99 / 211
ナオコの冒険
第九十九話 ナオコの冒険③
しおりを挟む
ひたり、ひたりと水が滴り落ちる音がする、ナオコが目を覚ますとそこはまた石牢の中だった。暗く灯りがなく心細さが体を凍えさせ、ナオコが起き上がろうとすると頬が地面の石に張り付いている、痛みをこらえながらはがすとべりっと小さく音がした。口から出た血が地面に固まって張り付いていたのだ。
「げほっ……! げほっ……!」
ナオコは子どもとはいえエインヘリャルだ、そこら辺の毒を喰わされようと、再生する不死身の体を持っている。腹の中にたまった気持ち悪さを取り除くため、口から血とともに虫を嘔吐する。
だがいったん吐き出してしまえば気分は元に戻って来たらしく、徐々に子供なりに助けを呼ぶ方法を考えるが、何も思い浮かばない。だが、どこか楽天的であった、ナオコが言うには僕の事を信じていてくれたらしい、泣かせるいい子じゃないか。
しばらく寒い牢の中、縮こまって座っていると、コツコツと足音がする、耳を澄ましていると自分の牢の前で止まった、そして、鍵を開ける音がすると、ドアが開く。現れたのはセシリーだ。
「おはよう、お寝坊さんね、もう昼よ、気分はどう?」
「さいあく」
不愛想にそう答えると、セシリーは上品に指先を唇にあて笑った。
「そうそう死なせるつもりはないからそこは安心なさい、どう、何か食べる?」
「いらない、虫なんか気持ち悪い」
その答えに彼女は上機嫌に微笑んだ。
「それは困るわ、エインヘリャルとはいえ栄養は大事よ、健康を損ねたら大変、……まあ、いいわ、別の用で貴女を迎えに来たのだから」
「どうせ、悪いことするんでしょ?」
「ええそうよ、とっても悪いこと、さあ、いらっしゃい」
ナオコは抵抗しても無駄なことは理解していたため素直についていった、途中聴こえるうめき声は、毒虫を喰わされた実験体の人間だろう、それが直感的にわかると恐怖よりも、むしろ冷静にどうするべきかと考えたようだ。血はつながってないけどやっぱり僕の娘だな。
石で造られた広い大部屋に通された先では、中でキャラディスが木椅子に座って待っていた。ほかに誰かいないか見ると幼い、たぶんナオコと同じ年ぐらいの肉体年齢の男の子が、恐怖でひきつった顔で立ちすくんでいた。
キャラディスが落ち着いた声でナオコに語り掛ける。
「さて、君は一体どんな能力を持ってるんだい? よく知りたいな」
「そんなものない」
ナオコはぶっきらぼうに答えた。
「信じられないな、君はヴァルキュリアから能力を与えられたはずだ」
「そんなのもらってない」
「強情な子だな……セシリー!」
呼びつけられると金髪のヴァルキュリアはナイフを持ってきて、恐怖で怯えていた男の子に持たせる。
「では実験を始めよう、この子はごく普通の子どもだ、ナオコちゃんとは違う。もし君の能力が本当にないなら、状況を打開できなくてこの子は大変なことになるね。だってこの男の子はもし負けたら猛毒の虫を飲まされて死ぬことになるから」
「坊や、猛毒の虫を食べたい?」
キャラディスの言葉をセシリーが通訳する。
「ひっ?」
その男の子が叫んだ。反応があるということはある程度の毒虫を飲まされたのだろう、もちろん実験として。
「良いかしら、坊や生きたければこの娘を殺してしまいなさい、大丈夫、本物のエインヘリャルなら死にやしないから」
「で、でも……」
セシリーの非情な提案に男の子は戸惑った。だがキャラディスは発破をかける。
「死にたくなければやるんだ。これはゲームじゃない、僕たちと同じことをさせているだけなんだ、それとも本当に死にたいのかい? 君?」
「死にたくなければやりなさい、ええだってしょうがないものねえ、坊や?」
「……」
ナイフを渡されて沈黙を続ける男の子。さらにセシリーは追い詰める。
「もし、このまま何もしないなら今すぐお前に毒を飲ませる、それでいいのか!」
「……!」
その瞬間何かに目覚めたように狂気に満ちた声で男の子は叫びだしナオコに襲い掛かった! ナオコは寸前にナイフを避けて倒れ込む。
「やはり、エインヘリャルは身体能力がほかの者より優れている、ヴァルキュリアの言っていたことと矛盾するじゃないか」
「私は神に聞いただけ、生前のそのままの身体能力だって、でも条件がそろうと、前提が変わるようね。良いデータだわ」
「さてその条件とは何か興味があるね、さあどうするのかいナオコちゃん。ほらお前、まだまだ無傷だぞ、殺されたいのか、坊主!」
「さあ、坊や殺されたくなければやってしまいなさい!」
「あああっ──⁉」
ナイフをやたらめったらに振り回すが、ナオコは冷静に距離を取って逃げ続ける。その様子に拷問の主は焦れてきた。
「こいつ使えないな……」
「この男の子はだめね、使えない、処分しましょう」
それを聞いてナオコは何とかこの状況を打破できないか考えた。このままだとこの子は殺されてしまう、パパやママはいない、それなら私が何とかしなきゃ……! なら……!
