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二つの死闘

第百九十六話 トリックスター④

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 確信を持ち、僕はアメリーに勝利宣言をした。アメリーが仕掛けたトラップ、作戦をすでに僕は看破かんぱしていた。

「ふ、ふふ……、何を世迷言を。エイミアが優れたヴァルキュリアゆえ、貴様はいい気になっているのではないのか、佑月? 私の策は完璧だ。例え私がエイミアになぶられようと、勝敗を決めるのはエインヘリャル戦だ。

 貴様は何の手だてもなく、始末されるのを待つのみだ、そうだろ、佑月?」

 自信をもって僕に反論を始めるアメリー。体はボロボロになっても、頭のキレは落ちていない。いまだ僕を攪乱かくらんすることを忘れなかった。それに比べエイミアは黄金の闘気を収めて、僕に興味津々で聞いてきた。

「謎は解けたってどういうこと? 佑月」
「考えてくれ、エイミア、今僕らは無数の武器によって攻撃をさらされたはずだ。だがその武器はどこに行った? 周りをよく見てくれ」

「えっ……」

 エイミアは冷静になってこの部屋のどう考えてもに落ちない点を、疑問を理解し始めた。

「そう、その武器が消えているんだ。前後左右、上から僕らは攻撃を受けた、しかし。その武器はなぜか消えている、地面に刺さったのを除いてね」

「ちっ……!」

 僕の言葉にアメリーは舌打ちをした。エイミアは「なるほど……」と僕の意見に感心している。続けて、今の状況を確認し説明を始める。

「状況整理をしてみよう。ソフィアは、この部屋にエインヘリャルがいると断言した。エイミア、君の判断はどうだい?」
「私もソフィアと同じよ、ここにエインヘリャルの気配がする。間違いない、いるはずよこの部屋に。姿を消しているのか見えないんだけど」

「それは違うんだ、エイミア。敵のエインヘリャルは姿を消しているんじゃない、今も堂々とこの場に姿を現しているんだ」
「何ですって⁉」

 エイミアは僕の意見に驚きを隠せない。彼女の言葉と同時に壁から武器が現れ始めた。だが、アメリーがそれを静止する。

「まてデフォーク! あわてるな、慌てる必要はない。たとえお前の能力が判明してもどうしようもない。相手の状況を見ろ。今の状態を考えればわかるはずだ、落ち着け!」

 彼女からすればエインヘリャル戦は優勢だ、僕の方が攪乱かくらんしようと思えるのだろう。とりあえず、場は乱れそうにないので僕は話をつづけた。

「エイミア、周りを見てくれ。この部屋には何が見える?」
「何って、普通の部屋よ。壊れているけど、タンスとかクローゼットとか椅子いすやテーブル、あと他にめぼしいものはないし、ただ壁があるだけ」

「そうだ、壁があるだろ。よく見てくれ、おかしい点はないか?」
「別に普通の壁よ、まっさらで綺麗きれいな……えっ⁉」

「気づいたみたいだね、あんなに激しい戦闘があったのにこの壁はおそろしく綺麗なんだ。本当の壁なら、銃痕じゅうこんや、エイミアのオーラで切り裂かれた跡があっても、おかしくないし、そもそも前後左右から武器が襲ってきたのに武器が壁に刺さってなかったり、跡形もなく消えているのはおかしい。

 そうだろ? アメリー」

「だからどうした、貴様にはこの策を破ることはできない。貴様の玩具おもちゃではその壁とやらはまっさらなはずだ、なら、いくら理屈をこねようとまったくの無意味だ」

「そう、僕が使っていたAKMの銃では貫通力が足りなかった。しかし、ねえ、アメリー。君は今僕が背負っているものがわかるかい? これはね、L118A1というスナイパーライフルなんだ。

 君の知識は知らないけどね、スナイパーライフルの貫通力はAKMアサルトライフルとは違い威力がすさまじい。何せ狙撃用の銃だ、一発で殺せる能力がないと困る。試してみるかい? その壁が本当に綺麗なままでいられるかどうかを……?」

「──っ! まずい! デフォーク! そいつを今すぐ殺せ、早く!」

 彼女の号令と共に部屋を埋め尽くすように、武器が僕に向かって飛んでくる、それをかわしつつ、AKMで落とし、上からくる攻撃を避けるので手がいっぱいだ。どうやら飽和攻撃で、僕にL118A1を撃たせないつもりらしい。それはわかる。だが、君は何か忘れてないかい、アメリー?

「エイミア、僕の周りに来てバリアを張ってくれ!」
「私には状況がいまいち理解できないけど、わかったわ!」

「くっ──、させるか、……ぐ!?」

 アメリーはエイミアを食い止めようと力を振り絞るが、彼女の度重なる攻撃で足がふらついた。エイミアは素早く僕のもとに駆け付け、黄金のバリアを張り、武器たちを弾いていく。今だ──!

