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二つの死闘
第百八十八話 挑戦状
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皆が僕抜きで試合を戦うのを戸惑っている、ましてやエイミア抜きだ、もうこれまでの主戦力を欠いたま、戦うことになる。明確なる方針が必要だ。とりあえず僕はソフィアにクラリーナの現在の状況を尋ねた。
「なあ、ソフィア、今クラリーナに連絡を取れるかい?」
「ええ、できるけど、どうして?」
メリッサやユリアは「連絡を取る?」とつぶやいて、不思議がっていたが、僕も仕組みがわからない以上説明しようがないし、ソフィアも説明する気もないだろう。いずれ僕たちはクラリーナと闘うかもしれない、ソフィアは無駄な情報を与えることはしないだろう。彼女は目をつぶり、そしてこう告げた。
「ええ、今、アメリーを見張っているわよ、なにを伝えたいの?」
「試合当日の何時に僕たちと交渉する気なのかアメリーに伝えてくれ」
「わかったわ」
そしてひと時、間が開いた後、ソフィアはやはりかといった表情で、僕に言づてをする。
「貴方たちとアメリー達のチームの試合が始まる時間に交渉するということよ」
「当然だろうね、僕を引き離すのが目的だ、その前後に来られても意味がない、そういえば僕たちの試合時間は判明しているんだろうか?」
「ちょっと待ってクラリーナに聞いてみるね」
そして、また連絡を取り合い、ソフィアは僕たちに告げた。
「明後日の午前10時からだそうよ、佑月、それでいいの?」
「ああそうだよ、そういえばクラリーナの試合はどうなっているんだい、今日、明日あたりあるんじゃないのか」
「ちょっと待って聞いてみるね、……えっ? 本気で言ってるの、何でそこまで貴女がする必要があるの、問題になるわよ、わかって……、ああもう、黙ってしまった。強情だわ、あの娘」
「どうしたんだい?」
「今日午後4時からクラリーナの試合があるけど、休むってさ、でもってあの娘本人は、責任をもって、アメリーをその目で見はるってさ、まったく、ホント、頭が痛いわ」
クラリーナはどうやら試合をすっぽかすようだ、これはチャンスだぞ、あの黒騎士の能力が確かめられるかもしれない。なら……、僕はソフィアに告げた。
「それなら僕がクラリーナのチームの戦いを見届けるよ、少しでも借りを返したいからね」
「あ、そうなの、あとでクラリーナに伝えておくわ、はあー、何でこうなったんだか」
「とりあえずソフィア、僕たちと食事取らないかい。僕はそのあと、君と一緒にコロッセウムでクラリーナのチームを観戦するつもりだ」
「いいわ、ご一緒しましょう、でも私料理にうるさいから、私が調理したいんだけどいい?」
「おい待て、ウチの飯は私が担当しているんだ、勝手に決めるのはやめてもらおう」
何故だか知らないがメリッサが参戦してきた、ソフィアはメリッサと対峙しながら、笑みを浮かべた。
「じゃあ、二人で料理作りましょう、それでいいメリッサちゃん?」
「いいだろう、その言葉後悔させてやる……!」
そう言って二人とも、大股で台所に向かった。なんでこうなるんだかねえ。
で、昼食をとって、僕たちが審査員でメリッサ、ソフィアのどっちの料理がうまいか票を取ったところ、半々に分かれて引き分けになった。ナオコが人質に取られている手前、細かに説明しないけど、二人の料理はかなり美味かった。ナオコはきちんと食べているのかなあ。
昼食が終わった後、皆に今後の方針を僕は示した。
「みんな知っての通り、僕とエイミアが次の試合抜ける、そこで、きっちりあとのことを考えて、あと一日しかないが、メリッサが指揮して、戦術を練り直していくつもりだ、メリッサ頼む」
「不本意ながら、今回は私が指揮する。お前たちは、今までの試合で戦力という戦力にならなかった、それは佑月やエイミアに頼って何とか勝利してきたからだ。だが今度ばかりはそうはいかない、むしろこれを機会にして、お前たちの本格的な訓練と実戦を積んでもらおうと思う。
本来ならばお前たちだって銃があるし、これまで訓練をしてきた。だが、それを実戦に活かせなかったのは、お前たちに甘えがあるからだ。
この先、誰かに頼ってだけじゃ勝てない強敵が現れるだろう。私たちはチームであると同時に個の力を高めていかなければならない。
だから、お前たちに一言だけ方針を示す。戦え! そして勝て! 策は考えてある、それを活かせるかどうかはお前たち次第だ。以上だ」
皆がざわめき立つ、シェリーなどはもとより消化不良の戦いが続いたため、奮起していたが、ほかの皆は違う。ユリアは冷静であったが、その他は動揺を隠せなかった。レイラは不安そうに落ち込んでいる。
また、ブライアンがこうつぶやいた。
「そうは言っても僕たちだけで勝てますかね……?」
「勝つ、それ以上に明確な答えはない。勝てるかどうかではなく、どうやって勝つかを己で考えろ。そうでなければこの難局を超えられない!」
メリッサは即座に答えた。シェリーが気合十分でこう言い放つ。
「私たちは戦いに来たんだ、試合観戦しに来たんじゃない! いま戦うぞ、今度こそすっきりして終わろうじゃねえか!」
その言葉に調子に乗ったアデルが、宣言した。
「心配しなくても俺が全部倒してやるよ!」
僕たちはそれを談笑した。だがレイラとブライアンは不安を拭い去るにはいかなかったようだ。
そして、午後2時ぐらいになったころ、僕とソフィアが闘技場に向かおうとしていると、なぜかエイミアが近寄ってきてこう言う。
「あ、私も行くから、佑月の護衛ってことで」
「ちょっと待てエイミア! 勝手に抜け出すな、お前がいない間、襲撃されたらどうするんだ!」
「次の試合私抜きでしょ、ならいい経験じゃないの?」
メリッサがエイミアに怒ったが、エイミアはそれを意に介さない。なら仕方ない。貸しをこれ以上作るつもりはないが、クラリーナに頼もう。
「ソフィア、クラリーナに、エインヘリャルの騎士をこっちの館に何人かよこしてくれないかい? もしものための保険だ」
「ああ、それなら、クラリーナは喜んで賛成すると思うわ、だって教会団で奇襲はご法度になっているから、その予防策としてね」
そう言って、また、ソフィアは目をつぶった後、「クラリーナも、もちろんだってさ」と言う、これで黒騎士の試合の調査に集中できる。後々に戦う可能性があるやつは少しでも情報が欲しい。奴の能力はつかめない上に、底が見えない。
そうして僕とエイミアとソフィアは闘技場に向かった。
相も変わらず闘技場は大盛況だった、始まるまで近くのカフェでデザートをおごらされた。ソフィアもエイミアもよく食いやがる。おかげで僕のお小遣いはすっからかんだ。あとでまたメリッサに借りよう。どうせ体でかえ……いやいやなんでもない。
観客席に立った後、エイミアはソフィアに尋ねた。
「あなたは戦わないの?」
「出場しないかってこと? 選手登録はされているけど、今日はエインヘリャル三人で戦うってことになってるわ、ヴァルキュリアはいらないというクラリーナの判断よ」
「まあ、お姉さまったら自分が出場しないからといっても、観客を喜ばすことは忘れないという配慮、素晴らしいですわ。お姉さまは割と商業上手というか、経営上手というか、客が喜ぶことを抜け目なくこなす。ホント小憎らしいですね」
またいつの間にか、ララァがいる。もうほっとこう、リアクションするのもめんどくさい。ソフィアとエイミアも慣れたのかもう相手せずにスルーだ、むしろララァがあら、あらと、言いながらきょろきょろ僕たちを見つめていた。でもスルーだ。
