ。たとえそれが故人、いや幻だったとしても。
 会えるはずのない伝説の絵師に会えたことは――

 どうして『操縦士』がニケを攻撃するのに彼女たちを選んだのかは知らない。きっと標的ではない見知らぬ一般市民の心に入ってしまい、早く出ようと慌てたのだろう。ニケの心の記憶(アルバム)の前半だけを盗み読み、彼女たちのページを見つけた。

(恐らく間違ってはいないはずだ)

 そうでなければ、ニケに一番傷を与えられるフリーが、雑に配置されすぎだ。なので、妙にダメージのないニケに焦り、奴めは姿を見せたのだ。恐らく。きっと。勘だが。
 『操縦士』は使いようによっては、世のためヒトのためになる力だった。

「なにこそこそ話してんの? 半分くらい聞こえてるけどさ」

 スミの大きめの声にふたりは我に返る。

 『操縦士』がとっくに地獄に堕ちたことなど知る由もないニケたちは、紅葉街に帰るか残るかを真剣に考えた。
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