太陽と月のロンド ~国を追われた姫と獣の従者~

来栖アリス

文字の大きさ
上 下
6 / 7

ルーカスの誤算

しおりを挟む
「それ本当? 本当にどこまでも一緒に行ってくれるの?」
 差し出されたルーカスの手のひらを見つめるリリーの双眸に光が戻る。
 真顔で一つ、だが大きく頷くとリリーは破顔した。差し出されたルーカスの手を取り扉に向かってぐんぐんと歩き出す。
 つんのめるような形で半ば強引に歩かされるルーカスは戸惑いの表情だ。

「どこ行くんだ⁉ 逃げるなら窓からの方が衛兵に見つかりにくい」
「逃げる? なんのこと? 今からお父様のに直談判に行くのよ!」
 鼻息荒く意気込むリリーはルーカスの手をぎゅっと握る。

 普段から剣の修練を欠かさないルーカスの手のひらは剣だこでごつごつとしている。お世辞にも触り心地がいいとは言えないが、リリーはこの手が好きだとときたま口にする。小さい頃、リリーが眠るまで手を繋いでいたことを思い出すのかもしれない。リリーにとってこの手は母の温もりと大差ない。

「あんまりだと思わない⁉ 政略結婚させられるだろうとは思っていたけど、まさか知らないうちに結婚式の招待状が出されているなんて! しかも式の日程は一週間後だったのよ! いくらお父様が私のことを嫌いだからってさすがにやり方がえげつないわ! そんなに私を追い出したいのなら面と向かって言えばいいのよ!」
 さっきまでとは打って変わって饒舌をまき散らすリリーにルーカスは苦笑した。

 リリーの華奢な背中が十年前のあの日と重なる。
 六歳の時よりもはるかに大きくなっているのだが、あの時よりも小さく見えるのはこの十年間でルーカスがリリー以上に成長したからだ。獣人であるルーカスは成長とともに体躯も良くなり、今ではゆうに一八〇センチを超えている。にもかからず、小さな背中が異常に頼もしく見えることもあの日と変わらない。
 リリーが困難や危険に立ち向かったとき逃げてくれるような人ならルカ―スは今ここにいないだろう。あの時、十年前の雨の日に殺されていたに違いなかった。

 無意識に嘲笑が漏れた。
 それは十年間もリリーに仕えていながら、彼女の性格を読み間違えた己に対してだ。
 
 こんなことならさっさと連れて逃げておけばよかった。

「姫様はそうですよね……」
 ため息に混じった後悔は、政務室に向かい猪突猛進中のリリーの耳朶を揺らすには不十分だった。
「何か言った?」
 否定の意味を込め小さく首を横にふるも、前を歩いているリリーに見えるはずもなく、
「さっきから変よ? 具合でも悪いの?」
 歩みを止め振り返ったリリーは心配げな表情を浮かべていた。

 こんな時までリリーが心配するのは人のことだ。
 無性に情けない心情に駆られた。

 リリーがルーカスの体調を調べようと、繋いでいた手が解放される。あっさりと離れされた手に慌ててその手を掴み直した。
 数年ぶりにきちんと握ったリリーの手の小ささに慄きながらも、しっかりと握り返す。少しでも体温がうつるよう強く、しかし壊してしまわないよう細心の注意をしながら。
「いえ、俺はどこまでも一緒に行きます。姫様が望むところまで」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

世にも平和な物語

越知 学
恋愛
これは現実と空想の境界ラインに立つ140字物語。 何でもありの空想上の恋愛でさえ現実主義が抜けていない私は、その境界を仁王立ちで跨いでいる。 ありふれていそうで、どこか現実味に欠けているデジャブのような感覚をお届けします。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

リリーの幸せ

トモ
恋愛
リリーは小さい頃から、両親に可愛がられず、姉の影のように暮らしていた。近所に住んでいた、ダンだけが自分を大切にしてくれる存在だった。 リリーが7歳の時、ダンは引越してしまう。 大泣きしたリリーに、ダンは大人になったら迎えに来るよ。そう言って別れた。 それから10年が経ち、リリーは相変わらず姉の引き立て役のような存在のまま。 戻ってきたダンは… リリーは幸せになれるのか

処理中です...