 僕はL118A1に持ち替えて、恐らく一番耐久の低い壁の中心に向かって、狙いを定めて撃ち込む。銃口から吐き出されて発射された7.62mm弾の突進力と、ライフリングにより鋭く回転し、空気を切り裂き、壁に深々と刺さり、そして、貫通し、血が噴き出る!

「ぐはっ!?」

「しまった!!!」

 アメリーは声を響かせるが、答えはなく、うめき声が聞こえてくる。その次の瞬間、武器たちは壁に集まり、そして壁は、空中で球体へと変化し、白い肉の塊に変わっていく。そこでエイミアは敵の能力を理解した。

「そうか! 敵は壁に化けていたんだ! 部屋の中に部屋を作る。それが見えない敵の正体なのね」
「その通り、初めから敵はいたんだ、目の前に。僕は床のしみを見て確信した、壁の途中で床のしみが途切れているのは、壁の前に壁があったんだ。そして部屋を偽装して、僕たちを囲み、圧倒的な攻撃を仕掛けた。

 しかし、床まで偽装するにはいかなかった、床に武器が残っていないのは流石に僕じゃなくても、トリックに気づかれてしまう。攻撃を放った際、自分の真横で武器が消えると誰でも変に感じるからね。当然の判断だ。

 周囲で武器が消えていたとしても、攻撃されている状態では、さっきの通り冷静な判断ができないだろう。よく考えられたトリックだ。デフォークとやらがエイミアの怒涛どとうの攻撃を見守っていなければ、気づかなかったかもしれない。

 敵の能力は変化へんげする能力なんだ、壁や武器にね。そうだな、アメリー?」

「くそっ、まさか、こんな短時間で私の策が見破られるとはな……!」
「違うね、君は時間をかけすぎたんだ、僕に対してね」

「くっはは、そうか、負けか……」

「君の策はほぼ完ぺきだったよアメリー。ほかのエインヘリャルなら成すすべもなくやられていただろう。クラリーナだって危なかったかもしれない。しかしね、選んだ相手が僕だった。僕はね、ペテンに関してはずいぶん自信があってね。

 それがアメリー、君のはるか上を行った。君の間違いは相手として僕を選んだことさ──」

「パパ!」

 部屋の中にあった壁が取り除かれ、向こうにいたナオコが現れる。椅子にロープで縛られているが、どうやら顔は血色がいい。おそらくクラリーナのおかげだ。彼女には感謝してもしきれない。だが、アメリーはそのナオコを見て、起死回生の手段に打って出る。

「──なんて言うと思ったか! デフォーク! うめいてないで、攻撃をしろ。人質を狙え、早くしろ!」

 切羽詰まったアメリーは、ナオコを有効活用しようと、デフォークの塊の一部が武器に変わってナオコに迫る!

「甘い!」

 僕はすぐさまAKMに持ち替えて武器たち落としていき、エイミアはすぐさま黄金の風に変わって、ナオコの前に立ち、バリアを張る。

「残念だったな、アメリー。計画はこれでご破算だ、どうする?」
「ええい、デフォーク! こうなったら、佑月を狙って攻撃しろ。なんでもいい、量で上回れ! 放ちまくれ!」
「無駄なことを……」

 僕は雨あられと降り注ぐ武器をかいくぐり、デフォークの白い塊にL118A1を撃ち込む! 吹き出る血の雨! これは決定的な打撃だった。デフォークは変化をあきらめて、血だらけの人間に戻った。

「ぐはっ……、はぁ……、はぁ……。アメリー、し、指示をくれ、俺はどうすればいい……!」

 傷だらけのデフォークとアメリー、立つのもやっとの状態だ、勝敗は決した。それを悟ったアメリーは体を張った指示を送った。

「くうっう!? なんてことだ、こんな状態になるとは。もういい、逃げろ! 生きていれば、次の機会がある。今はとにかく逃げろ! 全力で逃げろ!」
「わかった!」

 デフォークは変化する余力がないのか人間姿のままで窓から逃げようとする。僕はそれに追撃の銃弾を浴びせようと引き金をひく! しかし、アメリーが体ごと投げ出して、僕の一撃を身をもってかばった。

 辺りは血の海になり、アメリーは倒れ、うのていで、窓へ立ち塞がろうとするが、力及ばずそのまま壁にもたれかかり、息を切らし、もう体が動かせないようだ。

「残念ながら僕は狙った獲物は逃がさないよ──」

 デフォークに追撃をかけるべく僕は窓にL118A1の銃身を置き、街の通路を騎士たちに取り押さえられた奴を容赦なく後ろから撃ち抜き、ついにデフォークはあえなく道端に倒れた。

 アメリーが光りに包まれていく。この戦いは終わった。アメリーはただ僕を見つめて、最後の言葉を振り絞った。

「ふふふ、ふはははは、ははは。まさか……私が負けるとはな……。私は衰えたというのか……? この黒炎のヴァルキュリアも落ちたものだな……」
「いや、君は強敵だったよ。ただ相性が悪かっただけだ。僕じゃなきゃ君の勝利だったろう」

