103 / 260
第四十五話・縄
しおりを挟む
涙ぐんで咳き込むフリーの身体のどこかを適当に撫でてやりつつ、残りのお菓子を口に放り込む。
「ううん。美味しい……。山に籠っていた頃はこんなにたくさんのお菓子、食べられなかったからな。街には美味しいものがたくさんあるなぁ」
ふたつのものをしみじみ噛みしめていると、フリーがお菓子の詰まっている頬をつんつんしてきた。顔を見るとちょっと怒っているようで、目に涙を溜めて頬を膨らませている。
「胃の中身が逆流するかと思ったんですけど。それと俺はお菓子よりニケのご飯の方が美味しいと思うよ。えへへ」
怒りが長続きしないのか、もうだらしない笑みを浮かべている。
「回復したんか? それなら出発するぞ」
「ええっと。もうちょい……」
つんつん。
「はあはあ。やわらかいのにハリがある。はあはあ。へっへっへっへっへっ」
幸せそうな顔である。
「……」
暇になったニケは頬をついてくる指を見つめ、何を思ったのかはむっと口に銜えた。
「え?」
そのままちゅうちゅうと吸いつく。
ホクトミナミという第三者がいなくなった今、甘えたいというリミッターが外れてしまったようである。歯を立てるわけでもなくただ唇で挟み、飲み込む勢いでフリーの手を口内にあぐあぐと入れていく。口内に詰め込める限界を見極めているかのようである。
(に、ニケの! ニケの口の中に、指が? 指がっ。指があっ?)
しかし、そんな犯罪的に可愛いことをされ、変態の心臓が持つはずもない。
――唇やわらか、あ、あ、口の中あったかいあああああああ。
「はあああああっ」
謎の雄々しい掛け声と共にフリーは心臓を押さえ、激しく痙攣した。その後、数十分ほどまた動かなくなったが、ニケは手を舐めるのに夢中だった。
「なんか疲れた……」
幸せが一周して逆にくたびれた様子で、凍光山(とうこうざん)を進む。とっくに夏エリアを離れ、雪が舞い散る中を歩いている。昼前とは思えないほど暗く、風の音しかしない。
「白目剥いていたからびっくりしたじゃないか。なに死んでんだお前さん」
「いやあの、抱えきれない幸せが襲ってきて」
そうこうしていると、またもや看板が吊り下げられていた。『この先、魔獣たちの住処。立ち入り禁止』。つまりここが標高(やっと)二百メートル。魔獣たちとの境目である。
ニケは目をスッと細め、声を小さくする。
「ここから上は本当に危険だ。これより登ると死ぬから、上昇しないよう意識して歩け。道が一本しかなくてもそれが上りの坂道なら引き返す。それを心に刻め。返事は?」
「イエッサー」
「……」
大真面目に敬礼をかます白髪に、ニケはあきれ顔で頭部を掻く。
本当に分かっとるんだろうか?
「んなぁ? お前さん大丈夫か? 今は索敵のプロ(ホクト)もいないんだぞ?」
「?」
首を傾げると、フリーは目線が合うようにしゃがむ。
「どうした? 分かってるよ?」
賑やかだった分、静寂が身に染みる。
「……いや。どうやら不安になっていたのは僕だったようだ。四人から二人に人数も減ったしな。しばらく山を離れ安全な街で暮らしていたから、すっかり日和ってしまったようだ」
ははっと自嘲気味に笑うニケの頬を、両手で包み込むように挟む。
「危険地帯を歩くんだから当然だし、慣れているより怖がっている方が良いと思うよ? ほら、臆病な生き物の方が生存率高いって言うしさ」
こちらを安心させるように頷くフリーに、父の笑顔が重なる。墓参りをしたおかげだろうか。ぼやけていた父の姿が鮮明に思い出せた。頬から離れていくフリーの手を名残惜しそうに見つめる。
「……そう、だな」
ニケはぱんぱんと頬を叩き、気合を入れる。
「では、僕がお前さんを拾った場所まで行くぞ。はぐれずについてこい」
「任せて! はぐれても世界のどこにいても、ニケのことは見つけられるよ!」
本当に見つけだしそうで怖い。
ニケは鞄から縄(ソリの予備)を取り出すと、自身の腹に巻きつける。
「お前さんも縄で括れ」
「? 俺とニケを縄で繋ぐってこと? そんなことしなくても赤い糸で結ばれていると思うよ?」
殴ろうかと真剣に考えた。
「突っ込まんぞ。いいからこっちの端で結べボケェ。こうしておけばはぐれないし、どっちかが崖から落ちても片方が踏ん張れば……お前さんが踏ん張れるわけなかったな。すまん」
縄を解こうとするニケに慌てる。
「待って! 謝られると辛い。踏ん張るから! 魔九来来(まくらら)使ってでも、杖と呼雷針(こらいしん)へし折ってでもニケが落ちそうになったら助けるから。絶対に!」
「……」
フリーの中ではニケ〉自分〉〉〉呼雷針なのだろうか。あの刀には随分世話になっていると思うが優先順位は低いらしい。
フリーがしっかり縄を結ぶのを見届け、ニケは歩き出す。ニケとフリーの間に伸びる縄は二メートル弱。この距離を保って山道をかき分ける。
「はあはあ。ここに来るまでの道のりより険しい。ニケはこんなところで何をしていたの?」
貼り出た木の根を懸命に跨いで超える。
数分もしないうちに後ろから荒い息遣いが聞こえ、ニケは若干速度を緩めた。
「木の実の群生地があるんだ」
紫色の木の実で、シキブという。乾燥させて蜂蜜酒に三年漬け込むと「凍蜜酒(とうみつしゅ)」という高級酒に進化する。このお酒はじいちゃんが好きだったな。決まった場所でしか育たないから、これがまた良い収入源だったのだ。
シキブの種は猛毒で、二粒も食べると死に至るので取扱注意ではあるが。
有名なお酒だが当然フリーは知らないだろう。ニケは人差し指を立て、得々と説明しようとした。
「その木の実は――」
「シキブって木の実? 乾燥させるやつ」
ニケは口を開けたまま固まった。
――フリーが物を知っている……だと?
死体を見つけたような顔で震えるニケに、フリーはなんかやっちゃったかなと不安になった。
「ニケ?」
「お……お前さんが物に詳しいなんておかしい! さては、偽物だな! 誰だお前さんは! 本物の白髪をどこにやった?」
「嘘でしょ? ずっと一緒にいたのに? いつ偽物とすり替わったの俺」
「それもそうだな」
すんと冷静になったニケが再び歩き出す。ニケの感情タワーオブ〇ラーについていけず、フリーは縄がピンと張るまで放心した。
「ううん。美味しい……。山に籠っていた頃はこんなにたくさんのお菓子、食べられなかったからな。街には美味しいものがたくさんあるなぁ」
ふたつのものをしみじみ噛みしめていると、フリーがお菓子の詰まっている頬をつんつんしてきた。顔を見るとちょっと怒っているようで、目に涙を溜めて頬を膨らませている。
「胃の中身が逆流するかと思ったんですけど。それと俺はお菓子よりニケのご飯の方が美味しいと思うよ。えへへ」
怒りが長続きしないのか、もうだらしない笑みを浮かべている。
「回復したんか? それなら出発するぞ」
「ええっと。もうちょい……」
つんつん。
「はあはあ。やわらかいのにハリがある。はあはあ。へっへっへっへっへっ」
幸せそうな顔である。
「……」
暇になったニケは頬をついてくる指を見つめ、何を思ったのかはむっと口に銜えた。
「え?」
そのままちゅうちゅうと吸いつく。
ホクトミナミという第三者がいなくなった今、甘えたいというリミッターが外れてしまったようである。歯を立てるわけでもなくただ唇で挟み、飲み込む勢いでフリーの手を口内にあぐあぐと入れていく。口内に詰め込める限界を見極めているかのようである。
(に、ニケの! ニケの口の中に、指が? 指がっ。指があっ?)
しかし、そんな犯罪的に可愛いことをされ、変態の心臓が持つはずもない。
――唇やわらか、あ、あ、口の中あったかいあああああああ。
「はあああああっ」
謎の雄々しい掛け声と共にフリーは心臓を押さえ、激しく痙攣した。その後、数十分ほどまた動かなくなったが、ニケは手を舐めるのに夢中だった。
「なんか疲れた……」
幸せが一周して逆にくたびれた様子で、凍光山(とうこうざん)を進む。とっくに夏エリアを離れ、雪が舞い散る中を歩いている。昼前とは思えないほど暗く、風の音しかしない。
「白目剥いていたからびっくりしたじゃないか。なに死んでんだお前さん」
「いやあの、抱えきれない幸せが襲ってきて」
そうこうしていると、またもや看板が吊り下げられていた。『この先、魔獣たちの住処。立ち入り禁止』。つまりここが標高(やっと)二百メートル。魔獣たちとの境目である。
ニケは目をスッと細め、声を小さくする。
「ここから上は本当に危険だ。これより登ると死ぬから、上昇しないよう意識して歩け。道が一本しかなくてもそれが上りの坂道なら引き返す。それを心に刻め。返事は?」
「イエッサー」
「……」
大真面目に敬礼をかます白髪に、ニケはあきれ顔で頭部を掻く。
本当に分かっとるんだろうか?
「んなぁ? お前さん大丈夫か? 今は索敵のプロ(ホクト)もいないんだぞ?」
「?」
首を傾げると、フリーは目線が合うようにしゃがむ。
「どうした? 分かってるよ?」
賑やかだった分、静寂が身に染みる。
「……いや。どうやら不安になっていたのは僕だったようだ。四人から二人に人数も減ったしな。しばらく山を離れ安全な街で暮らしていたから、すっかり日和ってしまったようだ」
ははっと自嘲気味に笑うニケの頬を、両手で包み込むように挟む。
「危険地帯を歩くんだから当然だし、慣れているより怖がっている方が良いと思うよ? ほら、臆病な生き物の方が生存率高いって言うしさ」
こちらを安心させるように頷くフリーに、父の笑顔が重なる。墓参りをしたおかげだろうか。ぼやけていた父の姿が鮮明に思い出せた。頬から離れていくフリーの手を名残惜しそうに見つめる。
「……そう、だな」
ニケはぱんぱんと頬を叩き、気合を入れる。
「では、僕がお前さんを拾った場所まで行くぞ。はぐれずについてこい」
「任せて! はぐれても世界のどこにいても、ニケのことは見つけられるよ!」
本当に見つけだしそうで怖い。
ニケは鞄から縄(ソリの予備)を取り出すと、自身の腹に巻きつける。
「お前さんも縄で括れ」
「? 俺とニケを縄で繋ぐってこと? そんなことしなくても赤い糸で結ばれていると思うよ?」
殴ろうかと真剣に考えた。
「突っ込まんぞ。いいからこっちの端で結べボケェ。こうしておけばはぐれないし、どっちかが崖から落ちても片方が踏ん張れば……お前さんが踏ん張れるわけなかったな。すまん」
縄を解こうとするニケに慌てる。
「待って! 謝られると辛い。踏ん張るから! 魔九来来(まくらら)使ってでも、杖と呼雷針(こらいしん)へし折ってでもニケが落ちそうになったら助けるから。絶対に!」
「……」
フリーの中ではニケ〉自分〉〉〉呼雷針なのだろうか。あの刀には随分世話になっていると思うが優先順位は低いらしい。
フリーがしっかり縄を結ぶのを見届け、ニケは歩き出す。ニケとフリーの間に伸びる縄は二メートル弱。この距離を保って山道をかき分ける。
「はあはあ。ここに来るまでの道のりより険しい。ニケはこんなところで何をしていたの?」
貼り出た木の根を懸命に跨いで超える。
数分もしないうちに後ろから荒い息遣いが聞こえ、ニケは若干速度を緩めた。
「木の実の群生地があるんだ」
紫色の木の実で、シキブという。乾燥させて蜂蜜酒に三年漬け込むと「凍蜜酒(とうみつしゅ)」という高級酒に進化する。このお酒はじいちゃんが好きだったな。決まった場所でしか育たないから、これがまた良い収入源だったのだ。
シキブの種は猛毒で、二粒も食べると死に至るので取扱注意ではあるが。
有名なお酒だが当然フリーは知らないだろう。ニケは人差し指を立て、得々と説明しようとした。
「その木の実は――」
「シキブって木の実? 乾燥させるやつ」
ニケは口を開けたまま固まった。
――フリーが物を知っている……だと?
死体を見つけたような顔で震えるニケに、フリーはなんかやっちゃったかなと不安になった。
「ニケ?」
「お……お前さんが物に詳しいなんておかしい! さては、偽物だな! 誰だお前さんは! 本物の白髪をどこにやった?」
「嘘でしょ? ずっと一緒にいたのに? いつ偽物とすり替わったの俺」
「それもそうだな」
すんと冷静になったニケが再び歩き出す。ニケの感情タワーオブ〇ラーについていけず、フリーは縄がピンと張るまで放心した。
8
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる