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奇襲

第百七十話 教会団の選ばれし精鋭

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 何故だ、なぜ黒の騎士はこちらを見るんだ、僕に対して因縁があるような相手はもうアウティス以外いないはずだ、しかし、アウティスがわざわざ鎧を着て身を隠す必要があるのか、正式な神父なのに。

 僕がしかめっ面で奴をにらみ返すとララァが面白そうにはしゃぎだした。

「あら、もしかして、お知合いですか! 運命の相手の出逢い、ドキドキしますわ」
「心当たりがない、僕は知らない」

「まあ、まさか一目惚れですか! モテますね佑月さん、まあ、貴方ならどんな人でもとりこにしてしまうでしょうね。そう私と同じように。まさか、これはあの方と交えて3Pの機会ですか! まあどうしましょう、私の胸がうずきますわ!」

 妄想が膨らんでいるようなので僕はララァをほっといた、そしてひとしきり黒の騎士とにらみ合った後、奴の横にいるクラリーナが高々に抜いた剣を掲げたので会場は一気にいた。

「クラリー! クラリー! クラリー! クラリー!……」

 客のコールが鳴り響く、しかし自然とおさまってしまった。何故かと言えば、教会団のチームからは二人しか現れないのだ、ヴァルキュリアすら連れてきていない、どういうつもりだ……?

 その疑問は相手チームも同じようで、二人に対し叫び始めた。

「おい! お前ら、これだけなのか!」

 その当然の質問にクラリーナは堂々として答える。

「ええ、もちろんです。残念ながら私たちはあなた方の力というものをさわりぐらい上の方から知らされています。検討した結果、聖騎士である私と黒騎士がいれば十分でしょう、観客に対して、素晴らしい試合を我々は開催し、そして勝つことが私の使命です。みすぼらしい戦いなどをしてはなりませんからね。

 というわけであなた方への敬意を表して、心づくしのもてなしと思っていただけると幸いです」

「ふざけるな! ハンデのつもりか、なめるのもいい加減にしろ!」

「ですから、これくらいが正直良いバランスの試合になると思いましてね、いろいろ私も考えた結果でして……」

「何が心づくしだ! てめえ、これ見よがしに太ももの肌を晒しやがって、このふしだらな女め!」

「誰がふしだらですか! 私は、みんなから足が細い足が細い、綺麗ですねって、褒められているんですよ、それを隠すなど私を産んでくれた母や、父、神への冒涜ぼうとくです。ええ、だからわざと晒しているのです、勘違いもはなはだしいですね。皆さんにお見せすることで喜んでいただいているのですから、いいじゃないですか」

 実はクラリーナの下半身の衣装は特殊で、長いストレートのスカートだが前の方は腰から横は中心まで下にかけてすっぱり切り取られていて、足が前から丸見えになっている。しかも彼女はニーソックスに膝から下に防具を付けており、前掛けがあるだけで、白くむっちりとした太ももがむき出しになっている。

 正直言うと、そういう趣味の人は非常に刺さる変わった衣装で、歩くときに横からちらちらと丸出しの美麗なお尻の部分まで見えそうで見えないという、非常にコア向けの鎧騎士の服装だ。メリッサの隣であまりこんなことは思いたくないが、男から見るとえっちだ……。

 ま、まあ、彼女は喜んで着ているようだし、敢えて今までスルーしていたが、彼女がそういうつもりで好んでいるようなのでこのタイミングで言及した。別に性的に見ているとか、興奮するとか、欲情するとかじゃないから安心してくれ。……浮気じゃないよ、信じてくれ。

「スケベな服着やがって、何が聖騎士だ! 性騎士じゃないか!」
「……ふう、どうやらあなた方には言葉が通じないようですね、わかりました神の名のもと、女性の代表として私があなた方の不埒で不純な心を成敗してやりましょう!」

 そしてタイミングを見計らったように、太鼓と角笛が会場に響き渡る。黒騎士とクラリーナは二人して十人の相手に、剣をもって走り込んでいった。しかし始まるや否や二人とも足が非常に速い!

 大の男よりもよっぽどスピードが出ている、相手から槍やら矢が飛んでくるが、速すぎて狙いが定まらず、そんなのものともせずまっすぐ相手へとたどり着いた。

 あまりにもまばたきもできないくらいの時間で斬りかかられたので、相手はもう抵抗する暇すらなくあっさり切られてしまった。あれはヴァルキュリアとエインヘリャルの男だろう二人は同時に始末した。

 慌てて球体の巨大な水の弾を出す相手チームの女がいたが、それを見て、クラリーナがたかだかと剣を掲げ振り下ろすとどす黒い、ブラックホールのような空間の裂け目ができてそこからどんどん広がっていき、クラリーナが横に剣を振ると、例の水の球体へと飛んでいった。

 僕には何が起こったのかわからないが、巨大な水の球体はブラックホールに飲み込まれてそのエネルギーを食らいつくすように侵食して広がっていく!

 ブラックホールと評した通り、周りをどんどん引力でひっぱっていき、近くにいたヴァルキュリアやエインヘリャルを喰らったあとその次元の裂け目はきれいさっぱり消え去った。

 横にいたエイミアが「あ、あれは……」とつぶやき始めたので、何かと思って、彼女を見てみると最強のヴァルキュリアであるエイミアがなんと震えていた。そして、彼女はこう言葉を続けた。

「虚子崩壊……!」

「何だって?」

 虚子というのはメリッサから何度か聞いたことがある。だがこの目で観るのは初めてだ。僕にはどういうイメージかがつかなかった、そしてエイミアは静かに語る。

「虚子はこの世界を構成する原子の陽子と対をなすもので、すべての粒子や物質の裏の姿で原子と結びつきやすく、引っ付いたものを虚数子といい、凄まじいエネルギーを持つようになって、どんどん虚数子や原子を引き付けて広がっていき、また、光を反射しないため黒く見えて、すっぽりと黒い空間ができる。

 そして、虚子がもともと持つエネルギーが尽きたところで増大した質量エネルギーに限界が生じ、虚数子の崩壊が始まり、中心部へと凄まじい引力で徐々に収縮していき、虚子ごとこの世界から消え去る。──それがあのクラリーナの能力みたいね」

「消え去るって、引き込まれたエインヘリャルやヴァルキュリアはどうなるんだい?」

「その最小単位の虚子まで崩壊するのできれいさっぱりなくなるわ、この世界で数少ないヴァルキュリアの存在そのものを消し去る能力よ。もともとは創造神が持つ能力なのよ、虚子は。この世界を作ったあらゆる存在の裏のエネルギー体、それが虚子。

 その力を自在に操ることで、創造神はこの世界を創ったり、壊したりしていたのよ」

「創造神の力なのか、あれが……!」

 メリッサは黙っていた。彼女が言葉を発しない理由は僕だけがわかっている、あくまであれは最終手段だ、誰にも知られてはならないからだ。続けてエイミアは深刻な顔でこういった。

「自分のことをあんまり話すつもりはなかったけど、一つだけ言っとくと、あれを防ぐことは不可能よ、一度発動したら、どんなものでも吸収してそして存在そのものが消える、そう、私でさえもね」

「エイミアでさえも!」

 そんなのどうしようもないじゃないか、発動されたら終わり、食らったら最後、そんなものといつか僕たちは対戦しなければならないのか……! ばかげている、いやばかげているからこそ、教会団にとって切り札だったんだ、クラリーナは。

 もはや対処のしようがない。完全無欠の能力、文字通り化け物の能力者なのか、クラリーナは。僕が必死な気持ちで考え込んでいる中、ララァがそれをなかば静止するように言った。

