ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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マハロブ市街戦

第二百十一話 浮気裁判⑤

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 浮気裁判デスマッチの最後の戦いが始まっていく。クラリーナは最後の証言をする前にこう断言した。

「あの……、皆さまは誤解していらっしゃるようですけど、本当に佑月さんは無実なんです。本当なんですよ!」

 彼女の気持ちとは反対にエイミアは面白そうに首を振った。

「それを判断するのが裁判所です、さあ証言をどうぞ!」

 エイミアは片手を差し出す。ああ、もう悪ノリだ。嬉々として裁判を進めている。すでにメリッサに殺されてもおかしくない状況だが、こんなんのがまだ続くのだ。やめてよ、もう……。僕の気持ちとは反対に、クラリーナの最後の証言が始まってしまった。

「私と佑月さんは二人でディナーを始めました。彼は残念ながら、テーブルマナーを知らなかったようで、私が彼の口に肉を運びました。

 そこで佑月さんはこの世界でディナーを取る意味を理解していないことが判明いたしましたが、優しい佑月さんはそれでも夕食を楽しみたいと気づかいをしてくれました。気の利いた殿方、素敵……。いえ、なんでもないです。

 その時その……彼の視線が気になりましたが、でも、勇気を出して彼とディナーを楽しみました。とても楽しかったです。もちろん、何もなかったですよ、皆さんが勘繰りすぎです!

 結局、彼は寝てしまいました。ね、佑月さんは無罪でしょう? だから皆さんの誤解なんです! これで佑月さんの無罪が証明されましたね、ああよかった」

 ふう、どうやら相変わらず、クラリーナの証言は僕を弁護する内容のようだ。僕が安心していると、ユリアが笑みを浮かべた。

「佑月さん安心するのはまだ早いですよ。貴方は重大な浮気罪を犯したのです。100回殺されても文句ありません、それほどのね」
「えっ……!?」

「さあ、クラリーナさんさっきの証言をお願いします。私が真実を明らかにしますから」

 その言葉にレイラは楽しそうだった。

「なんかすごいことが秘められていそうですね、私ドキドキです」

 僕は違う意味でドキドキだよ、そりゃあもう恐怖でね。浮気かどうか決める審議のため、クラリーナの再度の証言が始まっていった。

「私と佑月さんは二人でディナーを始めました。彼は残念ながら、テーブルマナーを知らなかったようで、私が彼の口に肉を運びました」

「待った!」

 レイラが待ったをかけた。何事かと思って彼女を見ると、嬉しそうに聞いた。

「クラリーナさん! テーブルマナーなんてあるんですかこの世界に!」
「ありますよ、地方によって様々ですが、マハロブ流があります。地方なんて、もう、発展が遅れてますが、聖都は先進的なので。ええ、貴族には貴族にふさわしい食べ方が存在します」

「今度教えてください! 私この世界に興味があるんです。いろいろ勉強したいです! えっとですね……」

「待った!」

 今度はユリアがレイラを制止した。

「貴女何の話をしてるの? そういうの楽屋でしてね」

「えー、ダメなの、ユリアー?」

「どうでもいいですそんなこと」
「ホントどうでもいい、はいクラリーナ続きをどうぞ」

 ユリアの制止とエイミアの判断にぶー垂れるレイラだったが、ほっといてクラリーナの証言は続けようとした瞬間だ。

「待った!」

 今度はユリアが待ったをかけた。

「ふう、忘れるところでした。レイラの天然ボケで」
「えっ、大まじめだよ、ユリア、私」

「クラリーナさん、貴女が直接、佑月さんの口に料理を運んだんですよね。どのような料理を?」
「デミグラスソースのステーキハンバーグですが」

 彼女の質問にクラリーナは不思議そうに語った。ユリアはここぞとばかりに問い詰めていく。

「それをどのように運んだんです?」
「えっと、ナイフでザクってさして直接、私の佑月様のお口に」

「それ、ソースがたれますよね」
「ええ、私の胸とかに落ちてしまいましたけど、大丈夫です。佑月さんが指でとってくれました」

「皆さん聞きましたか、あのおっさん、おっぱいを触ったんですよ! 指でねっとりと! たわわなお乳を指先でぷにゅっと! ぷにゅっとねっとりです!」

「オイオイオイ」
「死ぬわあいつ」

「ほう、ソース付きおっぱいですか……たいしたものですね」
「どうしたんだ、ダイアナ!?」

 シェリーはダイアナにすぐさま尋ねたのに、ダイアナは瞳を光らせながら言った。

「ソース付きおっぱいには強いフェチシズムを感じる男性が極めて多く、戦闘直前に愛飲する変態戦士もいるくらいです」

「なんだと、許せねえな! オイオイオイのオオイのオイ!」

 何かわからないが、すごい僕の悪印象を与えたようだ。クラリーナは戸惑った様子だった。

「あの私、証言続けていいんでしょうか……?」

「オイ!」
「オオイ!」
「オッオッ、オオイのオイオイオイ!」

「……はあ、わかりました」

 みんなのがやのノリにクラリーナはドン引きだった。いいのか……それで……。

「そこで、佑月さんはこの世界でディナーを取る意味を理解していないことが判明いたしましたが、優しい佑月さんはそれでも夕食を楽しみたいと気づかいをしてくれました。気の利いた殿方……。いえ、なんでもないです」

「待った!」

 ユリアがすぐさま待ったをかけた。

「ほう、夕食を楽しみたいですか……。ゴホン! えっとですね、この世界で、ディナーを取る意味を理解したのですね。そこで。それでもディナーを続けたんですね?」
「ええ、そうです」

「しっかり承知済みじゃねえか……コイツ」
「夜戦をやる気満々じゃない」
「最低……」
「死ぬわ……あいつ……」

 うわ、そこ引けよ僕、夜のディナーだよ、なんでそうした? 僕は。僕の気持ちとは裏腹に、ユリアはさらに畳みかけていく。

「それはもちろん着替えてですよね、貴方は露出の高い胸ガバーのスケスケのドレスですから、危険ですからね、そりゃ、この後のことを考えると」

「いえ……、佑月さんはそのままで良いって言ってくれました、じっくり私の姿を眺めて」

「異議あり!」

 やべっメリッサだ。彼女が叫んだ。

「お前、佑月、この時点でもう死刑だろ。酒飲んでたんだろ、やる気満々だろ! お前!?」
「たぶん場酔いかな? テヘッ☆」

「死ねぇええ──!」

 皆から、親指を下げられた。殺される、この笑顔……。エイミアは大喜びで言った。

「いいねえ、この殺気、殺したい感じでいっぱい。それじゃあ、クラリーナ、最期をお願い」

「はい……。 その時その……彼の視線が気になりましたが、でも、勇気を出して彼とディナーを楽しみました。とても楽しかったです。もちろん、何もなかったですよ、皆さんが勘繰りすぎです!」

「待った!」

 今度は全員が待ったをかけた。代表としてメリッサが尋ねた。

「どこを見てたんだ……佑月は……!」
「えっと、私の……アソコ……」

「はあっ!?」

 そこにユリアが畳みかけた。

「ご存じの通り、クラリーナさんのスカートはスケスケです。それで大事な女性のおマタを眺めていたんです佑月さんは。どうです正直ありえないですよね。これはもう死刑でしょ? みなさん?」

「死刑……! 死刑……!」

 充満する怨嗟えんさの声。僕はもう観念した。

「はいこれはもう、死刑だと思います、僕も……」

 エイミアのハンマーがあらぶり、叩きながら、笑いながら言った。

「ははっははっはは! すげえ、腹痛い! ははは、もういいや、佑月、あんた死刑ね、これにて閉廷!」

「異議あり!」

 そこに堂々と異議を唱える者がいた。そう、レイラだった。でも、僕はもうあきらめて言った。

「もういいよ、レイラ、これ以上僕の恥をさらさないでくれ」
「何言ってるんです、佑月さん! こんなのおかしいですよ、絶対!」

「何がおかしいの? レイラ」

 ため息をつきながら、ユリアは言う。それに対して、首を大きく振るレイラだった。

「だっておかしいですよ、大事なことを語ってないじゃないですか! この事件の!」

「何?」
「何が?」
「何がです?」

 皆の疑問にレイラは大声で叫んだ。

「彼女、クラリーナさんは、パンツはいてたんですか!」
「はい?」

 皆が疑問符を浮かべる。どう意味それ? レイラは必死にクラリーナに言った。

「クラリーナさん! その時貴女はパンツはいてたんですか! 答えてください!」

 そう問い詰められるとクラリーナは、両手で合わせて一指し指をくるくる回しながら言った。

「……あの……その……。パンツはいてないです……」

「審議再開」

 エイミアの言葉にメリッサが驚いた。

「異議あり! 逆に犯罪だろ! 審議止めろよ!」

「エロいから」
「エロいからです」

 エイミアとユリアが納得する。やめてくれよ、もう……。

「ねえねえねえ、クラリーナ、貴女、パンツはいてなくて、スケスケのスカート着ていたの!?」

 嬉々として、エイミアが尋ねていく。

「は、恥ずかしいですけど、どうせ、彼に……脱がされるつもりでしたから……」

「待った!」

 今度はレイラが待ったをかける。なんだよ、もう……。

「聞きました! 自分からパンツを脱いだんですよ!」
「異議あり! それが何だというの貴女は!」

 当然のユリアの異議に首を振る当然といった表情なレイラ。つづいて、高らかに宣言する。

「そう……クラリーナさんはパンツをはいていない、パンツをはいていない以上、いやらしくない。つまり、佑月さんの行為は合法なんです!」

「何だってええええぇぇ──」

 僕の叫びにレイラは、真剣な表情で言った。

「パンツをはいていない以上、そこには神聖な女性のアソコがあるだけです、それはとっても綺麗な物です。つまり綺麗な物を見るのは当然、だから、パンツはいてないは正義なんです!!」

「異議あり! 言うに事を欠いて、アソコをのぞいて無罪なんてあり得ると言うの、貴女は!」

 ユリアの反論に、レイラは不敵に笑った。

「パンツはいやらしいものです、それは女性が大事なアソコを隠しているからです。しかし、それを脱ぎ去ってしまった以上、あら不思議、いやらしく無い。つまり、パンツは見られて恥ずかしいですが、アソコは神聖なものですから、見られて大丈夫なんです!」

「いやいやいや」

 ユリアが手を振る。だがレイラは畳みかけた!

「じゃあ貴女はパンツはくんですか!?」
「はいてないよ! 私は!」

「というわけです、エイミア裁判長」
「いや、流石にそれはおかしくない……? レイラ?」

「じゃあエイミアさん。貴女はパンツはくんですか!?」
「はいてないわよ! 私」

「異議あり!」

 メリッサが参戦してきた。そりゃそうだろ。

「お前、そんな無茶苦茶な理由で無罪にする気か!?」
「じゃあ、貴女はパンツはくんですか!?」

「はくか! そんなもん!」
「じゃあいいじゃないですか!!」

「じゃあいいよ!!! あっ……!」

 場は何だか納得してしまったようだ。

「そうだな、パンツなんかはく奴が悪いんだもんな」
「いまどき……パンツはかない……」
「そだね、パンツはいてないなら良いよね」
「脱ごうかしら、私……」

 えええ、それでいいのかそれで。エイミアは決心した様子でハンマーを下ろした。

「今、私の気持ちは決したわ、これにより、池田佑月は無罪、よってこの審議は閉廷!」
「異議あり!」

 メリッサが異議を唱える。もうどうにでもなあれー。

「まてまて、キスしたとかいう話はどうなった!?」
「待った! それこそが佑月さんが浮気していない大事な証拠なんです!」

 レイラの待ったに何が何だかわからない……。

「どういうことなのレイラ?」

 エイミアの質問にレイラは答えた。

「ユリア、貴女は私と一緒に、佑月さんを運んだよね」
「ええ……、はっ!」

「私はここに証言します、佑月さんの唇に口紅は残ってなかったと!」
「何!?」

 メリッサが衝撃を受けた。そしてレイラに尋ねた。

「じゃあ、佑月とクラリーナはキスしてないのか?」
「いえ、それは違います。クラリーナさん、貴女はとんでもない物を盗んでいきましたね……?」

「えっ……?」

 クラリーナの戸惑った表情に、レイラはウインクをした。

「佑月さんの心です……」
「!」

「そうクラリーナさんはあの夜、思い出の中の佑月さんの心を奪おうと必死でした。しかし、クラリーナさんは本気で、メリッサさんから佑月さんを奪おうとしたのではありません。

 だから、クラリーナさんは佑月さんに口づけをした後、拭いたんです、彼の唇を!」

「ど、どういう意味だ……?」

 メリッサは何が何だかわからず、戸惑った。それにレイラは説明を加える。

「本気で佑月さんと浮気したなら、口紅を残していきます。何故なら、それが、自分のものになったと奥さんに主張するためです。浮気相手の服やカバンに浮気の証拠を女は残します。

 これは愛の証だからです。貴女のものではなく私のものですと。つまり、その後の関係を考えて、女はわざと浮気の証拠を残すのです。
 
 でも、クラリーナさんは、その証拠と疑われるものを消しました。それは何故か。佑月さんとメリッサさんの関係を壊す気なんてまったくないんです。潔白でしたから。

 だからわざわざキスした後、口紅を拭いたんです。素敵な夜を自分の想い出の中だけにしまうために。そうですね、クラリーナさん?」

 レイラの言葉に本人クラリーナはほろりと泣いた。

「佑月さんの心の中には、メリッサさんがいました。だから、私が彼の中に入る余地なんて初めからなかったんです。そして、せめて思い出だけでもと思って、感情のままキスしてしまいました。

 でもすぐに後悔したんです! 佑月さんと、メリッサさんとナオコさんが並ぶ姿を思い出して……。

 ──だから、勝手にキスしたあとを、私は口紅のあとを消したんです!」

「うそだろ……」
「切ない……」
「これって片思いってことなんだね……」
「自分の好きな人には、もうすでに、好きな人がいた……哀しいわね……」

 みんなの気持ちを感じ取ったエイミアはハンマーを叩いた。

「わかりました。もうこれ以上審議は不問、これは純愛! よって、当法廷は閉廷します!」

 こうして浮気裁判は皆が拍手して終わった。メリッサは僕に飛び掛かり、チョークスリーパーをかける。ごめんなさいごめんなさい。他のみんなは口々にこう言った。

「あー楽しかったー」
「これ、面白いね、次、誰をターゲットにする?」
「アデルとかいいんじゃない?」
「いや、ガチで有罪だからあいつ……」

 僕がプロレス技をかけられる中、クラリーナが僕とメリッサに近づいて頭を下げた。

「すみません! 私が勝手なことをしたせいでお二人の仲にひびが入るような真似をして!」
「いやいいんだ、してないなら、でもコイツ、佑月は絶対許せん! ふぎゃ──!」
「ほんと、ごめんごめん! もうしない、もうしないから!」

 僕はメリッサに首を絞められながらも喜んでいた。良かった二人の仲が崩壊しなくて。クラリーナはそれを見て笑みを浮かべた後、ぼそりと言った。

「あの夜言った事は私、忘れますから……」

 彼女の言葉にメリッサは僕を締めあげた。

「何言ったんだお前は!」
「パパーほんとひどいね」

「いたた、ごめんごめん、メリッサ、ナオコごめんよーもうしないから、許してー!」

 その後、僕はみんなの前で、まっ裸でメリッサに土下座して、なんとか機嫌を直してもらい、みんなが僕を囲んで拍手する。

「すみませんでした!」

「おめでとう!」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう!」
「おめでとう」
「おめでとう!」
「おめでとう」
「バウバウ!」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」

「ありがとう」

 妻に、ありがとう。
 娘に、さようなら。
 そして、全ての人達に、
 すみませんでした。
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