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第十五話・涼しくなる羽織
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見ると、取り返したうちわでミナミがフリーを扇いでくれていた。彼は軽い気持ちでやっているのだろうが、誰かに扇いでもらうというのは、なかなか心にキた。胸の奥が掴まれたようにきゅうっと鳴る。暑さのせいか、優しいヒトを見ると警戒云々は、溶けて消えていた。
「ミナミさん。あの、嬉しいんですけど、安易に俺に優しくしないでください」
「は?」
「俺、惚れっぽいんで。優しくされるとすぐに……」
「え? は? え? なにっ?」
動揺を露わに、反射的に腰を浮かしかける。無理もない。熱を孕んだ金緑の瞳が、じっと自分を見つめてくるのだ。軽い感謝の言葉だけならともかく、ちょっと扇いでやっただけで好意を向けられてはたまらない。
フリーとしては隠してあるミナミの水晶突起に触れたくてしょうがない。冷たいんだろうか、つるつるしているんだろうか、気になるところだ。ホクトの耳や尾も堪能したいはあはあはあ。ニケの犬耳とは違うのかはあはあはあ。
「……」
熊と遭遇した時のように、フリーから視線をそらさずにミナミは白衣の後ろにそーっと隠れる。
「お前はキミカゲ様を避難所だと思っとんのか?」
呆れ口調のホクトに、ミナミは白い人を指差して喚く。
「いや! なんかこわ、怖いんだってこの兄ちゃん! さっきからなんかこう、じめっと怖い! 獲物を狙う蜘蛛の魔獣のような怖さがある」
「お前どんだけ失礼だ」
そろそろもう一回殴るべきだろうか。ホクトが考えているとニケが頷く。
「分かります」
「分かるんすかっ?」
こういうやつですから、と返しながらぬるい水を飲み干し、フリーに目を向ける。
「で? どうするんだ? 無理せず休むなら、僕がディドールさんに伝えておくし、行くのなら僕が送り迎えしてやろう」
「ええ? ニケったら優しいんだから~。ええっとねぇ……」
「お前さんの身体のことはお前さんにしか分からん。だからお前さんが決めろ。あ、言っておくがもし無理をしてまた倒れたら今度は顔面を蹴るから。心して選ぶといい」
だらしなく崩れていたフリーの笑顔が消える。
「あ、自分まだ、や、休んでおこうかなと愚考する次第であります」
「そうか」
カタカタと身震いするフリーを見もせず、ニケはキミカゲに向き直って姿勢を正す。
「翁。そういうわけです。お金返すのさらに遅れそうです。鬼に治療費請求したいですあの鬼野郎……じゃなくて、ごめんなさい」
「申し訳ありません!」
ぺこぺこ頭を下げるニケに続き、フリーも額を畳に打ちつける。絶対にニケにだけ頭を下げさせない精神は良いのだが、土下座までしなくていい。もしかして土下座しか知らないのかと不安になった。
キミカゲはつまらない報告でも聞いたかのように手を振る。
「いいんだって。君たちのすべてを許そう。お金は着実に返してもらっているんだから、いまは身体のことだけを考えなさい」
「「……」」
大人相手には容赦なく取り立てている話を知っているだけに、護衛ズはキミカゲの顔を穴が開くほど見つめる。子どもに甘いとは聞いていたがここまでとは。このヒト本当にキミカゲなのかと不安になった。
「フリー君。人族……あーゴホゴホ! ……君は暑さに弱いようだ。仕事云々の前に、夏場は外出を控えた方がいい」
フリーは身を乗り出す。
「え? 夏が終わるまで外出禁止って意味ですか?」
「早朝や夜ならいいよって言ってあげたいけれど、炎天は夜になっても気温は下がらないし。無理に出かけても倒れる未来しか見えないや」
またさらっと未来予知している。
遠回しに外出禁止と言われ、フリーはぐぬぬと眉間にしわを寄せた。確かに一番気温が高くなる日中ともなると何もする気が起きなくなる。ニケのほっぺを触る元気しかない。
八つ当たりするようにミナミを見る。
「ミナミさんは極寒出身なんですよね? なんで平然としているんですか?」
キミカゲより着込んでいるうえ、黒の羽織まで身につけている男。見ているだけで暑い。そのくせここにいる誰よりも汗をかいていないのだ。暑い暑いと言っていた割には涼しげな顔をしている。
フリーを扇ぐのをやめたミナミがこちらに目を向け、自慢するように片手を広げた。
「ふふん。よく聞いてくれました。この羽織には熱を放出する機能がついていましてねー」
ぴくりとキミカゲが反応する。
それに気づかずにミナミは羽織を捲って裏地を見せる。
「そのおかげでこの羽織を着ている方が快適なんですわ~」
裏地はなんと鏡面のようになっており、覗き込むフリーたちの顔を映していた。
自分の顔を久しぶりに見たフリーは、乱れている髪を直す。
「いやあ。これがないと雪ダルマみたいに溶けますからね。その代わり狼野郎の羽織より防御力は低いですが、夏でも生きていけるんですよ~」
「へええぇ」
感心しながらミナミの手からうちわをするりと抜き取る。
ぱたぱたと自分に風を送る。白い髪が躍るようになびいた。
「……へええぇ?」
「いやあの。それでも、暑さは完全に防げる! ってわけじゃないんですよ? 暑いことに変わりはないんで……。だからそんな「こいつにうちわ渡すんじゃなかった」みたいな目で見ないでお願い」
悪戯がバレたような顔で笑みを引きつらせるミナミに小声で「アホめ」と呟き、ホクトは耳を掻く。
「フリーさん。あまりに辛いなら、ミナミから羽織剥ぎ取ってもいいっすよ? そいつはすげえ暑さに弱いですが一般人よりは鍛えていますので、まあ……倒れても大丈夫っす」
「倒れても大丈夫ってなんだ! 倒れた時点で大丈夫じゃないわ! 俺本当にこの羽織がないと夏を乗り切れないんよ」
「知るか」
守るように羽織をぎゅっと抱きしめるミナミだが、フリーは無言で立ち上がった。
「え? 嘘嘘嘘。嘘ですよね? あ、あの。俺、本当にこれがないと……」
座ったまま後ずさるミナミの笑みが引き攣る。ホクトは拳を握り「お、いいぞやれやれ」と言いたげに牙を覗かせて笑う。キミカゲはそろそろ診察時刻だなと玄関に目をやり、ニケは渋面を浮かべつつ止めるかどうか迷っていた。
(止めるべきかな? でもフリーが暑さ、楽になるなら……いやしかし。うーむ)
「フリーさん? うちわ五分交代じゃなくていいですから! ほ、ほら、俺だけ三分にしてもかまいませんよ? あ、あの悠然と近づいてくるのやめて………っ」
小さな家。ミナミが下がれたのはほんの数歩だけだった。ニケだけはミナミの恐怖が手に取るようにわかる。
フリーは歩く屍のように両手を伸ばす。
「つまりミナミさんにしがみついたら涼しいってことですよね?」
ミナミは絶叫した。
「やめてっ。ただでさえこんな野郎しかいないむさ苦しい部屋にいるのに。男とハグしたくないっていうかー! やめて来るな。来るっああああああ!」
「ミナミさん。あの、嬉しいんですけど、安易に俺に優しくしないでください」
「は?」
「俺、惚れっぽいんで。優しくされるとすぐに……」
「え? は? え? なにっ?」
動揺を露わに、反射的に腰を浮かしかける。無理もない。熱を孕んだ金緑の瞳が、じっと自分を見つめてくるのだ。軽い感謝の言葉だけならともかく、ちょっと扇いでやっただけで好意を向けられてはたまらない。
フリーとしては隠してあるミナミの水晶突起に触れたくてしょうがない。冷たいんだろうか、つるつるしているんだろうか、気になるところだ。ホクトの耳や尾も堪能したいはあはあはあ。ニケの犬耳とは違うのかはあはあはあ。
「……」
熊と遭遇した時のように、フリーから視線をそらさずにミナミは白衣の後ろにそーっと隠れる。
「お前はキミカゲ様を避難所だと思っとんのか?」
呆れ口調のホクトに、ミナミは白い人を指差して喚く。
「いや! なんかこわ、怖いんだってこの兄ちゃん! さっきからなんかこう、じめっと怖い! 獲物を狙う蜘蛛の魔獣のような怖さがある」
「お前どんだけ失礼だ」
そろそろもう一回殴るべきだろうか。ホクトが考えているとニケが頷く。
「分かります」
「分かるんすかっ?」
こういうやつですから、と返しながらぬるい水を飲み干し、フリーに目を向ける。
「で? どうするんだ? 無理せず休むなら、僕がディドールさんに伝えておくし、行くのなら僕が送り迎えしてやろう」
「ええ? ニケったら優しいんだから~。ええっとねぇ……」
「お前さんの身体のことはお前さんにしか分からん。だからお前さんが決めろ。あ、言っておくがもし無理をしてまた倒れたら今度は顔面を蹴るから。心して選ぶといい」
だらしなく崩れていたフリーの笑顔が消える。
「あ、自分まだ、や、休んでおこうかなと愚考する次第であります」
「そうか」
カタカタと身震いするフリーを見もせず、ニケはキミカゲに向き直って姿勢を正す。
「翁。そういうわけです。お金返すのさらに遅れそうです。鬼に治療費請求したいですあの鬼野郎……じゃなくて、ごめんなさい」
「申し訳ありません!」
ぺこぺこ頭を下げるニケに続き、フリーも額を畳に打ちつける。絶対にニケにだけ頭を下げさせない精神は良いのだが、土下座までしなくていい。もしかして土下座しか知らないのかと不安になった。
キミカゲはつまらない報告でも聞いたかのように手を振る。
「いいんだって。君たちのすべてを許そう。お金は着実に返してもらっているんだから、いまは身体のことだけを考えなさい」
「「……」」
大人相手には容赦なく取り立てている話を知っているだけに、護衛ズはキミカゲの顔を穴が開くほど見つめる。子どもに甘いとは聞いていたがここまでとは。このヒト本当にキミカゲなのかと不安になった。
「フリー君。人族……あーゴホゴホ! ……君は暑さに弱いようだ。仕事云々の前に、夏場は外出を控えた方がいい」
フリーは身を乗り出す。
「え? 夏が終わるまで外出禁止って意味ですか?」
「早朝や夜ならいいよって言ってあげたいけれど、炎天は夜になっても気温は下がらないし。無理に出かけても倒れる未来しか見えないや」
またさらっと未来予知している。
遠回しに外出禁止と言われ、フリーはぐぬぬと眉間にしわを寄せた。確かに一番気温が高くなる日中ともなると何もする気が起きなくなる。ニケのほっぺを触る元気しかない。
八つ当たりするようにミナミを見る。
「ミナミさんは極寒出身なんですよね? なんで平然としているんですか?」
キミカゲより着込んでいるうえ、黒の羽織まで身につけている男。見ているだけで暑い。そのくせここにいる誰よりも汗をかいていないのだ。暑い暑いと言っていた割には涼しげな顔をしている。
フリーを扇ぐのをやめたミナミがこちらに目を向け、自慢するように片手を広げた。
「ふふん。よく聞いてくれました。この羽織には熱を放出する機能がついていましてねー」
ぴくりとキミカゲが反応する。
それに気づかずにミナミは羽織を捲って裏地を見せる。
「そのおかげでこの羽織を着ている方が快適なんですわ~」
裏地はなんと鏡面のようになっており、覗き込むフリーたちの顔を映していた。
自分の顔を久しぶりに見たフリーは、乱れている髪を直す。
「いやあ。これがないと雪ダルマみたいに溶けますからね。その代わり狼野郎の羽織より防御力は低いですが、夏でも生きていけるんですよ~」
「へええぇ」
感心しながらミナミの手からうちわをするりと抜き取る。
ぱたぱたと自分に風を送る。白い髪が躍るようになびいた。
「……へええぇ?」
「いやあの。それでも、暑さは完全に防げる! ってわけじゃないんですよ? 暑いことに変わりはないんで……。だからそんな「こいつにうちわ渡すんじゃなかった」みたいな目で見ないでお願い」
悪戯がバレたような顔で笑みを引きつらせるミナミに小声で「アホめ」と呟き、ホクトは耳を掻く。
「フリーさん。あまりに辛いなら、ミナミから羽織剥ぎ取ってもいいっすよ? そいつはすげえ暑さに弱いですが一般人よりは鍛えていますので、まあ……倒れても大丈夫っす」
「倒れても大丈夫ってなんだ! 倒れた時点で大丈夫じゃないわ! 俺本当にこの羽織がないと夏を乗り切れないんよ」
「知るか」
守るように羽織をぎゅっと抱きしめるミナミだが、フリーは無言で立ち上がった。
「え? 嘘嘘嘘。嘘ですよね? あ、あの。俺、本当にこれがないと……」
座ったまま後ずさるミナミの笑みが引き攣る。ホクトは拳を握り「お、いいぞやれやれ」と言いたげに牙を覗かせて笑う。キミカゲはそろそろ診察時刻だなと玄関に目をやり、ニケは渋面を浮かべつつ止めるかどうか迷っていた。
(止めるべきかな? でもフリーが暑さ、楽になるなら……いやしかし。うーむ)
「フリーさん? うちわ五分交代じゃなくていいですから! ほ、ほら、俺だけ三分にしてもかまいませんよ? あ、あの悠然と近づいてくるのやめて………っ」
小さな家。ミナミが下がれたのはほんの数歩だけだった。ニケだけはミナミの恐怖が手に取るようにわかる。
フリーは歩く屍のように両手を伸ばす。
「つまりミナミさんにしがみついたら涼しいってことですよね?」
ミナミは絶叫した。
「やめてっ。ただでさえこんな野郎しかいないむさ苦しい部屋にいるのに。男とハグしたくないっていうかー! やめて来るな。来るっああああああ!」
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