ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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神の名のもとに

第百十四話 地獄から

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 ここはヴァルハラか……? 何も見えない。僕は何度死んだのだろう。何も聞こえない。じっとしていると胸の扉を叩く音がする、開いた瞬間、世界が広がる、風が胸に差し込み、外に広がるあれは空、雲、太陽。ああ、きっと僕は鳥になったのだろう。

 僕は空の上へ羽ばたいていく、翼が空気をあおってどんどん上っていく。僕の羽根が透けている、そうか、青い空に僕はなったんだ。見下ろすと白い雲が下に見える、そうかそうだ、僕は空なんだ……。

 目を見開くと、目の前は赤、赤色の世界。紅蓮ぐれんの炎に包まれ血が流れ落ちている。ここはヴァルハラでも天国でもない。地獄、しかも現実の。僕は生きている、どういことだアウティス、何のつもりだ……?

 僕はゆっくりと立ち上がった、赤く染まった街、人々の死骸。肉の焼け付く匂いと、鉄の匂い。汗がじっとりと流れ落ちていく、街は血の雨が降っていた、空を見上げると赤く染まっている。

 これは焼かれているのか、この街が。人々の叫び声が聞こえている、人が殺されている肉と鉄の音、ああ、壊れていく、平和な街が壊れていく。

 一歩ずつ歩を進めていくと、神へと自由を叫んだ結果がこれかと絶望感を抱く。黒いサーコートを着た兵士が女の人を殺している、教会団の兵士だろう。助ける余力もなく止める気力もない、弾も無駄になる、だから僕はただ立ち去った。茫然ぼうぜんと愛しいものを追い求める、メリッサ……はどこだろうか。

 メリッサ……、ナオコ……

 ───ナオコ!!!

 そうだ呆けている場合じゃない。街が教会団によって焼かれているんだ、共和制に対する恐怖の十字架を打ち付けているのだろう。ナオコを宿に置いてきたままだった、急いで走る。

「助けて――! パパ――! ママ――!」

 教会団に襲われていた、危ない──ナオコを助けるため僕は貴重な銃弾を放った。

「パパ……? パパ!」

 そして、ナオコを救った。黒いサーコートを着た兵士はこっちに気づかず剣を振り上げていたため、MP7A1の一発で心臓を撃ち抜いた、どうやら即死だったようだ、危機一髪だった。メリッサが行方不明の今、ナオコに何かあったら死んでも死に切れない。

「パパ! あのね、宿の部屋でじっとしていたら、いきなり黒い人が入ってきて宿のおばちゃんをいじめるの! ダメっだって言ったら、黒い人が追っかけてきて、すごい怖かった。ねえ、なんで街を燃やしているの? 何かあったの、私、わかんない!」

「……大丈夫……、大丈夫だよ。僕が来たから安心だ。何も怖くないよ──」

 そう言って僕はナオコを強く抱きしめた。

「ねえ、ママは? ママはどこ? 怖い目にあってないの?」

 僕は息をのむ。ママは……!

「……ママは、今ちょっと遠くに用事に行っているんだ。大丈夫、ナオコには僕が付いているからね」
「ママが可哀想! だって、パパと一緒じゃないから!」

「そうだね、ママに会いに行こう……!」
「ママがどこにいるか、わかっているの?」
「……」

 どこに行ったかもわからないメリッサ。アウティスに襲われた時、一緒にいたのに周りを探してもいなかった。ナオコのところにも来てないようだ。じゃあどこに行ったのだろう……?

「大丈夫、パパに付いてきて」 

 ナオコの手を握る、とりあえず街の外に出よう。このままだと危険だ、燃えさかる街、汗がじっとりにじみ、靴の裏が地面にひっついたようだ。

 ところどころで町の人が襲われているのを見かけたが、僕は素通りした。メリッサが行方不明な以上、交換が利かない貴重な銃の弾を消費するわけにはいかない。ナオコに、教育に悪いため見ないようにと指示する。

 まさに地獄を体現したような光景だった。人々の死体が散乱して、道が赤く染まっている。警護の兵はどうなったのか? いや考えなくてもわかる。アウティスがいれば中世の兵士など虐殺出来る。

 僕がアウティスを倒し損なったせいだ。あの時メリッサをかばわずに、アウティスを仕留めていれば、こんなことにはならなかった……。

 胸が切り裂かれそうな人々の絶叫。ナオコには耳を塞ぐように言った。僕は耳を塞ぐことは出来ない。……これが結果なんだ。その他大勢の人よりもメリッサを選んだ、その結果なんだ。十数万人の街が滅びていく、ミランディアの歴史の終焉だろう。これは僕の責任だ。

 街の門へとたどり着くと、やはり黒服の兵士に門を封鎖されている。仕方ない……MP7A1のセレクターをフルオートに合わせる。弾を無駄遣いしたくないがこのままだとらちが明かない。銃を構えたその瞬間だった──

「……エインヘリャル出てきなさい!」

 女の声が聞こえる、まさかヴァルキュリアか……? そうだ、ヴァルキュリアからは100メートル以内は感知出来るのだった。門からすぐ近くの家の影に僕は身を潜めていた。なら気づかれて当然だ。

「……出てこないのなら……!」

 女の声が苛立いらだっていった。このままもめるのはまずい、状況がつかめない以上、下手な行動は避けたい、いったん敵の様子を探ろう。

「待て!」

 僕は姿を現した。ここは交渉だ、なんとかして弾を消費せずに切り抜けないと、黒い兵士がこちらをにらみ血の付いた剣をちらつかせていた。

「──お前たち、下がれ!」

 黒い兵士たちをかき分けて、ぴっちりとした白い服を着た色っぽい若々しい金髪の女が現れた。

「アナタ名前は?」
「そう、僕は佑月だ」

 すると鋭い表情をしていた金髪の女性の頬が緩み、柔らかく微笑んだ。

「はろー、貴方が佑月なのね。はじめまして、会えて嬉しいわ」
「……どうも」

 ん? なんだか親密そうに話しかけてきたぞ。何が目的だ……?

「ああ、お前たちもういいわ、他の任務でもやって暇をつぶしなさい。私はこの人を案内しないといけないから」

 女性は黒服の兵士に引き退くよう指示したようだ。兵士たちが去っていく。現地語だから僕にはさっぱりだ。

「どういうことだ?」
「ねえ、貴方のヴァルキュリアに会いたいでしょ?」

 ……何のつもりだ、メリッサの居場所を知っているとでも言うのか。

「私はエイミア。そうねー、貴方にはアウティスのヴァルキュリアといえばわかるかしら──」

 エイミアと名乗ったブロンドのヴァルキュリアはうららかなその髪をなびかせて静かに微笑んだ。
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