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二つの死闘

第百九十八話 決着

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 昼の日差しがまぶしく、闘技大会にマハロブがきたつ中、僕は一人、教会の鐘楼塔しょうろうとうに立ち大会会場に向かってL118A1を設置していた。

 会場から約600m、うっすらと肉眼で人のシルエットが見えた。揺らぎ崩れ落ちる小さな黒い影。からりと落ちた薬莢やっきょう。完全に僕の狙撃は成功した。

 剣をかまえた鎧を着てない女性、恐らくシェリーだろう、髪型、体のシルエットは僕の記憶の中に確かにある。そう、そのシェリーらしき女性を襲おうとした、鎧女騎士と思われる頭を完全にぶち抜いたと、銃越しに感じていた。

 銃のレバーを押し込み次の銃弾を装填そうてん。僕が前、元々メリッサのやり取りでL118A1スナイパーライフルを選んだのはこのためだ。

 メリッサたちが僕がいなくても戦いに勝利していればそれは良好さ。だが、戦闘は何が起こるかわからない。

 もしものために遠距離射撃用としてスナイパーライフルをイメージしておいて、援護射撃できるようにあらかじめ用意していたのだ。

 アメリーとの戦いで敵にAKMが利かなかったのは誤算だが、L118A1を選んで結果オーライだ。この貫通力なら分厚い壁だろうと、シェリーにハンマーを振り下ろそうとする大男であっても、ヴァルハラへと産地直葬で返品できる。

 一息ついた後、ふたたび僕は狙いを定めトリガーを絞った! 見事、心臓を貫いたな、大男がゆっくり倒れ光りが浮かび上がり、遠くから湧き上がる観客の歓声。そうだ、それでいい。これは僕が主人公のショーだ、みんなからは姿が見えなくても、僕の銃口は確実に敵を捕らえる。

 排莢をして次の弾をレバーハンドルで詰め込む。僕は光学機器を作れないから肉眼で、感覚で撃っていく。これで二人。残りは武装してない男二人だ。残念だがシルエットで判別がつく。

 うろたえて周りを見渡すような仕草、逃げ道なんてありはしないさ、ここは僕の舞台テリトリー。蜘蛛の巣にかかったのはお前たちだ、僕じゃあない。

 さらに続く容赦ない銃撃、つんざくような破裂音! よし、胸を貫いたな。闘技場に光が零れ落ちていく。これで三人、もうあとは残り一人だ!

 地震のように観客の声が遠くここまで聞こえてくる。今日のデスゲームももうすぐ終わる。もはや、会場から命の光の残骸ざんがいまぶしいほどだ。

 最後の一人の男が逃げまどっているようだ。おやおや逃げようっていうのかい、この僕から。ここは僕のテリトリーと言ったはずだろ。彼が会場から離れるよりもずっと早く、すばやく排莢、装填し、引き金を絞る。

 7.62mm弾は、約600mをものともせずライフリングによって回転し、直進力を増していき、男の背中を見事貫く! 黒い血が噴き出て、会場の地面に血がべったり広がり、光り輝いていく。

 ──“作戦完了ミッション・コンプリート”──。僕の勝利だ。

 硝煙の臭いが立ち込め、神聖な教会の鐘が音に反響してわずかに鳴る。これは勝利のベルだ、祝いのね。わめき立つ観客の声、さあさてショータイムは終わりだ。アメリー残念だったな、君の策は完璧に僕が破ったよ。

 確かな銃の反動で命の終焉の美しさと心地よさを確かめた。銃口からの煙がわずかに風で流れていき、僕の黒い髪もなびいたようだ。

 命のやり取りでの勝利の心地を一人で楽しんでいると、後ろから女の声がかかる。

「──見事なものね、流石、佑月といったところかしら」
「──っ⁉」

 いきなり声がかけられたので自分に酔っていた僕は余計に驚いてしまった。後ろを振り返って、ちらっと見るだけで誰かわかった。エイミアだ。復帰が早いな、サメに追い回されていたんじゃなかったのか、よく見ると足らへんにかじり跡があった。彼女も大変だな。

「なんだ、エイミアか、脅かさないでくれよ」
「後ろから突き落とさないだけましでしょ、誰かさんと違って」

随分ずいぶんと意地悪な言い方をするね」
「まあね。それにしても、よくここから狙撃して見せたわね。百発百中ワンショット・ワンキル。やろうと思ってもできるものじゃないわ」

「たまたまさ」
「ご謙遜けんそんを、貴方の背中から、静かに張り詰めた殺気を感じたわ。怖ろしいものね見えないところからの攻撃は」

「そんなに褒めるなよ。調子に乗ってしまうだろ?」

「──無論、私からも賛辞の言葉を贈ろう」

 いきなり男の声がしたので驚いて、塔の頂上にいた僕たちは階段の下の暗闇を見た。ゆっくりとした拍手の音がこちらに聞こえてくる。

 ……このもったいぶった口調、ねっとりした声、あいつしかいない──。

「──アウティス!」

 僕とエイミアの声がハモる。そう、アウティスが笑みを浮かべつつ階段から上がってきた。僕はすぐさまそちらの方向に銃を構えた。また、エイミアは奴に対してにらみつけた。

「あんた、ずいぶん気配を消すのが上手くなったじゃない、今回は私ですら察知できなかったわ」

「お褒めに預かり光栄だ。それよりもずいぶんな働きだな、佑月。私と戦ったときよりも、何か強さを感じるようだ」
「僕の方は、お前のいやらしさが増したと感じるよ」

 こいつに僕はまともに取り合う気はない、狂人に論理など通じないからだ。僕の返事にアウティスは苦々しい顔をした。

「……。貴様には忘れ物があってな、いったい貴様をそこまでつき動かすものはなんだ、まだはっきりとした答えを聞いていなかったのでな」
「前に何か言った覚えはあるけどな。まあいい。強いて言うなら、運命に対する反逆かな?」

「運命……、反逆……?」
「僕みたいな地べたを這いつくばった人間はね、どんなことをしてでも勝利への願望がある。たとえ非道な手を使っても、もしくは使われても、必ず勝つ、いや、勝たなきゃならない。──生きるためにね」

「……ほう」
「だがしかし、アウティス。対してお前はずいぶんと甘ちゃんになったんだな」

「なんだと?」
「以前のお前なら、僕が会場に向かって銃撃をしている間に、攻撃を仕掛けていたはずだ。僕がお前なら、そうしただろうに」

「ふっ、貴様が勝利への貪欲どんよくさを語るなら、私は有り余る力からの抱負を語ろう。私は前と違い、さらに力をつけている。貴様のような小細工など私には無用だ。──前のように、せこい手で私を倒せると思うなよ──?」

「じゃあ、今試してみるかい? ここで。この銃にわずかだが弾が残っている。命をかけてのやり取り、やってみようじゃないか」

「はは、戯言を。折角の貴様との宿命の戦いをこんなみすぼらしいところで始めてたまるか」
「言うね、ここはお前たちの自慢の教会の一つだろうに」

「……ふふ。待っているぞ我が宿敵よ。決勝まで上がってこい、佑月。貴様に面白いものを見せてやる」
「それは楽しみに待っているよ、アウティス」

 僕の言葉を聞くと大声で笑ってアウティスが帰って行った。ホント何しに来たんだ、あいつ。エイミアがその後ろ姿に思いっきりベロを出した。僕はそれを見て言った。

「そういえばエイミア、アウティスとまだもめているのかい、君のパートナーだろ?」
「背筋が凍ること言わないでよ、だれがあんなやつ。宿命とは因果なものね、どうせなら、佑月をパートナーに選んだらよかった。

 そしたら女としても楽しめるし、何より貴方のやることが面白いもの。退屈しないですむわ」

「僕のパートナーはメリッサ一人さ。……さあ、て、僕は皆のもとに帰らないと」

 そうやってスカぶらせて、僕が階段を下りようとすると、エイミアが後ろから声をかけてきた。

「──ねえさあ?」
「ん?」

「……あのさ、私が敵になったら佑月、貴方どうするの?」

 彼女のその突然の言葉に僕は驚いて少し黙ってしまった。ちょっと考えてから、僕はエイミアにはっきりと言った。

「戦うさ──。たとえ君が相手でも」

 僕がそう言うと指でこちらを差して銃の形をまねし、そして、

「その言葉、忘れないでね。……バーン」

 と言って彼女はウインクした。エイミアのジョークはよくわからないな。まあいいさ。

 僕は闘技場へと足を進めた。控室に向かう廊下でメリッサたちとちょうど鉢合わせになった。彼女らが僕の姿を見てどうしたらいいかわからず戸惑っていると、僕は笑って見せた。

「やあ、みんな無事かい?」

 僕の言葉に集中が切れたのか、レイラがせきを切ったように涙を流しながら僕の胸に飛び込んできたのを受け止める。

「佑月さん……! 佑月さん! ふわわぁ────んっ!!」
「えっ、どうしたんだい? レイラ」

 余りの号泣っぷりに僕はむしろ引いてしまった。

「だってだって、佑月さんがいない間、一杯辛いことがあったんですよ!

 私に佑月さんの替わりやれって無茶振りするし、相手一人多いし、ブライアンさんが裏切るし、私が何とか頑張ったら、つられてブライアンさんも頑張ってくれたと思いきや、シェリーさんが死にかけるし、もう、もう、なにもかもぐちゃぐちゃですよ! うわああぁ──ん!!」

「ちょ、えっ、どういうこと?」

 僕が頭で描いた彼女らの戦いとは違い、想定外のことがたくさんあったようだ。僕がまごついているとメリッサは真剣な顔で「後で話す、それよりも」と言ったので、僕はほかの人の方に顔を向ける。続けて血だらけの服を着たシェリーが僕の肩を手で押した。

「おせえよ! もうちょっと早く来てくれれば、馬鹿みたいに私も柄にもなく心の中で神に祈ることも無かったのにな」

 と不満げに彼女は言った。タイミングを間違えたのかなあ、精一杯急いだつもりなんだけど。彼女らはとても大変だったらしい。裏切ったとかいうブライアンはうつむいているし、いろいろあったようだ。

 レイラは涙が止まらない様子なので、僕が彼女の涙をぬぐってあげた。そうすると、涙をこらえながら、僕に嘆願してきた。

「……う、もう、佑月さん、今回みたいなのは、最期にしてくださいね? お願いですよ……?」

 その彼女の言葉に僕は静かに微笑むよう努めた。

「ああ、約束するよ、僕は君たちのそばを離れないよ」
「佑月さん……!」

「リーダー……」

 レイラとシェリーや、ほかのみんな女性陣は僕の顔を見つめて涙ぐんでいる。辛かったんだろうな。気が強いようでみんな女の子なんだから。

 ──その中メリッサが咳払いをした。あっしまった。レイラも今の状態に気付いたようで、顔を真っ赤にして、慌てて僕の胸から離れた。メリッサは冷たい目で僕をたしなめる。

「お前、目の前に妻がいながら、良くイチャイチャできるな」
「ははは……」

「……まあ、いい。あとで覚えてろよ。それよりもよく来てくれた、助かったよ。正直お前が来なかったら危なかった。私からも礼を言う。そして……」

 彼女は一呼吸を置いて静かに微笑んだ。

「──おかえり、佑月……!」

 その言葉に僕は責任感と、僕の家、居場所に帰ってこられたことを実感した。そのありがたさを噛みしめながらも僕も柔らかく言った。

「ただいま、みんな──」

 そうやって僕たちはひとしきり笑い合っていたのだった。
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