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二つの死闘

第百八十六話 人質救出作戦

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 話の主体は一時、クラリーナに移る。彼女はすぐさま騎士団の公会議場に向かい、騎士召集をかけた。すぐさま、騎士たちは公会議場に集まり、今か今かと出陣を待ちわびている。公会議場に聖教徒騎士団準参謀のリチャードにクラリーナは状況を尋ねた。

「兵は集まりましたか?」
「およそ一時間で召集とは、さすがは殿下のお差配です。あらかじめ緊急事態に備えて、召集訓練をした甲斐がありますね」

「殿下はやめなさいリチャード、私は女子爵ですよ」

 その言葉に麗しいリチャードの唇が緩む、彼はコンフォルス家のお抱え騎士であったオブラックの孫で、歳は二十八頃、クラリーナと違い生身の人間であり、大層な美貌びぼうの持ち主で、シスターなどを惑わす悪魔だと影口をたたかれ、夜の騎士との不名誉のあだ名がつけられている。

 少し長めの黒髪、研ぎ澄まされている目と眉に、女性たちはとりことなる。彼は微笑を浮かべながら、そのつややかな美声でこう答えた。

「何をおっしゃいます、貴女はもともとエミック侯爵家の一族、コンフォルス家のご令嬢ではありませぬか。時代が時代なら貴女は殿下と呼ばれるのにふさわしかった、そうお爺様からうかがいました。

 結局、教会団の横やりでその話はお流れになってしまい、また、コンフォルス家は一時衰退しましたが、貴女の華麗なるご采配により復興し、いまや本家のエミック家を超す勢い。そのお方を殿下と呼ばずに何と呼べばいいのです」

「昔の話です、クレオール教会再建費でかなりコンフォルス家は傾きましたが、日ごろの行いが良いせいか、やっと40年前ぐらいまでに盛り返しましたからね、大変でした。まあとりあえず、リチャード、公の場で私を殿下と呼ぶのをお辞めなさい、よからぬそしりを受けますから」

「了解です、クラリーナ殿下」

 彼がそう言うと、あきらめの笑みを浮かべるクラリーナであった。30分ほどすると騎士団公会議場に要人たちが集まりだす。一番の年長者で武勲《ぶくん》のあるクラリーナが議長を務めた。

「今回の召集は他でもありません、聖帝様がお決めになられた闘技大会での人質禁止令に背《そむ》けし、不埒者《ふらちもの》が現れました。では騎士団各副隊長の意見を聞きましょう、まずは、レオナード殿から」

 この議場は円卓上に作られており身分の差もなく発言権を許されている。本来なら、騎士団長が議長を務めるべきなのだが、先の事件により失脚し、その始末をクラリーナがおこなった。その後団長の席は空席であり、実質、臨時にクラリーナが騎士団長の役割を担っていた。

 また各隊の常任職は副隊長まであり、騎士団が動く場合のみ一時的に隊長席が置かれ、次に、それは副隊長の中から選出し、部隊を指揮する。これは組織の腐敗を防ぐためだ。長年、部隊のトップが固定されると、汚職や癒着ゆちゃくがどうしても起こる。

 そこで各部隊を副隊長8人の元にそれぞれ預け、任務の規模によって隊長が置かれ、大規模にも小規模にもの柔軟に組織編成が行えるようになっている。その一人レオナード副隊長は勇ましく言った。

「当然、そのやからはわれらの手で制裁を加えるべきでしょう」

 50過ぎの老騎士は豪快に笑う。だが、向こう側にいる頭の頂点が禿げ上がった、ケディー副隊長はそれを否定する。

「バカなことを申すでない、裁判もなしに処罰を加えると、あとで審問官どもが何を言うか、たまったものではないわ」

「そういう審問官が、裁判もなく実刑を易々とおこなっているではないか、その状況ではいまさらというしかあるまい」

 白ひげを蓄えたジョン副隊長が、それに異議を唱える。クラリーナはリチャード準参謀に目配せをさせ、状況を説明させた。

「現在判明している事実を報告します、容疑者は、オーチカ共同組きょうどうそのリーダー格のアメリー・ヴァルキュリア。被害者はメリッサとその仲間たちのリーダー格、池田佑月とメリッサ・ヴァルキュリアの養女、池田ナオコ、推定年齢5歳。

