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二つの死闘
第百九十九話 審判
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僕たちは館に帰った後、僕とブライアン二人っきりで彼を聴取していた。試合であらゆる不都合な事態が起こった。きちんとこれは清算しなければ、この先戦いを進めるのは難しくなるだろう。将来のことを考えて僕はブライアンに事実確認をした。
「つまり、金銭の受け取りはなかったと?」
「はい……。命を助ける代わりに戦闘に参加するなと相手の言い分でした」
「相手は誰だったんだ?」
「わかりません」
「わかりません? どういうことだ、オーチカ共同組のメンバーじゃないのか」
「違います、女性じゃなく男性でした。あと奴は一人で行動していました。おそらく僕らの知らないエインヘリャルだと思います」
「……僕らの知らない、か」
僕は想像を駆け巡らせる、ブライアンはエインヘリャルだ、エインヘリャル語を話せないと彼に言葉が通じない。エインヘリャルだというのは正しいのだろう。ヴァルキュリアはこれまですべて女性だった。なら当然そいつはエインヘリャルでほぼ間違いない。
問題はどこのエインヘリャルかということだ、教会団の奴らか?
組織がバックにいない限り、あまりそのようなエインヘリャルがいるとは思えなかった。
教会団は選手をすべて把握しているし、彼らの陰で何かしらやっていると、クラリーナがすぐに調べ上げるだろう。
他のケースを考えると、この大会に関係ない現地語を話せない男がこの聖都マハロブで単独行動するのは困難に思える。教会団のおひざ元で、現地語がわからないエインヘリャルはすぐに目立ってしまう。捕まるなり、殺されてしまうだろう。
加えて慎重に教会団のヴァルキュリアに気配を読まれないよう、かなり綿密に聖都の事を詳しく調べて行動しないといけない。そうじゃないとすぐに教会団にばれる。
また、現地語が堪能な野良のエインヘリャルは教会団の目の敵にされやすい。僕とメリッサが革命騒ぎを起こした時、すぐにアウティスが飛んできて、虐殺劇が起こった。
現地語が使えれば民を扇動することが出来る。彼ら教会団に危険視されるような相手だ。そんな魔の手から逃れられるような組織がバックに必要になってくる。
つまり、この世界を教会団が牛耳っている以上、マハロブで動けるエインヘリャルは教会団が関与しているか、対抗できる組織の後押しが必要だ。
教会団を詳しく知り、そのうえでこのラグナロクを有利に進めようとしてる存在。そういった組織の意思でマハロブを調べ上げたやつがこの大会に介入したのかもしれない。
理由はおそらく大会をぶち壊すために。この条件をクリアした奴じゃないと、このマハロブで自由に行動できないはずだ。
僕が考えをまとめていると、ブライアンは恐る恐る僕に尋ねてくる。
「僕はどうなるのでしょうか……?」
「僕一人で処分を決めるのはさすがに筋違いに感じる。実際現場で戦ったのは、僕とエイミア以外のメンバーだ。全員の意見を聞く必要がある」
「……みんなは許してくれないでしょうね」
「それを皆に尋ねる。とりあえず今のところ、君とミーナの二人は謹慎してくれ。あとで処分を伝える」
「わかりました。僕はどんな処分も甘んじて受けるつもりです」
「そうか……、わかった」
余りにも戦闘中で敵前戦闘拒否は仲間たちに負担が大きい。普通ならその場で銃殺されてもおかしくない。これは難しい判断を迫られるな……。
僕はブライアン、ミーナ以外全員の仲間を大広間に集めた。イスとテーブルを囲み、僕はブライアンの言い分を告げた。その上でみんなの判断を訊いてみた。
「──と、言うわけだ、皆はどう思う? ブライアンにはどういう罰則を与えるべきか、遠慮なく言ってくれ」
「……殺せよ」
シェリーは僕をにらみつけながら言った。彼女がこういうことを言うのはわかっていた。シェリーは戦いにシビアだし、もともと単独行動で戦っていたんだ。ブライアンが足を引っ張ったことに怒りに満ちていたのは察していた。
だが、僕はわざととぼけて見せる。
「殺せ……? それが君の答えかい、シェリー」
「ああ、そうだよ! 殺しちまえばいいんだよ! なんで、五人しかエインヘリャルがいない中で、裏切り者と一緒に闘わなきゃならないんだよ! あいつがいるだけで、邪魔なんだよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください、シェリーさん!」
そこにレイラは口をはさんでくる。
「だってブライアンさんは一緒に戦ってくれたんですよ。そりゃ相手に弱みを見せて一時期戦わなかったのはひどいと思います。でも仲間じゃないですか!」
「もう、仲間じゃねえよ!」
激しくシェリーは反論していた。しかし、彼女の言い分を僕は訂正した。
「ブライアンは仲間さ、今のところは、ね」
「ちげえよ! あんたにはわかんねえんだよ!」
「どういうことだい?」
「あたしはさあ、一番最前線で戦っているんだよ! 後ろで裏切り者がいるってだけで気が気じゃなかったんだよ。実際、最後、死にかけたしな。しかも佑月とエイミアがいない中で裏切る? ふざけんじゃねえよ! あいつのせいで死んでたかもしれねえんだよ、わかるか? リーダーよぉ!」
「君が死にかけたのはブライアンの復帰後だ、事実関係を混同している」
「いっしょだよ! 最初から戦っていればもっと早く敵を倒せただろ、そしたら、もしかしたら、相手が能力使う前に勝てただろ!」
「現実はそうはならなかった、仮定で決めつけるのはよくない」
「ああっ⁉」
「そうだよ、殺しちまえばいいんだ! 裏切り者は殺せよ!」
混乱していく現状にアデルはしゃしゃり出てくる。その瞬間、シェリーはアデルを殴った。
「ぐぇ!?」
「てめえ! 知ってんだぞ、あたしは。チームが不利になると逃げてただろ、クソ野郎! おめえが武器を作る能力がなければ、真っ先に殺してたぞ! おまえを!」
余りものシェリーの剣幕と怒声に、アデルは縮み上がっていた。こんな状態にレイラは泣き始めてしまう。
「なんで、なんで……。私たち勝ったじゃないですか……なんでこんなことに……」
「それとこれとは別だ!」
シェリーはレイラが全部言う前に嘆きを否定した。こんな有様であるため、ダイアナは冷静に僕を見て提案する。
「殺すのは流石にやりすぎとは思いますが、追放すべきだと思います。一度裏切ったものは、また裏切る可能性があります。むしろ最初からいない方が安心できます」
この言葉にユリアも重ねて告げた。
「私もそれに賛成です、こんな勝ち方しても踊る気にも歌う気にもなれません。こんなことならブライアンさんをもとから仲間に入れなければ良かったんです」
やはりこうなったか。彼らの言い分はもっともだ。だが……。厳しい雰囲気を感じてメリッサは軽くたしなめつつ、なだめるように諭す。
「しかし、闘技大会のルール上、最初に登録したメンバーでしか戦えない、ミーナと合わせて2人戦力を欠くことになるぞ」
彼女の冷静な言葉に、いったん場が冷える。そうだ、この大会のルール上、一人でも失うと、致命傷になる。最初登録した選手しか出場できないから。
対しシェリーは不貞腐れながら「どうせ、裏切るんだから、いっしょのことだろ……」と呟いた。今度は僕は何も発言してないサラに尋ねてみた。
「サラ、観客席から見ていただろう、君はどう思う?」
「……私、今回は、許せないと思う。もっとうまくやれたと思う。……ブライアンさんが裏切らなければ」
