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第十三話・白髪と銀髪
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「おん?」
ニケは、自分を守るように抱いている腕が震えていることに気づく。見上げると、フリーの表情は「怯え」に染まっていた。こんな顔初めて見たかもしれん。しかし何に怯えているのかさっぱりわからない。
珍しい表情をもっとよく見たくて、立ち上がってじっと顔を近づける。
「……あ、あの。ニケさん?」
視界に突如愛らしいふくふくほっぺが映りこみ、怯えの感情がゴルフボールのごとく飛んでいく。横目でファスを見ると彼女も平然としているので、どうやらこの殺気はフリーにのみ向けられているようだ。そんな器用なことが出来るヒトがいるなんて。
先輩の話では綺羅さんも出来たようだ。つまりあの鬼と同等、それ以上の力があると言う事だろうか。気絶したくなった。
びよんびよんとフリーの頬で遊ぶと、ニケはティルアを振り返る。
「気分を害したなら謝ります。僕、というかこやつは、わけあって正体を隠さないといけないんですよ。それで幽鬼族と名乗れと言いつけておいたんです」
ティルアは「ふぅ~ん?」と言って悪そうな顔でほほ笑む。
「その理由は、言えないんやろ?」
「言えませんよ?」
「え? 幽鬼族じゃないん?」
話に追いついたファスがティルアを押しのける。
「ちょ、ハニー?」
「レア種に会えたと思ったのに。確かに幽鬼にしては血色ええし角も無いし妖気も感じないし日の下で平然としとったけど……、まさか幽鬼じゃなかったなんて」
拳をにぎり震える妻の肩を軽めにつつく。
「ハニー。いや絶対気づいとったよな? 幽鬼じゃない証拠ばかり揃ってるやん」
「うんまあ……。薄々このお兄さん、幽鬼じゃないなとは思ったけど。生物は信じたいことしか信じないんや。だから私は悪くない」
「それ、浮世絵師としてどうなん? ――ああーっ」
なんかうるさい王剣を布団の方へ投げ飛ばし、困り顔のフリーの前でしゃがむ。
「すみませんファスさん。俺、出て行くので今日の記憶を消しておいてください」
「いや、構わへん」
三人の視線がファスに集まる。
「あのな……マイハニー?」
強く言えず、困ったような眼差しになるひっくり返ったままの王の剣。
「ティルア、その人の髪見てみ? 白髪やで? 染物やない。天然物や」
嫁以外の森羅万象に興味ないのか、ティルアは「で?」と首を傾げる。
ファスはキャスケットを外す。
「見てみぃ。うちの猫耳。白い毛やろ?」
目がハートになったティルアは口元を両手で隠す。
「はう! なんで美しい白い毛並み……っ。何度見ても国宝。結婚して!」
「したやろお前と。それで髪の毛は銀色や。……これで髪の毛まで白かったら完璧やってんけど、文句はなかったわ。ちやほやされるし褒められるしちやほやされるし」
猫妖精は紺の髪が多く生まれる。ファスの家族もそうだった。
一般的に白髪や銀髪は、この国の最高位神「尖銀白龍神(せんぎんはくりゅうしん)」の眷属の生まれ変わりなのだと。この説が一番信じられている。一般的には。
「では、フリーも生まれ変わりなんですか?」と訊ね、「白髪って突然変異的なものだから、違うかな」という答えが、歩く歴史書(キミカゲ)から帰ってきたので、ニケはこの説を信じていなかった。正確には「信じなくなった」。
おじいちゃんは「そもそも眷属さんまだ生きているし。なのに、生まれ変わりとか、笑えるね」や「あ、でも私の言っていることがすべて正しいってわけじゃないからね? ニケ君? ……聞いてる?」とかなんとか仰っていたが。
地域によっては「幸福の子」とも呼ばれ、ただの農民の子を、王がとんでもない金額で親から買い取ったという話も聞く。
