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第150章 謎解きの続き
2018.5.16 私は、自分なりの苦悩を綴っていた。
しおりを挟む5月30日が、ジャンヌ・ダルクの命日だということを、私は、昨日まで知らなかった。
(申し訳ないが、昨日まで、ジャンヌ・ダルクに興味が湧かなかった。)
当然、1920年5月16日が、ジャンヌ・ダルクが列聖された日だとも知らない。
何の因果か?2018年5月30日、
ジャンヌ・ダルクの命日に、
『モナ・リザ新たなるタイトルに向けて』という、
私のブログは、突然閉鎖された。
ジャンヌ・ダルクの列聖記念の日である5月16日に、私は、苦悩を綴っている。
「現状のままではいけない。何か対策を練らねば!」
2018/05/16 08:55
2009年の6月、霊がかりに合い、
偉大なる芸術家の魂から、沢山のメッセージを貰った。
レオナルドが、ルーブル美術館に対し、何故そこまでご立腹だったのか?
その真相が、9年間経った今、ようやく理解出来た。
私は、ルーブル美術館へ行ったことはないから大きな事は言えないが、写真や動画を観る限り、本物ではないと確信を強めた。
ルーブルは、展示しているモナ・リザがレプリカであることを、きちんと説明しているのだろうか?
例えば
「経年劣化や変色に耐えうることが、これ以上出来なくなったので、複製画を展示しています。」
みたいな説明書は必要だと思う。
あのような、よく分からない作品を展示し続けたら、益々、芸術の崇高さ、ダ・ヴィンチ絵画の素晴らしさを理解出来る人は、少なくなり
《モナ・リザは、何が良いか分からないけど、皆んなが良いと言っているから、きっと良いのだろう》
とか
《ダ・ヴィンチが描いた肖像画だから、きっと良いものに違いない》
という安易な考え方しか出来ない人が 増え続ける。
また、イルミナティやフリーメイソン絡みの問題や、はたまた宇宙人がどうのこうのとか、色々なミステリーにこじ付けられ、モナ・リザ本来の神秘の輝きに目を向ける人が、少なくなっているのも確かだ。
どんなに美しかった人でも、年を取れば
確実に【老い】はやってくる。
事実、モナ・リザは、人間が年を重ねるように老けていった。
それが、天才ダ・ヴィンチによる計算なのか?偶然なのかは分からないが、モナ・リザは、人間のように、確実に年を取っていった。
姿形は衰えても、年を取ったからこそ、見られる、深い情愛や、悟りや、内なる輝きや、内面の神秘を感じ取れとでも、
レオナルドは、言っているのだろうか?
とにかく、現状のままではいけない。
何か対策を練らねば!
●再び、明記
『ジャンヌ・ダルク列聖』
ジャンヌ・ダルク列聖(英語: Canonization of Joan of Arc)とは、1920年5月16日、ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世により(教皇勅書『ディヴィナ・ディスポネンテ』による)
カトリック教会の聖人に列聖されたことをいう。
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