ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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ナオコの冒険

第九十九話 ナオコの冒険③

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 ひたり、ひたりと水がしたたり落ちる音がする、ナオコが目を覚ますとそこはまた石牢せきろうの中だった。暗く灯りがなく心細さが体を凍えさせ、ナオコが起き上がろうとすると頬が地面の石に張り付いている、痛みをこらえながらはがすとべりっと小さく音がした。口から出た血が地面に固まって張り付いていたのだ。

「げほっ……! げほっ……!」

 ナオコは子どもとはいえエインヘリャルだ、そこら辺の毒を喰わされようと、再生する不死身の体を持っている。腹の中にたまった気持ち悪さを取り除くため、口から血とともに虫を嘔吐おうとする。

 だがいったん吐き出してしまえば気分は元に戻って来たらしく、徐々に子供なりに助けを呼ぶ方法を考えるが、何も思い浮かばない。だが、どこか楽天的であった、ナオコが言うには僕の事を信じていてくれたらしい、泣かせるいい子じゃないか。

 しばらく寒い牢の中、縮こまって座っていると、コツコツと足音がする、耳を澄ましていると自分の牢の前で止まった、そして、鍵を開ける音がすると、ドアが開く。現れたのはセシリーだ。

「おはよう、お寝坊さんね、もう昼よ、気分はどう?」
「さいあく」

 不愛想にそう答えると、セシリーは上品に指先を唇にあて笑った。

「そうそう死なせるつもりはないからそこは安心なさい、どう、何か食べる?」
「いらない、虫なんか気持ち悪い」

 その答えに彼女は上機嫌に微笑んだ。

「それは困るわ、エインヘリャルとはいえ栄養は大事よ、健康を損ねたら大変、……まあ、いいわ、別の用で貴女を迎えに来たのだから」
「どうせ、悪いことするんでしょ?」

「ええそうよ、とっても悪いこと、さあ、いらっしゃい」

 ナオコは抵抗しても無駄なことは理解していたため素直についていった、途中聴こえるうめき声は、毒虫を喰わされた実験体の人間だろう、それが直感的にわかると恐怖よりも、むしろ冷静にどうするべきかと考えたようだ。血はつながってないけどやっぱり僕の娘だな。

 石で造られた広い大部屋に通された先では、中でキャラディスが木椅子に座って待っていた。ほかに誰かいないか見ると幼い、たぶんナオコと同じ年ぐらいの肉体年齢の男の子が、恐怖でひきつった顔で立ちすくんでいた。

 キャラディスが落ち着いた声でナオコに語り掛ける。

「さて、君は一体どんな能力を持ってるんだい? よく知りたいな」
「そんなものない」

 ナオコはぶっきらぼうに答えた。

「信じられないな、君はヴァルキュリアから能力を与えられたはずだ」
「そんなのもらってない」

「強情な子だな……セシリー!」

 呼びつけられると金髪のヴァルキュリアはナイフを持ってきて、恐怖で怯えていた男の子に持たせる。

「では実験を始めよう、この子はごく普通の子どもだ、ナオコちゃんとは違う。もし君の能力が本当にないなら、状況を打開できなくてこの子は大変なことになるね。だってこの男の子はもし負けたら猛毒の虫を飲まされて死ぬことになるから」
「坊や、猛毒の虫を食べたい?」

 キャラディスの言葉をセシリーが通訳する。

「ひっ?」

 その男の子が叫んだ。反応があるということはある程度の毒虫を飲まされたのだろう、もちろん実験として。

「良いかしら、坊や生きたければこの娘を殺してしまいなさい、大丈夫、本物のエインヘリャルなら死にやしないから」
「で、でも……」

 セシリーの非情な提案に男の子は戸惑った。だがキャラディスは発破をかける。

「死にたくなければやるんだ。これはゲームじゃない、僕たちと同じことをさせているだけなんだ、それとも本当に死にたいのかい? 君?」
「死にたくなければやりなさい、ええだってしょうがないものねえ、坊や?」

「……」

 ナイフを渡されて沈黙を続ける男の子。さらにセシリーは追い詰める。

「もし、このまま何もしないなら今すぐお前に毒を飲ませる、それでいいのか!」
「……!」

 その瞬間何かに目覚めたように狂気に満ちた声で男の子は叫びだしナオコに襲い掛かった! ナオコは寸前にナイフを避けて倒れ込む。

「やはり、エインヘリャルは身体能力がほかの者より優れている、ヴァルキュリアの言っていたことと矛盾するじゃないか」
「私は神に聞いただけ、生前のそのままの身体能力だって、でも条件がそろうと、前提が変わるようね。良いデータだわ」

「さてその条件とは何か興味があるね、さあどうするのかいナオコちゃん。ほらお前、まだまだ無傷だぞ、殺されたいのか、坊主!」
「さあ、坊や殺されたくなければやってしまいなさい!」

「あああっ──⁉」

 ナイフをやたらめったらに振り回すが、ナオコは冷静に距離を取って逃げ続ける。その様子に拷問の主は焦れてきた。

「こいつ使えないな……」
「この男の子はだめね、使えない、処分しましょう」

 それを聞いてナオコは何とかこの状況を打破できないか考えた。このままだとこの子は殺されてしまう、パパやママはいない、それなら私が何とかしなきゃ……! なら……!

 ナオコの決意した、まっすぐにナイフを抱えて突進してくる男の子に対し、ナオコは微動だせずその体で受け止めた。腹にナイフが刺さり、服が真っ赤な血に染まっていく。

「えっ……?」

 驚いたのは男の子の方だった、何故ナオコが立ち止まったのか理解ができていなかった。それをキャラディスとセシリーは冷めた視線でそれを眺めた。

「わざとね……」
「ああ、わざとだ、ずいぶんと興ざめなことをする」

「まったく……面白い実験を思いついたのにつまらない」
「ああ、そうだな、笑えないジョークだ、とりあえずしまいにするか、セシリー、ナイフを回収してくれ、もっと面白い余興を考えておく」

 セシリーはため息をついた後、男の子からナイフを取り上げた、そして、動揺して固まっている男の子と血だらけでうずくまっているナオコを見て、

「どうするの、この子たち」
「放っておけばいい、どうせガキなんて何もできやしない。この部屋の鍵を閉めておけ、いくぞセシリー」

「ええ、そうね──」

 と、不満の声をまき散らせながら、二人は出ていった。少年は自分が助かったことに今気づき、ナオコの側による。

「いっ──たーっ、つうー、本気で刺すんだから……!」

「だ、大丈夫……、血だらけだよ」
「痛いに決まってる、刺されたんだから……! もう、当然でしょ! 感謝してね」

 断わっておくが、これはナオコが僕に聞かせたやり取りで、実際は言葉が通じなかったとナオコは言っている。でも意思疎通はできたのでたぶんこういう意味だったと思うとのことだ。

「ご、ごめん……」
「謝るくらいなら……しないの、せめてここからどうやって逃げるか考えるの!」

「え、逃げる……? 何を」
「このままだと君、殺されちゃうよ」

「ええ……! そんな!」
「逃げる時間を稼げればいいだけ、どこかに隠れるところを見つければいい」

「ど、どうして?」
「絶対にパパとママが助けに来てくれる、その時まで生き延びるの、わかった?」

「え、あ、うん、わかった、でもどうすれば」
「それを考えるの! もう、じれったい!」
「ごめん」

「謝るなら、最初からしない! もう、頼りないんだから」

 やれやれと言った様子でナオコは血だらけでうずくまりながら時間稼ぎの策を考えた。大丈夫だナオコ、待っててくれ僕が必ず助ける……!
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