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出窓の手すりにスズメがやってきた。
下を覗いたり、こちらに囀ったりしているのが分かった。
まだ幼鳥だろう。産毛が残っている。油断していけないことをまだ学んでないのである。
餌の催促だろう。
窓下の槇の木の南側に、この春から手作りのフィーダー(餌台)を設置した。
何か深い考えがあったわけではなく、小学生の娘が喜ぶだろう、とただ想ったからで、はじめは本当に鳥など来るのだろうか、とあまり当てにはしなかったのだが、気が付けば、スズメが大挙して来るようになり、近頃は餌やりが娘の朝の日課になった。
スズメの幼鳥は、すぐに飛び去った。
私は、本を机に置き、アイビーのことを想いやった。
(今日も餌をあげに行かないと)
アイビーとは、猫の名前。
二歳のアビシニアン。私の客の猫だ。
「ちゃんと餌を時間どおりにあげないと、何でも変なものを探してきて食べようとするのよ」
客は、よくそう言っていた。
もう亡くなってしまった、客であった。
享年七十九歳だったという。私にはもっと年老いて見えたけど。
頭はとても明晰だったが、外見は八十半ば、だと私には見えた。
それは、自分の祖父母のイメージが私にあるせいか。他の人には、年相応に見えただろうか。
とにかく、その私の副業の初めての顧客、渡辺由紀子が亡くなったのは、三回目の緊急事態宣言が出されて一週間後の、五月の始めだった。
彼女は、海からせり上がった丘の上の一軒家に、独り暮らしていた。
そんな老婆が、インターネットで私のサイトを検索したわけもなく、最初は、彼女の孫娘が私にコンタクトを取ってきたのであった。
いや、正確には、なんと言えばいいか、戸籍上の孫娘ではない。
もっとも私が、そのことを知ったのは、渡辺氏が亡くなった後のことだ。
じゃあ、あの大学生らしき女は、誰なのか。
私にはまだ、それが分からない。
分かっているのは、渡辺由紀子には、娘が二人居て、長女はカナダに住んでおり、折り合いが悪い次女が居ることだけだった。その次女には、子供が居ないらしいので、つまり、渡辺由紀子には孫娘はいないはずだった。
そういうことは、渡辺由紀子が亡くなった後、彼女の次女の里子が、私が訊いてもいないのに話したことだった。
その里子に、私は、その「孫娘」のことは一切話していない。特に理由はない。ただ、渡辺里子が訊いてこなかったからだ。
渡辺由紀子の最初の依頼は、縁側の修繕だった。
床板や縁の木が、傷んで割れてきたのであった。
私はすべて縁側を作り直す事もできるし、傷んでいるところを中心に最小限の範囲を修繕することもできると、渡辺に説明して、どちらかを選ばせた。
渡辺は、後者を選んだ。
「そのほうが、面白いわね」
要するに、見物のし甲斐があるというわけだった。
渡辺は、私が作業するのを、縁側のすぐ近くまで籐椅子を運んできて、アイビーを抱きながら、ずっと眺めていたものである。
「裏山の竹、帰りがけに見てくれるかしら。すごいの庭にまで迫って来て。前は、庭師にお願いしていたのだけど、それだけ頼むのもねえ」
そうやって、仕事が増え、売上も増えて行く。
それは私の目論見通りなので、願ったりかなったりだった。
この辺りの、いわゆる「小田舎」には、意外と裕福な一人暮らしの年寄が居るはずだ、というのが、妻と私の仮説で、そういう年寄は、家の周りの細々とした事に困っているはずだ、という想像が、この副業を始めたきっかけであった。
まあ、どうなるか分からないが、やばいことは断れば良いし、とあまり深く考えていなかったのだが。
しかし、アイビーのことは、どうしたものか。
渡辺里子は、始め、私に猫を引き取ってくれ、と言ったきた。
もちろん、私はそれはできない、と言下に断った。当然である。生き物だ。どうするかは、飼い主、いや飼い主の遺族が考えるべき事・・・。
(いや、そうかあ。お前は便利屋だろう。何でもやれよ)
善後策として里子が提示したのは、少しの間、続けて餌だけやりにきて、というものであった。もちろん追加の手間賃は払うと。
しかし、そう言ったきり、里子は全く現れなくなった。
そして、もうすぐ二ヶ月。
「やっぱり・・・」
私は、独り言をつぶやく。