帽子をかぶりながらファスは立ち上がり、何もない天井を指差す。全員がつられて天井を見る。
「幽鬼族より珍しい白髪と会えたんや。これはもう描くしかない!」
ティルアが口をへの字にする。
「ハニ~」
「いつまでひっくり返っとんねん。ところで幽鬼族じゃないお兄さん」
「はい?」
左右の指を絡ませ、ファスは目を泳がせた。
「お姉さんじゃ、ないよね?」
「俺は男です」
滑らかに即答され、墨がにじみまくった古びた机をファスはぶっ叩く。積み上げられている紙が何枚か宙に浮いた。
「くっ! 私は女性の霊を主に描いとるから……。お兄さんがお姉さんやったらもっと言うことなかったのに」
突っ伏している嫁に、「出番だ!」と感じたらしいティルアが無駄にキレのある動きで飛び上がり、すたっと着地する。
背後から腕を回し、キメ顔でファスを抱きしめる。
「任せい任せい。まったく、ハニーはうちを誰やと思っとんねん」
「ヒモ」
「うぶっ……! あの男が姉さんやったらいいんやろ?」
フリーの方へ歩み寄りながら、右手の爪を伸ばす。猫のように。
「!」
「なら、股にぶら下がっとるもんを斬り落としたったらええねん」
フリーは全身の血が足首まで下がった気がした。いや下がった。
「ふぇっ? ふぁ、あの、じょ……冗談、ですよねっ?」
ニケはそろ~っと、膝の上から机の後ろに避難する。
カタカタと震える男に、ティルアは静かにほほ笑む。泣く子をあやすような優しい笑みだった。
「――ハニーはうちのために。うちはハニーのために。これがうちらの正義や」
「走れええええ!」
フリー渾身の叫びがこだました。
「ボクは赤犬族やんな? 目ぇも赤いし」
「そうです。フリーの種族は教えませんよ?」
先回りされ、ファスは下唇を突き出す。
「ボクとお兄さんはどういう関係なん? これは聞いてもええの?」
「フリーは家族兼用心棒兼お布団です」
ちらかした紙を片付けるファスの手が止まる。
「前二つは分かるけど、お布団て何?」
ニケは「座椅子でも良かったなぁ」と思いながら言う。
「そのまんまの意味ですよ」
てきぱきと動いてくれる赤犬の子の背中を無言で見つめた。
束ねた紙をとんとんと机に叩き、端を整える。
「ティルアさんは? どういう立場のおヒトなんですか? 王の剣でもあり、ファスさんのパートナーでもある、みたいな感じなのですか?」
ファスは首を横に振る。
「ううん? あの子は、正確には「元・前王の剣」やねん。身分返上して私と一緒になったんよ。いまやただの一市民や」
赤い瞳を見開く。
「そう、なんですか? よく許可出ましたね?」
引きつった笑みを浮かべ(本人はそのつもりだが表情に変化はない)、ファスは使い慣れた机に頬杖をつく。
「なんかめっちゃ揉めたらしいけどな」
現在、尖龍(せんりゅう)国を治めている、この国のトップは最大鼠(カピバラ)族のキュートベリリット様。その前が猫妖精、つまりティルアの主だった御方である。
新しい風を入れるために、尖龍国は数年に一度、トップを交代する。その方法は選挙だったり殺し合いだったりと様々。国民の人気が高ければ交代せずに続けるというケースもあり、キュートベリリット様はここ数十年、交代していない。そのおかげか尖龍国は治安が良くなったというか平和になったというか、とにかく落ち着いた気がする。
トップ交代は「選挙戦」。立候補者同士が決められたルールの中で争う。
……ちなみに竜や鬼といった強種たちは、参加しない。参加した時点で勝利が確定するが、彼らからすれば「選挙戦」など、箱庭の王を決めるお人形遊びにしか映らないそうだ。そもそも竜など王になろうと思えばいつでも成れるし、鬼は主を求め探すのに忙しい。
ぶちまけたせいで中身が減った包みからコンフェイトを摘まみ、前歯でかじる。
「「打倒! キュートベリリット」とか「返り咲いてみせる」って意気込んでおられたから、ティルアに「寿退社します」とか頭湧いたこと言われて、半狂乱になっておられたで」
