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第四十三話・強くなりたい
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「あれ? どうしたの?」
「お、お前さん……。これ以上強くなってどうするつもりだ? 世界征服でも考えているのか? それと、その強さで「弱い」とかいうと、謙遜ではなくただの馬鹿だぞ? そりゃお前さんは完膚なき阿呆だが」
「ちょ」
「魔九来来(まくらら)だけでなく謎の刀まで授かっておいて、まだ足りんと言うのか。ちょっと近づかないで」
「ほがぁ!」
大本命から「近づかないで」と即死級の言葉を投げられ、フリーは撃沈した。
ニケはそう言った割にはフリーからそんなに離れなかった。それどころかすぐに近寄ってきて、屍の背中にちょんと腰掛ける。周囲の目がじろじろと、不審げに白黒を眺めていく。こんなことをしているから通報されるのだが、フリーは世間知らずだし頼みのニケは引きすぎて周囲が見えていなかった。
ぽふぽふと薄い尻を叩く。
「お前さんはもう十分強いと思う」
「ニケを守るには、不十分だと感じたんだよー」
駄々っ子のように手足をじたばたさせる。
しっかり守ってくれたくせに、こやつはなにをのたまっているのだろう、とニケは親指で下唇を押さえる。確かにヒスイや魔物は怖かったが、結局ニケは怪我ひとつすることはなかった。それは、ニケの代わりに傷を負いながらも戦ってくれた人がいたからだ。
「といっても、これ以上強くなっても、強さの使いどころがないと思うぞ?」
「……えーっと」
フリーは苦笑する。絶妙に話がかみ合っていない気がする。
強くなりたい! と思っている者と、もう十分じゃね? と思っている者の差だろうか。
起き上がろうと動くと、ニケはひょいと下りた。フリーは正座して髪を手櫛でささっと直すと、立ち上がった。
着物についた砂を払い、ちょっと質問を変える。
「生き物が強くなるには、どうしたらいいのかな?」
視線を下げると幼子は腕を組んでいた。聞かれたくない部分は小声でつぶやく。
「うーむ……。赤犬族以外の魔九来来の底上げ方法があったとしても、僕は知らん。刀を使うなら、す、素振りするとか?」
「ふむふむ」
「まー。あとはレナさんが言ってた筋トレくらいか? 人……じゃなくて、幽鬼族が筋トレでどれだけ強くなるかは未知数だが」
人族の情報がツチノコより少ないせいで、提案を出そうにもどうしたものか。
――では、自分ならどうするか?
ニケなら嗅覚や聴覚を鍛えればいい。救助犬もやっているような訓練でもいい。敵の接近にいち早く気づき逃げることが出来る。これも生き残るという面では「強さ」……いや、「強み」になる。翁のように察知できない相手には、脚力を鍛えればよいだろう。
ならばフリーの得意や強みとは。
――こやつの強みって、あるのか?
フリーの使う魔九来来は強力だが、本人がへぼすぎる。
八歳児は真剣に考えてやる。
「うーん。お前さんは腕力もない走力もない体力もない、ないない尽くしのへっぽこ野郎だろう」
「かはっ」
「せめてそれを赤犬族(僕ら)クラスまで鍛えるってのはどうだ?」
赤犬族は嗅覚聴覚を覗けば、身体能力はだいたい平均、中の上くらいはある。いまのモヤシ(フリー)をそこまで鍛えられれば、あとは強化でどんな相手にも一応ごり押しはできるはずだ。筋トレは良いとして、体力を増やすにはどうすればいいのだろう。走り込みや、飯をたくさん食えばいいのか?
