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第二十一話・リーンの誘い
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心配をかけたお詫びに菓子折り――初めは花束をと思ったのだが、キミカゲ曰く花霊族に花を贈るのはあまり良くないらしい――をディドールに持って行き、仕事にも仕事場にも慣れてきた数日後。
リーンが遊びに来た。
「お邪魔します、キミカゲ様。フリーの野郎は居ますか?」
家の奥まで通る元気な声。
ちらっと顔を出すと、やはり星影族の少年だった。何度か訪れているのか、慣れた様子で上がり込み、キミカゲに挨拶している。
「なんだ。診察時間は終わっただろ。……緊急か?」
足元からニケの声がしたので目を向ければ、黒い犬耳も壁から来客を覗いている。
いつの間に足元にきたのか。
ふたりして同じことをしていると、気づいたリーンが大きく手を振る。
「おおっ。いるじゃん。さっきぶりだな」
仕事を終えて帰ってきて、キミカゲの手伝いをしていたらもう夕方。
リーンがやってきたのはそんな時刻だった。
確かにさっきぶりである。
洗福にいるときより肩の力を抜いている先輩少年に、フリーはいそいそと近寄る。
「どうしたんですか? なにか俺、忘れ物でもしました?」
「してねーよ。なんだ堅苦しいな。仕事以外ではタメ口で構わないぜ? 俺様は寛容だかんな!」
フフンと自身を親指でさす先輩。
一人称が俺様になっておられる。
「タメ?」
リーンは大げさに額を叩く。
「っかー! これ知らないのかよ。敬語じゃなくていいってこった」
「へー。何故?」
真顔になるリーンに、キミカゲがいたたまれなくなったように眉間を揉んでいる。
だが、先輩もフリーの空気読めないっぷりに慣れてきたのか、大きなため息を吐く。
「まぁええわ……。お前に怒っても疲れるだけだって学習したぜ」
後ろでニケがうんうんと頷いていたが、フリーには見えていなかった。
「って、そうじゃなくて。お前「ド」が付くほどの無知で世間知らずだから、俺様がいい情報を持ってきてやったんだよ」
得意そうに胸を張る少年の横で、あぐらをかく。
「情報って?」
「おう。羽梨(はねなし)神社で……な……。お?」
するとここで、ニケがやってきた。
どうしてか限界まで頬を膨らませている。なにその顔、可愛い。はあ? 可愛い。はあ?
「ニケ?」
フリーの前までやってくるとくるりと背を向け、そのまま腰を下ろした。そして社長のごとくデーンともたれる。
「ンフッ」
横でおじいちゃんが吹き出した気がする。
困惑する青年と少年が顔を見合わせる。
フリーを社長椅子扱いしながら、ニケは客の少年を見上げる。
なんだか、フリーがこの少年と楽しく話しているのを見ていると、心がモヤモヤするというか、ざわざわするというか。とにかく嫌な気分になるのだ。
――翁と話しているのを見てもなにもならないのに、どうしたんだろう。
気が付くとフリーの足に座っていた。
まるで、自分のことを忘れてほしくないというように。
(若い子と暮らしていると、癒されるなぁ)
キミカゲから見れば、お兄ちゃんに友達が出来て寂しがっている弟の図、にしか見えなかった。あえて指摘せず小さく笑うだけにする。
「……話を戻すが、五日後に羽梨神社でお祭りがあるんだ」
キミカゲが笑っているのを見て、深刻なことではないと解釈したリーンが話を再開する。
「お前、さすがに神社は知ってるよな?」
「神社って、神様がいるところ、ですよね?」
リーンは感心した風な顔をした。
「流石にその辺は知っていたか。すごく安心した」
胸を押さえる少年に、フリーは引きつった顔であははと笑うことしかできなかった。
「もうそんな時期かぁ」
忙しくて行事を忘れがちなキミカゲに頷く。
「祭りって……」
フリーが話しかけると、三人の視線が一斉に集まった。フリーは「え? どうしたんだろう」と冷や汗をかきながら続ける。
「祭りって、どんなことをするんですか?」
空気が弛緩する。
「はぁ。ビビらすなよ。祭りってなんですか? とか聞かれるかと思ったぜ……」
汗を拭うリーンに、フリーは引きつった顔であははと(略)。
ニケが思い出すように顎に指を添える。
「夏風祭りでしたよね? 台風や害虫などに作物がダメにされないように、「風よけ」や「虫送り」的な意味がある……んでしたっけ?」
自信なさげな幼子にキミカゲが頷く。
「うん。その通り。で、ヒトの多い都市部では疫病が流行しやすいから、「厄除け」や「疫病退散」の祭祀が行われるんだ」
ぽけーと聞いているフリーに教えるように言う。
「夏祭りって呼んでるやつもいますけどね」
それは夏期の祭りの総称のようなものだが、若者は略すのがお好きなようだ。キミカゲは笑顔で口を開く。
「……まあ、私としては神に祈っている暇があるなら、手洗いうがいしろと言いたいね」
現実的な薬師の言葉に、三人の目が泳ぐ。
「そのお祭りに誘いにきたのかい?」
「そ、そうそう! 一緒に行こうぜ。色々案内してやるし」
出会ってまだ数日なのにお祭りに誘ってくるとは。仕事場でもほとんどが仕事内容の話ばかり(教えてもらっているので当然だが)だし、雑談した記憶などわずかで、そこまで親しいというわけではない。
まあ、フリーがそう思っているだけで、リーンからすればもうとっくに親しい仲だと思っている可能性がある。
そう考えると、心のどこかが喜んでいる気がした。二つ返事で了承しかけて、戸惑う。
「でも仕事が……」
「祭りは夕方からだよ、ったくよ~」
それなら仕事終わりに行ける。
ニケではなく、なんとなくキミカゲの裾を軽く引っ張る。
「あの~。お祭りって、どんなことするんですか? 何か持ち物とか……」
「ん? ああ。私らは特に何もしないよ。持ち物も財布ぐらいでいいだろう。羽梨では甘酒や色んな種類の和菓子、お守りなどを売り出すから、気楽に食べ歩きしてくるといい」
「食べ歩き? 米! 米はありますか?」
「ない」
ばっさりとニケが両断する。
項垂れる白髪に構わず、リーンがずいっと身を乗り出す。
「神楽もやるぜ! これはお勧めだ。見ておかないと損だぜ。なんたって羽梨の巫女さんはあの有名な双子巫女……」
興奮気味だった声がしぼむ。
「お前が神楽とか巫女さんを知ってるわけねぇか」
ふはっと鼻で笑われ、フリーはがたがたと震える。怒りなのか羞恥なのか。
ニケは椅子の感情になど興味なさそうにあくびする。
「ディドールさんは、誘わないのか?」
敬語じゃなくていいと言われたのでそうする。
フリーの言葉にがくぅと肩を落とした。
「真っ先に声かけたわ! でも、友達と先約があるからって……。あるからってぇ!」
「泣かないでくださいよ……」
フリーは目線を落とす。
「ニケも行く?」
言いたいことを言えてスッキリしたのか、鼻をすすりながらリーンはやっとニケのことを訊いてきた。
「そうそう。気になってたんだが、その子誰? キミカゲ様のお孫さん?」
種族が違うなぁ。
でもキミカゲは「そうです」と言いたかった。
苦笑するおじいちゃんに変わり、答えたのはフリーだった。
「この方はニケ。俺の雇い主です」
「あー。以前言ってた…………え?」
リーンの目が点になる。
フリーの膝に我が物顔で座っているのは、せいぜい十歳程度の幼子。
巨人(フリー)の雇い主だから、さぞ大男なんだろうなとぼんやり思っていたリーンの想像図が砕け散る。
「え? その子が? あ、もしかして雇い主の息子さんって意味か?」
「いえ?」
「お、俺をからかってるんじゃなく?」
フリーは口をへの字にする。
「なにか変か?」
「いやぁ、あの。成長が遅くて、大人でも子どもの見た目の種族はいるけど、その子は赤犬族だよな? 子どもじゃん!」
雇い主が子どもだと、いけないのだろうか。
それはいいとして、ニケがなんか静かなのが気になる。礼節を重んじ、お客さん、じゃなくてお客様には常に笑顔なニケが、リーンには挨拶もせず真顔。リーンは客ではないがあのヒスイにですら頑張って敬語を使っていたというのに。
患者さんたちに感心されるほど大人びた風格が、いまは見る影もない。
心配をかけたお詫びに菓子折り――初めは花束をと思ったのだが、キミカゲ曰く花霊族に花を贈るのはあまり良くないらしい――をディドールに持って行き、仕事にも仕事場にも慣れてきた数日後。
リーンが遊びに来た。
「お邪魔します、キミカゲ様。フリーの野郎は居ますか?」
家の奥まで通る元気な声。
ちらっと顔を出すと、やはり星影族の少年だった。何度か訪れているのか、慣れた様子で上がり込み、キミカゲに挨拶している。
「なんだ。診察時間は終わっただろ。……緊急か?」
足元からニケの声がしたので目を向ければ、黒い犬耳も壁から来客を覗いている。
いつの間に足元にきたのか。
ふたりして同じことをしていると、気づいたリーンが大きく手を振る。
「おおっ。いるじゃん。さっきぶりだな」
仕事を終えて帰ってきて、キミカゲの手伝いをしていたらもう夕方。
リーンがやってきたのはそんな時刻だった。
確かにさっきぶりである。
洗福にいるときより肩の力を抜いている先輩少年に、フリーはいそいそと近寄る。
「どうしたんですか? なにか俺、忘れ物でもしました?」
「してねーよ。なんだ堅苦しいな。仕事以外ではタメ口で構わないぜ? 俺様は寛容だかんな!」
フフンと自身を親指でさす先輩。
一人称が俺様になっておられる。
「タメ?」
リーンは大げさに額を叩く。
「っかー! これ知らないのかよ。敬語じゃなくていいってこった」
「へー。何故?」
真顔になるリーンに、キミカゲがいたたまれなくなったように眉間を揉んでいる。
だが、先輩もフリーの空気読めないっぷりに慣れてきたのか、大きなため息を吐く。
「まぁええわ……。お前に怒っても疲れるだけだって学習したぜ」
後ろでニケがうんうんと頷いていたが、フリーには見えていなかった。
「って、そうじゃなくて。お前「ド」が付くほどの無知で世間知らずだから、俺様がいい情報を持ってきてやったんだよ」
得意そうに胸を張る少年の横で、あぐらをかく。
「情報って?」
「おう。羽梨(はねなし)神社で……な……。お?」
するとここで、ニケがやってきた。
どうしてか限界まで頬を膨らませている。なにその顔、可愛い。はあ? 可愛い。はあ?
「ニケ?」
フリーの前までやってくるとくるりと背を向け、そのまま腰を下ろした。そして社長のごとくデーンともたれる。
「ンフッ」
横でおじいちゃんが吹き出した気がする。
困惑する青年と少年が顔を見合わせる。
フリーを社長椅子扱いしながら、ニケは客の少年を見上げる。
なんだか、フリーがこの少年と楽しく話しているのを見ていると、心がモヤモヤするというか、ざわざわするというか。とにかく嫌な気分になるのだ。
――翁と話しているのを見てもなにもならないのに、どうしたんだろう。
気が付くとフリーの足に座っていた。
まるで、自分のことを忘れてほしくないというように。
(若い子と暮らしていると、癒されるなぁ)
キミカゲから見れば、お兄ちゃんに友達が出来て寂しがっている弟の図、にしか見えなかった。あえて指摘せず小さく笑うだけにする。
「……話を戻すが、五日後に羽梨神社でお祭りがあるんだ」
キミカゲが笑っているのを見て、深刻なことではないと解釈したリーンが話を再開する。
「お前、さすがに神社は知ってるよな?」
「神社って、神様がいるところ、ですよね?」
リーンは感心した風な顔をした。
「流石にその辺は知っていたか。すごく安心した」
胸を押さえる少年に、フリーは引きつった顔であははと笑うことしかできなかった。
「もうそんな時期かぁ」
忙しくて行事を忘れがちなキミカゲに頷く。
「祭りって……」
フリーが話しかけると、三人の視線が一斉に集まった。フリーは「え? どうしたんだろう」と冷や汗をかきながら続ける。
「祭りって、どんなことをするんですか?」
空気が弛緩する。
「はぁ。ビビらすなよ。祭りってなんですか? とか聞かれるかと思ったぜ……」
汗を拭うリーンに、フリーは引きつった顔であははと(略)。
ニケが思い出すように顎に指を添える。
「夏風祭りでしたよね? 台風や害虫などに作物がダメにされないように、「風よけ」や「虫送り」的な意味がある……んでしたっけ?」
自信なさげな幼子にキミカゲが頷く。
「うん。その通り。で、ヒトの多い都市部では疫病が流行しやすいから、「厄除け」や「疫病退散」の祭祀が行われるんだ」
ぽけーと聞いているフリーに教えるように言う。
「夏祭りって呼んでるやつもいますけどね」
それは夏期の祭りの総称のようなものだが、若者は略すのがお好きなようだ。キミカゲは笑顔で口を開く。
「……まあ、私としては神に祈っている暇があるなら、手洗いうがいしろと言いたいね」
現実的な薬師の言葉に、三人の目が泳ぐ。
「そのお祭りに誘いにきたのかい?」
「そ、そうそう! 一緒に行こうぜ。色々案内してやるし」
出会ってまだ数日なのにお祭りに誘ってくるとは。仕事場でもほとんどが仕事内容の話ばかり(教えてもらっているので当然だが)だし、雑談した記憶などわずかで、そこまで親しいというわけではない。
まあ、フリーがそう思っているだけで、リーンからすればもうとっくに親しい仲だと思っている可能性がある。
そう考えると、心のどこかが喜んでいる気がした。二つ返事で了承しかけて、戸惑う。
「でも仕事が……」
「祭りは夕方からだよ、ったくよ~」
それなら仕事終わりに行ける。
ニケではなく、なんとなくキミカゲの裾を軽く引っ張る。
「あの~。お祭りって、どんなことするんですか? 何か持ち物とか……」
「ん? ああ。私らは特に何もしないよ。持ち物も財布ぐらいでいいだろう。羽梨では甘酒や色んな種類の和菓子、お守りなどを売り出すから、気楽に食べ歩きしてくるといい」
「食べ歩き? 米! 米はありますか?」
「ない」
ばっさりとニケが両断する。
項垂れる白髪に構わず、リーンがずいっと身を乗り出す。
「神楽もやるぜ! これはお勧めだ。見ておかないと損だぜ。なんたって羽梨の巫女さんはあの有名な双子巫女……」
興奮気味だった声がしぼむ。
「お前が神楽とか巫女さんを知ってるわけねぇか」
ふはっと鼻で笑われ、フリーはがたがたと震える。怒りなのか羞恥なのか。
ニケは椅子の感情になど興味なさそうにあくびする。
「ディドールさんは、誘わないのか?」
敬語じゃなくていいと言われたのでそうする。
フリーの言葉にがくぅと肩を落とした。
「真っ先に声かけたわ! でも、友達と先約があるからって……。あるからってぇ!」
「泣かないでくださいよ……」
フリーは目線を落とす。
「ニケも行く?」
言いたいことを言えてスッキリしたのか、鼻をすすりながらリーンはやっとニケのことを訊いてきた。
「そうそう。気になってたんだが、その子誰? キミカゲ様のお孫さん?」
種族が違うなぁ。
でもキミカゲは「そうです」と言いたかった。
苦笑するおじいちゃんに変わり、答えたのはフリーだった。
「この方はニケ。俺の雇い主です」
「あー。以前言ってた…………え?」
リーンの目が点になる。
フリーの膝に我が物顔で座っているのは、せいぜい十歳程度の幼子。
巨人(フリー)の雇い主だから、さぞ大男なんだろうなとぼんやり思っていたリーンの想像図が砕け散る。
「え? その子が? あ、もしかして雇い主の息子さんって意味か?」
「いえ?」
「お、俺をからかってるんじゃなく?」
フリーは口をへの字にする。
「なにか変か?」
「いやぁ、あの。成長が遅くて、大人でも子どもの見た目の種族はいるけど、その子は赤犬族だよな? 子どもじゃん!」
雇い主が子どもだと、いけないのだろうか。
それはいいとして、ニケがなんか静かなのが気になる。礼節を重んじ、お客さん、じゃなくてお客様には常に笑顔なニケが、リーンには挨拶もせず真顔。リーンは客ではないがあのヒスイにですら頑張って敬語を使っていたというのに。
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