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第二十六話・それぞれの欠片
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「これは……」
熊手を放して手のひらで砂を撫でるように掘っていくと、きらりと光る青い輝きがあった。
「!」
指を突っ込んで砂の中から引き上げる。思ったより大きいそれはニケの手のひらほどもあり、海の色を映していた。
青い欠片、である。
「お、おお。見つけられるとは思わなんだ」
大きい。他の欠片の倍はあるし、ずっしりと重量もある。海に向かって水切り石のように投げればさぞ水面を元気よく跳ねるだろう。いや、そんな勿体ない真似はしないが。
胸元でぎゅっと抱きしめると、フリーを探そうと立ち上がる。真っ先に見せてやろうと思ったのだ。あやつのことだから見たらはしゃぐに違いない。こら、大声をあげて喜ぶな。周囲に聞かれるだろう。しょうがないなぁ~まったく。
妄想だけでふりふりと尻尾が揺れる。
ヒトは多いし磯の香りが強い。だがフリーのにおいは覚えている。鼻を動かしていると、麦わら帽子を被った後ろ姿を見つけた。ピンと黒耳が嬉しそうに立つ。
もう片方の手でバケツを持って、ぱたたと走り寄る。
「ん?」
足音が聞こえた。走っているヒトならたくさんいるが、謎の力でニケの足音だけ聞き分けたのだろう。木陰で五分休憩をして、砂浜に戻ってきたばかりのフリーが目を向けてくる。見開かれた眼がちょっと怖かったが、ニケはフリーの隣にケツを下ろした。
「どうしたの? ニケ。俺に会いに来てくれたの?」
嬉しそうに微笑まれ、思わず大仰にそうだと頷きかけた。我に返り、慌てて違う違うと首を振る。
「そうじゃない。これを見ろ!」
ずいっと突き出されたそれにぶつかりかけ、フリーはわずかに顔をのけ反らせる。
ニケの手のひらにある青い欠片。
フリーはえっと声をあげる。
「それって――」
ニケはにっと笑ってみせた。
「そう。青色だ」
「本当だ! すごいじゃんか、ニケ」
きらきら輝く金緑の目が自分を映す。これだよこれと言いたげに、ニケはフフンと胸を張る。
「ま、僕の手にかかればこのくらい、楽勝だな」
見つけたのは全くの偶然だが、顎に手を添え、なんとなくカッコつけてみる。ぱちぱちと賞賛の拍手が送られ、ニケの頬が桃色に染まる。
「先輩にも知らせないと!」
興奮気味のフリーがリーンを探す。もうちょっと構ってほしかったニケは不服そうに頬を膨らませた。
それに勘で気づいたフリーが顔を覗き込む。
「ニケ? なに可愛いことしているの? そういうのは、俺がしっかり見ている時にしてよ。見逃すところだったじゃんか」
「ふん。見逃す方が間抜けなのだ」
それが嫌ならずっと見ていればいいだろう? と言いかけたが、それを言ってしまうとフリーは本当にニケから視線を放さなくなる気がしたので、そっと口を閉ざす。
砂の付いた指が、頬をついてくる。
「えへへ。今日も世界一可愛いね」
ぽにぽに。
汗の滲む頬はしっとりと指が吸い付くようでいて、ぽよんとはじき返してくる弾力もある。一度でも触れてしまうとやめられないとまらない。もにもにと頬に夢中になっていると、背後から麦わら帽をコツンと叩かれた。まったく痛くない。
「おーーい。時間ねぇぞ? それとも飽きまったか?」
確かめるまでもなくリーンだった。ほとんどが星空柄になった羽織で汗を拭いながら、フリーたちを見下ろしている。
青い欠片を見せたくなったので先輩に手招きし、しゃがんでもらう。
「先輩、先輩」
「なによ?」
目線が揃うと、ふわりと不思議な香りが鼻腔をくすぐった。リーンの汗のにおいだろうか。むむ。なんの香りだったか。嗅いだことのある香りなのだが、喉のあたりで引っかかっているようで名前が出てこない。
ニケも気になったのか、ふたりして鼻先をリーンに近づける。
クンクン。
「……おい。そんな堂々とにおいをかぐ奴があるか」
暑苦しいとばかりに両手を伸ばし、二人の顔を遠ざける。ニケは押された鼻先を手で押さえ、フリーは背中から転んだ。麦わら帽子が外れる。
「失礼しました。リーンさん、なんだか不思議な香りがするので」
「えっ! どういうこと? そんな、やばい? におう? 俺様としたことが……。いつも花の香りに包まれているから油断してたぜ」
二の腕や手の甲といった鼻に近づけられる部位で、急いで自分の体臭を確認している。
「いえ。臭くはないのですよ。ただなんのにおいに近かったかなーと」
「ななな、なんのにおいだよ!」
炎天下に放置された生ごみのにおいとか言われたら、立ち直れない。
「うーん……。んー?」
「ちょ、早く思い出して!」
のんびり唸っている小さな肩を掴んで軽く揺さぶる。が、ニケの身体はビクともしなかった。身体はぷにぷにでやわらかいのに、岩でも押そうとしているようである。なんだこの体幹は。イヌ科族は総じてこんな感じなのだろうか。友人の少ないリーンでは判別がつかなかった。帰ったらキミカゲに訊いてみよう。いや、その前にホクトを揺さぶった方が早いだろうか。
そんな風にまじまじと見つめていると、ニケの頬に砂がついているのが見えた。指で払ってやる。
「あ、ありがとうございます。リーンさん」
「うおお……。めっちゃやわらかいな、おい。フリーが夢中になるのもわかるぜ」
感動を覚えた顔で、つんつんしてくる。見知らぬヒトなら投げ飛ばしているが、リーンならギリ許せる範囲だ。別に褒められたのが嬉しかったわけではない。
そこでニケはハッと思い出す。
「あ、そうだあれだ。どこで嗅いだのかと思ったら、翁が摘んでこられた薬草のにおいだ」
風で転がっていく麦わら帽子を追いかけている人物を目で追いつつ、ぽんと手を叩く。
「薬草? でもキミカゲ様の職場、すげえにおいすんじゃん。薬のにおいってやつ? 俺そんなに体臭きついの?」
帽子をキャッチした際にすっ転んだ人物を見ながら、リーンは愕然と口を開ける。
「だから、臭いわけじゃありませんって。ユメミソウの香りと似ているんですよ」
別名「月の涙」。満月の夜にのみ咲く薬草の一種で、半透明の花びらを持つ。濁った白色をしているが、月にかざすと夢見る乙女の涙のように煌めく。
リーンはホッとした顔を見せた。
「あー。月花ね。あれか。確かにあの花は故郷にたくさん咲いてるわ」
「げっか?」
「俺ら(星影)はユメミソウのことをそう呼ぶの。あーあー。思い出した。前にドールさんにも指摘されたことあるわ」
その時のことを思い出しているのか幸せそうな表情である。
バタバタと走りながら、やっとフリーは戻ってきた。
「もおお。ふたりとも見てないで助けに来てよぉ~。見てたよね? 目が合ったよね? なんで来てくれないのさ」
そうか助けてほしいのか。ニケが手のひらを上にして片手を出す。
「金」
「有料なのっ⁉」
おずおずとフリーが重そうにバケツを差し出す。本日の成果で払おうという魂胆だろう。もちろん冗談で言っただけで金銭を要求するつもりはない。フリーが助けを求めていたら、ニケは我先にと助けに行くはずだ。でも一応中を覗くと……赤い欠片一色だった。
「「!」」
目を丸くするニケとリーン。
「え? たくさんあるけど、赤……だよな? え? 全部赤? なにしてんだっ⁉」
「お前さん、緑や紫を狙えと言わなかったか?」
あれ? 言わなかったっけ? と狼狽えるふたりにフリーはにっこりと笑ってみせる。
「えへへ~。いいでしょ? ニケの瞳の色がいっぱい。嬉しいな~」
その一つを摘まんで日光に透かしている姿に、ニケとリーンは絶句する。
しばらく言葉が見つからなかった。やっと声を絞り出せたのは一分後だった。
「ま、まあ。フリーは遊んでていいって、言ってあったしな」
無意識に牛耳の先をいじる。
――なんか、うらやましいな。「損得」じゃなくて、子どもみたいに「好き嫌い」で行動できるの。
子どもは形が良いやきれいというだけで、ドングリや変わった形の石、木の葉などを持ち帰り、空き箱などに仕舞っておく。それは紛れもなく宝物で、価値のあるものなのだ。
いつからだろう。その宝物に見向きもしなくなったのは。
赤一色のバケツに嘲笑を浮かべ去って行く通行人たち。それらを気にせず、赤い欠片を掲げているフリーが眩しくてしょうがなかった。
……なんてことを思っているが、リーンもまだまだがっつり少年の域である。潜った修羅場のせいで、精神が同年代の星影より大人びているだけで。
「まったく。お前さんときたら……」
ニケは深いため息をつき、額を押さえる。