ナオコの決意した、まっすぐにナイフを抱えて突進してくる男の子に対し、ナオコは微動だせずその体で受け止めた。腹にナイフが刺さり、服が真っ赤な血に染まっていく。
「えっ……?」
驚いたのは男の子の方だった、何故ナオコが立ち止まったのか理解ができていなかった。それをキャラディスとセシリーは冷めた視線でそれを眺めた。
「わざとね……」
「ああ、わざとだ、ずいぶんと興ざめなことをする」
「まったく……面白い実験を思いついたのにつまらない」
「ああ、そうだな、笑えないジョークだ、とりあえずしまいにするか、セシリー、ナイフを回収してくれ、もっと面白い余興を考えておく」
セシリーはため息をついた後、男の子からナイフを取り上げた、そして、動揺して固まっている男の子と血だらけでうずくまっているナオコを見て、
「どうするの、この子たち」
「放っておけばいい、どうせガキなんて何もできやしない。この部屋の鍵を閉めておけ、いくぞセシリー」
「ええ、そうね──」
と、不満の声をまき散らせながら、二人は出ていった。少年は自分が助かったことに今気づき、ナオコの側による。
「いっ──たーっ、つうー、本気で刺すんだから……!」
「だ、大丈夫……、血だらけだよ」
「痛いに決まってる、刺されたんだから……! もう、当然でしょ! 感謝してね」
断わっておくが、これはナオコが僕に聞かせたやり取りで、実際は言葉が通じなかったとナオコは言っている。でも意思疎通はできたのでたぶんこういう意味だったと思うとのことだ。
「ご、ごめん……」
「謝るくらいなら……しないの、せめてここからどうやって逃げるか考えるの!」
「え、逃げる……? 何を」
「このままだと君、殺されちゃうよ」
「ええ……! そんな!」
「逃げる時間を稼げればいいだけ、どこかに隠れるところを見つければいい」
「ど、どうして?」
「絶対にパパとママが助けに来てくれる、その時まで生き延びるの、わかった?」
「え、あ、うん、わかった、でもどうすれば」
「それを考えるの! もう、じれったい!」
「ごめん」
「謝るなら、最初からしない! もう、頼りないんだから」
やれやれと言った様子でナオコは血だらけでうずくまりながら時間稼ぎの策を考えた。大丈夫だナオコ、待っててくれ僕が必ず助ける……!
「げほっ……! げほっ……!」
ナオコは子どもとはいえエインヘリャルだ、そこら辺の毒を喰わされようと、再生する不死身の体を持っている。腹の中にたまった気持ち悪さを取り除くため、口から血とともに虫を嘔吐する。
だがいったん吐き出してしまえば気分は元に戻って来たらしく、徐々に子供なりに助けを呼ぶ方法を考えるが、何も思い浮かばない。だが、どこか楽天的であった、ナオコが言うには僕の事を信じていてくれたらしい、泣かせるいい子じゃないか。
しばらく寒い牢の中、縮こまって座っていると、コツコツと足音がする、耳を澄ましていると自分の牢の前で止まった、そして、鍵を開ける音がすると、ドアが開く。現れたのはセシリーだ。
「おはよう、お寝坊さんね、もう昼よ、気分はどう?」
「さいあく」
不愛想にそう答えると、セシリーは上品に指先を唇にあて笑った。
「そうそう死なせるつもりはないからそこは安心なさい、どう、何か食べる?」
「いらない、虫なんか気持ち悪い」
その答えに彼女は上機嫌に微笑んだ。
「それは困るわ、エインヘリャルとはいえ栄養は大事よ、健康を損ねたら大変、……まあ、いいわ、別の用で貴女を迎えに来たのだから」
「どうせ、悪いことするんでしょ?」
「ええそうよ、とっても悪いこと、さあ、いらっしゃい」
ナオコは抵抗しても無駄なことは理解していたため素直についていった、途中聴こえるうめき声は、毒虫を喰わされた実験体の人間だろう、それが直感的にわかると恐怖よりも、むしろ冷静にどうするべきかと考えたようだ。血はつながってないけどやっぱり僕の娘だな。
石で造られた広い大部屋に通された先では、中でキャラディスが木椅子に座って待っていた。ほかに誰かいないか見ると幼い、たぶんナオコと同じ年ぐらいの肉体年齢の男の子が、恐怖でひきつった顔で立ちすくんでいた。
キャラディスが落ち着いた声でナオコに語り掛ける。
「さて、君は一体どんな能力を持ってるんだい? よく知りたいな」
「そんなものない」
ナオコはぶっきらぼうに答えた。
「信じられないな、君はヴァルキュリアから能力を与えられたはずだ」
「そんなのもらってない」
「強情な子だな……セシリー!」
呼びつけられると金髪のヴァルキュリアはナイフを持ってきて、恐怖で怯えていた男の子に持たせる。
「では実験を始めよう、この子はごく普通の子どもだ、ナオコちゃんとは違う。もし君の能力が本当にないなら、状況を打開できなくてこの子は大変なことになるね。だってこの男の子はもし負けたら猛毒の虫を飲まされて死ぬことになるから」
「坊や、猛毒の虫を食べたい?」
キャラディスの言葉をセシリーが通訳する。
「ひっ?」
その男の子が叫んだ。反応があるということはある程度の毒虫を飲まされたのだろう、もちろん実験として。
「良いかしら、坊や生きたければこの娘を殺してしまいなさい、大丈夫、本物のエインヘリャルなら死にやしないから」
「で、でも……」
セシリーの非情な提案に男の子は戸惑った。だがキャラディスは発破をかける。
「死にたくなければやるんだ。これはゲームじゃない、僕たちと同じことをさせているだけなんだ、それとも本当に死にたいのかい? 君?」
「死にたくなければやりなさい、ええだってしょうがないものねえ、坊や?」
「……」
ナイフを渡されて沈黙を続ける男の子。さらにセシリーは追い詰める。
「もし、このまま何もしないなら今すぐお前に毒を飲ませる、それでいいのか!」
「……!」
その瞬間何かに目覚めたように狂気に満ちた声で男の子は叫びだしナオコに襲い掛かった! ナオコは寸前にナイフを避けて倒れ込む。
「やはり、エインヘリャルは身体能力がほかの者より優れている、ヴァルキュリアの言っていたことと矛盾するじゃないか」
「私は神に聞いただけ、生前のそのままの身体能力だって、でも条件がそろうと、前提が変わるようね。良いデータだわ」
「さてその条件とは何か興味があるね、さあどうするのかいナオコちゃん。ほらお前、まだまだ無傷だぞ、殺されたいのか、坊主!」
「さあ、坊や殺されたくなければやってしまいなさい!」
「あああっ──⁉」
ナイフをやたらめったらに振り回すが、ナオコは冷静に距離を取って逃げ続ける。その様子に拷問の主は焦れてきた。
「こいつ使えないな……」
「この男の子はだめね、使えない、処分しましょう」
それを聞いてナオコは何とかこの状況を打破できないか考えた。このままだとこの子は殺されてしまう、パパやママはいない、それなら私が何とかしなきゃ……! なら……!
ナオコの決意した、まっすぐにナイフを抱えて突進してくる男の子に対し、ナオコは微動だせずその体で受け止めた。腹にナイフが刺さり、服が真っ赤な血に染まっていく。
「えっ……?」
驚いたのは男の子の方だった、何故ナオコが立ち止まったのか理解ができていなかった。それをキャラディスとセシリーは冷めた視線でそれを眺めた。
「わざとね……」
「ああ、わざとだ、ずいぶんと興ざめなことをする」
「まったく……面白い実験を思いついたのにつまらない」
「ああ、そうだな、笑えないジョークだ、とりあえずしまいにするか、セシリー、ナイフを回収してくれ、もっと面白い余興を考えておく」
セシリーはため息をついた後、男の子からナイフを取り上げた、そして、動揺して固まっている男の子と血だらけでうずくまっているナオコを見て、
「どうするの、この子たち」
「放っておけばいい、どうせガキなんて何もできやしない。この部屋の鍵を閉めておけ、いくぞセシリー」
「ええ、そうね──」
と、不満の声をまき散らせながら、二人は出ていった。少年は自分が助かったことに今気づき、ナオコの側による。
「いっ──たーっ、つうー、本気で刺すんだから……!」
「だ、大丈夫……、血だらけだよ」
「痛いに決まってる、刺されたんだから……! もう、当然でしょ! 感謝してね」
断わっておくが、これはナオコが僕に聞かせたやり取りで、実際は言葉が通じなかったとナオコは言っている。でも意思疎通はできたのでたぶんこういう意味だったと思うとのことだ。
「ご、ごめん……」
「謝るくらいなら……しないの、せめてここからどうやって逃げるか考えるの!」
「え、逃げる……? 何を」
「このままだと君、殺されちゃうよ」
「ええ……! そんな!」
「逃げる時間を稼げればいいだけ、どこかに隠れるところを見つければいい」
「ど、どうして?」
「絶対にパパとママが助けに来てくれる、その時まで生き延びるの、わかった?」
「え、あ、うん、わかった、でもどうすれば」
「それを考えるの! もう、じれったい!」
「ごめん」
「謝るなら、最初からしない! もう、頼りないんだから」
やれやれと言った様子でナオコは血だらけでうずくまりながら時間稼ぎの策を考えた。大丈夫だナオコ、待っててくれ僕が必ず助ける……!
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?


皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。


婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる