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隼人の事故を目撃した日の夕方、守は現場から二キロほど上流の会田橋付近に居た。
橋の百メートル下流の左岸に、柳が数本あり、その下は深瀬になっていた。
そのポイントは、夏の初めに遡上してくる川マスを守や隼人たちがチームで追い込み、仕留めたことのある場所だった。
守は、そのポイントに潜るふりをして、水中で泣いていた。
恐怖だけではない。
守の頭の中には、いろいろな思いが錯綜して、涙はなかなか止まらず、涙が枯れる頃には、陽も完全に沈みかけていた。
その日は、たまたま母の当直の日で、祖母が晩御飯の支度をしていたが、守は、夕ご飯は友人宅で馳走になったから要らないと告げると、すぐに二階の自室に入って眠ってしまった。
その翌日、早朝に起きた守は、市の東部にある鶴湖川の渓流に自転車で出かけた。
できるだけ家にいたくなかったのだ。
はたして、夕暮れ前に帰宅した家では、守の母が忙しくあちこちに電話をかけていた。
守が帰ってきたことに気付いた母は、茶の間に守を座らせて言った。
「守、あなたどこに行ってだな」「隼人くんが」
守は危うく、耳を塞ぎそうになった。
「亡ぐなったんだど」「川でよ」
「うそ」
守はかろうじて、それだけ言った。
それは、隼人の死を信じたくない気持からの一言だった。
しかし、それは現実だった。
隼人の家から戻った守の父が話したことで明らかになったのだ。
昨日、守が隼人を最後に見た、あの場所で、その日の朝、隼人の祖父が発見したということだった。
守は、泣きながら話の詳細に耳を傾けていた。
素直に悲しいと思う気持ちと、自分が一緒にいたという事実が語られはしないかという恐怖と、両方の心が守の頭を駆け巡っていた。
それが、時間が経つにつれて、守の心は恐怖心のほうが強くなっていった。
しかし、その後も目撃情報はなったようだし、そもそも警察が捜査しているような話は、守の耳に入ってこなかった。
隼人の通夜には、守の父親が行った。
それは、傍目には守の悲しみが尋常じゃない、と映ったからだろう。
夏休みが終わってしばらくしたころ、守は隼人の葬式のことを同級生たちが話しているのをたまたま耳にした。
その内容で、守が気になったのは、鈴木ヒトミが、母親と一緒に参列したらしい、ということだった。
その話を耳にした時、正直、隼人に嫉妬した。
実際に見たわけでないのに、守の頭の中には、黒のワンピースを着た鈴木ヒトミのイメージが鮮明に映し出された。
それは繰り返し繰り返し、守の脳裏に浮かんできた。
そして、それはそのうち現実にあったこととして、守の記憶に刻まれたのだった。
橋の百メートル下流の左岸に、柳が数本あり、その下は深瀬になっていた。
そのポイントは、夏の初めに遡上してくる川マスを守や隼人たちがチームで追い込み、仕留めたことのある場所だった。
守は、そのポイントに潜るふりをして、水中で泣いていた。
恐怖だけではない。
守の頭の中には、いろいろな思いが錯綜して、涙はなかなか止まらず、涙が枯れる頃には、陽も完全に沈みかけていた。
その日は、たまたま母の当直の日で、祖母が晩御飯の支度をしていたが、守は、夕ご飯は友人宅で馳走になったから要らないと告げると、すぐに二階の自室に入って眠ってしまった。
その翌日、早朝に起きた守は、市の東部にある鶴湖川の渓流に自転車で出かけた。
できるだけ家にいたくなかったのだ。
はたして、夕暮れ前に帰宅した家では、守の母が忙しくあちこちに電話をかけていた。
守が帰ってきたことに気付いた母は、茶の間に守を座らせて言った。
「守、あなたどこに行ってだな」「隼人くんが」
守は危うく、耳を塞ぎそうになった。
「亡ぐなったんだど」「川でよ」
「うそ」
守はかろうじて、それだけ言った。
それは、隼人の死を信じたくない気持からの一言だった。
しかし、それは現実だった。
隼人の家から戻った守の父が話したことで明らかになったのだ。
昨日、守が隼人を最後に見た、あの場所で、その日の朝、隼人の祖父が発見したということだった。
守は、泣きながら話の詳細に耳を傾けていた。
素直に悲しいと思う気持ちと、自分が一緒にいたという事実が語られはしないかという恐怖と、両方の心が守の頭を駆け巡っていた。
それが、時間が経つにつれて、守の心は恐怖心のほうが強くなっていった。
しかし、その後も目撃情報はなったようだし、そもそも警察が捜査しているような話は、守の耳に入ってこなかった。
隼人の通夜には、守の父親が行った。
それは、傍目には守の悲しみが尋常じゃない、と映ったからだろう。
夏休みが終わってしばらくしたころ、守は隼人の葬式のことを同級生たちが話しているのをたまたま耳にした。
その内容で、守が気になったのは、鈴木ヒトミが、母親と一緒に参列したらしい、ということだった。
その話を耳にした時、正直、隼人に嫉妬した。
実際に見たわけでないのに、守の頭の中には、黒のワンピースを着た鈴木ヒトミのイメージが鮮明に映し出された。
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