そこに、妻が階下から、私を呼びに来た。
「ご飯よ。何回呼ばせるのよ」
車を、渡辺の家に向かって走らせながら、私は考えていた。
(そもそも、生先短いのに、なんで子猫を飼い始めたんだよ、あの婆さんは。猫って、十年以上は生きるよなあ)
その思いは、前から抱いていたことで、最初は単なる苦言だった。しかし、もしかして、それは何か意味があることなのではないか、と今は思い始めている。
私の古い緑のフィアットは、坂を上がりきり、渡辺邸のドライブウェイを入った。
鍵を開け、玄関を入る。
「おはようございます」
誰もない家の中に向かって私はつぶやいた。
応答があるわけは無いが、代わりにアイビーがすぐにやってきた。
「ニャア」
私は、居間を抜け、縁側に続く部屋に進み、カーテンを引き、戸を開け放った。
相模湾が見えた。
私はまるで、その家の住人のように、深呼吸と伸びをした。
「ニャア」
「ごめんごめん、待ってな」
私は、皿を持ってきて、餌缶を開けた。
催促したわりには、飛びついたりしないアイビーだった。
すべて皿の上のものが整って、私が、いいよ、と言ってからでないと口を付けないのだ。
躾が良かったのか、血統か、私は知らない。
「処分なんて、できるわけないじゃんな」
私は、決心して、居間に歩いていった。
ファックス兼電話機は、冷蔵庫の右である。
初めて踏み入れるエリア。
想ったとおり、知人や親戚などの電話番号が書かれた厚紙が、電話機の上の壁に鋲で留めてあった。
「ほんとうはいけないことだけど、ごめんなさい」
私は、自分なりの解釈を付けながら、上から順に名前を読んでいった。
娘だろう、親戚だろう・・・。
「やっぱり、これだな」
一つだけ、苗字が無く、カタカナに「ちゃん」付けで書かれた名前があった。
それが、私が渡辺由紀子の孫だと思い込み、そして、便利屋の依頼の電話を掛けてきた若い女に違いなかった。
受話器を取ってみた。
まだ、回線が生きている。
しかし、私は考えた末に、自分の携帯からダイヤルすることにした。
「アイリちゃん、か」
私はそうつぶやきながら、応答を待った。
電話には誰も出ずに、留守番案内が流れた。
私は、要件をメッセージで残すことにし、話し始める。
「突然すみません。便利屋「猫の手」のタグチと申します。渡辺・・・」
「もしもし、すみません・・・」
見慣れない番号に警戒したらしかった。
「いえいえ。こちらこそ、突然すみません。亡くなられた、渡辺由紀子さんのことで相談がありまして、お電話しました」
「・・・、やっぱり」
「え、もしかして・・・」
「亡くなったんですね・・・、いつですか」
「そうなんです。五月の初めです」
「やっぱり・・・。電話に出ないから何かあったんだろうと想っていたんですが、お祖母様の家の鍵も持っていないし、入れないから行っても仕方ない、と想っていたんです。やっぱり・・・」
落胆と、狼狽が電話越しに伝わってきた。
これは、俄には本題に入れない、と私は瞬時に悟った。
「あの、渡辺さんの娘さんに連絡して、菩提寺のこと訊いてみますよ」
そう約束したが、私は電話を切ってから、安請け合いをしてしまったことを少し後悔した。
(そもそも、ただの便利屋に、菩提寺の場所を教えてくれるのか)
私は、渡辺里子の携帯の番号を検索しながら、どういう方便を使おうか思案した。
(これしかない)
「あ、便利屋のタグチです」
「ああ、どうしたんですか」
「あの、猫。猫の引き取り手が見つかりそうなんです。渡辺さんの近所の方で、老夫婦なんですが」
「あ、それは良かった。助かる」
「それでですね。その方たちが、渡辺さんの猫をいただくんだから、お墓にお参りに行きたい、とおっしゃってて。差し支えなければ、渡辺さんの菩提寺をお聞きしたいと思いまして」
私の作戦は成功した。
ただ、もし、彼女が猫を飼えないと言ったら、アウトなのだが・・・。
梅雨の晴れ間だった。
金田愛梨は、水色のワンピースに、つば広の白い帽子を被って現れた。
彼女を後部座席に乗せて、私は車を長谷寺に向けて走らせた。
「この度は、いろいろとありがとうございます」
「いえいえ」
私は少し考え、口を開いた。
「でも、合葬墓とは、渡辺さんらしいと言うか、よくよく考えたんでしょうか」