黒騎士が堂々と試合会場に入場してくる、そして、またもや観客席で僕を探し出しこっちを見ている。なんだ、何のつもりだ、何の目的だ、そしてあいつの正体は……? 考えていてもわからない。僕が悩んでいる間に二人のエインヘリャルが試合場に立っていた。
一人は黒髪の麗しい長髪をした女性で、割と切れ味の鋭い目をしていて、大人びていて、なおかつおだやかに微笑んでいた。もう一人は黒人で目にサングラスのようなものをしており、胴にぴったりとしたシャツみたいなのを着ていて、見るからに筋骨隆々だ。
女性は長い鎖に苦無のような先がついた武器を装備しており、黒人の男は、ハチェットを両手に一つずつ持っていた。
その黒人が、無口な黒騎士に代わって、戦さに挑む口上を述べはじめた。
「この大陸もいざ終末の世に代わっては、聖都も華ともいえ、いつかは枯れて落ちるもの。思うに今、ここは最もヴァルハラに近い場所であろう。ならば我、アクイエルがこの度そなたらを神の元へ導こうではないか!」
アクイエルの口上に歓喜の声が上がった、クラリーナがいない分、こうやって盛り上げていかないと教会団の権威が落ちるからだろう。効果は上々だ。だが相手のチームも黙っていなかった。緑のローブを着た男がそれに返答した。
「私は、神を神とも知らず、今に在りしものを、ここに来て神の思し召しと言われ、信ずべきか。いやはや奇怪なるかな。左様なら、神に近しき者こそが天上にて待ちわびていようぞ。さらば教会団よ、須らく今、終焉のラッパが吹かれ天に参るべし!」
雅やかなやり取りに黒髪の女性が割り込んでくる。
「神を知らずとは不幸なり。もし真ならば焉んぞ御心を得ん。なんと怖ろしき物言いかな。この者は神を騙りし極重悪なり。主の御手を汚す必要はなし、このユリエスが神罰を思い知らせようぞ!」
おおっー! と、どっと歓声が沸き起こった。それを見計らって試合開始の角笛が吹かれた。演出としては面白いものがあるな。それよりも教会団の彼らの実力を測らねば。
おそらく相手は前衛二人以外は遠距離攻撃のエインヘリャルだろう、間合いを取ったまま動かない。ヴァルキュリアたちは待機して相手を待ち構えるつもりだ。教会団のチームは、相手が動かぬと見るや否や、黒騎士を先頭に突っ込んできた。
それを見て緑のローブの男が天に両手を上げまばゆい光が会場に立ち込める、光の中心である黒騎士に熱光線が注がれていく! と思った瞬間だ、黒騎士が長剣でその光線を切ったのだ。物体が光りを切るだと⁉ 僕は現実の光景を真実とは思えなかった。
そして黒騎士が脇構えを取って振りかぶるとなんと光りの空間そのものを切ったのだ。
「何だと⁉」
僕は思わず声をあげてしまった。エイミアが「くっ……!」と悔し気につぶやく。ララァがニコニコしながら、
「最近の剣は切れ味がいいですね。光りも切れるんですか、まぶしい時には欲しいですね、ほら見てください、切った裂け目から光が割れていって、その光すら存在が消えたようですよ」
と言う。ソフィアは目を丸くしながら不思議そうに言った。
「彼の能力って何なのかしら、私、見たことのない力だけど、どういうことなの」
「彼?」
思わず僕はソフィアに反問してしまった。どうしてだかはわからない。エイミアが僕をちらりと見ていた。ソフィアと話を続ける。
「え、あの重そうな鎧着ているから彼じゃないの?」
「もしかして君は中の人物を知らないのかい」
「ええ、私もクラリーナも知らないわ、今大会でいきなり上から押し付けられたのだもの、私にわかるわけないじゃない、だっていつも鎧を着て兜も外さないから、どこの誰だかさっぱりなのよね」
「それって詳しく聞けるかい?」
「あ、ほらほら、佑月さんアクイエルさんが攻撃しますよ、調査に来たんでしょう?」
いきなりララァが口をはさんだ。確かにそれは後で聞けばいいか、アクイエルはその斧を投げて鉄棍棒の相手に攻撃をする、だがそれは棍棒を回して防いでいった。
しかし、本当の狙いは違ったようだ、弾かれた斧を上空へ飛びあがったアクイエルがつかみそのまま相手に近づき体を回転させて相手の肉体を切り刻んでいく。ミンチのように血肉が飛び散り、黒い体が赤く染まった。なるほど、サングラスは血が目に入らないようにするためか。
ユリエスが鎖を振り回しもう一人の前衛に投げると、まるで無限に伸びていくようにチェーンはしなりながら、足に巻き付いた、その瞬時に黒騎士が間合いを詰めかかり、瞬く間に切り捨てた。
やはりか、こいつら教会団の精鋭だ。強い、強すぎる。個々の能力も連携もとれている、これにいつか戦う日が来るのか。くそ、クラリーナだけでも厄介なのに他のも強すぎる。僕はここに来て絶望感を味わっていた。
もう前衛が崩壊した以上、戦いは一方的だった。ものの二、三分で他の者をどんどん始末していった。教会団の圧勝だ。しかも対策が思いつかない。どうしろっていうんだよ、こいつらを。光を切るなら銃弾だって切りそうだぞ。
その時だった僕と黒騎士の視線が合わさった時だ。奴は何を考えたのか剣の先を僕の方に向けたのだ。
「何⁉」
その予想外の行動に僕は驚くしかなかった。何故奴に挑戦状みたいなものを突き付けられないといけないのか。僕にはあいつと因縁なんかないはずだぞ、初めて見た能力だし、今までアウティスとララァ以外の敵はすべて倒してきた。
ほかのエインヘリャルなんてろくに知りもしない。これはいったい……⁉
僕が戸惑っているのを見てかエイミアはぼそりとつぶやいた。
「佑月、あなた、気づかないの……?」
「えっ、それはどういう……」
僕がきく前に、興奮した観客が僕の方に襲い掛かってきた、くそっこんな時に⁉ 僕は観客にもみくちゃにされながらコロッセウムをあとにした。
黒騎士……いったい、誰なんだ……?
「なあ、ソフィア、今クラリーナに連絡を取れるかい?」
「ええ、できるけど、どうして?」
メリッサやユリアは「連絡を取る?」とつぶやいて、不思議がっていたが、僕も仕組みがわからない以上説明しようがないし、ソフィアも説明する気もないだろう。いずれ僕たちはクラリーナと闘うかもしれない、ソフィアは無駄な情報を与えることはしないだろう。彼女は目をつぶり、そしてこう告げた。
「ええ、今、アメリーを見張っているわよ、なにを伝えたいの?」
「試合当日の何時に僕たちと交渉する気なのかアメリーに伝えてくれ」
「わかったわ」
そしてひと時、間が開いた後、ソフィアはやはりかといった表情で、僕に言づてをする。
「貴方たちとアメリー達のチームの試合が始まる時間に交渉するということよ」
「当然だろうね、僕を引き離すのが目的だ、その前後に来られても意味がない、そういえば僕たちの試合時間は判明しているんだろうか?」
「ちょっと待ってクラリーナに聞いてみるね」
そして、また連絡を取り合い、ソフィアは僕たちに告げた。
「明後日の午前10時からだそうよ、佑月、それでいいの?」
「ああそうだよ、そういえばクラリーナの試合はどうなっているんだい、今日、明日あたりあるんじゃないのか」
「ちょっと待って聞いてみるね、……えっ? 本気で言ってるの、何でそこまで貴女がする必要があるの、問題になるわよ、わかって……、ああもう、黙ってしまった。強情だわ、あの娘」
「どうしたんだい?」
「今日午後4時からクラリーナの試合があるけど、休むってさ、でもってあの娘本人は、責任をもって、アメリーをその目で見はるってさ、まったく、ホント、頭が痛いわ」
クラリーナはどうやら試合をすっぽかすようだ、これはチャンスだぞ、あの黒騎士の能力が確かめられるかもしれない。なら……、僕はソフィアに告げた。
「それなら僕がクラリーナのチームの戦いを見届けるよ、少しでも借りを返したいからね」
「あ、そうなの、あとでクラリーナに伝えておくわ、はあー、何でこうなったんだか」
「とりあえずソフィア、僕たちと食事取らないかい。僕はそのあと、君と一緒にコロッセウムでクラリーナのチームを観戦するつもりだ」
「いいわ、ご一緒しましょう、でも私料理にうるさいから、私が調理したいんだけどいい?」
「おい待て、ウチの飯は私が担当しているんだ、勝手に決めるのはやめてもらおう」
何故だか知らないがメリッサが参戦してきた、ソフィアはメリッサと対峙しながら、笑みを浮かべた。
「じゃあ、二人で料理作りましょう、それでいいメリッサちゃん?」
「いいだろう、その言葉後悔させてやる……!」
そう言って二人とも、大股で台所に向かった。なんでこうなるんだかねえ。
で、昼食をとって、僕たちが審査員でメリッサ、ソフィアのどっちの料理がうまいか票を取ったところ、半々に分かれて引き分けになった。ナオコが人質に取られている手前、細かに説明しないけど、二人の料理はかなり美味かった。ナオコはきちんと食べているのかなあ。
昼食が終わった後、皆に今後の方針を僕は示した。
「みんな知っての通り、僕とエイミアが次の試合抜ける、そこで、きっちりあとのことを考えて、あと一日しかないが、メリッサが指揮して、戦術を練り直していくつもりだ、メリッサ頼む」
「不本意ながら、今回は私が指揮する。お前たちは、今までの試合で戦力という戦力にならなかった、それは佑月やエイミアに頼って何とか勝利してきたからだ。だが今度ばかりはそうはいかない、むしろこれを機会にして、お前たちの本格的な訓練と実戦を積んでもらおうと思う。
本来ならばお前たちだって銃があるし、これまで訓練をしてきた。だが、それを実戦に活かせなかったのは、お前たちに甘えがあるからだ。
この先、誰かに頼ってだけじゃ勝てない強敵が現れるだろう。私たちはチームであると同時に個の力を高めていかなければならない。
だから、お前たちに一言だけ方針を示す。戦え! そして勝て! 策は考えてある、それを活かせるかどうかはお前たち次第だ。以上だ」
皆がざわめき立つ、シェリーなどはもとより消化不良の戦いが続いたため、奮起していたが、ほかの皆は違う。ユリアは冷静であったが、その他は動揺を隠せなかった。レイラは不安そうに落ち込んでいる。
また、ブライアンがこうつぶやいた。
「そうは言っても僕たちだけで勝てますかね……?」
「勝つ、それ以上に明確な答えはない。勝てるかどうかではなく、どうやって勝つかを己で考えろ。そうでなければこの難局を超えられない!」
メリッサは即座に答えた。シェリーが気合十分でこう言い放つ。
「私たちは戦いに来たんだ、試合観戦しに来たんじゃない! いま戦うぞ、今度こそすっきりして終わろうじゃねえか!」
その言葉に調子に乗ったアデルが、宣言した。
「心配しなくても俺が全部倒してやるよ!」
僕たちはそれを談笑した。だがレイラとブライアンは不安を拭い去るにはいかなかったようだ。
そして、午後2時ぐらいになったころ、僕とソフィアが闘技場に向かおうとしていると、なぜかエイミアが近寄ってきてこう言う。
「あ、私も行くから、佑月の護衛ってことで」
「ちょっと待てエイミア! 勝手に抜け出すな、お前がいない間、襲撃されたらどうするんだ!」
「次の試合私抜きでしょ、ならいい経験じゃないの?」
メリッサがエイミアに怒ったが、エイミアはそれを意に介さない。なら仕方ない。貸しをこれ以上作るつもりはないが、クラリーナに頼もう。
「ソフィア、クラリーナに、エインヘリャルの騎士をこっちの館に何人かよこしてくれないかい? もしものための保険だ」
「ああ、それなら、クラリーナは喜んで賛成すると思うわ、だって教会団で奇襲はご法度になっているから、その予防策としてね」
そう言って、また、ソフィアは目をつぶった後、「クラリーナも、もちろんだってさ」と言う、これで黒騎士の試合の調査に集中できる。後々に戦う可能性があるやつは少しでも情報が欲しい。奴の能力はつかめない上に、底が見えない。
そうして僕とエイミアとソフィアは闘技場に向かった。
相も変わらず闘技場は大盛況だった、始まるまで近くのカフェでデザートをおごらされた。ソフィアもエイミアもよく食いやがる。おかげで僕のお小遣いはすっからかんだ。あとでまたメリッサに借りよう。どうせ体でかえ……いやいやなんでもない。
観客席に立った後、エイミアはソフィアに尋ねた。
「あなたは戦わないの?」
「出場しないかってこと? 選手登録はされているけど、今日はエインヘリャル三人で戦うってことになってるわ、ヴァルキュリアはいらないというクラリーナの判断よ」
「まあ、お姉さまったら自分が出場しないからといっても、観客を喜ばすことは忘れないという配慮、素晴らしいですわ。お姉さまは割と商業上手というか、経営上手というか、客が喜ぶことを抜け目なくこなす。ホント小憎らしいですね」
またいつの間にか、ララァがいる。もうほっとこう、リアクションするのもめんどくさい。ソフィアとエイミアも慣れたのかもう相手せずにスルーだ、むしろララァがあら、あらと、言いながらきょろきょろ僕たちを見つめていた。でもスルーだ。
黒騎士が堂々と試合会場に入場してくる、そして、またもや観客席で僕を探し出しこっちを見ている。なんだ、何のつもりだ、何の目的だ、そしてあいつの正体は……? 考えていてもわからない。僕が悩んでいる間に二人のエインヘリャルが試合場に立っていた。
一人は黒髪の麗しい長髪をした女性で、割と切れ味の鋭い目をしていて、大人びていて、なおかつおだやかに微笑んでいた。もう一人は黒人で目にサングラスのようなものをしており、胴にぴったりとしたシャツみたいなのを着ていて、見るからに筋骨隆々だ。
女性は長い鎖に苦無のような先がついた武器を装備しており、黒人の男は、ハチェットを両手に一つずつ持っていた。
その黒人が、無口な黒騎士に代わって、戦さに挑む口上を述べはじめた。
「この大陸もいざ終末の世に代わっては、聖都も華ともいえ、いつかは枯れて落ちるもの。思うに今、ここは最もヴァルハラに近い場所であろう。ならば我、アクイエルがこの度そなたらを神の元へ導こうではないか!」
アクイエルの口上に歓喜の声が上がった、クラリーナがいない分、こうやって盛り上げていかないと教会団の権威が落ちるからだろう。効果は上々だ。だが相手のチームも黙っていなかった。緑のローブを着た男がそれに返答した。
「私は、神を神とも知らず、今に在りしものを、ここに来て神の思し召しと言われ、信ずべきか。いやはや奇怪なるかな。左様なら、神に近しき者こそが天上にて待ちわびていようぞ。さらば教会団よ、須らく今、終焉のラッパが吹かれ天に参るべし!」
雅やかなやり取りに黒髪の女性が割り込んでくる。
「神を知らずとは不幸なり。もし真ならば焉んぞ御心を得ん。なんと怖ろしき物言いかな。この者は神を騙りし極重悪なり。主の御手を汚す必要はなし、このユリエスが神罰を思い知らせようぞ!」
おおっー! と、どっと歓声が沸き起こった。それを見計らって試合開始の角笛が吹かれた。演出としては面白いものがあるな。それよりも教会団の彼らの実力を測らねば。
おそらく相手は前衛二人以外は遠距離攻撃のエインヘリャルだろう、間合いを取ったまま動かない。ヴァルキュリアたちは待機して相手を待ち構えるつもりだ。教会団のチームは、相手が動かぬと見るや否や、黒騎士を先頭に突っ込んできた。
それを見て緑のローブの男が天に両手を上げまばゆい光が会場に立ち込める、光の中心である黒騎士に熱光線が注がれていく! と思った瞬間だ、黒騎士が長剣でその光線を切ったのだ。物体が光りを切るだと⁉ 僕は現実の光景を真実とは思えなかった。
そして黒騎士が脇構えを取って振りかぶるとなんと光りの空間そのものを切ったのだ。
「何だと⁉」
僕は思わず声をあげてしまった。エイミアが「くっ……!」と悔し気につぶやく。ララァがニコニコしながら、
「最近の剣は切れ味がいいですね。光りも切れるんですか、まぶしい時には欲しいですね、ほら見てください、切った裂け目から光が割れていって、その光すら存在が消えたようですよ」
と言う。ソフィアは目を丸くしながら不思議そうに言った。
「彼の能力って何なのかしら、私、見たことのない力だけど、どういうことなの」
「彼?」
思わず僕はソフィアに反問してしまった。どうしてだかはわからない。エイミアが僕をちらりと見ていた。ソフィアと話を続ける。
「え、あの重そうな鎧着ているから彼じゃないの?」
「もしかして君は中の人物を知らないのかい」
「ええ、私もクラリーナも知らないわ、今大会でいきなり上から押し付けられたのだもの、私にわかるわけないじゃない、だっていつも鎧を着て兜も外さないから、どこの誰だかさっぱりなのよね」
「それって詳しく聞けるかい?」
「あ、ほらほら、佑月さんアクイエルさんが攻撃しますよ、調査に来たんでしょう?」
いきなりララァが口をはさんだ。確かにそれは後で聞けばいいか、アクイエルはその斧を投げて鉄棍棒の相手に攻撃をする、だがそれは棍棒を回して防いでいった。
しかし、本当の狙いは違ったようだ、弾かれた斧を上空へ飛びあがったアクイエルがつかみそのまま相手に近づき体を回転させて相手の肉体を切り刻んでいく。ミンチのように血肉が飛び散り、黒い体が赤く染まった。なるほど、サングラスは血が目に入らないようにするためか。
ユリエスが鎖を振り回しもう一人の前衛に投げると、まるで無限に伸びていくようにチェーンはしなりながら、足に巻き付いた、その瞬時に黒騎士が間合いを詰めかかり、瞬く間に切り捨てた。
やはりか、こいつら教会団の精鋭だ。強い、強すぎる。個々の能力も連携もとれている、これにいつか戦う日が来るのか。くそ、クラリーナだけでも厄介なのに他のも強すぎる。僕はここに来て絶望感を味わっていた。
もう前衛が崩壊した以上、戦いは一方的だった。ものの二、三分で他の者をどんどん始末していった。教会団の圧勝だ。しかも対策が思いつかない。どうしろっていうんだよ、こいつらを。光を切るなら銃弾だって切りそうだぞ。
その時だった僕と黒騎士の視線が合わさった時だ。奴は何を考えたのか剣の先を僕の方に向けたのだ。
「何⁉」
その予想外の行動に僕は驚くしかなかった。何故奴に挑戦状みたいなものを突き付けられないといけないのか。僕にはあいつと因縁なんかないはずだぞ、初めて見た能力だし、今までアウティスとララァ以外の敵はすべて倒してきた。
ほかのエインヘリャルなんてろくに知りもしない。これはいったい……⁉
僕が戸惑っているのを見てかエイミアはぼそりとつぶやいた。
「佑月、あなた、気づかないの……?」
「えっ、それはどういう……」
僕がきく前に、興奮した観客が僕の方に襲い掛かってきた、くそっこんな時に⁉ 僕は観客にもみくちゃにされながらコロッセウムをあとにした。
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