シアター 穴蔵(あなぐら)

沢亘里 魚尾

文字の大きさ
上 下
4 / 15

4

しおりを挟む
 散髪を終えて真一が部屋に戻ると、晶子は何やら携帯電話で話していた。
 真一は窓際のソファに腰掛けると、窓の外を見降ろしながら、彼女の話にそれとなく耳を傾けた。
 店の設計の話をしているのが分かった。
 街はようやく傾いてきた夏の太陽光線で、オレンジ色に染まり始めていた。
 それでも外は、まだ気温は三十度を超え、湿度もかなり高いはずだった。
 それに比べるとホテル内は別世界だった。
「真一さん、来週ね、お店の建築業者の方とお打ち合わせをしたいの」「ご都合がよろしくない日はございますかしら」
 予定など、あるはずもなかった。
「いや、いつでも」
「先方様から、ご連絡がありますのでね、決まりましたら、同席してください」
 部屋がノックされ、ルームサービスが料理を運んできた。
「ありがとう」「そうね、白ワインを追加でいただくわ」「真一さんはお飲み物のご希望はありますかしら」
「あ、僕も、白ワインをいただきます」
 食事の間、晶子は、メモしておいたことを一つ一つ真一に質問した。
 晶子の質問は、真空ガラスというのは、どれくらいの遮音効果があるのか、や、映画はどのようなラインナップを考えているか、料理についてはモデルになる店を知っているか、などについてだった。
「ワインについては、わたくしの知人で、すばらしいソムリエの方がいらっしゃるので、その方にお願いできますわ」
「できれば、日本ではあまり知られていないけれど、お勧めのワインのようなものを紹介してもらえるといいんだけど」
 真一が注文を付けた。
「価格帯は、どう致しましょうか」
「幅広く、リーズナブルなものから高級なものまである方がいいのと、肝心なのは週替わりのセレクトにして、ワインリストを置かないこと」「レストランでもビストロでもなく、バーだから、その都度、料理に合うものを用意しておけば十分だし、注文しやすいと思うんだ」
 晶子は、納得という感じで頷いた。
「全部、グラスで提供できるアイデアはよろしいと思いますわ」
 二人の会話は、やがて映画や音楽の話になり、徐々に仕事から離れていった。
 晶子は、ワインが好きらしく、結局二人で三本のワインを開けた。
「真一さん、ごめんなさい」「わたくし、もう運転ができませんの」「車を呼んでもらいますので、そちらでお帰りいただくか、明日でよろしければ、わたくしがお送り致しますが、どうなさいますか」
「ああ、もうこんな時間かあ」
 午後十一時を回っていた。
 正直、真一はこの後に及んで、一時間以上もタクシーで移動する気力がなかった。
「明日になさってくださる」「よろしいでしょ」
 真一は、泊っていくことに決めた。
「そうと決まったら、もう少し飲みましょう」
「ええ、まだ飲むの」
「あら、駄目かしら、真一さんは、もうお飲みにならないのでしたら、お風呂になさったら」「いま、お湯を溜めますわ」
 晶子は、ルームサービスに追加のワインを頼み、それからバスルームへ入って行った。
 バスタブに横になりながら、真一は、最近のめまぐるしい生活の変化を改めて想い返した。
 つい一カ月前までは、正直、生きることすら困難な状況にあった真一だった。
「真一さん、お湯加減はいかがですか」
「ああ、ちょうどいいよ」
「ごめんなさい、真一さん」「やはり、わたくしも、シャワーをいただいてよろしいかしら」
 シャワールームは、バスタブがある部屋の奥にあり、扉があるものの、ガラスの扉なので中が通して見えるようになっていた。
「ちょっと待って」
 真一は、急いで、シャワールームが見えないように、体の向きを反対にした。
「よろしいかしら」
 白いバスタオルを巻いて、晶子はバスルームに入ってきて、そのまま、小走りにシャワールームに入った。
 真一は、目をつむり、聞くともなくシャワールームの水の音を聞きながら、バスタブに浸かっていた。
 十分ほどが経ち、晶子はシャワールームを出ると、バスタブの縁に腰かけた。頭にはバスタオルがターバンのように巻きつけられている。
「ご一緒してもよろしいかしら」
 真一は、返事をする代わりに、体を起こし、背中の方にスペースを作った。
「ありがとう、真一さん」
 静かに言うその晶子の言葉に、真一は我に返った。簡単に彼女の要求に応えてしまったことを後悔した。
「とても大切なことを一つ、真一さんにお伝えしておかないといけませんの」
 晶子は、唐突に深刻な声で話し始めた。
「わたくし、すごく希少な病気の持ち主なの」「どういう病かは、またおいおいお話することにしても、時々、前触れもなく気を失うことがあるかもしれませんの」「その時は、どちらにも連絡をなさらないでよろしいので、わたくしをこの部屋に残して帰ってくださらない」
 即答するには、理解が追いつかない真一だった。
「こんなお話を急にされたら、戸惑われますね」「ごめんなさい」
「いや、大丈夫」
 しばらく沈黙があった。
 彼女の脚が、真一の腰に触れていて、それは妙に冷たかった。
 そのことで背中合わせとばかり思っていた真一は、そうでは無いことが分かった。
「真一さん、お身体を洗って差し上げるわ」
 そういうと、彼女は立ちあがってと、洗面台のアメニティを物色した。
「あまり、いいものはないですわ」「あ、真一さん、そろそろこちらを向いてくださる」
 真一は言われたとおりにした。
 晶子は立ったまま、琥珀色の入れ物を持って中の液体をバスタブに注いだ。
「真一さん、お湯を勢いよく出してくださらない」
 お湯の勢いで泡はよく立ち、バスタブは間も無く泡で満たされていった。
 必然的に晶子の姿が目に入った。
 着痩せするのだ、と思っていた。
 小柄だが、均整のとれた体だった。
 胸や腰はかなり豊満でもあった。
「そんなに見ないでくださらない」「まずは背中から洗いましょう」
 真一はまた晶子に背を向ける形で座った。
 晶子は掌を使って、首筋から下へ下へと洗っていった。
 腰まで洗ったところで、彼女は、仰向けに寝てください、と言った。
 真一が仰向けになると、晶子は、真一に一旦またがった。
「どうしましょうかね」
 しばらく考えてから、晶子は、真一に覆いかぶさるようにして洗い始めた。
「重くないかしら」「真一さん、お疲れですね、いろんなところが凝ってらっしゃるわ」
 彼女の肌は、真一の体に密着しながら移動していった。
 真一は、意識をして、感覚が過剰に反応しないように、自分の頭に命令してみた。
 しかし、やはりそれは無駄な努力だった。
 真一のペニスは間も無く硬直し始めた。
 彼女はそれに気づかない素振りで、その部分になるべく触れないように洗っているようだった。
 マッサージを兼ねて晶子が洗うので、真一の身体は全体的に熱を持ち、解され、そして癒されていった。
 足の指のそれぞれの間に、晶子が手の指を差し込んだ時だった。
「痛ててて」
 真一は激痛に声をあげた。
「あらまあ、真一さん、内臓もお疲れのようねえ」「急にやり過ぎますと、身体に毒ですわ、また、今度やって差し上げるわ」「髪の毛とお顔は、ご自分で洗って下さい」
 晶子はそういうと、再度、シャワールームに入り、泡を流し、バスルームを出た。
 ドアを閉める直前に晶子は真一に声をかけた。
「ベッドでお待ちしていて、よろしいかしら」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小橋寿人の音楽史~50Years~

森田金太郎
現代文学
50年、音楽に寄り添われ生きた男、小橋寿人の物語。

スピカ

相沢 朋美
現代文学
失恋や休職など様々な試練を乗り越えた主人公は、その後は海外で暮らすことになる。海外ではどのような出会いや試練が主人公を待っているのか? ※2024年3月完結予定

鈴落ちの洞窟

山村京二
ホラー
ランタンの灯りが照らした洞窟の先には何が隠されているのか 雪深い集落に伝わる洞窟の噂。凍えるような寒さに身を寄せ合って飢えを凌いでいた。 集落を守るため、生きるために山へ出かけた男たちが次々と姿を消していく。 洞窟の入り口に残された熊除けの鈴と奇妙な謎。 かつては墓場代わりに使われていたという洞窟には何が隠されているのか。 夫を失った妻が口にした不可解な言葉とは。本当の恐怖は洞窟の中にあるのだろうか。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ひとりむすめ

山下真響
現代文学
高校三年生になった千代子にはパートナーがいます。声が小さすぎる『夫』との共同生活をする中で、ある特殊な力を手に入れました。池に棲む鯉が大海に出るまでのお話。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

バカンス、Nのこと

犬束
現代文学
私のために用意された別荘で過ごした一夏の思い出。

処理中です...