 まだ確たる証拠はつかめていませんが、捜査を開始した騎士からマハロブ都民の目撃情報が上がっており、被疑者が被害者を無理やり連れていたと報告がありました。

 被害者の安全を確保、また、年齢を考えての慎重かつ迅速じんそくに行動を起こす必要があると参謀部は具申ぐしんします。よって、聖教徒騎士団刑事法第43条、差し迫る事象についての迅速な緊急避難と簡略処罰の法的処理に当てはまるとの判断を求めます。

 それでは議長、議事の方針をお決めくださるようよろしくお願いします」

「43か条に当たると認めます。それでは、この議決に賛成の方は、さかずきを挙げてください」

 クラリーナがそう言うと、各副隊長に用意されたワイン入りの美しい装飾が施された杯に手をかけて、各副隊長の意思を示す。賛成票はクラリーナを含め6票であった。

「では賛成が圧倒的多数とみなし、聖騎士団刑事法第43条に適応して、各部隊は迅速なる行動を、指揮はエインヘリャル戦を想定して、私、第一副隊長のクラリーナ・リーデ・エルス・コンフォルスが努めます。また、各組織編成は参謀本部から通達します。以上」

「われら教会団に栄光あれ!」

 そうレオナードが言うと公会議場の皆が “栄光あれ” と言って、副隊長たちは杯のワインを飲み干してテーブルに置く、騎士団の重要な行動はこうやって決められていたのだった。

 人質事件作戦本部のおさの席にクラリーナは座る。彼女は逐一、最新情報をその耳で聞き、また報告書類を次々と書き上げていく、もともと生来しょうらい、働き者であったが特に正義感をくすぶる仕事には、十二分に精を出した。

 そして横に作戦本部参謀長となったリチャードが緻密ちみつに挙げられてきた情報を整理し、今後の予測を立て、また、クラリーナに報告し、彼女が指示を出す。ここ数年の緊急時はこれが日常だった。

 またたく間に、アメリーとナオコの居場所を突き止めたのは、組織運営のけた二人の能力が発揮されたといえよう。また、作戦本部会を次の日に開き、救出作戦の全貌ぜんぼうを皆に告げる。

 まずはリチャードは、現在確認された情報を皆に報告をした。

「現在、被疑者アメリーはコメラーフォード通り第2区画、空き家に立てこもっているようです。こちらは十人ほどの騎士たちが、道の見張りとして忍ばせています。

 情報によれば時折子どもの声が聞こえたとの近隣住民からの声がありました。おそらく被害者ナオコの命は存命でしょう。

 では、これからの騎士たちへの指示をクラリーナ隊長から皆に告げます。隊長どうぞ」

 クラリーナは正面に掲げられた地図を指揮刀で詳しく作戦の説明をしだした。

「まず必要なのは、建物へ続く道の封鎖です。これは第四小隊、第五小隊が行います。次に、第六小隊、第七小隊が、近隣住民への避難手続きを行いなさい。それが終了次第、現場近くに作戦支部設置のための家の徴発、周辺は第二、第三小隊が包囲します。

 また、被害者の安否が判明次第、私、騎士団隊長クラリーナが第一小隊を率いて突入、人質の確保、被疑者の制圧に当たります。事の仔細しさいは作戦参謀部が皆に告げます、では質問をどうぞ──」

 そうして会議が終わったのは朝の4時。作戦開始の10:00までクラリーナ含む実働部隊は、睡眠をとる。そのベッドの中で、クラリーナはソフィアに虚波を飛ばして、連絡をとる。

 元来がんらいクラリーナの能力は虚子崩壊であったが、ヴァルキュリアのソフィアは非常に虚子の扱いにけており、クラリーナが授かった虚子の能力をコントロールさせることに成功させて、彼女たちだけの通信手段としている。
 
 『ソフィア、ソフィア、起きてる?』
 『何クラリーナ? こんな朝早くに、私仕事があるんだけど』
 
 『今日は休みなさい、前貴女が言ってた佑月さんの娘さん、ナオコさんの居所が判明しました』
 『相変わらず仕事が早いわね、貴女ちゃんと寝てる? 夜更かしは肌に悪いわよ』
 
 『今から取ります、とりあえずコメラーフォードのカフェ、ほらたしか、ディテンスだっけ?』
 『ディスケンスよ、わかった、そこで待ち合わせね、私の力が必要でしょうから』
 
 『そう、話が早くて助かります。では8時に待ち合わせで、お休みなさい』
 『お休み』
 
 そう二人は遠くに会話しあって、眠りにつく。目が覚めると、クラリーナは騎士衣装に着替えて、コメラーフォードで待合い、二人は合流した。

 ソフィアはヴァルキュリアの鎧装備に着替えて、法を犯したエインヘリャルを適切に処罰できるように、情報を提供する。

「クラリーナ、貴方たちが調べた、ヴァルキュリアの居場所は私には関知できないけど、その空き家に、エインヘリャルが確認できたわ、教会団のエインヘリャルを動員しているの?」

 その言葉に少し疲れ気味のクラリーナは静かに首を振る。

「いえ、今回のエインヘリャルは私一人です、人質を救出するのが主な作戦主体です。しかも、相手は大会出場者の手練れ、そこら辺の騎士では尊い命を散らすだけでしょう。元より、神に命を捧げるのは我々の本望ですが、無駄死には神への冒涜ぼうとくです。

 経験を積んだエインヘリャルも最近はめっきり少なくなってまいりました、特に繊細な作戦を実行するには、ベテランの私が単独行動をする方が最適だと考えました」

「貴女も大変ね、日向直子との戦いでベテランのエインヘリャル聖騎士が減ってしまったから、本来裏方に徹するべきクラリーナがじきじきに戦わなければならないなんて」

「あの件は私もひどく落ち込みましたね、私が直接戦いたかったのですが、上層部からの許可が下りなかったので、多くの騎士が命を落としました。結局、私自身が昨今、直接動くことが頻繁ひんぱんになったのは皮肉な結果です。まあ、それも神のおぼし召しでしょう」

「貴女が男だったら、昔に騎士団の改革もできたでしょうに、つくづく悔やまれるわね」

「今更悔やんでも仕方ありません、神が私を女の体としてお創りなさった以上、これも運命です。それに、私は書類に囲まれて何百年もすごせるほど、お嬢様ではありません」

「たしかにね、いろんなことあったよね」
「そうですね」

 戦友である二人は、懐かしそうに空を眺める。日差しがクラリーナの赤髪を輝かせた。そして彼女は一言。

「さて、仕事を始めますよ」

 と言って、いつものように騎士たちに指示を送り精鋭の第一小隊を率いる。まずは相手の動向をうかがうためにクラリーナ本人が単独でアメリーが潜む空き家に堂々とクラリーナとソフィアが入る。

 クラリーナは長年の経験通りに、慎重に部屋たちを制圧していき、ある部屋にたどり着いた時、ソフィアがそれを制した。

「待って、エインヘリャルがいるわ」
「何人です?」

「一人……、いや二人ね、微弱なエインヘリャルの気配を感じる、これはどういうことかしら、あまり経験したことがないことだけど」
「資料によると、それは佑月さんのお子さん、ナオコさんの気配でしょう、存命で良かった……」

 二人は安らかな笑みを浮かべて、意を決してうなずくと、クラリーナが扉をたたき壊して、意気揚々いきようようと入っていく、相手もこちらの気配に気づいている、無駄な駆け引きなど必要はなかった。

 待ち構えてきたアメリーがわずかに笑みを浮かべる、クラリーナは少し驚いたが顔には出さなかった、部屋の中にはアメリー一人しか確認できなかったのだ、クラリーナは虚波を送り、ソフィアに確認する。

『この部屋にエインヘリャルはいるのですか?』
『いるわ、これほど強い気配なら間違いない』

『ということは、トリッキータイプですか』
『そういうこと、気を付けてね』

 クラリーナはアメリーをにらみつけて、こう言い放った。

「私は教会団、聖教徒騎士団隊長、クラリーナ・リーデ・エルス・コンフォルスだ! アメリー・ヴァルキュリア、貴君への調べはついている、速やかに人質を解放し、教会団法に基づき、裁きを受けなさい、さもなければ貴君を含め、その周辺の逮捕及び、命の保証はない!」

「聖教徒騎士団隊長だと……⁉」

 アメリーは予想外だった、てっきり、佑月たちがかぎつけるものだと思い、それに対する策を練っていたが、佑月自身の策で、かなり変更を余儀なくされた。しかし、アメリーも一角のヴァルキュリア、もしもの場合の策は練ってあった。

