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二つの死闘

第百九十三話 闘技場の死戦②

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 話は闘技場に戻る。突如のブライアンの裏切りに困惑するメリッサたちだった。それと同時に襲い掛かる敵に対し対応を迫られていた。

「シェリー、ブライアンは放っておけ、戦いに集中しろ!」
「で、でもな……!」

「良いから後ろは私が対応する。お前が抜けてはそもそも戦いにならん!」
「ちっ、わぁっーたよ、裏切り者の始末を任せるぞ、メリッサ!」

 シェリーはそう言って、大盾をもったひげを蓄えているエインヘリャルと対峙たいじするが、一気にサイドから、シェリーへと女騎士二人が襲い掛かろうとする!

「くそ、多勢に無勢だ!」

 シェリーが弱音を吐いたのを聞きつつ、メリッサはまずミーナに事の次第を問いただす。

「ミーナ、どういうことだ!」
「知らない、ミーナ、何も聞いてない……」

「だって、死ぬんだよ、ミーナ! 君も死にたくないだろう⁉」

 対極的に、ブライアンの弱音へと、侮蔑のまなざしを送るミーナ、また、彼女はこうつぶやいた。

「ミーナ、ブライアンのそういうところ嫌い……!」

 ミーナは無関係で、共に戦う姿勢を崩さないのをメリッサは見て、ブライアンへ詰問きつもんし始めた。

「お前、私たちの敵に回るつもりか⁉」
「違います!」

「戦う気がないと言いたいのか! それなら同じ意味だ、ただでさえ人数で劣っているのに、欠員を出せだと、笑わせるな。よくもまあ、その面を平気で私たちにさらせるな、恥を知れ!」

「だって……、だって、どう考えても無理じゃないですか! 佑月さんとエイミアさんがいないんですよ! 絶対にみんな死んでしまいますよ! そうだ、僕たち人数が少ないから、今から降参できます。そうしましょうよ!」

「ふざけるな! 教会団が私たちを始末するに決まっているだろ! 目の前の敵と戦えないくせに巨大な組織とたたかえると思っているのか!」

「メリッサ! 援護をくれ、持たないぞ!」

 シェリーが3対1で危機が迫る中、叫んだ。相手のほかのエインヘリャルやヴァルキュリアもシェリーに向かってくる。

 黒髪のローブを着た男の地をう木の根が、まるで生き物ように彼女に襲い掛かるが、咄嗟とっさにかわすシェリー。チーム全体に襲い掛かる木の根にメリッサはなるべく落ち着いて指示をした。

「木の根は盛り上がったコンクリートでやってくる方向がわかる、避けろ! レイラ、ユリア、お前たちがシェリーの援護をしろ! アデルはとりあえず、弾をばらまけ! 足止めになれば何でもいい、ダイアナもミーナもとにかく撃て、弾数で相手の勢いを制圧しろ!」

「了解!」

 とダイアナとミーナは言ったが、アデルはうんともすんとも言わず、ただ混乱していた。

「アデル! 何をしている、撃て、とにかく撃つんだ!」
「だ、だってよ、裏切り者がそばにいるんだぞ! その中戦えって無理だろ!」

「ブライアンのことは私に任せろと言っている!」
「いっそ俺がそいつを殺した方がいいんじゃねえか? なあ、そうしようぜ、メリッサはエインヘリャルを殺すわけにはいかないんだろ?」

 ヴァルキュリアがエインヘリャルを攻撃すると、パートナーに被害が及ぶ因果の絶対法則。それを理解していながらもメリッサはこう断言した。

「それでも、ブライアンが敵に回るなら私が殺す! いいか、お前は前の敵に集中しろ、後ろの敵は私が何とかする!」

 彼女の迫力に気おされて、アデルはただ「お、おう……」と言って指示通り敵に向かって撃ち始めた。そうだそれでいいんだと心でメリッサはつぶやいた後、ブライアンの尋問に戻った。

「ブライアン、貴様、この状態を見て、まだ私たちと共にたたかわないと言うんだな?」
「だって、明らかにおかしいですよこんなこと。勝てるわけがないでしょう! 僕たちは死ぬために戦うわけじゃない、生きるために戦ってるんですよ!」

「どっちも同じことだ、ここで戦わぬものはいずれ死が訪れる。それがラグナロクの鉄則。戦わぬ者は死あるのみ。生きたければ、敵を殺せ。それが最後の12人に残れる唯一の道だ」

「でも、勝てない戦いに……」

「もういい、お前は銃を捨てろ、邪魔だ!」

 そう言ってメリッサはブライアンから無理やりAKMを取り上げた。こうすればブライアンは氷の壁を生み出すしかできないため、実質戦闘不能になる。「え……」とブライアンはつぶやいた。

 だが、時間が惜しかったメリッサはブライアンを見捨てて、戦いに集中することにした。

「レイラ、作戦通り佑月の代わりに中央に入れ、お前がストライカーだ!」
「ぶ、ブライアンさんは……?」

「いらん! 攻撃が最大の防御だ、敵を手っ取り早く二人始末すれば、フィフティーフィフティーだ!」
「は、はい、わかりました……」

 戸惑いながらも戦闘態勢に入るレイラ。しかし、動揺は隠せず、思うように狙いが定まらない。メリッサはとりあえずチームを落ち着かせて、固く陣形を固めることにした。

 それを見た敵のヴァルキュリアたちがメリッサやユリアへと襲い掛かる。メリッサは流石の剣技であしらったが、ユリアはそうはいかない、一方的におされてしまい、肩を斬りつけられた!

「ぐっ⁉」
「ユリア!」

 レイラはパートナーが傷ついたとみて、さらに動揺が深まる。メリッサは余計なことを考えさせないように、すぐさま指示を出した。

「レイラ、相手のヴァルキュリアに銃弾をお見舞いして、その間、お前の能力でユリアを回復しろ!」
「は、はい!」

 レイラは指示通り、敵のヴァルキュリアに攻撃をして相手を下がらせる。その間、ユリアのもとに駆け付け手をかざし、治癒ちゆを行う。

「ユリア! 大丈夫⁉」
「大丈夫です、貴女の能力は相変わらず効き目がいいですね、レイラ。骨が砕けたと思いましたが、もう痛みもなく動かせます」

 そう言って、ユリアは立ち上がり、大丈夫だと腕を振る。それを見て安心したレイラは、所定位置に戻ろうとした瞬間、レイラの治癒能力が厄介だと感じた短い白髪の女騎士は、攪乱作戦かくらんさくせんに出る。

「おいおいこんな状態でまだやる気か? もっと賢くなれ。そのブライアンという奴は泣いて、命乞いをしたのだぞ、僕は死にたくない! ってな! なのに、お前たちは無様に死ぬために戦うのか?」

「死ぬ……?」

 レイラは相手の言葉に大いに迷い始めた。メリッサは彼女の心の弱さを十二分に知っていたため、

「構うな! 相手の作戦に乗るな、私たちは勝てる、私と自分を信じろ!」
「だって……」

 と、言葉をかけたが、なにせレイラの目の前で、今までとは違う一方的な攻撃が繰り広げられていたため、目がどんどん泳いでいく。

 メリッサはそれを見てフォローに入ろうとするが、襲い掛かる二人のヴァルキュリアに手間取った。不利ながらも、相手を圧倒してはいた、だが、周りに構う余裕が今の彼女にはなかった。

「ぐあっ!」

 瞬く間にシェリーはついに相手の攻撃を自身の体で受ける、緑髪の女騎士の剣の斬撃で太ももが深々と切られて、膝をついた。それを真後ろで見ていたレイラは恐怖で心臓の鼓動が早くなる。

 死ぬ……、また死ぬの、私……⁉ 戦闘中ながら一瞬、彼女の過去がフラッシュバックする。性奴隷として、幼いころから、虐待にさらされた日々、佑月の前では精いっぱい強がったものの、心の傷は深く、精細な思春期の娘の純粋さを汚された。

 私は、物として扱われた、商売道具としてカラダを売らされた。男との交わりに快感と深い屈辱感が突き刺さる自分の心を、何度も言い訳して、自身で催眠をかけるように、私は幸せなんだ、幸せなんだと己を偽る。

 彼女にはもはや、何が嘘で何が本当かわからなかった。しかし、性病で苦しみ、あっけなく短い生涯を終えた瞬間、神に自分が捨てられたことを心のどこかで悟っていた。

 ヴァルハラで彼女の人生を見て、あわれみでユリアが手を差し伸べた。彼女はこの娘がまともに戦えると思ってはいなかった。でも、こんな死に方は実直なユリアは納得がいかなかった。だから、ユリアはレイラに死後の世界で語りかけたのだ。

「貴女、こんな人生で満足なの? 何もできず、何も果たせず、社会のごみとして捨てられた人生を自分自身で納得してるの?」

 その問いに死後で体が動かないレイラはたちまち号泣した。

「私……、私……!」

 ずっと隠してきた真実の感情、性奴隷としての運命。納得なんて出来るわけがなかった、同じ子どもとして、女として、生き生きと過ごす周りの光景を、売春館の中で、羨望のまなざしで外を見つめていた。私はなんでこうなったの? 私が何をしたというの?

 自問自答しても答えは出なかった、だから、彼女はただ笑うことにした、笑っていれば、自分が不幸だと思わなくて済むし、傷つくことも無い。周りから馬鹿と言われ、ごみや虫みたいに扱われても、それでもレイラは笑った。

 でも、死の瞬間、私は私自身を笑えなかった。もっと、人間らしい生き方をしたかった、女としての幸せが欲しかった。でも、私は何もできずに、無力に、無様に死んだ。

 それをヴァルハラで理解した彼女は笑うのではなく泣いた。子どものように泣きじゃくった。ユリアは、その姿に心が激しく揺さぶられ、言葉をかける。

「ねえ、レイラ、もう一度やり直さない? こんなのってないよ、例え神が許さなくても私が貴方を再び生きるのを許す。貴女が戦ってくれるなら、もう一度チャンスを獲得できる。ねえ、闘おう、運命に」

 その優しさに、レイラは言葉を発するというよりも、反射的にうんと言った。そしてユリアはレイラの手を取った。体が自由になると、レイラはユリアの足元で力なく泣き崩れた。たとえ未来が辛くても、生きていれば、生きてさえいれば……! そう彼女は心の中で叫び続けた。

 ──そして、数時間のあいだレイラは泣き続けた。

 苦い思い出を胃液と一緒にめたレイラ、現実に戻って今もまた、自分の第二の生が終わろうとしていた。このまま、何もできずに私はまた死ぬの? また何の意味もなく死ぬの? 幸せを知らずに私は死ぬの?

 体が硬直し動かない、その時、一人の男の言葉を思い起こす。

『誰かに頼っていてばかりじゃあ、自分の運命は変えられない、ずっと誰かの奴隷さ──』

 心の奥から吹きあがっていくレイラの感情、呼び起こした佑月のセリフで、レイラの体中へと一気に激しく血がいきわたり、頭の中で何かが弾けたように、わきあがってくる叫び。

 ──違う! 私は生きるんだ、こんな人生だったとしても、みんなに笑われても、神様が敵だったとしても、私は、私は運命を変える!

 彼女はAKMを強く握り、シェリーにとどめを刺そうとした白髪の女騎士に鋭い目つきをしながら自然と照準を合わし、そして、自分の運命を切り開く一発の銃弾を放った──!

「ぐはっ⁉ 何だと!」
「ケニー⁉」

 もう一人の女騎士が肩を深々と弾丸が貫いたのを見て、驚きを隠せない。対し、未来へとまなざしを向ける女はこう宣言した。

「シェリーさん少し下がっていてください! あいつらは私が倒します!」
「レイラ!」

 チーム皆が、戦士として覚醒したレイラに向かって叫ぶ。彼女たちは修羅たちの戦いの中、希望の道を見出したのだ。
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