……落ち込んでいるふりをしているのだろうが、尻尾が揺れていますよ。という余計な言葉を、リーンは言わないでおいてあげた。
熊手を放して手のひらで砂を撫でるように掘っていくと、きらりと光る青い輝きがあった。
「!」
指を突っ込んで砂の中から引き上げる。思ったより大きいそれはニケの手のひらほどもあり、海の色を映していた。
青い欠片、である。
「お、おお。見つけられるとは思わなんだ」
大きい。他の欠片の倍はあるし、ずっしりと重量もある。海に向かって水切り石のように投げればさぞ水面を元気よく跳ねるだろう。いや、そんな勿体ない真似はしないが。
胸元でぎゅっと抱きしめると、フリーを探そうと立ち上がる。真っ先に見せてやろうと思ったのだ。あやつのことだから見たらはしゃぐに違いない。こら、大声をあげて喜ぶな。周囲に聞かれるだろう。しょうがないなぁ~まったく。
妄想だけでふりふりと尻尾が揺れる。
ヒトは多いし磯の香りが強い。だがフリーのにおいは覚えている。鼻を動かしていると、麦わら帽子を被った後ろ姿を見つけた。ピンと黒耳が嬉しそうに立つ。
もう片方の手でバケツを持って、ぱたたと走り寄る。
「ん?」
足音が聞こえた。走っているヒトならたくさんいるが、謎の力でニケの足音だけ聞き分けたのだろう。木陰で五分休憩をして、砂浜に戻ってきたばかりのフリーが目を向けてくる。見開かれた眼がちょっと怖かったが、ニケはフリーの隣にケツを下ろした。
「どうしたの? ニケ。俺に会いに来てくれたの?」
嬉しそうに微笑まれ、思わず大仰にそうだと頷きかけた。我に返り、慌てて違う違うと首を振る。
「そうじゃない。これを見ろ!」
ずいっと突き出されたそれにぶつかりかけ、フリーはわずかに顔をのけ反らせる。
ニケの手のひらにある青い欠片。
フリーはえっと声をあげる。
「それって――」
ニケはにっと笑ってみせた。
「そう。青色だ」
「本当だ! すごいじゃんか、ニケ」
きらきら輝く金緑の目が自分を映す。これだよこれと言いたげに、ニケはフフンと胸を張る。
「ま、僕の手にかかればこのくらい、楽勝だな」
見つけたのは全くの偶然だが、顎に手を添え、なんとなくカッコつけてみる。ぱちぱちと賞賛の拍手が送られ、ニケの頬が桃色に染まる。
「先輩にも知らせないと!」
興奮気味のフリーがリーンを探す。もうちょっと構ってほしかったニケは不服そうに頬を膨らませた。
それに勘で気づいたフリーが顔を覗き込む。
「ニケ? なに可愛いことしているの? そういうのは、俺がしっかり見ている時にしてよ。見逃すところだったじゃんか」
「ふん。見逃す方が間抜けなのだ」
それが嫌ならずっと見ていればいいだろう? と言いかけたが、それを言ってしまうとフリーは本当にニケから視線を放さなくなる気がしたので、そっと口を閉ざす。
砂の付いた指が、頬をついてくる。
「えへへ。今日も世界一可愛いね」
ぽにぽに。
汗の滲む頬はしっとりと指が吸い付くようでいて、ぽよんとはじき返してくる弾力もある。一度でも触れてしまうとやめられないとまらない。もにもにと頬に夢中になっていると、背後から麦わら帽をコツンと叩かれた。まったく痛くない。
「おーーい。時間ねぇぞ? それとも飽きまったか?」
確かめるまでもなくリーンだった。ほとんどが星空柄になった羽織で汗を拭いながら、フリーたちを見下ろしている。
青い欠片を見せたくなったので先輩に手招きし、しゃがんでもらう。
「先輩、先輩」
「なによ?」
目線が揃うと、ふわりと不思議な香りが鼻腔をくすぐった。リーンの汗のにおいだろうか。むむ。なんの香りだったか。嗅いだことのある香りなのだが、喉のあたりで引っかかっているようで名前が出てこない。
ニケも気になったのか、ふたりして鼻先をリーンに近づける。
クンクン。
「……おい。そんな堂々とにおいをかぐ奴があるか」
暑苦しいとばかりに両手を伸ばし、二人の顔を遠ざける。ニケは押された鼻先を手で押さえ、フリーは背中から転んだ。麦わら帽子が外れる。
「失礼しました。リーンさん、なんだか不思議な香りがするので」
「えっ! どういうこと? そんな、やばい? におう? 俺様としたことが……。いつも花の香りに包まれているから油断してたぜ」
二の腕や手の甲といった鼻に近づけられる部位で、急いで自分の体臭を確認している。
「いえ。臭くはないのですよ。ただなんのにおいに近かったかなーと」
「ななな、なんのにおいだよ!」
炎天下に放置された生ごみのにおいとか言われたら、立ち直れない。
「うーん……。んー?」
「ちょ、早く思い出して!」
のんびり唸っている小さな肩を掴んで軽く揺さぶる。が、ニケの身体はビクともしなかった。身体はぷにぷにでやわらかいのに、岩でも押そうとしているようである。なんだこの体幹は。イヌ科族は総じてこんな感じなのだろうか。友人の少ないリーンでは判別がつかなかった。帰ったらキミカゲに訊いてみよう。いや、その前にホクトを揺さぶった方が早いだろうか。
そんな風にまじまじと見つめていると、ニケの頬に砂がついているのが見えた。指で払ってやる。
「あ、ありがとうございます。リーンさん」
「うおお……。めっちゃやわらかいな、おい。フリーが夢中になるのもわかるぜ」
感動を覚えた顔で、つんつんしてくる。見知らぬヒトなら投げ飛ばしているが、リーンならギリ許せる範囲だ。別に褒められたのが嬉しかったわけではない。
そこでニケはハッと思い出す。
「あ、そうだあれだ。どこで嗅いだのかと思ったら、翁が摘んでこられた薬草のにおいだ」
風で転がっていく麦わら帽子を追いかけている人物を目で追いつつ、ぽんと手を叩く。
「薬草? でもキミカゲ様の職場、すげえにおいすんじゃん。薬のにおいってやつ? 俺そんなに体臭きついの?」
帽子をキャッチした際にすっ転んだ人物を見ながら、リーンは愕然と口を開ける。
「だから、臭いわけじゃありませんって。ユメミソウの香りと似ているんですよ」
別名「月の涙」。満月の夜にのみ咲く薬草の一種で、半透明の花びらを持つ。濁った白色をしているが、月にかざすと夢見る乙女の涙のように煌めく。
リーンはホッとした顔を見せた。
「あー。月花ね。あれか。確かにあの花は故郷にたくさん咲いてるわ」
「げっか?」
「俺ら(星影)はユメミソウのことをそう呼ぶの。あーあー。思い出した。前にドールさんにも指摘されたことあるわ」
その時のことを思い出しているのか幸せそうな表情である。
バタバタと走りながら、やっとフリーは戻ってきた。
「もおお。ふたりとも見てないで助けに来てよぉ~。見てたよね? 目が合ったよね? なんで来てくれないのさ」
そうか助けてほしいのか。ニケが手のひらを上にして片手を出す。
「金」
「有料なのっ⁉」
おずおずとフリーが重そうにバケツを差し出す。本日の成果で払おうという魂胆だろう。もちろん冗談で言っただけで金銭を要求するつもりはない。フリーが助けを求めていたら、ニケは我先にと助けに行くはずだ。でも一応中を覗くと……赤い欠片一色だった。
「「!」」
目を丸くするニケとリーン。
「え? たくさんあるけど、赤……だよな? え? 全部赤? なにしてんだっ⁉」
「お前さん、緑や紫を狙えと言わなかったか?」
あれ? 言わなかったっけ? と狼狽えるふたりにフリーはにっこりと笑ってみせる。
「えへへ~。いいでしょ? ニケの瞳の色がいっぱい。嬉しいな~」
その一つを摘まんで日光に透かしている姿に、ニケとリーンは絶句する。
しばらく言葉が見つからなかった。やっと声を絞り出せたのは一分後だった。
「ま、まあ。フリーは遊んでていいって、言ってあったしな」
無意識に牛耳の先をいじる。
――なんか、うらやましいな。「損得」じゃなくて、子どもみたいに「好き嫌い」で行動できるの。
子どもは形が良いやきれいというだけで、ドングリや変わった形の石、木の葉などを持ち帰り、空き箱などに仕舞っておく。それは紛れもなく宝物で、価値のあるものなのだ。
いつからだろう。その宝物に見向きもしなくなったのは。
赤一色のバケツに嘲笑を浮かべ去って行く通行人たち。それらを気にせず、赤い欠片を掲げているフリーが眩しくてしょうがなかった。
……なんてことを思っているが、リーンもまだまだがっつり少年の域である。潜った修羅場のせいで、精神が同年代の星影より大人びているだけで。
「まったく。お前さんときたら……」
ニケは深いため息をつき、額を押さえる。
……落ち込んでいるふりをしているのだろうが、尻尾が揺れていますよ。という余計な言葉を、リーンは言わないでおいてあげた。
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