ニケの宿

水無月

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第五十六話・祭りの終わり

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 ニケは小さく笑う。

「あやつリーンさんのこと気に入ってますから、光輪を見つけても懐に隠しそうで」

 以前なら「僕のフリーに気に入られているなんて!」と嫉妬の炎が燃え盛っていただろうが、今はなんというか正妻の余裕のようなものがあった。
 リーンは意味が分からないという風に首を傾げる。

「?」
「だって光輪を返したら、リーンさん、宙(そら)に帰っちゃうんでしょう? あやつ、寂しがりますよ」

 リーンは目を丸くして、やがて寂しそうに微笑んだ。

 ――厄介者の俺に、そんなことを言うなんてな。

「あっ、もちろん殴ってでもリーンさんにお返ししますから。ご安心を!」

 沈黙をどう取ったのか、ニケが焦って手を振る。
 それに照れくさくなったリーンは誤魔化すように、「さてと」と立ち上がる。

「そろそろ帰りますわ。キミカゲ様、お邪魔しました」

 出口の方へ歩いていく彼に、キミカゲはいつものように微笑む。

「座りなさい」

 てっきり「気をつけてね」と言ってもらえると思っていたリーンは、一瞬遅れて振り返る。

「え?」
「座りなさい」

 笑顔なのに有無を言わせぬ圧。リーンは迷わず座り、ニケは座っているのに座ろうとしたせいで、伏せの姿勢になった。

「狙われたばかりなんだ。今日は泊っていきなさい。いいね?」
「え? で、でも――」
「いいね?」

 リーンは座った体勢のまま頭を下げた。

「泊らせていただきます!」
「うん。良い子だね。ニケ君も、それでいいかな?」
「ここは翁の家なんですから。僕に文句はないですよ」

 キミカゲは満足そうに二人の頭をよしよしと撫でる。
 そして――前のめりにぶっ倒れた。

「ええっ! 翁」
「キミカゲ様? どうしたんですか!」

 血相を変えて身体を揺すり、上向きに寝かせる。おじいちゃんの体力も限界だったらしい。
 ぐるぐると目を回しておられた。
 キミカゲの顔を見下ろし、リーンが冗談気味にこぼす。

「……今のうちに帰ったら、駄目かな?」
「え? ゆ、勇気ありますね。リーンさん」
「じょ、冗談だって」

 無事に帰れたとしても、めちゃくちゃ叱られるだろう。キミカゲの大激怒(かみなり)を想像し、身震いするふたり。
 力を合わせてキミカゲを布団に運ぶと、自分たちも寝ることにした。ニケは当然のようにフリーの布団に潜りこみ、無事だった右腕にしがみつく。
 暑いのか、リーンは畳の上に転がり、残念そうに暗い天井に目をやる。

「アキチカ様の舞、見られなかったなぁ」
「来年がありますって。それより僕は、治療費に頭抱えてますよ……」

 レナさんの財布も募金箱……じゃなくて賽銭箱へ入れられなかった。
 リーンはははっと笑う。

「待ってくれるって。キミカゲ様なんだし」
「そう、ですよね」

 しばらくぼそぼそと話し声が聞こえたが、祭りが終わり人々が帰路につく頃には、くすりばこ内は静まり返っていた。
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