せっかく色々と案を出してやっているのに胸を押さえて寝こけている白野郎に腹は立ったが、ニケの心の中は晴れやかだった。
(こやつにも目標みたいなやりたいことが出来たってことか。僕は宿の再興を。こやつは宿の従業員兼用心棒ってところか。ふむ)
そう考えるとこやつが強くなってくれるのはありがたいか。
ニケはひとつ頷く。
「ならば僕も手伝ってやろう」
フリーと一緒に筋トレやランニングなんて、楽しそうだしな。
「治安維持隊の者に話を聞くのもいいかもしれない。彼ら(の一部)は常に、強くなろうと努力している者たちばかりだし。いい修行方法を聞けるかもしれん」
ニケは柔軟に考えを変える。思考が凝り固まっていないのは若さゆえか。
よろよろとフリーは起き上がる。
「あ、ありがとう、ニケ。ニケは俺が守るからね」
「当然だ。お前さんは僕のものなんだから……それはそうと、いい加減リーンさん、遅いな」
フリー以外には寛容なニケでさえ、こめかみに青筋が浮かんでいる。足先が神経質に地面をパタパタと叩く。
フリーも探すように首をめぐらす。
鳥居付近はヒトが減ってきたように思う。祭り自体は盛り上がっているし、そろそろ神楽の時間である。鳥居にいる理由がない。
香ばしいにおいも漂ってきて、早く飯を入れろと腹が苛々している。
「俺、その辺見てくるよ。先輩、変なヒトに絡まれていたら心配……」
言いかけて、喧嘩の強いリーンに限ってそれはないかな、という考えも浮かぶ。
「ま、まあ、一応見てくるよ。先輩、恨みを買ってそうだし」
「そうなのか?」
「う、うん」
ディドールにちょっかいをかけようとしていた変なヒトをさばいていたし。そういう者から恨みを貰っていてもおかしくはない。
「僕も行こう。お前さんより人探しには向いている」
「もう神楽始まるんじゃない? ニケだけでも神社にいた方が」
「ほう? 僕を一人にしたいんだな? 僕を守ると言った直後に、いい度胸だ」
フリーはさっとニケを抱き上げると、リーンの自宅方向に走った。
そんな彼を見て、ニケはにやにやと笑う。
「おい、どうした? 僕は神社に残っていた方がいいんじゃなかったのか? ん?」
「ヒイィッ。つい……ごめんなさい、ごめんなさい! 一緒にいてください」
まだ誰かを守るということに慣れていない彼は謝りながらヒトの波を逆走し、目立つ着物を探す。
ニケはと言うと抱かれると心地好くて、すこんと眠ってしまいそうだった。
時はやや遡る。
翁に言われ、フリーたちが慌ただしく出発した頃。
リーンもまた、自宅を出たところだった。
彼が出た家は明かりひとつ付いておらず、彼が一人暮らしなことが伺える。
(さて、今日は遅れないようにしねぇと)
わずかに早足になる。とはいえ彼は、困っている女性がいればまた足を止めてしまうのだろうが。
外は祭りに向かうヒトの波が出来ており、それに合わせて歩くだけでいい。神社の場所を知らなくてもたどり着ける。
(ふふん。余裕だな)
今宵はニケにドヤ顔出来そうだ。前回の失点を取り返せると踏んでいた。……フリーではなくニケの顔が浮かぶのは、彼の方に威厳があるからだろうか。叱られると怯んでしまいそうだ。思いっきり年下相手なのに。
(前回遅れちまった詫びに、今回はなにか奢ってやるか)
それは昨日するべきことなのだろうが、祭りに――「友人との祭り」にはしゃいでしまっていて、頭から抜けていた。帰ってから気づいたのだ。
歩きながらこっそりと財布の中身を確認する。風邪を引きそうなスッカスカの財布。
(……ぐっ。ま、まあ、ひとり団子ひとつくらいなら。いけるだろう)
はぁと息を吐いて財布を懐に仕舞う。
フリーたちのことを考えていた彼は、背後から己に向かって伸びる手に気が付かなかった。
「お、お前さん……。これ以上強くなってどうするつもりだ? 世界征服でも考えているのか? それと、その強さで「弱い」とかいうと、謙遜ではなくただの馬鹿だぞ? そりゃお前さんは完膚なき阿呆だが」
「ちょ」
「魔九来来(まくらら)だけでなく謎の刀まで授かっておいて、まだ足りんと言うのか。ちょっと近づかないで」
「ほがぁ!」
大本命から「近づかないで」と即死級の言葉を投げられ、フリーは撃沈した。
ニケはそう言った割にはフリーからそんなに離れなかった。それどころかすぐに近寄ってきて、屍の背中にちょんと腰掛ける。周囲の目がじろじろと、不審げに白黒を眺めていく。こんなことをしているから通報されるのだが、フリーは世間知らずだし頼みのニケは引きすぎて周囲が見えていなかった。
ぽふぽふと薄い尻を叩く。
「お前さんはもう十分強いと思う」
「ニケを守るには、不十分だと感じたんだよー」
駄々っ子のように手足をじたばたさせる。
しっかり守ってくれたくせに、こやつはなにをのたまっているのだろう、とニケは親指で下唇を押さえる。確かにヒスイや魔物は怖かったが、結局ニケは怪我ひとつすることはなかった。それは、ニケの代わりに傷を負いながらも戦ってくれた人がいたからだ。
「といっても、これ以上強くなっても、強さの使いどころがないと思うぞ?」
「……えーっと」
フリーは苦笑する。絶妙に話がかみ合っていない気がする。
強くなりたい! と思っている者と、もう十分じゃね? と思っている者の差だろうか。
起き上がろうと動くと、ニケはひょいと下りた。フリーは正座して髪を手櫛でささっと直すと、立ち上がった。
着物についた砂を払い、ちょっと質問を変える。
「生き物が強くなるには、どうしたらいいのかな?」
視線を下げると幼子は腕を組んでいた。聞かれたくない部分は小声でつぶやく。
「うーむ……。赤犬族以外の魔九来来の底上げ方法があったとしても、僕は知らん。刀を使うなら、す、素振りするとか?」
「ふむふむ」
「まー。あとはレナさんが言ってた筋トレくらいか? 人……じゃなくて、幽鬼族が筋トレでどれだけ強くなるかは未知数だが」
人族の情報がツチノコより少ないせいで、提案を出そうにもどうしたものか。
――では、自分ならどうするか?