「警戒するのはクラリーナさんだけではないみたいですよ、ほら見てください、あの黒騎士を」

 相手チームは半ば最後の望みとして、地面に手を当てコンクリートを盛り上げて分厚い壁を作るが、それをまるで豆腐を斬るかのごとく、黒騎士が剣を振り下ろすと、壁ごと裏にいた、エインヘリャルとヴァルキュリアをともに切った。

 どういうことだ……! まったくさっぱり黒騎士の能力がつかめない、見た目普通の西洋によくある長剣なのに、切れ味というか太刀筋から物質が離れる運命であるかのように一瞬で斬り殺した、直接剣が触れてないものまで。

 それに何よりもこの二人の恐ろしさはその身体能力だ、基礎的な体術が僕たちと違い過ぎる、襲い掛かる敵の攻撃をどんどんかわし、すぐさま相手を仕留める、まるで無人の野であったかのように、ついに相手チームを虐殺していった。

 こんなのもう試合じゃない。一方的過ぎる。これが教会団の真の実力なのか……! まずい、まずすぎる。真っ向勝負で勝ち目なんかまったくない、ワンチャンスとして僕が長距離狙撃するしか方法がないぞ。

 しかし二人は教会団で僕の情報も持っているはずだ、どちらかが死ぬと、僕の存在に気づいて僕めがけて片方がすごい身体能力で近づいてくる。そうなれば、銃弾がまともに当たるかどうかはもはや運だ。
 
 ザメハのように上手く行くかすらよくわからない、もしかすると審問官が見ていてその戦いも伝わっているかもしれない。で、結局最後、銃弾を避けられながらどんどん追い詰められて、僕にはどうしようもなくなる可能性が高い、リスキーすぎる賭けだ。

 くそっ、こんなからくりがあったのか。道理で堂々と闘技大会なんてするはずだ、勝ち目なんてあるのかこいつらに……⁉ だがしかし教会団である以上いつかはこいつらと戦わなくてはならない、もちろんアウティスも。

 よくもまあ、日向さんはこいつら相手に無事生きてきたものだ。いや、まてよ、彼女には何か秘密があったのか? 僕の知らない秘密が……!

 エイミアに彼女のことを聞こうとするといつの間にかエイミアがいなくなっていた、あれ、どこ行ったんだ。

「ララァ、エイミアがどこに行ったか知らないか? ……ってあれ?」

 ララァがいたところに目を向けると彼女までいない、どういうことだ……。まったく勝手な奴らばかりだ、こんな時に! 試合場を見るとクラリーナが手ぬぐいを取り出し、剣を丁寧に拭きながら黒騎士に向かって平然と言い放った。

「うーん、これなら私一人で十分でしたね、貴方の力は必要なかったようです、そう思いません?」
「……」

「やっぱりしゃべらないんですね貴方、もしかして言葉がしゃべれないのでしょうか、まあいいでしょう、それじゃあ終わりましょう」

 彼女はそう言った後、きれいになった剣を掲げ、会場はまたもやクラリー! コールでまん延していた。こっちは途方もない危機感を感じているのに戦わない観客はのんきなものだ。

 しかし、ふとあることを思い出して、僕は急に焦りだしてしまった。少し言いにくそうにそのことをメリッサに告げる。

「……なあ、メリッサ、絶望的な発言をしていいかい?」
「なんだ! いつになるかわからない未来の事の愚痴なんて私は聞いてあげないぞ!」

「そうじゃない、あと4日後のことだ」
「4日後? 次の試合か、何かあったのか」

「いや、当然の疑問と事実なんだけど、今のあいつらと戦って生き残った奴と僕たちはこの後戦わないといけないんだよ、しかもリーダーの能力がいまいちつかめないままで……」
「──っ!」

 歴然とした現実を僕たちは味わっていた。残り2人のエインヘリャルとはいえ、リーダーのマティスはかなりの能力者の可能性が高い。次の試合、簡単に終わるわけではなさそうだ……。
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