「は、はは……」
これ聞いて良い話なのだろうか。
整理整頓を終え、ニケはファスの隣に座る。
「ファスさんは、ティルアさんとの結婚、良かったんですか? 他に好きなヒト、いたのでは?」
「マセガキやな~」
「一個食べる?」と包みを差し出す。ニケは「ありがたく」と言って、白いコンフェイトを貰う。
「ティルアの最悪なところは、私と結婚してから身分返上しやがったところよ。権力で強制やで? はぁーカッス。ほんまもんのカスやであの雌猫。自分のことしか考えとらん」
「……」
ファスは奥歯で砂糖菓子を噛み砕く。
「私、好きな子おってん。近所の、気の良い年下の女の子な? 私によく懐いてくれてて、日が暮れるまで夢中で遊んだわ。いずれこの子と結婚するんやろなって、幼心に思ってたわ」
複雑な顔で、ニケは口の中でコンフェイトを転がす。
「だからティルアの頭上に隕石落ちろって、毎日本気で願ったわ。ここ(藍結)の神使より力が強いって有名な……アキチカって知っとる? その神使に泣きついたで。隕石落としてくれって。まあ、「うち、豊穣神なんで……」って断られたけどな」
――神使殿。お疲れ様です。
「そのあと親身に話聞いてくれた、顔のそっくりな巫女さんたちに愚痴りまくって帰ったわ……くっそう!」
半眼になるニケだが、犬耳はファスの「怒り」以外の感情も聞き取っていた。
「でも今は仲、睦まじいですよね? ファスさんとティルアさん」
包みを握りしめていたファスが硬直する。
やがて怒りはしぼんだのかファスは膝を抱えて座り、顔を隠すようにうつむく。
「……好きになってもうたんやもん。我ながらチョロい女やで」
何があったのかは知らないし、聞くにはもうお腹いっぱいであったが、少なくともファスは「不幸な女」の顔ではなかった。
――それでも。
「あのお兄さんがティルアの顔面に一発、入れてくれることを願っとくわ」
ニケも仕事場の外、空き地へ目を向ける。
そこでは王の剣とフリーの殺し合いが続いていた。
ニケは、自分を守るように抱いている腕が震えていることに気づく。見上げると、フリーの表情は「怯え」に染まっていた。こんな顔初めて見たかもしれん。しかし何に怯えているのかさっぱりわからない。
珍しい表情をもっとよく見たくて、立ち上がってじっと顔を近づける。
「……あ、あの。ニケさん?」
視界に突如愛らしいふくふくほっぺが映りこみ、怯えの感情がゴルフボールのごとく飛んでいく。横目でファスを見ると彼女も平然としているので、どうやらこの殺気はフリーにのみ向けられているようだ。そんな器用なことが出来るヒトがいるなんて。
先輩の話では綺羅さんも出来たようだ。つまりあの鬼と同等、それ以上の力があると言う事だろうか。気絶したくなった。
びよんびよんとフリーの頬で遊ぶと、ニケはティルアを振り返る。
「気分を害したなら謝ります。僕、というかこやつは、わけあって正体を隠さないといけないんですよ。それで幽鬼族と名乗れと言いつけておいたんです」
ティルアは「ふぅ~ん?」と言って悪そうな顔でほほ笑む。
「その理由は、言えないんやろ?」
「言えませんよ?」
「え? 幽鬼族じゃないん?」
話に追いついたファスがティルアを押しのける。
「ちょ、ハニー?」
「レア種に会えたと思ったのに。確かに幽鬼にしては血色ええし角も無いし妖気も感じないし日の下で平然としとったけど……、まさか幽鬼じゃなかったなんて」
拳をにぎり震える妻の肩を軽めにつつく。
「ハニー。いや絶対気づいとったよな? 幽鬼じゃない証拠ばかり揃ってるやん」
「うんまあ……。薄々このお兄さん、幽鬼じゃないなとは思ったけど。生物は信じたいことしか信じないんや。だから私は悪くない」
「それ、浮世絵師としてどうなん? ――ああーっ」
なんかうるさい王剣を布団の方へ投げ飛ばし、困り顔のフリーの前でしゃがむ。