ニケなら嗅覚や聴覚を鍛えればいい。救助犬もやっているような訓練でもいい。敵の接近にいち早く気づき逃げることが出来る。これも生き残るという面では「強さ」……いや、「強み」になる。翁のように察知できない相手には、脚力を鍛えればよいだろう。
ならばフリーの得意や強みとは。
――こやつの強みって、あるのか?
フリーの使う魔九来来は強力だが、本人がへぼすぎる。
八歳児は真剣に考えてやる。
「うーん。お前さんは腕力もない走力もない体力もない、ないない尽くしのへっぽこ野郎だろう」
「かはっ」
「せめてそれを赤犬族(僕ら)クラスまで鍛えるってのはどうだ?」
赤犬族は嗅覚聴覚を覗けば、身体能力はだいたい平均、中の上くらいはある。いまのモヤシ(フリー)をそこまで鍛えられれば、あとは強化でどんな相手にも一応ごり押しはできるはずだ。筋トレは良いとして、体力を増やすにはどうすればいいのだろう。走り込みや、飯をたくさん食えばいいのか?
せっかく色々と案を出してやっているのに胸を押さえて寝こけている白野郎に腹は立ったが、ニケの心の中は晴れやかだった。
(こやつにも目標みたいなやりたいことが出来たってことか。僕は宿の再興を。こやつは宿の従業員兼用心棒ってところか。ふむ)
そう考えるとこやつが強くなってくれるのはありがたいか。
ニケはひとつ頷く。
「ならば僕も手伝ってやろう」
フリーと一緒に筋トレやランニングなんて、楽しそうだしな。
「治安維持隊の者に話を聞くのもいいかもしれない。彼ら(の一部)は常に、強くなろうと努力している者たちばかりだし。いい修行方法を聞けるかもしれん」
ニケは柔軟に考えを変える。思考が凝り固まっていないのは若さゆえか。
よろよろとフリーは起き上がる。
「あ、ありがとう、ニケ。ニケは俺が守るからね」
「当然だ。お前さんは僕のものなんだから……それはそうと、いい加減リーンさん、遅いな」
フリー以外には寛容なニケでさえ、こめかみに青筋が浮かんでいる。足先が神経質に地面をパタパタと叩く。
フリーも探すように首をめぐらす。
鳥居付近はヒトが減ってきたように思う。祭り自体は盛り上がっているし、そろそろ神楽の時間である。鳥居にいる理由がない。
香ばしいにおいも漂ってきて、早く飯を入れろと腹が苛々している。
「俺、その辺見てくるよ。先輩、変なヒトに絡まれていたら心配……」
言いかけて、喧嘩の強いリーンに限ってそれはないかな、という考えも浮かぶ。
「ま、まあ、一応見てくるよ。先輩、恨みを買ってそうだし」
「そうなのか?」
「う、うん」
ディドールにちょっかいをかけようとしていた変なヒトをさばいていたし。そういう者から恨みを貰っていてもおかしくはない。
「僕も行こう。お前さんより人探しには向いている」
「もう神楽始まるんじゃない? ニケだけでも神社にいた方が」
「ほう? 僕を一人にしたいんだな? 僕を守ると言った直後に、いい度胸だ」
フリーはさっとニケを抱き上げると、リーンの自宅方向に走った。
そんな彼を見て、ニケはにやにやと笑う。
「おい、どうした? 僕は神社に残っていた方がいいんじゃなかったのか? ん?」
「ヒイィッ。つい……ごめんなさい、ごめんなさい! 一緒にいてください」
まだ誰かを守るということに慣れていない彼は謝りながらヒトの波を逆走し、目立つ着物を探す。
ニケはと言うと抱かれると心地好くて、すこんと眠ってしまいそうだった。
時はやや遡る。
翁に言われ、フリーたちが慌ただしく出発した頃。
リーンもまた、自宅を出たところだった。
彼が出た家は明かりひとつ付いておらず、彼が一人暮らしなことが伺える。
(さて、今日は遅れないようにしねぇと)
わずかに早足になる。とはいえ彼は、困っている女性がいればまた足を止めてしまうのだろうが。
外は祭りに向かうヒトの波が出来ており、それに合わせて歩くだけでいい。神社の場所を知らなくてもたどり着ける。
(ふふん。余裕だな)
今宵はニケにドヤ顔出来そうだ。前回の失点を取り返せると踏んでいた。……フリーではなくニケの顔が浮かぶのは、彼の方に威厳があるからだろうか。叱られると怯んでしまいそうだ。思いっきり年下相手なのに。
(前回遅れちまった詫びに、今回はなにか奢ってやるか)
それは昨日するべきことなのだろうが、祭りに――「友人との祭り」にはしゃいでしまっていて、頭から抜けていた。帰ってから気づいたのだ。
歩きながらこっそりと財布の中身を確認する。風邪を引きそうなスッカスカの財布。
(……ぐっ。ま、まあ、ひとり団子ひとつくらいなら。いけるだろう)
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