やはり、単刀直入すぎた。彼女は、答えに窮したようだった。
車は、江ノ電の線路を渡った。
「でも、良かったです。それなら、私もいつだって気兼ねなく来られるので」
私ははっとした。
(渡辺由紀子は、そこまで考えていたのか)
車を長谷寺の駐車場に入れ、合葬墓へは私も一緒に行くことにした。
墓参の最中、彼女は意外にも涙を流すことはなかった。
私達は、墓参のあと、藤棚のある見晴台に行って、海を眺めた。
「お祖母様、海の景色が好きだったから、だからこの場所を選んだんでしょうね」
「そうでしょうね。いい眺めだ」
海に浮かぶ、ウインドサーフィンのセイルが見えた。
私は、最後の仕事に取り掛かることにした。
渡辺由紀子からの、最後の無言の依頼。
「猫。アイビー。引き取ってもらえませんか」
彼女は、海から向き直って、私を見つめた。
何かを懇願するような眼差しだった。
「そう、猫のことが心配だった」
私のほうが耐えられず、目線を海に向けて、話を続けた。
「別にこれは、渡辺さんから依頼されたわけじゃないんですけどね。もし、私が急に入院するようなことがあったら、アイビーの餌やりをお願いしますということで、前金で一ヶ月分の餌代を預かってましてね。もう二ヶ月以上経ちましたが」
「すみません、私が残りを払いますので。それに、猫の事も引き受けます」
「良かったあ。断られたら、うちで飼わないといけないと想ってたところでした。渡辺里子さんには、架空の老夫婦が引き取ることになったと嘘を言って、この場所を訊いたから」
「あらら」
彼女は、少し吹き出して笑顔を見せ、私もそれに合わせて笑った。
彼女は、たぶん、渡辺由紀子とは血がつながっていない関係なのだろう。
それでも、お祖母様と孫と呼び合う関係なのだ。
いや、実際には、実の血縁よりも深い、思い合う仲であったのだ。
想像はいかようにもできる。いや実際に尋ねたら、彼女は包み隠さず話してくれただろう。
しかし、私はそれをしなかった。
その日で、私の初めての客、渡辺由紀子の依頼は終了した。
下を覗いたり、こちらに囀ったりしているのが分かった。
まだ幼鳥だろう。産毛が残っている。油断していけないことをまだ学んでないのである。
餌の催促だろう。
窓下の槇の木の南側に、この春から手作りのフィーダー(餌台)を設置した。
何か深い考えがあったわけではなく、小学生の娘が喜ぶだろう、とただ想ったからで、はじめは本当に鳥など来るのだろうか、とあまり当てにはしなかったのだが、気が付けば、スズメが大挙して来るようになり、近頃は餌やりが娘の朝の日課になった。
スズメの幼鳥は、すぐに飛び去った。
私は、本を机に置き、アイビーのことを想いやった。
(今日も餌をあげに行かないと)
アイビーとは、猫の名前。
二歳のアビシニアン。私の客の猫だ。
「ちゃんと餌を時間どおりにあげないと、何でも変なものを探してきて食べようとするのよ」
客は、よくそう言っていた。
もう亡くなってしまった、客であった。
享年七十九歳だったという。私にはもっと年老いて見えたけど。
頭はとても明晰だったが、外見は八十半ば、だと私には見えた。
それは、自分の祖父母のイメージが私にあるせいか。他の人には、年相応に見えただろうか。
とにかく、その私の副業の初めての顧客、渡辺由紀子が亡くなったのは、三回目の緊急事態宣言が出されて一週間後の、五月の始めだった。
彼女は、海からせり上がった丘の上の一軒家に、独り暮らしていた。
そんな老婆が、インターネットで私のサイトを検索したわけもなく、最初は、彼女の孫娘が私にコンタクトを取ってきたのであった。
いや、正確には、なんと言えばいいか、戸籍上の孫娘ではない。
もっとも私が、そのことを知ったのは、渡辺氏が亡くなった後のことだ。
じゃあ、あの大学生らしき女は、誰なのか。
私にはまだ、それが分からない。
分かっているのは、渡辺由紀子には、娘が二人居て、長女はカナダに住んでおり、折り合いが悪い次女が居ることだけだった。その次女には、子供が居ないらしいので、つまり、渡辺由紀子には孫娘はいないはずだった。
そういうことは、渡辺由紀子が亡くなった後、彼女の次女の里子が、私が訊いてもいないのに話したことだった。
