水の獣(みずのけもの)

沢亘里 魚尾

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 言われるままに、守は鈴木ヒトミの横まで歩いていき、その場に座った。
「隼人くんも、もうすぐ来っから」
 守は、ヒトミの顔を疑わしそうに覗き込んだ。
「心配ねえ、隼人くんの霊だがら」「死んだ人が生ぎ返るわげねえべ」
 そういうと、ヒトミは不自然に短くケタケタと笑った。
 そして、急に笑うのを止めると、ヒトミは再び上流の方に目を向けた。
 ヒトミは、うつ伏せに岩の上に寝転び、重ねた両掌の上に顎を載せていた。
 素っ裸ではない。
 白いパンティーだけを身に着けていた。
 守には、そのことが特別の意味を持っているように思われた。
 その守の心の動きを察したように、ヒトミが不意に聞いた。
「守くん、わだしのこど、好ぎだったべ」
 守は、答えなかった。
「知ってんだがら」
 それにも答えずに、守はヒトミと同じように上流の流れに目を向けていた。
 ヒトミが振り返って、守に微笑んだ。
「わだしも、好ぎだったんだよ」
 守がヒトミと目を合わせた。
「ほんとだよ」
 そう言うと、ヒトミはまた上流に顔を向けた。
「んでも、私に告白しだなは隼人くんだげ」「んだども、隼人くん、死んだもんなあ」
 言葉尻が、水の流れの音にかき消された。
「ずるいど思わねが」「勝手に死んで」
 守は声が出なかった。
 ヒトミは、真実を知らないはずだが、何を言い出すか、と内心怯えていたのだ。
「今日は、隼人くん」「隼人くんの霊、来ねみだいだがら、守くん、代わりに遊んで」
 そういうと、ヒトミは瞬時に両手をついて起きあがった。
 そして守の両手をつかんで、川の方へ引っ張っていった。
 不思議にも、守は力なく、そのままヒトミと一緒に流れに飛び込んだ。
 流れの底は思いのほか速かった。
 深さは一メートルぐらいはあるようだった。
 二人はあっという間に、滝の手前の浅瀬に流され、滑らかな岩肌に為すすべもなく、次の滝壺に落ちていった。
 滝の高さが一メートルぐらいだったので、二人は何事もなかった。 滝壺は意外に浅く、肩よりの低いぐらいだった。
 気がつくと、ヒトミは守に抱きつき、二人はダンスを踊るように水流に合わせて回っていた。
 ヒトミは、またケタケタと笑い始め、守がオドオドする様子を楽しんでいるようだった。
「恥ずがすいのが、守くん」「守くんも裸さなれえ」
 ヒトミはそういうと、素早く守のロングスリーブの紺のTシャツをめくり上げ、脱いでしまった。
 そしてまた守に抱きつきダンスを再開した。
 ヒトミの肌は、守に絡みついた。
 薄緑の岩魚の肌のようなそれは、しかし、人間の肌の感触だった。
 その肌触りに、守は徐々に現実感を取り戻していった。
 しかし、水の温度に対しては、まだ麻痺しているようで、冷たさを感じない守だった。
「楽しいねえ、守くん」
 ヒトミは無邪気に言って、急に反転した。
 予期せず守の掌がヒトミの胸を覆う形になった。
「だめ、守くん、ギューってしてよ」
 胸を触ってしまっていることを咎められたと慌てた守は、言われるがまま、ヒトミを抱きしめた。
 はしゃいだ声を沈め踊るのを止めると、ヒトミが鼻歌のようなものを歌い始めた。
 それは守にも聞き覚えのある歌だったが、何の歌か思いだせなかった。
 それでも守は懐かしい気持ちでいっぱいになった。
 しばらくの間、二人はそのままの体勢でいた。
 心地よい川風が吹きわたり、山蝉が一羽飛び去って行った。
「やあだあ、守くんたら」
 静けさを打ち破るように、ヒトミが声を上げた。
「硬っだくなってるう」
 そういうと、ヒトミは右手を二人の体の間に差し込んできて、守の股間をまさぐった。
「あらあ」
 守は、瞬時に顔が熱くなっていくのを感じた。
「守くん、彼女いねのお」
 実際に、今は恋人がいない守だったが、答えずにいるとヒトミが続けた。
「んなわげないよねえ、守くん、かっこいいもん」「さては、しばらく彼女に会ってねえがら、こうなったがあ」
 守が答えに、ことごとく窮していることをいいことに、ヒトミは振り向くと長靴の上から中に右手を差し入れ、さらに臍の上からパンツの中へ手を滑り込ませてきた。
「守くん、届がねがら、少ししゃがんで」
 言われるままに、守は中腰になった。
 ヒトミは、すぐに硬くなった守のものを激しくしごき始めた。
 あまりの激しさに、守は水が音を立てるのではないか、と思ったほどだった。
 しかし、すべては水の中の出来事だった。
 守が達すると、ヒトミは守から離れ、滝の下流に歩いていき、少し浅くなった砂地の川底に立った。
 そして何事もなかったように、ヒトミは髪の水を絞りながら言った。
「隼人くんのこど、守くん見殺しにしたべ」
 不意に発せられた言葉を、守は咄嗟に心の中で反芻した。
 反論するのも、同意するのも守には躊躇われた。
 だから、また、守は黙り続けた。
 そのことを非難されると、守は覚悟して身構えた。
 しかし、ヒトミは話題を変えた。
 「守くん、祭り、一緒に行がねがあ」
 守は今起こったことからまだ立ち直れずにいた。
 ヒトミはそんな守にはお構いなしに、滝の上に登っていき、振り返って言った。
「先帰って」「私、服着ていぐがら」
 車で来ているので、送迎も無用だということだった。
 守は、Tシャツを拾い上げ、軽く絞ると肩に羽織り、沢を下った。
 しばらくして、守の背後から大声で聞いてきた。
「隼人くんさ、言っておぐからさ、会ったら」
 何のことか分からず、守はそのまま歩き続けた。
 歩きながら、今ヒトミが言ったことの意味を考え続けていた。
 きっと隼人の死のことを言っているのだろう、と守が確信した。
 それをヒトミに聞かなければならない。
 守は前を向いたまま言った。
 「何をや」
 ヒトミは答えない。
 もしかしたら、滝の音にかき消されたかもしれないと守は思い、今度は叫ぶような大声で言ってみた。
「何を、やあ」
 そして、守は振り返った。
 しかし、そこにはもはやヒトミの姿はなかった。
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