「ふ、世辞などいらん。だが、まあいい──。お褒めに預かり光栄だ……。どうやら、ヴァルハラでも自慢ができるよ……、よく戦ったと……。メリッサは、メリッサは……今も戦って……いる、だろう、か……?」

 そう言い残して光の粒となってアメリーは消え去った。有象無象の強敵がひしめく三回戦にふさわしい相手だった。エイミアがいなかったら、僕も危険だったかもしれない。外から風が吹き込み、僕は一瞬、空を見上げた。

「パパ! 助けてくれてありがとう!」

 エイミアによって縄を解かれた、ナオコが僕の胸に飛び込む。僕はその小さくやわらかな体を包み込み、穏やかに笑って見せた。

「ナオコ、良かった。無事で……。ダメだぞ、パパやママに無断で出掛けちゃあ。あとでママにごめんなさいを言うんだぞ。ママはお前のことが心配で、夜も眠れなかったんだぞ」
「うん、ごめんなさい、パパ。約束する。パパとママの元を離れないって……」

「そっかあ、なら、いい。とにかく元気でよかった。クラリーナにもお礼を言わないとな」

「あら、私にはお礼はないの?」

 僕とナオコの親子の会話にエイミアが加わる。ナオコはちょっと不満げにエイミアに言った。

「エイミアお姉ちゃんが、私がいれば安全って言いながら、自分勝手に店で店主とおしゃべりしてたからでしょ。私、いきなり襲われて、お姉ちゃんが助けてくれると思ったけど、全然助けてくれないし、お姉ちゃんにも責任があるんじゃないの?」

「あう……、で、でもね、私、使うつもりがなかった、能力を使って見せたんだから、佑月にはお礼をしてほしいわ」
「お礼って何を……?」

「もちろん、カ・ラ・ダ。久しぶりに力を使って興奮してきたから、いまハイなのよね、静めてよ、私の体を……!」

 エイミアはそう言って僕に胸を押し付けてくる。またかと僕は頭をかいた。

「子どもの前で何言ってるんだい、エイミア。教育に悪い」
「あら、ナオコにはいい教育になるんじゃない。男と女がどんなものか……。教えてあげましょ、いつかみんな気持ちのイイことをするんだから……」

 エイミアが甘く耳元でささやいてくる。僕はそれに逃れようと窓の外を見た。

「あれ? ルミコがこっちに来てる、どうしようか、ほら、エイミア」
「え、なに、ルミコが来たの? まったく自由奔放じゆうほんぽうなペットなんだから……」

 そうして彼女が窓の前に立った瞬間、僕はエイミアを外へと突き飛ばした。

「ちょ、な、きゃあああああぁぁ──!?」

 エイミアは体ごと2階から落ちた。たぶん胸が重いから、よく落ち……いや、なんでもない。

「パパ、いいの? エイミアお姉ちゃんでも流石にケガするんじゃない?」
「大丈夫だよ、エイミアなら」

「何すんの! さいってい──っ!」

 頭から落ちたというのに無傷でぴんぴんとしてるエイミアだった。ホント丈夫だな。

「あ、本当、元気だね、エイミアお姉ちゃん」
「そうだろ、世界が滅んでも一人で生きてそうな奴だから、エイミアは」

「こらー聞こえてるわよ。こっちの声、聞いてんの! 佑月、何か言いなさいよ──、え? きゃあああああぁ──っ⁉」

 エイミアがこっちを見上げた瞬間、通りがかりのサメが地上を這いまわり、エイミアに襲い掛かっていく。本当に動物に好かれるヴァルキュリアだ、ははは。

「ということで、行こうか、ナオコ」
「そうだね、パパ」

 僕たちは何事もなかったかのように外に出る、そこにはクラリーナとソフィアがいた。騎士たちに囲まれて僕たちは拍手に包まれる。

「無事で何よりです、佑月さん。本来なら私の仕事ですが、事情が事情でしたから、仕方ありません、貴方には敬意を表します」

「いや、クラリーナ、お礼を言うのは僕の方だ。ありがとう、クラリーナ。おかげで無事、ナオコを助け出せたよ」

 クラリーナはナオコの方に体を向け、そっと頭をでた。

「駄目ですよ、ナオコちゃん、パパとママから離れちゃあ、危ないからね」
「うん、クラリーナお姉ちゃんもありがとう! お姉ちゃん大好き!」

 そうしてナオコはクラリーナを抱きしめる。穏やかに微笑みを浮かべる美しい女性と少女、実に微笑ましい光景だった。僕はその場にもっと居たかったが、そうもいかない。

「クラリーナ、もう一つ頼まれてくれないか。ナオコを無事、館まで送ってほしい。僕にはやるべき仕事がある」
「仕事って、闘技大会の事ですか? でも入場口は試合が開始すると固く閉じられて、入場は禁止ですよ」

「なら、入らなきゃいいんだろ……?」
「え……?」

 クラリーナに僕はそう言ってL118A1を肩からおろし、強く握りしめた──

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