その里子に、私は、その「孫娘」のことは一切話していない。特に理由はない。ただ、渡辺里子が訊いてこなかったからだ。
渡辺由紀子の最初の依頼は、縁側の修繕だった。
床板や縁の木が、傷んで割れてきたのであった。
私はすべて縁側を作り直す事もできるし、傷んでいるところを中心に最小限の範囲を修繕することもできると、渡辺に説明して、どちらかを選ばせた。
渡辺は、後者を選んだ。
「そのほうが、面白いわね」
要するに、見物のし甲斐があるというわけだった。
渡辺は、私が作業するのを、縁側のすぐ近くまで籐椅子を運んできて、アイビーを抱きながら、ずっと眺めていたものである。
「裏山の竹、帰りがけに見てくれるかしら。すごいの庭にまで迫って来て。前は、庭師にお願いしていたのだけど、それだけ頼むのもねえ」
そうやって、仕事が増え、売上も増えて行く。
それは私の目論見通りなので、願ったりかなったりだった。
この辺りの、いわゆる「小田舎」には、意外と裕福な一人暮らしの年寄が居るはずだ、というのが、妻と私の仮説で、そういう年寄は、家の周りの細々とした事に困っているはずだ、という想像が、この副業を始めたきっかけであった。
まあ、どうなるか分からないが、やばいことは断れば良いし、とあまり深く考えていなかったのだが。
しかし、アイビーのことは、どうしたものか。
渡辺里子は、始め、私に猫を引き取ってくれ、と言ったきた。
もちろん、私はそれはできない、と言下に断った。当然である。生き物だ。どうするかは、飼い主、いや飼い主の遺族が考えるべき事・・・。
(いや、そうかあ。お前は便利屋だろう。何でもやれよ)
善後策として里子が提示したのは、少しの間、続けて餌だけやりにきて、というものであった。もちろん追加の手間賃は払うと。
しかし、そう言ったきり、里子は全く現れなくなった。
そして、もうすぐ二ヶ月。
「やっぱり・・・」
私は、独り言をつぶやく。
そこに、妻が階下から、私を呼びに来た。
「ご飯よ。何回呼ばせるのよ」
車を、渡辺の家に向かって走らせながら、私は考えていた。
(そもそも、生先短いのに、なんで子猫を飼い始めたんだよ、あの婆さんは。猫って、十年以上は生きるよなあ)
その思いは、前から抱いていたことで、最初は単なる苦言だった。しかし、もしかして、それは何か意味があることなのではないか、と今は思い始めている。
私の古い緑のフィアットは、坂を上がりきり、渡辺邸のドライブウェイを入った。
鍵を開け、玄関を入る。
「おはようございます」
誰もない家の中に向かって私はつぶやいた。
応答があるわけは無いが、代わりにアイビーがすぐにやってきた。
「ニャア」
私は、居間を抜け、縁側に続く部屋に進み、カーテンを引き、戸を開け放った。
相模湾が見えた。
私はまるで、その家の住人のように、深呼吸と伸びをした。
「ニャア」
「ごめんごめん、待ってな」
私は、皿を持ってきて、餌缶を開けた。
催促したわりには、飛びついたりしないアイビーだった。
すべて皿の上のものが整って、私が、いいよ、と言ってからでないと口を付けないのだ。
躾が良かったのか、血統か、私は知らない。
「処分なんて、できるわけないじゃんな」
私は、決心して、居間に歩いていった。
ファックス兼電話機は、冷蔵庫の右である。
初めて踏み入れるエリア。
想ったとおり、知人や親戚などの電話番号が書かれた厚紙が、電話機の上の壁に鋲で留めてあった。
「ほんとうはいけないことだけど、ごめんなさい」
私は、自分なりの解釈を付けながら、上から順に名前を読んでいった。
娘だろう、親戚だろう・・・。
「やっぱり、これだな」
一つだけ、苗字が無く、カタカナに「ちゃん」付けで書かれた名前があった。
それが、私が渡辺由紀子の孫だと思い込み、そして、便利屋の依頼の電話を掛けてきた若い女に違いなかった。
受話器を取ってみた。
まだ、回線が生きている。
しかし、私は考えた末に、自分の携帯からダイヤルすることにした。
「アイリちゃん、か」
私はそうつぶやきながら、応答を待った。
電話には誰も出ずに、留守番案内が流れた。
私は、要件をメッセージで残すことにし、話し始める。
「突然すみません。便利屋「猫の手」のタグチと申します。渡辺・・・」
「もしもし、すみません・・・」