僕はその場にいなかったエイミアを除いて、みんなの意見を聞いたことで、それを踏まえながらも敢えて僕の意見を告げることにした。
「──僕は、ブライアンにもう一度チャンスを与えるべきだと思う」
「なんだと!」
僕の言葉にシェリーが食い掛ってくる。ほかのみんなも動揺を隠せないようだ。
「たとえ、裏切りとはいえ、一度のミスで彼の戦力を失うのは惜しい」
「ミス!? あんた本気で言ってるのか! あいつは裏切ったんだぞ!」
「ああ、そうだよ。彼の心の弱い部分を敵に上手く突かれただけだ。この先、こういう敵が出てこないとは限らない。そのときだ、彼を切り捨てたと同じように、また、誰かが同じことを起こせば、足を引っ張ったとしてそいつを切れと騒ぎだす。
前例が出来てしまうからね。こんな状況じゃあ他人を信頼できるのかい。仲間を信頼できるのかい。一度切り捨ててしまえば最後、何度も起こってしまう。
……まだ、彼の様子を見たほうがいい」
これは日本の職場でよくあることだ、張り詰めた仕事場で誰かがミスをすると、そいつにたいし徹底的に大人のいじめが始まる。そうして、そいつは仕事を辞めて、今度は次にミスした奴がパワハラを受ける。
よくあるブラック企業の出来上がりさ。安定した組織づくりと、システムを効率化すべき問題なのに、個人の責任に押し付ける。
今回の場合もそれに似ている。ナオコが人質に取られて、僕とエイミア抜きで戦わなきゃならなかった緊急事態だった。そこにブライアンに工作が入り弱みを突かれた。この先同じことが起こることも容易に予想できる。
チームを組織しても、信頼できない仲間同士で闘えるはずもなく、企業なら人手不足と競争力低下でつぶれる。組織とはそういうものだ。一度崩れたら最期、持ち直すのは厳しい、戦力が乏しいならなおさらだ。
使い捨て人材消費社会が氷河期世代を生み、技術の継承もなく、日本経済は成長の足止めをくらっている。こんな愚の骨頂を僕はまねるつもりはない。
「あたしにはアンタの気持ちがわからないね、せめて追放すべきだ」
シェリーは単純な思考の持ち主だから彼女が拒否するのはわかっているさ。ほかのみんなはどうだろうか。僕は心をかき乱さないよう、冷静に皆に尋ねた
「みんなの意思をここではっきりしたい、ブライアンを追放すべきと思うものは手を上げてくれ」
ほんのちょっとの間、僕は目をつぶった。そして瞼を開けると、シェリー、アデル、ダイアナ、ユリア、サラが手を挙げていた。そうか五票か。レイラは驚いた顔できょろきょろして、不安そうにしている。
続けて静かに僕は次のことを告げた。
「逆にブライアンをこのまま仲間として一緒に戦いたいものは手を上げてくれ」
そのあとが衝撃だった、手を上げたのは僕とレイラ二人だけだった。僕は冷静を装いながら、メリッサに尋ねる。
「メリッサ、君はどっちなんだい?」
「どっちの意見も賛成できる。裏切りは重大な問題だし、また佑月の言うような組織論も理解できる。それに私は佑月の妻だし、実際戦いを指揮した身として、意見を表明するのは避けさせてもらう」
メリッサらしい冷静な言い分だ。彼女の意見はもっともだろうが、実際のところ僕は彼女の賛同が欲しかった。それなら押し切ることもできただろうが……。エイミアの意見はどうだろうか。
「君も棄権するつもりかい、エイミア?」
「私、もともと、アウティスのパートナーだし、どっちでもいいわ。どっちにしても私は私の戦いをするだけだし」
そうか、彼女らしいな。性格がはっきりした票だ、日本人みたいに周りに流されはしない、自分の意見を持っている。実にいいじゃないか、これが僕のチームだ。なら……。こんな有様を踏まえて、ゆっくりと僕は結論を述べることにする。
「──ブライアンに対する審判を告げる、彼にはこのまま戦ってもらう、今までと何も変わらない。以上だ──」
「ふざけんじゃねえよ!」
シェリーが当然不満を述べ、ユリアも、
