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招かざる客2
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「リリー⁉」
悲鳴を聞きつけ間髪入れず窓から顔を覗かしたルーカスは異様な光景に盛大に頭上にクエスチョンを浮かべた。
リリーの私室に人がいるというだけでも珍しいのに、その人物が城内で最もリリーを嫌っているバステルとカラム。そして部屋の主は紙を見つめたまま微動だにしない。
「リリー様の悲鳴から十秒と経っていませんよ、発情期の犬とは恐ろしいものです。こんな獣を側に置いておくリリー様の神経を疑ってしまいますよ」
カラムの嫌味が炸裂し、バルテルが小さく笑う。
ここでようやく二人の存在に気がついたかのようにルーカスは顔をしかめたが、一瞥するだけで目は合わせない。
この間、リリーはというとずっと放心状態だった。
そんなリリーをざっと見、怪我がないことを確認するとルーカスは引き戻そうと声をかけた。
バルテルとカラムに暴力をふるわれたわけではわけではないらしい。
先ほどの出来事を見ていないルーカスはまさか兄が妹押し倒しかけていたなど想像すらできず、そう判断するしかなかった。
「姫様どうされました?」
「……ルーク」
リリーの瞳は見開かれ、今にも淡いグリーンの瞳が落ちてきそうだ。
ルーカスはリリーに手を伸ばしかけ、その手を引っ込めた。バルテルやカラムがいる前でリリーに触れようものなら、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃない。未だに窓枠にしがみつき、室内に足を踏み入れない理由もまたしかり。
「大丈夫ですか?」
「招待状なの」
「招待状?」
「結婚式の招待状なの」
「バルテル様かカラム様がご結婚なさるんですか?」
ルーカスが二人の名前を口にしたとたんバルテルが顔をしかめた。その顔は恐れ多くも獣人が自分の名を口にしたことが耐えられないとでも言いたげだった。
首を横にふるリリーにルーカスはさらに尋ねる。
「バステル様とカラム様でなければいったい誰が」
再びバルテルの名前を口にしたのは小さな抵抗だ。
しかしそんな意地の悪い思いは、バルテルの言葉で一瞬にして霧散した。
「一週間後、コイツは結婚するんだ」
バルテルがリリーを顎で指し、それにと付け加える。
「お前のような獣人と親密な女をもらってくれるのだ。感謝してもしきれんだろう」
「まったくおめでたいことです」
カラムも同意しリリーの手から招待状を取り上げた。
「これで私の王位も揺らがないものとなった。まさかないとは思っていたが、父上はコイツには甘いからな」
バルテルは高笑いをしながら、カラムを伴い部屋から出ていく。
残されたルーカスはためらいがちにリリーへと一歩近いた。
リリーは思考が追い付かないのか、逃避しているのか、はたまた信じられないのか。定かではないが視線は虚ろに宙に漂っていた。
そんなリリーに触れようとした手はそれ以上動くことはなかった。
リリーは他の男のものになってしまう。
もともと従者と姫では身分が違い過ぎる。どんなに強く望んだとしてもルーカスの望みは叶わないことは分かっていた。だからリリーが初潮をむかえたとき一線を引いた。これ以上リリーに想いを寄せることがあってはいけない。必要以上に慣れ合わないようにしてきたつもりだった。きれいごとかもしれないが、リリーが笑っていればそれでいいと思った。陰ながらリリーを守れればそれでいい。
だが、そんなことにはお構いなくこの世で唯一愛している女は目の前で無防備に笑う。だけど決して本気で手を伸ばしてはいけないのだ。決して欲してはいけないのだ。
それがどんなに残酷なことか、リリーには分からないだろう。
「ルーク」
リリーが湿り気を含んだ声で名前を呼ぶ。
これが最後のチャンスなのかもしれない。そう思ったらたまらなくなった。
リリーに向かい手を差し出す。
「リリーが望むなら俺はどこまでも一緒に行く」
こんな時まで女に答えを選択させるなんて卑怯だ。
それでも雛鳥の刷り込みの如くルーカスを慕ってくるリリーならばその手を迷いなくとるだろう。そう信じて疑わなかった。
悲鳴を聞きつけ間髪入れず窓から顔を覗かしたルーカスは異様な光景に盛大に頭上にクエスチョンを浮かべた。
リリーの私室に人がいるというだけでも珍しいのに、その人物が城内で最もリリーを嫌っているバステルとカラム。そして部屋の主は紙を見つめたまま微動だにしない。
「リリー様の悲鳴から十秒と経っていませんよ、発情期の犬とは恐ろしいものです。こんな獣を側に置いておくリリー様の神経を疑ってしまいますよ」
カラムの嫌味が炸裂し、バルテルが小さく笑う。
ここでようやく二人の存在に気がついたかのようにルーカスは顔をしかめたが、一瞥するだけで目は合わせない。
この間、リリーはというとずっと放心状態だった。
そんなリリーをざっと見、怪我がないことを確認するとルーカスは引き戻そうと声をかけた。
バルテルとカラムに暴力をふるわれたわけではわけではないらしい。
先ほどの出来事を見ていないルーカスはまさか兄が妹押し倒しかけていたなど想像すらできず、そう判断するしかなかった。
「姫様どうされました?」
「……ルーク」
リリーの瞳は見開かれ、今にも淡いグリーンの瞳が落ちてきそうだ。
ルーカスはリリーに手を伸ばしかけ、その手を引っ込めた。バルテルやカラムがいる前でリリーに触れようものなら、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃない。未だに窓枠にしがみつき、室内に足を踏み入れない理由もまたしかり。
「大丈夫ですか?」
「招待状なの」
「招待状?」
「結婚式の招待状なの」
「バルテル様かカラム様がご結婚なさるんですか?」
ルーカスが二人の名前を口にしたとたんバルテルが顔をしかめた。その顔は恐れ多くも獣人が自分の名を口にしたことが耐えられないとでも言いたげだった。
首を横にふるリリーにルーカスはさらに尋ねる。
「バステル様とカラム様でなければいったい誰が」
再びバルテルの名前を口にしたのは小さな抵抗だ。
しかしそんな意地の悪い思いは、バルテルの言葉で一瞬にして霧散した。
「一週間後、コイツは結婚するんだ」
バルテルがリリーを顎で指し、それにと付け加える。
「お前のような獣人と親密な女をもらってくれるのだ。感謝してもしきれんだろう」
「まったくおめでたいことです」
カラムも同意しリリーの手から招待状を取り上げた。
「これで私の王位も揺らがないものとなった。まさかないとは思っていたが、父上はコイツには甘いからな」
バルテルは高笑いをしながら、カラムを伴い部屋から出ていく。
残されたルーカスはためらいがちにリリーへと一歩近いた。
リリーは思考が追い付かないのか、逃避しているのか、はたまた信じられないのか。定かではないが視線は虚ろに宙に漂っていた。
そんなリリーに触れようとした手はそれ以上動くことはなかった。
リリーは他の男のものになってしまう。
もともと従者と姫では身分が違い過ぎる。どんなに強く望んだとしてもルーカスの望みは叶わないことは分かっていた。だからリリーが初潮をむかえたとき一線を引いた。これ以上リリーに想いを寄せることがあってはいけない。必要以上に慣れ合わないようにしてきたつもりだった。きれいごとかもしれないが、リリーが笑っていればそれでいいと思った。陰ながらリリーを守れればそれでいい。
だが、そんなことにはお構いなくこの世で唯一愛している女は目の前で無防備に笑う。だけど決して本気で手を伸ばしてはいけないのだ。決して欲してはいけないのだ。
それがどんなに残酷なことか、リリーには分からないだろう。
「ルーク」
リリーが湿り気を含んだ声で名前を呼ぶ。
これが最後のチャンスなのかもしれない。そう思ったらたまらなくなった。
リリーに向かい手を差し出す。
「リリーが望むなら俺はどこまでも一緒に行く」
こんな時まで女に答えを選択させるなんて卑怯だ。
それでも雛鳥の刷り込みの如くルーカスを慕ってくるリリーならばその手を迷いなくとるだろう。そう信じて疑わなかった。
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