太陽と月のロンド ~国を追われた姫と獣の従者~

来栖アリス

文字の大きさ
上 下
1 / 7

太陽と月の出会い

しおりを挟む
「この犬畜生が‼」
「獣の分際で」

 腹に蹴りをくらい息が詰まった。
 よろめき地面に倒れると追い打ちをかけ背中に痛みが走る。

「汚らしい! 近づくじゃねーよ」

 だったら放っておいてくれ。
 近づくなといいながら寄ってたかっていたぶりまわしているのはどこのどいつだ。

 大勢の容赦ない蹴りが体にくい込む。最初は数えていた暴力の数も二十を超えたあたりからわからなくなった。
 だけどお前たちの顔は忘れない。地に這いつくばり、泥にまみれ耐えた屈辱は体に刻まれている。
    覚えていろ。大人になったらお前らなんて一人残らず噛み殺してやる。

 獣人は人間よりも遥かに身体能力が優れている。とはいえ、まだ成長段階の体は大人数人を相手にすると手も足も出ないどころか逃げることすらままならない。
    食って掛かかりたかったが、腹を蹴られた反動で掠れたうめき声が出ただけだった。

 その声を苦痛ととらえたのだろう。一人の男が満足そうに髪を鷲掴む。
 まだ幼く軽い体は軽々と宙に浮いた。

「気味悪い目ェしやがって。毒虫と同じ色だ」
 男と目線が揃うと、男は吐き捨てた。
「ああ、だけどまだ毒虫の方が蜜をつくるぶんましってもんだ」

 下卑た笑いを浮かべる男はウジ虫にどことなく似ている。 

 こいつは馬鹿か。
    蜂のことをいっているのなら黄色と黒の縞模様だ。長年気味悪がられてきた黄色い瞳も、さすがに縞模様ではない。
 抵抗したいが、好き勝手に殴られた体はいうことをきかない。手足も尻尾もだらりと力なく垂れ下がったままピクリとも動かなかった。
 悔しまぎれに男の顔に唾を吐きかける。血液が混ざった唾液は僅かに赤く、男の頬を汚した。

「このクソ餓鬼ゃっ!!」

 体に駆け抜けた衝撃で地面に投げ捨てられたのだとわかった。
 刃の擦れる音とともに男が腰に携えていた剣が抜かれる。

「殺してやる」

 男は相当血がのぼっているのか、顔は熟れたトマトのようだ。口汚く罵っているが、もはやその意味を理解する余裕はなかった。
 野次たちも男を煽る。人々の目に宿るものは憎悪と恐怖だ。

 今より遥か昔、獣人の数が多かった頃は人間が殺されていたと聞く。
 人間から忌み嫌われている獣人なんて殺された方がいい。ここにいる誰もがそう思っている。
 振り上げられた剣が、曇天の合間を縫って降り注ぐ僅かな光を反射し不気味に光る。
 逃げないと殺される。
    だけど、そんな力はどこにも残されていなかった。
 記憶にある限り親も身寄りもない。誰かの助けなど期待するだけ無駄だった。

 生きること諦めたその時、甲高い声が喚声を割った。

「やめなさい!!!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

同級生に劣情を抱いてしまった

上島治麻
恋愛
最初は好きな子の話を聞きたかっただけなのに……なんでも受け入れてくる彼に惹かれて抱いてしまう劣情が溢れていく女の子の話です。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

リリーの幸せ

トモ
恋愛
リリーは小さい頃から、両親に可愛がられず、姉の影のように暮らしていた。近所に住んでいた、ダンだけが自分を大切にしてくれる存在だった。 リリーが7歳の時、ダンは引越してしまう。 大泣きしたリリーに、ダンは大人になったら迎えに来るよ。そう言って別れた。 それから10年が経ち、リリーは相変わらず姉の引き立て役のような存在のまま。 戻ってきたダンは… リリーは幸せになれるのか

処理中です...