「佑月さん、貴方は多数決に従わないというわけですね?」
と言ったので、僕はすかして言い放つ。
「ああそうだよ、僕はリーダーの権限としてブライアンの追放は認めない。これが結論だ──」
「納得できません!」
「なんでだよ、勝手に決めんなよ!」
「理解できない……」
「だから殺しちまえって!」
「佑月さん、見損ないました」
皆、口々に不満を述べていく。そんな中、レイラは涙を浮かべながら、
「もうやめてくださいよ! 仲間じゃないですか、みんなも、ブライアンさんも!」
と、叫びだす始末。阿鼻叫喚の部屋の中。目を閉じていたエイミアは静かに口を開き始めた。
「まっ、こうなるよね、で、行くつく先はチーム崩壊。これまでやったことがおじゃん。良くある話よね。っていうのが私が経験したヴァルキュリア大戦よ──」
いきなり何を言い始めたのかと思って辺りは鎮まってしまう。目を見開き周りを見渡しエイミアはみんなの中心に躍り出ていく。何のつもりだ、エイミア。
「私さあ、昔やったのよね、アンタたちと同じことを、シェリーやみんなとね。説明すると長くなるけどね。昔々、ヴァルキュリア大戦でさあ、創造神が中下級ヴァルキュリアを集めて上位ヴァルキュリアを狙っているってわかってきたのよ。
おお、このままじゃ私たち上位ヴァルキュリアもやられちゃうんじゃねえかと思って、今までどつき合いしていた上位みんな集めて、創造神に対抗しようってね。一応やったんだ、数が相手の方が圧倒的に多いからね。
で、さ、今回みたいに、さあ、裏切り者が出たわけよ、まあ戦争だからね、そんなもんよ。で、そいつ殺したわけ、私たち。その後どうなったと思う? みんな疑心暗鬼になって結束も何にもない、お互い足を引っ張り合っててさあ。
もう見るも無残、で、創造神のもとに集まった上位以外のヴァルキュリアが、ここぞとばかりに結束して、私たちは見事、各個撃破。個々の能力では私たちの方が上だったのにね、みごとに惨敗ってわけ。バッカみたいな話よね。
それでどうなったと思う? 結局、私以外、神階第三階層以上のヴァルキュリアは、全部始末された。残ったのは私一人だけ。これがヴァルキュリア大戦の歴史。ほらね、どう、面白いでしょ? みんな?」
彼女の話に僕を含め動揺が隠せなかった。エイミアは笑って言ってるがかえってその壮絶な戦いの果てを簡単に想像できた。どんなに優れた能力で集まっていても、一人では数に負けるし、チームとして結束がなければ、手も足も出ない。これが戦争の非情さだ。
彼女の告げた歴史にユリアは驚きを隠せず、彼女が尊敬しているエイミアに問い返す。
「……それ、ほんとですか、私の聞いていた話と違う……」
「──本当だよ」
僕は心臓が飛び上がるかと思った。何故ならユリアに応えたのは、エイミアではない、誰でもないナオコだ。──そしてナオコは話を続け始めた。
「これから話すのが、ヴァルキュリア大戦の本当の意味での真実、歴史的事実だよ──」
何故ナオコがそんなことを、いや、どういうことだ、いったいなんなんだ……?
「つまり、金銭の受け取りはなかったと?」
「はい……。命を助ける代わりに戦闘に参加するなと相手の言い分でした」
「相手は誰だったんだ?」
「わかりません」
「わかりません? どういうことだ、オーチカ共同組のメンバーじゃないのか」
「違います、女性じゃなく男性でした。あと奴は一人で行動していました。おそらく僕らの知らないエインヘリャルだと思います」
「……僕らの知らない、か」
僕は想像を駆け巡らせる、ブライアンはエインヘリャルだ、エインヘリャル語を話せないと彼に言葉が通じない。エインヘリャルだというのは正しいのだろう。ヴァルキュリアはこれまですべて女性だった。なら当然そいつはエインヘリャルでほぼ間違いない。
問題はどこのエインヘリャルかということだ、教会団の奴らか?
組織がバックにいない限り、あまりそのようなエインヘリャルがいるとは思えなかった。
教会団は選手をすべて把握しているし、彼らの陰で何かしらやっていると、クラリーナがすぐに調べ上げるだろう。
他のケースを考えると、この大会に関係ない現地語を話せない男がこの聖都マハロブで単独行動するのは困難に思える。教会団のおひざ元で、現地語がわからないエインヘリャルはすぐに目立ってしまう。捕まるなり、殺されてしまうだろう。
加えて慎重に教会団のヴァルキュリアに気配を読まれないよう、かなり綿密に聖都の事を詳しく調べて行動しないといけない。そうじゃないとすぐに教会団にばれる。
また、現地語が堪能な野良のエインヘリャルは教会団の目の敵にされやすい。僕とメリッサが革命騒ぎを起こした時、すぐにアウティスが飛んできて、虐殺劇が起こった。
現地語が使えれば民を扇動することが出来る。彼ら教会団に危険視されるような相手だ。そんな魔の手から逃れられるような組織がバックに必要になってくる。
つまり、この世界を教会団が牛耳っている以上、マハロブで動けるエインヘリャルは教会団が関与しているか、対抗できる組織の後押しが必要だ。
教会団を詳しく知り、そのうえでこのラグナロクを有利に進めようとしてる存在。そういった組織の意思でマハロブを調べ上げたやつがこの大会に介入したのかもしれない。
理由はおそらく大会をぶち壊すために。この条件をクリアした奴じゃないと、このマハロブで自由に行動できないはずだ。
僕が考えをまとめていると、ブライアンは恐る恐る僕に尋ねてくる。
「僕はどうなるのでしょうか……?」
「僕一人で処分を決めるのはさすがに筋違いに感じる。実際現場で戦ったのは、僕とエイミア以外のメンバーだ。全員の意見を聞く必要がある」
「……みんなは許してくれないでしょうね」
「それを皆に尋ねる。とりあえず今のところ、君とミーナの二人は謹慎してくれ。あとで処分を伝える」
「わかりました。僕はどんな処分も甘んじて受けるつもりです」
「そうか……、わかった」
余りにも戦闘中で敵前戦闘拒否は仲間たちに負担が大きい。普通ならその場で銃殺されてもおかしくない。これは難しい判断を迫られるな……。
僕はブライアン、ミーナ以外全員の仲間を大広間に集めた。イスとテーブルを囲み、僕はブライアンの言い分を告げた。その上でみんなの判断を訊いてみた。
「──と、言うわけだ、皆はどう思う? ブライアンにはどういう罰則を与えるべきか、遠慮なく言ってくれ」
「……殺せよ」
シェリーは僕をにらみつけながら言った。彼女がこういうことを言うのはわかっていた。シェリーは戦いにシビアだし、もともと単独行動で戦っていたんだ。ブライアンが足を引っ張ったことに怒りに満ちていたのは察していた。
だが、僕はわざととぼけて見せる。
「殺せ……? それが君の答えかい、シェリー」
「ああ、そうだよ! 殺しちまえばいいんだよ! なんで、五人しかエインヘリャルがいない中で、裏切り者と一緒に闘わなきゃならないんだよ! あいつがいるだけで、邪魔なんだよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください、シェリーさん!」
そこにレイラは口をはさんでくる。
「だってブライアンさんは一緒に戦ってくれたんですよ。そりゃ相手に弱みを見せて一時期戦わなかったのはひどいと思います。でも仲間じゃないですか!」
「もう、仲間じゃねえよ!」
激しくシェリーは反論していた。しかし、彼女の言い分を僕は訂正した。
「ブライアンは仲間さ、今のところは、ね」
「ちげえよ! あんたにはわかんねえんだよ!」
「どういうことだい?」
「あたしはさあ、一番最前線で戦っているんだよ! 後ろで裏切り者がいるってだけで気が気じゃなかったんだよ。実際、最後、死にかけたしな。しかも佑月とエイミアがいない中で裏切る? ふざけんじゃねえよ! あいつのせいで死んでたかもしれねえんだよ、わかるか? リーダーよぉ!」
「君が死にかけたのはブライアンの復帰後だ、事実関係を混同している」
「いっしょだよ! 最初から戦っていればもっと早く敵を倒せただろ、そしたら、もしかしたら、相手が能力使う前に勝てただろ!」
「現実はそうはならなかった、仮定で決めつけるのはよくない」
「ああっ⁉」
「そうだよ、殺しちまえばいいんだ! 裏切り者は殺せよ!」
混乱していく現状にアデルはしゃしゃり出てくる。その瞬間、シェリーはアデルを殴った。
「ぐぇ!?」
「てめえ! 知ってんだぞ、あたしは。チームが不利になると逃げてただろ、クソ野郎! おめえが武器を作る能力がなければ、真っ先に殺してたぞ! おまえを!」
余りものシェリーの剣幕と怒声に、アデルは縮み上がっていた。こんな状態にレイラは泣き始めてしまう。
「なんで、なんで……。私たち勝ったじゃないですか……なんでこんなことに……」
「それとこれとは別だ!」
シェリーはレイラが全部言う前に嘆きを否定した。こんな有様であるため、ダイアナは冷静に僕を見て提案する。
「殺すのは流石にやりすぎとは思いますが、追放すべきだと思います。一度裏切ったものは、また裏切る可能性があります。むしろ最初からいない方が安心できます」
この言葉にユリアも重ねて告げた。
「私もそれに賛成です、こんな勝ち方しても踊る気にも歌う気にもなれません。こんなことならブライアンさんをもとから仲間に入れなければ良かったんです」
やはりこうなったか。彼らの言い分はもっともだ。だが……。厳しい雰囲気を感じてメリッサは軽くたしなめつつ、なだめるように諭す。
「しかし、闘技大会のルール上、最初に登録したメンバーでしか戦えない、ミーナと合わせて2人戦力を欠くことになるぞ」
彼女の冷静な言葉に、いったん場が冷える。そうだ、この大会のルール上、一人でも失うと、致命傷になる。最初登録した選手しか出場できないから。
対しシェリーは不貞腐れながら「どうせ、裏切るんだから、いっしょのことだろ……」と呟いた。今度は僕は何も発言してないサラに尋ねてみた。
「サラ、観客席から見ていただろう、君はどう思う?」
「……私、今回は、許せないと思う。もっとうまくやれたと思う。……ブライアンさんが裏切らなければ」
僕はその場にいなかったエイミアを除いて、みんなの意見を聞いたことで、それを踏まえながらも敢えて僕の意見を告げることにした。
「──僕は、ブライアンにもう一度チャンスを与えるべきだと思う」
「なんだと!」
僕の言葉にシェリーが食い掛ってくる。ほかのみんなも動揺を隠せないようだ。
「たとえ、裏切りとはいえ、一度のミスで彼の戦力を失うのは惜しい」
「ミス!? あんた本気で言ってるのか! あいつは裏切ったんだぞ!」
「ああ、そうだよ。彼の心の弱い部分を敵に上手く突かれただけだ。この先、こういう敵が出てこないとは限らない。そのときだ、彼を切り捨てたと同じように、また、誰かが同じことを起こせば、足を引っ張ったとしてそいつを切れと騒ぎだす。
前例が出来てしまうからね。こんな状況じゃあ他人を信頼できるのかい。仲間を信頼できるのかい。一度切り捨ててしまえば最後、何度も起こってしまう。
……まだ、彼の様子を見たほうがいい」
これは日本の職場でよくあることだ、張り詰めた仕事場で誰かがミスをすると、そいつにたいし徹底的に大人のいじめが始まる。そうして、そいつは仕事を辞めて、今度は次にミスした奴がパワハラを受ける。
よくあるブラック企業の出来上がりさ。安定した組織づくりと、システムを効率化すべき問題なのに、個人の責任に押し付ける。
今回の場合もそれに似ている。ナオコが人質に取られて、僕とエイミア抜きで戦わなきゃならなかった緊急事態だった。そこにブライアンに工作が入り弱みを突かれた。この先同じことが起こることも容易に予想できる。
チームを組織しても、信頼できない仲間同士で闘えるはずもなく、企業なら人手不足と競争力低下でつぶれる。組織とはそういうものだ。一度崩れたら最期、持ち直すのは厳しい、戦力が乏しいならなおさらだ。
使い捨て人材消費社会が氷河期世代を生み、技術の継承もなく、日本経済は成長の足止めをくらっている。こんな愚の骨頂を僕はまねるつもりはない。
「あたしにはアンタの気持ちがわからないね、せめて追放すべきだ」
シェリーは単純な思考の持ち主だから彼女が拒否するのはわかっているさ。ほかのみんなはどうだろうか。僕は心をかき乱さないよう、冷静に皆に尋ねた
「みんなの意思をここではっきりしたい、ブライアンを追放すべきと思うものは手を上げてくれ」
ほんのちょっとの間、僕は目をつぶった。そして瞼を開けると、シェリー、アデル、ダイアナ、ユリア、サラが手を挙げていた。そうか五票か。レイラは驚いた顔できょろきょろして、不安そうにしている。
続けて静かに僕は次のことを告げた。
「逆にブライアンをこのまま仲間として一緒に戦いたいものは手を上げてくれ」
そのあとが衝撃だった、手を上げたのは僕とレイラ二人だけだった。僕は冷静を装いながら、メリッサに尋ねる。
「メリッサ、君はどっちなんだい?」
「どっちの意見も賛成できる。裏切りは重大な問題だし、また佑月の言うような組織論も理解できる。それに私は佑月の妻だし、実際戦いを指揮した身として、意見を表明するのは避けさせてもらう」
メリッサらしい冷静な言い分だ。彼女の意見はもっともだろうが、実際のところ僕は彼女の賛同が欲しかった。それなら押し切ることもできただろうが……。エイミアの意見はどうだろうか。
「君も棄権するつもりかい、エイミア?」
「私、もともと、アウティスのパートナーだし、どっちでもいいわ。どっちにしても私は私の戦いをするだけだし」
そうか、彼女らしいな。性格がはっきりした票だ、日本人みたいに周りに流されはしない、自分の意見を持っている。実にいいじゃないか、これが僕のチームだ。なら……。こんな有様を踏まえて、ゆっくりと僕は結論を述べることにする。
「──ブライアンに対する審判を告げる、彼にはこのまま戦ってもらう、今までと何も変わらない。以上だ──」
「ふざけんじゃねえよ!」
シェリーが当然不満を述べ、ユリアも、
「佑月さん、貴方は多数決に従わないというわけですね?」
と言ったので、僕はすかして言い放つ。
「ああそうだよ、僕はリーダーの権限としてブライアンの追放は認めない。これが結論だ──」
「納得できません!」
「なんでだよ、勝手に決めんなよ!」
「理解できない……」
「だから殺しちまえって!」
「佑月さん、見損ないました」
皆、口々に不満を述べていく。そんな中、レイラは涙を浮かべながら、
「もうやめてくださいよ! 仲間じゃないですか、みんなも、ブライアンさんも!」
と、叫びだす始末。阿鼻叫喚の部屋の中。目を閉じていたエイミアは静かに口を開き始めた。
「まっ、こうなるよね、で、行くつく先はチーム崩壊。これまでやったことがおじゃん。良くある話よね。っていうのが私が経験したヴァルキュリア大戦よ──」
いきなり何を言い始めたのかと思って辺りは鎮まってしまう。目を見開き周りを見渡しエイミアはみんなの中心に躍り出ていく。何のつもりだ、エイミア。
「私さあ、昔やったのよね、アンタたちと同じことを、シェリーやみんなとね。説明すると長くなるけどね。昔々、ヴァルキュリア大戦でさあ、創造神が中下級ヴァルキュリアを集めて上位ヴァルキュリアを狙っているってわかってきたのよ。
おお、このままじゃ私たち上位ヴァルキュリアもやられちゃうんじゃねえかと思って、今までどつき合いしていた上位みんな集めて、創造神に対抗しようってね。一応やったんだ、数が相手の方が圧倒的に多いからね。
で、さ、今回みたいに、さあ、裏切り者が出たわけよ、まあ戦争だからね、そんなもんよ。で、そいつ殺したわけ、私たち。その後どうなったと思う? みんな疑心暗鬼になって結束も何にもない、お互い足を引っ張り合っててさあ。
もう見るも無残、で、創造神のもとに集まった上位以外のヴァルキュリアが、ここぞとばかりに結束して、私たちは見事、各個撃破。個々の能力では私たちの方が上だったのにね、みごとに惨敗ってわけ。バッカみたいな話よね。
それでどうなったと思う? 結局、私以外、神階第三階層以上のヴァルキュリアは、全部始末された。残ったのは私一人だけ。これがヴァルキュリア大戦の歴史。ほらね、どう、面白いでしょ? みんな?」
彼女の話に僕を含め動揺が隠せなかった。エイミアは笑って言ってるがかえってその壮絶な戦いの果てを簡単に想像できた。どんなに優れた能力で集まっていても、一人では数に負けるし、チームとして結束がなければ、手も足も出ない。これが戦争の非情さだ。
彼女の告げた歴史にユリアは驚きを隠せず、彼女が尊敬しているエイミアに問い返す。
「……それ、ほんとですか、私の聞いていた話と違う……」
「──本当だよ」
僕は心臓が飛び上がるかと思った。何故ならユリアに応えたのは、エイミアではない、誰でもないナオコだ。──そしてナオコは話を続け始めた。
「これから話すのが、ヴァルキュリア大戦の本当の意味での真実、歴史的事実だよ──」
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