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二つの死闘

第百八十四話 誘拐

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 僕たちは館に戻った、とりあえず皆に待機命令を出した後、僕とメリッサは次の戦闘について話し合った。

「メリッサ、率直に聞くけど、アメリーは次、どう出ると思う?」
「そうだな、予想はつかないが、さっきのやり取りを見る限り、アメリーも余裕がないということだ」

「余裕がない?」

 さっき戦いに完勝して、僕たちにプレッシャーをかけていたのに、アメリーが焦る理由が思いつかない。メリッサは僕に何かを隠しているんじゃないだろうか。やんわりと婉曲的えんきょくてきに彼女に尋ねる。

「どういうことだい、僕たちは全力で戦ったつもりだけど、アメリーにとって不都合なことがあるのかい?」

「詳しくはお前といえども言うつもりはないが、エイミアがアメリーにとって不都合すぎるんだ。あいつの強さは、私とアメリーはよく知っている、エイミアがその気になれば状況を軽々覆すほどの実力があるし、その能力がある。

 エイミアはあれで気位が高い。自分が認めた相手でない限りその力はわざと使わないでいる。お前も前の戦いのときに見ただろう、一瞬で地面を分かつほどの破壊力を、あれを彼女は指を動かすように簡単にできる。

 正直あいつの扱いには私も困っている、機嫌を損ねると何するかわからない、せいぜいお前もエイミアと親しくしておけ、神階第一階層は伊達ではない、神すらその扱いに手を焼いているほどだからな」

 作戦を共に考えている僕に、エイミアのその能力とやらを詳しく説明しない理由はよくわからないが、考えてみれば、一発ですべてのヴァルキュリアの半数を消し飛ばしたと言っていた。どれほどの強さか見当もつかない。

 まあ、直接戦ったメリッサはそれを痛感しているだろうし、僕に知らせなくても彼女が補佐するつもりだから余計なことは言わないつもりだろう。僕もエイミアのことを詳しく理解したつもりはないし、変なことをして彼女の機嫌を損ねるなという意味と僕は察した。

 確かにエイミアが敵に回ると厄介この上ない相手だ。

 なら次に考えられるのは──

「アメリー側から仕掛けてくるということかい、メリッサ?」
「その通りだ、このままだとアメリーにとって不安要素が多い、確実に勝利するために、策が必要になってくる、あっちから動き出すだろう」

「なら僕たちはそれを逆に利用して、次の試合を有利に進めるのが得策ということか」
「そうだな、それを皆に伝えておこうか」

「ああ、そうだね」

 僕は部屋から出てユリアに言って、皆を客室に集めるように指示した。僕とメリッサが客室で待っていると、みんなが集まってきたけど、すでに僕の予想外のことが起きていることに気づく。

「あれ、エイミアがいないけどどうしたんだい? 誰か知らないか」
「あい? ミーナは知ってるけど、エイミアお姉ちゃん、アメリーのおばはんにむかついたから、甘い物でも食べに行くって言ってたよ」

「また勝手なことを……」

 メリッサはミーナの答えに頭を抱える、待機命令を出しているのに……。エイミアはホント扱いづらい。だがもっと重要で危険なことがすでに起きているのを理解するのに、時間はかからなかった。

「なあ、ナオコがいないのを誰か知らないか?」

 僕の問いに皆がざわつき始めた、まさか……。その状況に恐る恐るだが、ダイアナが済まなさそうに衝撃的なことを告白し始めた。

「あの……すみません、エイミアさんが出かけるということでナオコちゃんが、私も行きたいと言い始めて、エイミアさんがそれを許可して一緒に外出しました」
「ちょっと待て! ダイアナ、お前はそれをむざむざ行かせたのか!」
 メリッサが慌て始めた。状況を察したダイアナは頭を下げながら言った。

「すみません! 私止めたんですけど、エイミアさんが、私がついているから安心なので大丈夫って言って、制止を振り切って、出かけてしまいました。私では止めようがなかったんです、すみません」

「まずいことになったぞ……」

 僕のつぶやきに皆が動揺し始めた。嫌な予感を皆も察しているのだろう。僕は今からアメリーに対して、隙を見せないよう館で引きこもって、相手の動向を見ながら対応しようとしていたことを詳しく話すと、シェリーですら口元を拳で抑え始めた。

「まずいな、たぶん、ナオコが狙われる。リーダーがやったように人質という策もかんがえられる」
「ああその通りだ」

 僕はシェリーの考えに同意する。しかし、ここでバラバラに捜索を始めると相手の思うつぼで各個撃破される。僕たちはエイミアの帰還を待つしか方法がなかった。エイミアが帰ってきたのは日が傾き始めたころだった。

 僕はいてもたってもいられなくてメリッサとともに玄関の階段に座って待っていた。エイミアを見た瞬間、同時にその状況を理解できた。彼女は一人で帰ってきたからだ。

「エイミア! ナオコはどうした!? なぜ一人で帰ってきてるんだ!」

 メリッサの問いにエイミアは暗い顔で、ぼそりとつぶやく。

「ごめん、途中で見失って、いろいろ探したんだけど、あの子の気配すら感じられなくて、それで……その……見つからなかった。どうしようかと思ったんだけど、人手が必要と思っていったん帰ってきた」

 やはりか、いやな予感が当たった。メリッサは怒りのあまり冷静さを欠いてエイミアを怒鳴るように言う。

「バカ! 今どういう状況かわかっているのか! 戦争の最中だぞ、敵が近くにいるその中で、勝手に出かけて、他人ひとの娘をこれまた勝手につれて行って見つかりませんだと、お前それでも神階第一階層か! 今回ばかりはお前に言いたいことを言わせてもらう、大体な──」

「メリッサ、待ってくれ、まず彼女から詳細を聞こう、喧嘩けんかは後ですればいい、なあエイミア、ナオコを見失ったのはどういう状況だ?」

 僕はメリッサを制し、エイミアに尋ねる。少しでも情報が欲しい。エイミアはなるべく冷静に思い出しながら語りだす。

「ほんの一瞬だったわ、街中で、彼女に暑いから氷を買ってあげようと思って店に注文をすると、ナオコが視界から消えてしまったの。そのあとエインヘリャルの微弱な気配を辿たどって行ったものの、土地勘があまりなかったせいか、どんどん距離を離されて行って、ぷつりとあの子の気配が途切れたわ。

 本当にあなたたちにはなんて言っていいか、謝って済む問題じゃないのはわかっているけど、責任取って今から私一日中探すつもりだから、とりあえず行かせて。あと人手を貸してもらえば」

「また勝手なことを言うな! 状況がつかめないままバラバラで行動させるつもりか!」

 エイミアにメリッサが食って掛かるので僕は冷静に彼女をなだめる。

「まあ、メリッサ待ってくれ、状況から察するにそれはヴァルキュリアを使ってナオコを誘拐ゆうかいしたと思う、おそらくアメリーの仕業だ、エイミアが虚を突かれるくらいだからね。とても一般人が誘拐できるとは思えない。

 なら、これから彼女はきっと僕たちに、要求を突きつけるだろう。その間ナオコの身は安全だ。人質は生きていなければ役に立たない。僕たちは冷静に行動するべきだ」

「しかしなあ、佑月、相手からの一方的な要求を突きつけられるなど不利な状況はない。相手が一般人ではないのは私も同感だが、教会団の手の者だって可能性はあるだろう。このまま手ぐすね引いて待つとはいかないだろう、どうするつもりだ」

「僕に考えがある」

 メリッサに対して僕は自分の考えを披露する。

「もし教会団ならそのまま殺しておくのが彼らのやり口だ、無駄なエインヘリャルはいらない、無論エイミアならそれを察知できるだろう。わざわざ誘拐したのなら、アメリー以外考えられない。

 だが何が起こっているのか僕たちに知る方法がない以上、予想外のことも起こり得る。そこでだ。ここで僕は、単独行動で捜索に当たることにする」

「何を言ってるんだ、佑月、お前状況もつかめないのに単独行動だと馬鹿なことを言うな!」

 メリッサを慌てふためき始める、だが僕は冷徹に彼女に言い放つ。

「エイミアには土地勘がない、気配が察知できない以上、僕のほかに適任者がいない。それに僕は、まず、協力を求めようと思う、そう、クラリーナに」

「クラリーナ……なるほど」

 聡明そうめいなメリッサはその言葉で僕の計画を察したのだろう、納得し始める、エイミアは状況を理解できないのか、不思議そうに「どういうこと?」と僕に尋ねた。

「クラリーナは僕に親しく、また、教会団の上部と反目しているような気配がある。彼女の思想は、教会の表向きの教えに忠実で純粋に世界を救うために、教会団に籍を置いている。

 しかし、教会団の上層部は、このラグナロクを勝つために方便としてその教えを広めているだけだろう。必然クラリーナの考えと距離がある。

 まず彼女にナオコの捜索を相談することで、教会団がかかわってないか僕が調べる。また、彼女が知らないのなら、クラリーナは性格からして、協力したいと言い出すだろう。なら、捜索は彼女に任せたほうがいい。僕たちが動くより安全だ。

 彼女はマハロブ生まれで、ここの街並みすべてを把握しているだろう。捜索に協力してくれれば、この上ない僕たちの有利アドバンテージになる。

 また僕たちは館に待機できて、もしもの場合の奇襲に備えることができる。そういうことだ」

 エイミアはそれにうなずいたものの何だか納得いかない様子だ。

「彼女、協力してくれるかしら?」
「それは僕に任せてくれ、一応僕は、先の試合で言葉だけでエインヘリャルを殺したほどだからね、まあ、やってみるさ」

 僕は苦笑しながら微笑む。それに安心したのかエイミアも静かに言う。

「そこまで言うなら任せるわ、でも、私の手が必要ならいつでも言ってちょうだい、私の責任だし、協力は惜しまないわ」
「もしもの時は頼むよ」

 そう言って僕はメリッサといつもの掛け合いをして護身用にMP7A1を受け取りガンシースにしまう。だが、メリッサは複雑な表情で僕にぼそりと言う。

「クラリーナと親しくしてよかったな、下心もあるだろうが、今回ばかりは助かるな」

 その皮肉に僕は苦笑する。

「信じてくれよ僕を。……行ってくる、あとは任せたメリッサ」

 そう彼女に告げて僕は館から外に出る、夜になる前にクラリーナを見つけないと、もう夕方だ時間がない。僕は急ぎ足でクラリーナを探し始めた。
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