「これはこれは、教会団のお方が、わざわざお越しとは、いかなる所以ゆえんかな?」

「調べはついていると申した。我々教会団が禁じた、人質における闘技大会の左右をそなたはおこなっている。すでに貴君は我々の管理下に置かれている。勧告は二度目、速やかに投降せよ!」

 アメリーはにわかに焦りを隠せなかった、この場に及んで命がけの交渉をせねばならぬと、覚悟を新たにした。そして高らかに笑い始める。

「それはお門違いだクラリーナ殿、私はすでにこの件について許可を取っている、これを見なされ」

 と後ろのカバンから確かに教会団の司祭のろうの印章で押され、閉じられまるまった書類をクラリーナに渡す、思わず彼女は「なっ……!」とつぶやく、これは教会団の枢機卿すうききょうの司祭、ミロード大司祭の者だった、偽造かどうかはクラリーナはすぐ見分けがつく。

 つまり書類は本物だった。驚きの顔を見て邪悪な笑みを浮かべたアメリーだったが、その策は逆効果だった。

「たしかに、ミロード大司祭の物の書類と確認しました。教会団法に反する、政治的癒着せせいじてきゆちゃくと、汚職の証拠としてこの書類は押収いたします。さあ、次はない、アメリー殿、三度目です、速やかに投降せよ。次は実力行使に及ぼう!」

「なっ……! ばかな……!」

 確かにアメリーは金銭を払って獲得した書類だったが、教会からはこれで安全だと告げられ、それを信じたが、相手が悪かった、クラリーナは正を正、邪を邪と明確に区別する。

 彼女はたとえ上層部だろうと、糾弾きゅうだんし、教会団の腐敗を裁くつもりであった。それだけの実績じっせきがあり、誇りがあった。クラリーナに迷いはない。剣を抜き、臨戦態勢に入るのを見て、アメリーは狼狽ろうばいした、「何故こんなことに……」とつぶやく始末だった。

 佑月の読みは当たっていた、クラリーナは上層部と距離があり、それを改革する人物で、侠客きょうかくであった。だがソフィアはその様子を見て、顔に出さずに虚波をクラリーナに飛ばす。

『待ってクラリーナ、急がないで』
『どういう意味です、正義をなすべきと神のお告げです、なんのためらいもありません』

『人質はどうするの? 確保が先でしょ。いきなり戦闘はまずいと思う。ここは相手の要求を聞いて、佑月さんに判断をあおぐべきだわ』
『しかし……、このままでは民衆に示しがつきません、それに悪党に弱みを見せるなど』

『弱みじゃないわ、大司祭の書類まで用意する相手よ、何をしでかすかわからない、慎重になって』
『……そうですね、貴女の意見ももっともです、仕方がありません』

 と言って、書類をソフィアに渡して、交渉に当たるようにクラリーナは冷徹れいてつな表情に変える。

「貴女の要求は何でしょうか、アメリー、それだけは聞いておきましょう」

 その言葉を聞いて、安どのため息をついたアメリーだった、本当のところ実力行使に来られた場合の策はなかった、彼女はギャンブルに勝ったのだ。

「要求は一つ、大会当日に人質の親、佑月とメリッサと交渉すること、以上です」

 とのアメリーの言葉に、とりあえず人質の安全は確保できそうなので、心の中でクラリーナは安心した。

「なら、その人質に会わせなさい、それがこちらの条件です」
「ああ、そう、いいでしょう、連れてまいりましょう、少々お待ちを、聖騎士どの」

 そう言ってナオコを向こう側の部屋から連れてきた。クラリーナは微笑みながらおびえるナオコに、優しい言葉をかけた。

「ナオコちゃん、安心して、貴女は私クラリーナとパパとママが助けます。それまで我慢してね」
「うん……」

 少し不安げなナオコはうなずいた。アメリーは交渉がうまくいったことに満足だった。

「ではこちらの要求はのんでいただけるか?」
「いいでしょう、その代わり、貴女の動向は私がすべて監視いたします。こちらに椅子をください。それが条件です。よろしいかアメリー殿」

「い……、いいでしょう」

 引きつった笑みを浮かべるアメリーであった。緊迫した空間の中、クラリーナはソフィアに命じて、佑月と連絡を取ることにした。
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