「すみませんファスさん。俺、出て行くので今日の記憶を消しておいてください」
「いや、構わへん」
三人の視線がファスに集まる。
「あのな……マイハニー?」
強く言えず、困ったような眼差しになるひっくり返ったままの王の剣。
「ティルア、その人の髪見てみ? 白髪やで? 染物やない。天然物や」
嫁以外の森羅万象に興味ないのか、ティルアは「で?」と首を傾げる。
ファスはキャスケットを外す。
「見てみぃ。うちの猫耳。白い毛やろ?」
目がハートになったティルアは口元を両手で隠す。
「はう! なんで美しい白い毛並み……っ。何度見ても国宝。結婚して!」
「したやろお前と。それで髪の毛は銀色や。……これで髪の毛まで白かったら完璧やってんけど、文句はなかったわ。ちやほやされるし褒められるしちやほやされるし」
猫妖精は紺の髪が多く生まれる。ファスの家族もそうだった。
一般的に白髪や銀髪は、この国の最高位神「尖銀白龍神(せんぎんはくりゅうしん)」の眷属の生まれ変わりなのだと。この説が一番信じられている。一般的には。
「では、フリーも生まれ変わりなんですか?」と訊ね、「白髪って突然変異的なものだから、違うかな」という答えが、歩く歴史書(キミカゲ)から帰ってきたので、ニケはこの説を信じていなかった。正確には「信じなくなった」。
おじいちゃんは「そもそも眷属さんまだ生きているし。なのに、生まれ変わりとか、笑えるね」や「あ、でも私の言っていることがすべて正しいってわけじゃないからね? ニケ君? ……聞いてる?」とかなんとか仰っていたが。
地域によっては「幸福の子」とも呼ばれ、ただの農民の子を、王がとんでもない金額で親から買い取ったという話も聞く。
帽子をかぶりながらファスは立ち上がり、何もない天井を指差す。全員がつられて天井を見る。
「幽鬼族より珍しい白髪と会えたんや。これはもう描くしかない!」
ティルアが口をへの字にする。
「ハニ~」
「いつまでひっくり返っとんねん。ところで幽鬼族じゃないお兄さん」
「はい?」
左右の指を絡ませ、ファスは目を泳がせた。
「お姉さんじゃ、ないよね?」
「俺は男です」
滑らかに即答され、墨がにじみまくった古びた机をファスはぶっ叩く。積み上げられている紙が何枚か宙に浮いた。
「くっ! 私は女性の霊を主に描いとるから……。お兄さんがお姉さんやったらもっと言うことなかったのに」
突っ伏している嫁に、「出番だ!」と感じたらしいティルアが無駄にキレのある動きで飛び上がり、すたっと着地する。
背後から腕を回し、キメ顔でファスを抱きしめる。
「任せい任せい。まったく、ハニーはうちを誰やと思っとんねん」
「ヒモ」
「うぶっ……! あの男が姉さんやったらいいんやろ?」
フリーの方へ歩み寄りながら、右手の爪を伸ばす。猫のように。
「!」
「なら、股にぶら下がっとるもんを斬り落としたったらええねん」
フリーは全身の血が足首まで下がった気がした。いや下がった。
「ふぇっ? ふぁ、あの、じょ……冗談、ですよねっ?」
ニケはそろ~っと、膝の上から机の後ろに避難する。
カタカタと震える男に、ティルアは静かにほほ笑む。泣く子をあやすような優しい笑みだった。
「――ハニーはうちのために。うちはハニーのために。これがうちらの正義や」
「走れええええ!」
フリー渾身の叫びがこだました。
「ボクは赤犬族やんな? 目ぇも赤いし」
「そうです。フリーの種族は教えませんよ?」
先回りされ、ファスは下唇を突き出す。
「ボクとお兄さんはどういう関係なん? これは聞いてもええの?」
「フリーは家族兼用心棒兼お布団です」
ちらかした紙を片付けるファスの手が止まる。
「前二つは分かるけど、お布団て何?」
ニケは「座椅子でも良かったなぁ」と思いながら言う。
「そのまんまの意味ですよ」
てきぱきと動いてくれる赤犬の子の背中を無言で見つめた。
束ねた紙をとんとんと机に叩き、端を整える。
