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奇襲

第百六十九話 黒の騎士

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 青軍猛虎隊への奇襲におおむね成功して帰還した後、僕らは疲れた体をゆっくり休めて眠った。何せ夜中に襲ったので、非常に眠気と疲労感が凄まじい。不安要素が気になっていたが、僕はメリッサと一緒に静かに眠った。彼女の温かい体を抱きしめると非常に心地よくぐっすり眠れて助かった。

 しかし突如僕たちは起こされたのでびっくりした、部屋の扉を叩く音がしたのだ、外を見ると朝だった。メリッサが「どうした⁉」と聞くと、「私です、教会団が来ました!」とユリアの声だった。僕とメリッサははっと顔を見合わせた、もしかして奇襲を教会団が問題視して、やって来たのだろうかと思ったからだ。

 支度を整えて、応対室に僕たち全員が席に着くと、クラリーナが静かに入ってきた。僕たちは息を呑んでいた。下手に答えたら今から教会団と全面戦争になりかねない。それは余りにも準備不足、それだけは避けないと。クラリーナが席に着くと穏やかに彼女は言い始めた。

「みなさん、日程の確認ですが、今日から4日後の午後3時に決まりました。昼食は館で済ませてくださいね、早めに食べることをお勧めします、試合中に胃に来ますので」

「えっ……」

 僕たちは顔を見合わせた、奇襲の件じゃなかったのか……。いやしかし……。

「どうなさったんですみんな葬式みたいな表情をして、あっ、相手が強敵なので不安なんですね、わかります、しかし、あなた方を私は評価していますよ、きっといい試合になるでしょうね」

 クラリーナは事態を飲み込めていない様子だった、というよりも昨日の夜のことをもしかして知らないのか……?

「それだけを伝えにわざわざ来たのかい?」
「はい、そうです」

 クラリーナは腹芸が得意そうな女性じゃないし、本当に知らないようだ。こっそりとメリッサは僕の方に顔を寄せて小さな声で相談する。

「もしかして、昨日の晩のことクラリーナは知らされてないのではないか? 状況を教会団は把握しているだろう、だがどういうつもりかわからないが、問いただす気はなさそうだし、彼女は直情的そうなので、上部が教えなかったのかもしれないな」

「その可能性が高いね、少し感じたのが、教会団上層部とクラリーナの考えは必ずしも一致しない、というよりも、上の連中は彼女を体よく利用して、政治から遠ざけているのだろう」

「だろうな、余りにもクラリーナはまともすぎる、魑魅魍魎ちみもうりょうがはこびる政治の世界に関わらすことを嫌っているのだろう、権力を持たすと正論でかき乱すだろうし」

「ああ、そうだな」

 僕とメリッサの考えが一致した。相手の内部状況だから推論にすぎないが、そこそこ当たっているだろうと考えている。クラリーナは思い出した風に笑顔で話を続けた。

「あっ、そうそう、私の試合が今日の午後4時からありますので、良かったら見に来てくださいね」
「ちょっと待った」

 クラリーナの驚くべき発言にエイミアが待ったをかけた。

「アンタ闘技大会に参加するの?」
「はい、そうですよ、何かいけませんか?」

「いけませんも何も、良いわけないでしょ! 教会団が主催する大会で、教会団の貴女が参加する⁉ 聞いてないわよ、何考えてるのアンタたちは!」

「何そんなに怒ってるんです、教会団がサポートするにふさわしいエインヘリャルを決める大会だと、初めに私は申したじゃないですか、むしろ教会団から人材を出さないと、教会団はふぬけだとか、実は弱いじゃないかとか言われるじゃないですか、ええ、当然のことです」

「主催者側からメンバー出すと、いろいろ有利に運ぶよう仕組まれているとか私は考えるけど、アンタそれについてどう思うわけ?」

「ああ、そんなことありませんよ。だって闘技大会は正々堂々、私たち教会団のメンバーが優勝しますから」

「こいつ……!」

 再びメリッサは僕の近くに顔を寄せてきた。

「もともとそのつもりでこの闘技大会を開いたのだろうな」
「だろうね、僕たち野のエインヘリャルに勝たす気なんてなかったんだ、これは出来レースだ」

「どうする、参加をあきらめるか、明らかにキナ臭すぎる」
「いや、ある程度は僕たちは参加して教会団の様子を探ったほうが良い、最終的にきっと奴らは敵になる、敵を知らずに勝てる戦などない」

「それも一つの手だ、お前に任せる」

 そう言って僕たちの相談は終わった。エイミアは火がついたようにクラリーナに食って掛かるが、彼女はのほほんと上品にさらりとかわしていく、流石の神階第一階層も形無しだな。

 そうして彼女の突然の報告が終わり、僕とメリッサとエイミアはクラリーナの試合を見に行くことにした。もちろん偵察だ、彼女の実力はこの目で見ておかないと気が済まない。あと、他のメンバーは疲れているため待機ということにした。
 
 ……猛虎隊の残党が襲ってくる可能性があるから警戒するよう訓戒して。

 途中僕はエイミアと約束通り、彼女にストロベリーパフェをおごることにした。本当に3杯ぐらいにしてくれよ、メリッサの小遣いが少ないんだ。元をたどれば、アデルの能力で珍しい品物を作って売って歩いた金だけど。