見慣れない番号に警戒したらしかった。
「いえいえ。こちらこそ、突然すみません。亡くなられた、渡辺由紀子さんのことで相談がありまして、お電話しました」
「・・・、やっぱり」
「え、もしかして・・・」
「亡くなったんですね・・・、いつですか」
「そうなんです。五月の初めです」
「やっぱり・・・。電話に出ないから何かあったんだろうと想っていたんですが、お祖母様の家の鍵も持っていないし、入れないから行っても仕方ない、と想っていたんです。やっぱり・・・」
落胆と、狼狽が電話越しに伝わってきた。
これは、俄には本題に入れない、と私は瞬時に悟った。
「あの、渡辺さんの娘さんに連絡して、菩提寺のこと訊いてみますよ」
そう約束したが、私は電話を切ってから、安請け合いをしてしまったことを少し後悔した。
(そもそも、ただの便利屋に、菩提寺の場所を教えてくれるのか)
私は、渡辺里子の携帯の番号を検索しながら、どういう方便を使おうか思案した。
(これしかない)
「あ、便利屋のタグチです」
「ああ、どうしたんですか」
「あの、猫。猫の引き取り手が見つかりそうなんです。渡辺さんの近所の方で、老夫婦なんですが」
「あ、それは良かった。助かる」
「それでですね。その方たちが、渡辺さんの猫をいただくんだから、お墓にお参りに行きたい、とおっしゃってて。差し支えなければ、渡辺さんの菩提寺をお聞きしたいと思いまして」
私の作戦は成功した。
ただ、もし、彼女が猫を飼えないと言ったら、アウトなのだが・・・。
梅雨の晴れ間だった。
金田愛梨は、水色のワンピースに、つば広の白い帽子を被って現れた。
彼女を後部座席に乗せて、私は車を長谷寺に向けて走らせた。
「この度は、いろいろとありがとうございます」
「いえいえ」
私は少し考え、口を開いた。
「でも、合葬墓とは、渡辺さんらしいと言うか、よくよく考えたんでしょうか」
やはり、単刀直入すぎた。彼女は、答えに窮したようだった。
車は、江ノ電の線路を渡った。
「でも、良かったです。それなら、私もいつだって気兼ねなく来られるので」
私ははっとした。
(渡辺由紀子は、そこまで考えていたのか)
車を長谷寺の駐車場に入れ、合葬墓へは私も一緒に行くことにした。
墓参の最中、彼女は意外にも涙を流すことはなかった。
私達は、墓参のあと、藤棚のある見晴台に行って、海を眺めた。
「お祖母様、海の景色が好きだったから、だからこの場所を選んだんでしょうね」
「そうでしょうね。いい眺めだ」
海に浮かぶ、ウインドサーフィンのセイルが見えた。
私は、最後の仕事に取り掛かることにした。
渡辺由紀子からの、最後の無言の依頼。
「猫。アイビー。引き取ってもらえませんか」
彼女は、海から向き直って、私を見つめた。
何かを懇願するような眼差しだった。
「そう、猫のことが心配だった」
私のほうが耐えられず、目線を海に向けて、話を続けた。
「別にこれは、渡辺さんから依頼されたわけじゃないんですけどね。もし、私が急に入院するようなことがあったら、アイビーの餌やりをお願いしますということで、前金で一ヶ月分の餌代を預かってましてね。もう二ヶ月以上経ちましたが」
「すみません、私が残りを払いますので。それに、猫の事も引き受けます」
「良かったあ。断られたら、うちで飼わないといけないと想ってたところでした。渡辺里子さんには、架空の老夫婦が引き取ることになったと嘘を言って、この場所を訊いたから」
「あらら」
彼女は、少し吹き出して笑顔を見せ、私もそれに合わせて笑った。
彼女は、たぶん、渡辺由紀子とは血がつながっていない関係なのだろう。
それでも、お祖母様と孫と呼び合う関係なのだ。
いや、実際には、実の血縁よりも深い、思い合う仲であったのだ。
想像はいかようにもできる。いや実際に尋ねたら、彼女は包み隠さず話してくれただろう。
しかし、私はそれをしなかった。
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距離の縮まる二人。瑞穂に依存していく潤。しかし潤はある病気の疑いがあり、また、彼女は瑞穂に対して裏切りを行うのだった。
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