「ティルアさんは? どういう立場のおヒトなんですか? 王の剣でもあり、ファスさんのパートナーでもある、みたいな感じなのですか?」
ファスは首を横に振る。
「ううん? あの子は、正確には「元・前王の剣」やねん。身分返上して私と一緒になったんよ。いまやただの一市民や」
赤い瞳を見開く。
「そう、なんですか? よく許可出ましたね?」
引きつった笑みを浮かべ(本人はそのつもりだが表情に変化はない)、ファスは使い慣れた机に頬杖をつく。
「なんかめっちゃ揉めたらしいけどな」
現在、尖龍(せんりゅう)国を治めている、この国のトップは最大鼠(カピバラ)族のキュートベリリット様。その前が猫妖精、つまりティルアの主だった御方である。
新しい風を入れるために、尖龍国は数年に一度、トップを交代する。その方法は選挙だったり殺し合いだったりと様々。国民の人気が高ければ交代せずに続けるというケースもあり、キュートベリリット様はここ数十年、交代していない。そのおかげか尖龍国は治安が良くなったというか平和になったというか、とにかく落ち着いた気がする。
トップ交代は「選挙戦」。立候補者同士が決められたルールの中で争う。
……ちなみに竜や鬼といった強種たちは、参加しない。参加した時点で勝利が確定するが、彼らからすれば「選挙戦」など、箱庭の王を決めるお人形遊びにしか映らないそうだ。そもそも竜など王になろうと思えばいつでも成れるし、鬼は主を求め探すのに忙しい。
ぶちまけたせいで中身が減った包みからコンフェイトを摘まみ、前歯でかじる。
「「打倒! キュートベリリット」とか「返り咲いてみせる」って意気込んでおられたから、ティルアに「寿退社します」とか頭湧いたこと言われて、半狂乱になっておられたで」
「は、はは……」
これ聞いて良い話なのだろうか。
整理整頓を終え、ニケはファスの隣に座る。
「ファスさんは、ティルアさんとの結婚、良かったんですか? 他に好きなヒト、いたのでは?」
「マセガキやな~」
「一個食べる?」と包みを差し出す。ニケは「ありがたく」と言って、白いコンフェイトを貰う。
「ティルアの最悪なところは、私と結婚してから身分返上しやがったところよ。権力で強制やで? はぁーカッス。ほんまもんのカスやであの雌猫。自分のことしか考えとらん」
「……」
ファスは奥歯で砂糖菓子を噛み砕く。
「私、好きな子おってん。近所の、気の良い年下の女の子な? 私によく懐いてくれてて、日が暮れるまで夢中で遊んだわ。いずれこの子と結婚するんやろなって、幼心に思ってたわ」
複雑な顔で、ニケは口の中でコンフェイトを転がす。
「だからティルアの頭上に隕石落ちろって、毎日本気で願ったわ。ここ(藍結)の神使より力が強いって有名な……アキチカって知っとる? その神使に泣きついたで。隕石落としてくれって。まあ、「うち、豊穣神なんで……」って断られたけどな」
――神使殿。お疲れ様です。
「そのあと親身に話聞いてくれた、顔のそっくりな巫女さんたちに愚痴りまくって帰ったわ……くっそう!」
半眼になるニケだが、犬耳はファスの「怒り」以外の感情も聞き取っていた。
「でも今は仲、睦まじいですよね? ファスさんとティルアさん」
包みを握りしめていたファスが硬直する。
やがて怒りはしぼんだのかファスは膝を抱えて座り、顔を隠すようにうつむく。
「……好きになってもうたんやもん。我ながらチョロい女やで」
何があったのかは知らないし、聞くにはもうお腹いっぱいであったが、少なくともファスは「不幸な女」の顔ではなかった。
――それでも。
「あのお兄さんがティルアの顔面に一発、入れてくれることを願っとくわ」
ニケも仕事場の外、空き地へ目を向ける。
そこでは王の剣とフリーの殺し合いが続いていた。
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