 ……9杯目に差し掛かったころ流石に僕はエイミアにこれ以上はやめるよう言わなければならなかった。

「ちょっと待ってくれ手持ちの金がもうないんだ、これ以上、頼むのをやめてくれよ」
「ええ、意外と貧乏なのね貴方、メリッサからもらってないの」

「私は無駄遣いしないよう佑月に小遣いを渡しているんだ。たまに変なトラップとか、よくわからない技巧品を買ってくる時があるからな」

 僕とエイミアとメリッサはカフェらしき店に入ってテーブルを囲んで、3時のおやつを楽しんでいた。あまりない組み合わせだったが、意外にメリッサとエイミアは話が合うらしく、よく、昔話をしながら僕はふんふんとコーヒーらしきものを飲みながら聞いていた。

 エイミアは僕のおごりだけど、メリッサは自腹だ、彼女はいつも割り勘で食事をする、彼女曰く、自分が楽しくてデートしているのだから、男におごらせるなんて、女性の尊厳をおとしめる行為だ、女性は経済的に自立すべきだという考えらしい。

「にしてもエイミア、よく食べるねストロベリーパフェなんて甘い物をそんなに何杯も僕は無理だ」
「あら、女性は甘い物は別腹という言葉が日本にはあるでしょ」
「ということは別の腹が膨れるということか?」

 僕の感想にエイミアが気さくに答えて、メリッサが毒づくという会話パターンが多い、それについてエイミアが言葉を詰まらすというお決まりだった。そういう和やかな時間が続いたので冗談で僕は軽く言ってしまった。

「──太るよ、エイミア」
「……佑月、アンタ、殺されたいの?」

 彼女の気に障ったのか大会の試合中に感じた殺気を、エイミアが放ち始めた、ま、まずい……! 彼女を怒らせると何をされるかわかったものじゃない。慌てて僕は取り繕う。

「少しメリッサ、お金貸して、エイミアにもう一杯おごるから」
「わかった、言葉の代償は必要だな」

「あら、わかってるじゃない、じゃあ最後の一杯を頼むね」

 そう言って給仕きゅうじを呼びつける。何度も呼び出されて給仕はめんどくさそうだったが仕事だから仕方がない。そうしてワイワイしたおやつタイムが終わった後、闘技場に急ぐ。

 コロッセウム客席に立つと、どうやら前の試合が終わって空き時間らしく、客は各々おのおのに現地の言葉で話している。言葉が理解できない僕に気を利かせて、メリッサが状態を説明した。

「どうやら次の試合で教会団のメンバーが出場するため話題になってるらしいな、やはり話題の中心はクラリーナだ、よほどの人気らしい、男どもが血気盛んに、“俺たちが応援で彼女を支えるんだ”とか言ってるな」

「ええ、そうですとも、聖騎士と言われればクラリーナ、そうクラリーと言えば聖騎士、教会団では常識です」

「ララァ⁉」

 いきなり真横にララァが現れて僕たちはびっくりさせられた。相変わらずの神出鬼没具合に流石に仲の悪いエイミアも参ったようで、素の顔で彼女に対してつぶやく。

「私が、気配とか察知できずにこんなにも接近を許すなんて……」

 なんかショックだったらしい、最強のヴァルキュリアですらこうなのだ、僕なんかが彼女の気配を辿たどろうなんて無駄な行為なんだろうな。それをみて楽しそうにララァは笑いながら、大会状況の説明をし始めた。

「どうやら、教会団の選手チームは全試合の最後の順番でやる決まりみたいですね、次の試合で1回戦の最後です、いろんなチームがあって面白かったんですけど、やっぱり強いチームが勝ちあがるのは変わりないですね、裏で色々やってるところもあるようですが……」

 僕ははっとした顔をしてしまったがすぐに誤魔化して、彼女に言った。

「これは殺し合いだ、試合とはいえゲームじゃない、戦いなんだ、あらゆる力をもって勝ち進めるのが当然だ。……ルール内でね」

「そうです、それが必然と言えるでしょうね、良くも悪くもこれはラグナロクの緒戦のひとつ、そうなるのが自然と言えるでしょう、──ルール内で」

 彼女はどうやら、僕たちの昨日やったことを知っているらしい。相変わらず抜け目がない、やはり彼女が仕える神の手のうちの中なのか僕たちは……?

「ああそろそろ始まりますよ、佑月さん、相手チームが入ってきましたね」

 ぞろぞろと十人のヴァルキュリアとエインヘリャルが入ってきた。やはり異様な雰囲気に飲まれているらしい、しかも人気のあるクラリーナの敵チームとだけあって客がブーイングや物を投げ始めた。

「まあまあ、男の方は野蛮ですね、まあ女性も卵とかぶつけているみたいですけど、あっクラリーナさんが入ってきましたよ」

 クラリーナが試合会場に現れた瞬間、客は大きな歓声をあげて歓迎ムードをかもし出す、流石はホーム戦といったところか。しかし次の瞬間辺りは静まり返った。彼女に続いて入ってきた全身黒ずくめの鎧を着た騎士が剣をもって後に続き、静かに歩いてくる。

 その見た目の異様さもそうだが、全身からみなぎる殺気や、威圧感がすさまじかった。コイツただものじゃない。僕がそう思った瞬間だった。そいつが僕の方を見つめ始めたのだ。えっ……!

 どういうことだ、数万人が入っている客席の中で僕だけを見つめるなんて、会場の静まり返った雰囲気と黒の騎士の視線に僕は何か恐ろしさを感じ始めるのであった……。
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