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ルーカスの誤算
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「それ本当? 本当にどこまでも一緒に行ってくれるの?」
差し出されたルーカスの手のひらを見つめるリリーの双眸に光が戻る。
真顔で一つ、だが大きく頷くとリリーは破顔した。差し出されたルーカスの手を取り扉に向かってぐんぐんと歩き出す。
つんのめるような形で半ば強引に歩かされるルーカスは戸惑いの表情だ。
「どこ行くんだ⁉ 逃げるなら窓からの方が衛兵に見つかりにくい」
「逃げる? なんのこと? 今からお父様のに直談判に行くのよ!」
鼻息荒く意気込むリリーはルーカスの手をぎゅっと握る。
普段から剣の修練を欠かさないルーカスの手のひらは剣だこでごつごつとしている。お世辞にも触り心地がいいとは言えないが、リリーはこの手が好きだとときたま口にする。小さい頃、リリーが眠るまで手を繋いでいたことを思い出すのかもしれない。リリーにとってこの手は母の温もりと大差ない。
「あんまりだと思わない⁉ 政略結婚させられるだろうとは思っていたけど、まさか知らないうちに結婚式の招待状が出されているなんて! しかも式の日程は一週間後だったのよ! いくらお父様が私のことを嫌いだからってさすがにやり方がえげつないわ! そんなに私を追い出したいのなら面と向かって言えばいいのよ!」
さっきまでとは打って変わって饒舌をまき散らすリリーにルーカスは苦笑した。
リリーの華奢な背中が十年前のあの日と重なる。
六歳の時よりもはるかに大きくなっているのだが、あの時よりも小さく見えるのはこの十年間でルーカスがリリー以上に成長したからだ。獣人であるルーカスは成長とともに体躯も良くなり、今ではゆうに一八〇センチを超えている。にもかからず、小さな背中が異常に頼もしく見えることもあの日と変わらない。
リリーが困難や危険に立ち向かったとき逃げてくれるような人ならルカ―スは今ここにいないだろう。あの時、十年前の雨の日に殺されていたに違いなかった。
無意識に嘲笑が漏れた。
それは十年間もリリーに仕えていながら、彼女の性格を読み間違えた己に対してだ。
こんなことならさっさと連れて逃げておけばよかった。
「姫様はそうですよね……」
ため息に混じった後悔は、政務室に向かい猪突猛進中のリリーの耳朶を揺らすには不十分だった。
「何か言った?」
否定の意味を込め小さく首を横にふるも、前を歩いているリリーに見えるはずもなく、
「さっきから変よ? 具合でも悪いの?」
歩みを止め振り返ったリリーは心配げな表情を浮かべていた。
こんな時までリリーが心配するのは人のことだ。
無性に情けない心情に駆られた。
リリーがルーカスの体調を調べようと、繋いでいた手が解放される。あっさりと離れされた手に慌ててその手を掴み直した。
数年ぶりにきちんと握ったリリーの手の小ささに慄きながらも、しっかりと握り返す。少しでも体温がうつるよう強く、しかし壊してしまわないよう細心の注意をしながら。
「いえ、俺はどこまでも一緒に行きます。姫様が望むところまで」
差し出されたルーカスの手のひらを見つめるリリーの双眸に光が戻る。
真顔で一つ、だが大きく頷くとリリーは破顔した。差し出されたルーカスの手を取り扉に向かってぐんぐんと歩き出す。
つんのめるような形で半ば強引に歩かされるルーカスは戸惑いの表情だ。
「どこ行くんだ⁉ 逃げるなら窓からの方が衛兵に見つかりにくい」
「逃げる? なんのこと? 今からお父様のに直談判に行くのよ!」
鼻息荒く意気込むリリーはルーカスの手をぎゅっと握る。
普段から剣の修練を欠かさないルーカスの手のひらは剣だこでごつごつとしている。お世辞にも触り心地がいいとは言えないが、リリーはこの手が好きだとときたま口にする。小さい頃、リリーが眠るまで手を繋いでいたことを思い出すのかもしれない。リリーにとってこの手は母の温もりと大差ない。
「あんまりだと思わない⁉ 政略結婚させられるだろうとは思っていたけど、まさか知らないうちに結婚式の招待状が出されているなんて! しかも式の日程は一週間後だったのよ! いくらお父様が私のことを嫌いだからってさすがにやり方がえげつないわ! そんなに私を追い出したいのなら面と向かって言えばいいのよ!」
さっきまでとは打って変わって饒舌をまき散らすリリーにルーカスは苦笑した。
リリーの華奢な背中が十年前のあの日と重なる。
六歳の時よりもはるかに大きくなっているのだが、あの時よりも小さく見えるのはこの十年間でルーカスがリリー以上に成長したからだ。獣人であるルーカスは成長とともに体躯も良くなり、今ではゆうに一八〇センチを超えている。にもかからず、小さな背中が異常に頼もしく見えることもあの日と変わらない。
リリーが困難や危険に立ち向かったとき逃げてくれるような人ならルカ―スは今ここにいないだろう。あの時、十年前の雨の日に殺されていたに違いなかった。
無意識に嘲笑が漏れた。
それは十年間もリリーに仕えていながら、彼女の性格を読み間違えた己に対してだ。
こんなことならさっさと連れて逃げておけばよかった。
「姫様はそうですよね……」
ため息に混じった後悔は、政務室に向かい猪突猛進中のリリーの耳朶を揺らすには不十分だった。
「何か言った?」
否定の意味を込め小さく首を横にふるも、前を歩いているリリーに見えるはずもなく、
「さっきから変よ? 具合でも悪いの?」
歩みを止め振り返ったリリーは心配げな表情を浮かべていた。
こんな時までリリーが心配するのは人のことだ。
無性に情けない心情に駆られた。
リリーがルーカスの体調を調べようと、繋いでいた手が解放される。あっさりと離れされた手に慌ててその手を掴み直した。
数年ぶりにきちんと握ったリリーの手の小ささに慄きながらも、しっかりと握り返す。少しでも体温がうつるよう強く、しかし壊してしまわないよう細心の注意をしながら。
「いえ、俺はどこまでも一緒に行きます。姫様が望むところまで」
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