5 / 7
招かざる客2
しおりを挟む
「リリー⁉」
悲鳴を聞きつけ間髪入れず窓から顔を覗かしたルーカスは異様な光景に盛大に頭上にクエスチョンを浮かべた。
リリーの私室に人がいるというだけでも珍しいのに、その人物が城内で最もリリーを嫌っているバステルとカラム。そして部屋の主は紙を見つめたまま微動だにしない。
「リリー様の悲鳴から十秒と経っていませんよ、発情期の犬とは恐ろしいものです。こんな獣を側に置いておくリリー様の神経を疑ってしまいますよ」
カラムの嫌味が炸裂し、バルテルが小さく笑う。
ここでようやく二人の存在に気がついたかのようにルーカスは顔をしかめたが、一瞥するだけで目は合わせない。
この間、リリーはというとずっと放心状態だった。
そんなリリーをざっと見、怪我がないことを確認するとルーカスは引き戻そうと声をかけた。
バルテルとカラムに暴力をふるわれたわけではわけではないらしい。
先ほどの出来事を見ていないルーカスはまさか兄が妹押し倒しかけていたなど想像すらできず、そう判断するしかなかった。
「姫様どうされました?」
「……ルーク」
リリーの瞳は見開かれ、今にも淡いグリーンの瞳が落ちてきそうだ。
ルーカスはリリーに手を伸ばしかけ、その手を引っ込めた。バルテルやカラムがいる前でリリーに触れようものなら、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃない。未だに窓枠にしがみつき、室内に足を踏み入れない理由もまたしかり。
「大丈夫ですか?」
「招待状なの」
「招待状?」
「結婚式の招待状なの」
「バルテル様かカラム様がご結婚なさるんですか?」
ルーカスが二人の名前を口にしたとたんバルテルが顔をしかめた。その顔は恐れ多くも獣人が自分の名を口にしたことが耐えられないとでも言いたげだった。
首を横にふるリリーにルーカスはさらに尋ねる。
「バステル様とカラム様でなければいったい誰が」
再びバルテルの名前を口にしたのは小さな抵抗だ。
しかしそんな意地の悪い思いは、バルテルの言葉で一瞬にして霧散した。
「一週間後、コイツは結婚するんだ」
バルテルがリリーを顎で指し、それにと付け加える。
「お前のような獣人と親密な女をもらってくれるのだ。感謝してもしきれんだろう」
「まったくおめでたいことです」
カラムも同意しリリーの手から招待状を取り上げた。
「これで私の王位も揺らがないものとなった。まさかないとは思っていたが、父上はコイツには甘いからな」
バルテルは高笑いをしながら、カラムを伴い部屋から出ていく。
残されたルーカスはためらいがちにリリーへと一歩近いた。
リリーは思考が追い付かないのか、逃避しているのか、はたまた信じられないのか。定かではないが視線は虚ろに宙に漂っていた。
そんなリリーに触れようとした手はそれ以上動くことはなかった。
リリーは他の男のものになってしまう。
もともと従者と姫では身分が違い過ぎる。どんなに強く望んだとしてもルーカスの望みは叶わないことは分かっていた。だからリリーが初潮をむかえたとき一線を引いた。これ以上リリーに想いを寄せることがあってはいけない。必要以上に慣れ合わないようにしてきたつもりだった。きれいごとかもしれないが、リリーが笑っていればそれでいいと思った。陰ながらリリーを守れればそれでいい。
だが、そんなことにはお構いなくこの世で唯一愛している女は目の前で無防備に笑う。だけど決して本気で手を伸ばしてはいけないのだ。決して欲してはいけないのだ。
それがどんなに残酷なことか、リリーには分からないだろう。
「ルーク」
リリーが湿り気を含んだ声で名前を呼ぶ。
これが最後のチャンスなのかもしれない。そう思ったらたまらなくなった。
リリーに向かい手を差し出す。
「リリーが望むなら俺はどこまでも一緒に行く」
こんな時まで女に答えを選択させるなんて卑怯だ。
それでも雛鳥の刷り込みの如くルーカスを慕ってくるリリーならばその手を迷いなくとるだろう。そう信じて疑わなかった。
悲鳴を聞きつけ間髪入れず窓から顔を覗かしたルーカスは異様な光景に盛大に頭上にクエスチョンを浮かべた。
リリーの私室に人がいるというだけでも珍しいのに、その人物が城内で最もリリーを嫌っているバステルとカラム。そして部屋の主は紙を見つめたまま微動だにしない。
「リリー様の悲鳴から十秒と経っていませんよ、発情期の犬とは恐ろしいものです。こんな獣を側に置いておくリリー様の神経を疑ってしまいますよ」
カラムの嫌味が炸裂し、バルテルが小さく笑う。
ここでようやく二人の存在に気がついたかのようにルーカスは顔をしかめたが、一瞥するだけで目は合わせない。
この間、リリーはというとずっと放心状態だった。
そんなリリーをざっと見、怪我がないことを確認するとルーカスは引き戻そうと声をかけた。
バルテルとカラムに暴力をふるわれたわけではわけではないらしい。
先ほどの出来事を見ていないルーカスはまさか兄が妹押し倒しかけていたなど想像すらできず、そう判断するしかなかった。
「姫様どうされました?」
「……ルーク」
リリーの瞳は見開かれ、今にも淡いグリーンの瞳が落ちてきそうだ。
ルーカスはリリーに手を伸ばしかけ、その手を引っ込めた。バルテルやカラムがいる前でリリーに触れようものなら、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃない。未だに窓枠にしがみつき、室内に足を踏み入れない理由もまたしかり。
「大丈夫ですか?」
「招待状なの」
「招待状?」
「結婚式の招待状なの」
「バルテル様かカラム様がご結婚なさるんですか?」
ルーカスが二人の名前を口にしたとたんバルテルが顔をしかめた。その顔は恐れ多くも獣人が自分の名を口にしたことが耐えられないとでも言いたげだった。
首を横にふるリリーにルーカスはさらに尋ねる。
「バステル様とカラム様でなければいったい誰が」
再びバルテルの名前を口にしたのは小さな抵抗だ。
しかしそんな意地の悪い思いは、バルテルの言葉で一瞬にして霧散した。
「一週間後、コイツは結婚するんだ」
バルテルがリリーを顎で指し、それにと付け加える。
「お前のような獣人と親密な女をもらってくれるのだ。感謝してもしきれんだろう」
「まったくおめでたいことです」
カラムも同意しリリーの手から招待状を取り上げた。
「これで私の王位も揺らがないものとなった。まさかないとは思っていたが、父上はコイツには甘いからな」
バルテルは高笑いをしながら、カラムを伴い部屋から出ていく。
残されたルーカスはためらいがちにリリーへと一歩近いた。
リリーは思考が追い付かないのか、逃避しているのか、はたまた信じられないのか。定かではないが視線は虚ろに宙に漂っていた。
そんなリリーに触れようとした手はそれ以上動くことはなかった。
リリーは他の男のものになってしまう。
もともと従者と姫では身分が違い過ぎる。どんなに強く望んだとしてもルーカスの望みは叶わないことは分かっていた。だからリリーが初潮をむかえたとき一線を引いた。これ以上リリーに想いを寄せることがあってはいけない。必要以上に慣れ合わないようにしてきたつもりだった。きれいごとかもしれないが、リリーが笑っていればそれでいいと思った。陰ながらリリーを守れればそれでいい。
だが、そんなことにはお構いなくこの世で唯一愛している女は目の前で無防備に笑う。だけど決して本気で手を伸ばしてはいけないのだ。決して欲してはいけないのだ。
それがどんなに残酷なことか、リリーには分からないだろう。
「ルーク」
リリーが湿り気を含んだ声で名前を呼ぶ。
これが最後のチャンスなのかもしれない。そう思ったらたまらなくなった。
リリーに向かい手を差し出す。
「リリーが望むなら俺はどこまでも一緒に行く」
こんな時まで女に答えを選択させるなんて卑怯だ。
それでも雛鳥の刷り込みの如くルーカスを慕ってくるリリーならばその手を迷いなくとるだろう。そう信じて疑わなかった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

世にも平和な物語
越知 学
恋愛
これは現実と空想の境界ラインに立つ140字物語。
何でもありの空想上の恋愛でさえ現実主義が抜けていない私は、その境界を仁王立ちで跨いでいる。
ありふれていそうで、どこか現実味に欠けているデジャブのような感覚をお届けします。

前世を思い出した我儘王女は心を入れ替える。人は見た目だけではありませんわよ(おまいう)
多賀 はるみ
恋愛
私、ミリアリア・フォン・シュツットはミターメ王国の第一王女として生を受けた。この国の外見の美しい基準は、存在感があるかないか。外見が主張しなければしないほど美しいとされる世界。
そんな世界で絶世の美少女として、我儘し放題過ごしていたある日、ある事件をきっかけに日本人として生きていた前世を思い出す。あれ?今まで私より容姿が劣っていると思っていたお兄様と、お兄様のお友達の公爵子息のエドワルド・エイガさま、めちゃめちゃ整った顔してない?
今まで我儘ばっかり、最悪な態度をとって、ごめんなさい(泣)エドワルドさま、まじで私の理想のお顔。あなたに好きになってもらえるように頑張ります!
-------だいぶふわふわ設定です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。


【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる