たれやも通ふ萩の下道(したみち)

沢亘里 魚尾

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(二十三)徳白尼語り、素晴らしき道

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「翁様は、天子塚には行かれましたか」
「はい、案内されまして伺いました。あれは、まことの御陵にございますか」
「私はそう思っております。あのすぐ下に、順徳院様の宮居がございました。ちょうど、船形山(御所山)を真正面に眺むるように、小さき山門があったのでございます」
「ほう、なんと」
「山門からは、石段が数段ありまして、そこから細い参道が一ちょう(約百メートル)続いていたと云います」
 芭蕉は、田んぼの畦道のようなものを想像した。
「その参道の両側には、萩が、びっしりと植えられていたと云います」
 一瞬のうちにして、芭蕉の想像はくつがえった。
 満開の萩が一町。
「順徳院様が、全て植えられたそうにございます。近隣の山に自生する萩を集めて来られましての」
 徳白尼は、ほほ笑みを浮かべ、急に柔らかい言葉遣いになった。
「それは、壮観な眺めでしたでしょうなあ」
 芭蕉は目をつむって、しみじみと言った。
「はて、そのような記録はどちらに在ったのですか」
 ふと、芭蕉が尋ねた。
「別の古文書にありました。それは本間様のとある別家べっけに残されておりました」
 芭蕉は、にわかに訝しさを感じた。
 記録はない、と言いながら後から出てくる。
 そのような文書があらば、萩の参道の事のみでなく、その他の事も記されているはずであろう、と。
 いや、そもそも。
 徳白尼とは、何者であるか。そのことであった。
「順徳院様は、いつごろ、その参道を完成され、幾秋、その萩を愛でられたでしょうか」
 徳白尼は、目を細め、続けた。
「亡くなられたのは、寛元四年(一二四六年)、七月十九日(旧暦)のことでした。ちょうど萩が咲いていたことでしょう」
 芭蕉の耳に、再び、蝉の声が蘇った。
 二人は、しばし口を閉ざし、萩の参道に想いを馳せた。


    「伝 順徳天皇陵 天子塚」


 涼しい風が本堂を吹き抜ける。
 忘れかけた頃に、徳白尼は口を開いた。
「ここまでが、私が語れることの全てにございます」
「貴重なお話を、ありがとうございました」
 芭蕉は合掌し、辞儀をした。
「最後に、一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何でございましょう」
「徳白様は、慶子よしこ女王、いや順徳院の御子息女と、ご関係の筋の御方なのですか」
 徳白尼は、すぐには答えずに、また少し微笑んだ。
「はて、滅相もないことを。大事は、私たちは皆、天子様の子孫であるということにござりましょう」
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