24 / 26
(二十三)徳白尼語り、素晴らしき道
しおりを挟む
「翁様は、天子塚には行かれましたか」
「はい、案内されまして伺いました。あれは、真の御陵にございますか」
「私はそう思っております。あのすぐ下に、順徳院様の宮居がございました。ちょうど、船形山(御所山)を真正面に眺むるように、小さき山門があったのでございます」
「ほう、なんと」
「山門からは、石段が数段ありまして、そこから細い参道が一町(約百メートル)続いていたと云います」
芭蕉は、田んぼの畦道のようなものを想像した。
「その参道の両側には、萩が、びっしりと植えられていたと云います」
一瞬のうちにして、芭蕉の想像は覆った。
満開の萩が一町。
「順徳院様が、全て植えられたそうにございます。近隣の山に自生する萩を集めて来られましての」
徳白尼は、ほほ笑みを浮かべ、急に柔らかい言葉遣いになった。
「それは、壮観な眺めでしたでしょうなあ」
芭蕉は目をつむって、しみじみと言った。
「はて、そのような記録はどちらに在ったのですか」
ふと、芭蕉が尋ねた。
「別の古文書にありました。それは本間様のとある別家に残されておりました」
芭蕉は、俄に訝しさを感じた。
記録はない、と言いながら後から出てくる。
そのような文書があらば、萩の参道の事のみでなく、その他の事も記されているはずであろう、と。
いや、そもそも。
徳白尼とは、何者であるか。そのことであった。
「順徳院様は、いつごろ、その参道を完成され、幾秋、その萩を愛でられたでしょうか」
徳白尼は、目を細め、続けた。
「亡くなられたのは、寛元四年(一二四六年)、七月十九日(旧暦)のことでした。ちょうど萩が咲いていたことでしょう」
芭蕉の耳に、再び、蝉の声が蘇った。
二人は、しばし口を閉ざし、萩の参道に想いを馳せた。
「伝 順徳天皇陵 天子塚」
涼しい風が本堂を吹き抜ける。
忘れかけた頃に、徳白尼は口を開いた。
「ここまでが、私が語れることの全てにございます」
「貴重なお話を、ありがとうございました」
芭蕉は合掌し、辞儀をした。
「最後に、一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何でございましょう」
「徳白様は、慶子女王、いや順徳院の御子息女と、ご関係の筋の御方なのですか」
徳白尼は、すぐには答えずに、また少し微笑んだ。
「はて、滅相もないことを。大事は、私たちは皆、天子様の子孫であるということにござりましょう」
「はい、案内されまして伺いました。あれは、真の御陵にございますか」
「私はそう思っております。あのすぐ下に、順徳院様の宮居がございました。ちょうど、船形山(御所山)を真正面に眺むるように、小さき山門があったのでございます」
「ほう、なんと」
「山門からは、石段が数段ありまして、そこから細い参道が一町(約百メートル)続いていたと云います」
芭蕉は、田んぼの畦道のようなものを想像した。
「その参道の両側には、萩が、びっしりと植えられていたと云います」
一瞬のうちにして、芭蕉の想像は覆った。
満開の萩が一町。
「順徳院様が、全て植えられたそうにございます。近隣の山に自生する萩を集めて来られましての」
徳白尼は、ほほ笑みを浮かべ、急に柔らかい言葉遣いになった。
「それは、壮観な眺めでしたでしょうなあ」
芭蕉は目をつむって、しみじみと言った。
「はて、そのような記録はどちらに在ったのですか」
ふと、芭蕉が尋ねた。
「別の古文書にありました。それは本間様のとある別家に残されておりました」
芭蕉は、俄に訝しさを感じた。
記録はない、と言いながら後から出てくる。
そのような文書があらば、萩の参道の事のみでなく、その他の事も記されているはずであろう、と。
いや、そもそも。
徳白尼とは、何者であるか。そのことであった。
「順徳院様は、いつごろ、その参道を完成され、幾秋、その萩を愛でられたでしょうか」
徳白尼は、目を細め、続けた。
「亡くなられたのは、寛元四年(一二四六年)、七月十九日(旧暦)のことでした。ちょうど萩が咲いていたことでしょう」
芭蕉の耳に、再び、蝉の声が蘇った。
二人は、しばし口を閉ざし、萩の参道に想いを馳せた。
「伝 順徳天皇陵 天子塚」
涼しい風が本堂を吹き抜ける。
忘れかけた頃に、徳白尼は口を開いた。
「ここまでが、私が語れることの全てにございます」
「貴重なお話を、ありがとうございました」
芭蕉は合掌し、辞儀をした。
「最後に、一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何でございましょう」
「徳白様は、慶子女王、いや順徳院の御子息女と、ご関係の筋の御方なのですか」
徳白尼は、すぐには答えずに、また少し微笑んだ。
「はて、滅相もないことを。大事は、私たちは皆、天子様の子孫であるということにござりましょう」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説


紅風の舞(べにかぜのまい)
沢亘里 魚尾
歴史・時代
かつて、「紅花大尽」とその名を知られた豪商がいた。
鈴木清風。
彼の生涯は謎に包まれたままだ。
限られた資料の断片から見えてくること。
それと、故郷を愛する人々が織りなす人間模様を描く、江戸時代小説。
初代の櫓(しょだいのやぐら)
沢亘里 魚尾
歴史・時代
山形県最上郡舟形町、東長沢には、「団十郎屋敷」なる場所がある。
その地には、「ここは初代市川団十郎の生誕地である」という言い伝えが残っている。
初代、市川團十郎の経歴は、「市川宗家代々」が伝えるとおりだが、ほかにも様々な説や言い伝えがあり、大変興味深い。
東長沢の伝説に端を発し、初代團十郎の諸説ある記録の断片を筆者なりに編み直した。
例えば、こんな初代市川團十郎の一生があったかもしれない。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
辻のあやかし斬り夜四郎 呪われ侍事件帖
井田いづ
歴史・時代
旧題:夜珠あやかし手帖 ろくろくび
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。
+++
今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。
団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。
町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕!
(二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)
出雲屋の客
笹目いく子
歴史・時代
短篇です。江戸堀留町の口入屋『出雲屋』は、乳母奉公と養子縁組ばかりを扱う風変わりな口入屋だった。子を失い、横暴な夫に命じられるまま乳母奉公の口を求めて店を訪れた佐和は、女店主の染から呉服商泉屋を紹介される。
店主の市衛門は妻を失い、乳飲み子の香奈を抱えて途方に暮れていた。泉屋で奉公をはじめた佐和は、市衛門を密かに慕うようになっていたが、粗暴な夫の太介は香奈の拐かしを企んでいた。
夫と離縁し、行き場をなくした佐和を、染は出雲屋に雇う。養子縁組の仕事を手伝いながら、佐和は自分の生きる道を少しずつ見つけて行くのだった。

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる