上 下
87 / 211
徒花

第八十七話 百合の花

しおりを挟む
 得てして優れた能力は使いづらい。もし何事にも無制限に扱えたならば、この世界の規律に矛盾が生じる。世界は危うく精密なバランスで作られている。人の手が入ると自然界はすぐにねじ曲がった方向に傾く。

 だとすれば、時間を飛ぶなんて能力は、その力の強大さゆえに欠点が目立つ。ララァについてもそうだろう。

「佑月どうするつもりだ?」

 そろそろいい頃かな。周りを見渡す、他には誰もいない。僕とメリッサだけだ。

「いいかいメリッサ、戻ってリリィとララァをつけるよ」
「何を言ってるんだ。そいつらから逃げてきたばかりだろ」

「メリッサには仕事とプライベートどっちが大事だい?」
「どっちもだ。何の質問だ?」
「誰もがそうだと思うのは軽率。人によって違うから面白いのさ」

 僕たちは自分たちの姿が見えないように、今来た道を探り、メリッサが感じるエインヘリャルの気配をたどって、リリィとララァをさがしあてる。メリッサは僕の行動に目をしかめた。

「いいのか? 佑月、こんなに近づいたら相手のヴァルキュリアに察知されるぞ」
「あれを見てごらん」

 リリィとララァは手をつなぎ、二人並んで中央街道で散歩をしていた。まるで恋人とデート、仲よさげに笑いながら話をし、周りを指さしながら二人の足をそろえて歩いて行く。そこには危機感など無い。

「どういうことだ? 今戦闘したばかりなのにこんな無防備に。ヴァルキュリアは連れてないのか」
「さっき仕事とプライベートのこと尋ねたろ。彼女らに聞くと迷わずこう答えるさ、プライベートって。

 彼女たちにとってヴァルキュリアは邪魔な存在なんだ。二人きりでプライベートの時間を満喫したいから。

 いつでもどこでも好きな人とデートしたいのさ。若い時にはそういう時期があるよ」

「だからといってヴァルキュリアを連れて行かないのは、おかしいだろ。殺し合いをしているんだぞ」
「彼女たちは絶対に殺されない自信があるのさ」

「あっ……時間変革能力か……なるほど」
「そういうこと」 
 
 響き渡る二人の談笑。距離をとっている僕たちにも声が届く。

「リリィは本当臆病ね、動物が怖いなんて」
「ララァが物怖じしなさすぎなんだよ。あんな毛むくじゃらなでかい犬っぽいもの見せられたらびびるって」

「あら、可愛い。貴方の世界では動物が小さかったのね。私の世界じゃ教会よりでっかい馬がいるのよ」
「可愛いのはララァのほうだよ。あたしなんて、がさつだし引っ込み思案だし。いいとこないよ」

「そんなとこも可愛いのよ、女の子が放っておかない。私も、胸がうずいてきた」

 ララァがリリィに口づけし、お互いの愛情を味わう。

「ん……ララァ……上手……好きだよ……」
「私も……リリィ……」

 リリィはふと、市場の風呂敷が敷かれた上に並べているアクセサリーに目が行く。
「あ、このペンダント、ララァに似合いそう」

 銀細工で作られた花の形をしたペンダントを、リリィはララァの首につけた。
「あら素敵。中が開いて何か物が詰められそうね。こんな綺麗な物、私に似合うかな」

「めっちゃ可愛い~。すっごい良いって。あんたのために作られたみたい」
「そうかな。それじゃあ、盗みましょう」

 二人が一瞬消えた。露店の主人は何が起こったかわからないみたいに、周りを見渡すが二人はそこにいない。

「メリッサ見たかい?」
「ああ、時間変革能力をバカみたいな使い方するんだな」
「そうじゃない。問題は何故店の主人が気づかないように、もっと前の時間から時間更新をしないかということだよ」

「そういえばそうだな。どうせペンダントを盗むなら、店の主人に気づかないようにすればいい。そうすれば、盗んだことがわからないだろう」

「僕は仮説を立てた。時間変革能力を駆使して、現在の時間より遠いところに戻すとする。そうなると因果律の流れが狂い、並行時空つまりパラレルワールドに飛んでしまうのではないかと。

 時間を更新すると異なった原因から、異なった結果が生まれる。つまり時間軸が上書きされる。

 例えば過去の時間へ飛ぶとする。空気中の成分、いわば、足跡、第三者の視覚認識、物を動かした事実など、それらすべてを更新しないといけない。そうなれば、たどる時間が遠ければ遠いほど、大量の事実を更新する必要がある。

 そうなったらもう別世界に時間移動したことになる。世界が大量に書き変わるから。時間更新にはならない。

 だからなるべく時間更新は数秒以内にとどめているんじゃないかな。タイムパラドックスの可能性を考えると、時空を超えて自分の存在が、この時空から消えてしまわないように」

「なるほど、タイムパラドックスを考慮してか」

「試しにあの通行人にリリィのスカートをめくらせてみよう。メリッサ頼む」
「はあ?」

 メリッサが一気にこちらをにらんだ。僕はそれに動揺せず、泰然たいぜんとした面持ちでいると、「わかった」と言って、そこら辺にいた貧し気な男に金を渡して交渉したようで、それが終わるとこちらに彼女は帰ってきた。

 これでいいんだな、と言うので僕はうなずく。
 
 大通りの中リリィとララァの後ろをそっと男が近づいてく。彼女らは無防備にアヴェニューを楽しんでいてそれに気づかない。男が手をスカートの下に持って行き、リリィのゴシックロリータ衣装のミニスカートを大きくたくし上げた。

「キャアアア――――――!!」

 ふっくらと小さなお尻に現れるピンク色の下着が見えた。まあ、それはどうでもいい。大通りの人々は彼女の痴態を興味深く見入った。

 そのつかぬ間、男は黒い球体に飲まれ溶けていく。リリィは恥じらいながら、激怒していた。ララァは突然のことでオロオロと戸惑っていたのだった。

「もう、最低――――――!」

 そう叫ぶリリィ。僕はそれを見て確信した。

「見たかい?」
 簡素にメリッサに尋ねる。
「ピンク色だったな」
「違う、そこじゃない」

「じゃあ、尻の形か? 私はもっと肉付きをよくするべきだと思う。若い娘は食事制限などして産むに適した肉体をしていない」
「そんなの、どうでもいい」

「じゃあ、何か! お前は私にセクハラさせるために、こんなこと命じたのか? しかも一般人を殺す羽目になって。私は何か考えがあると思っていやいや手を貸したのだぞ、お前は! 何なんだ!」

「まあ落ち着いて、よく考えてくれ。今さっき見ただろ、彼女の名誉を守るならララァが時間操作をすればいい」
「あ、なるほど」

 聡明そうめいなメリッサはさっき判明した事実を理解した。

「つまりスカートをめくられないように事実を更新しなかったということだ。何故だ? 考えればおかしい話だ。

 おそらくあれだけ大声で叫べば多くの観衆に目についただろう。それらの視覚認識の事実を改変すると大量の情報量を書き変えなければならない。前に述べたようにタイムパラドックスの危険性が出てくる。
 
 つまり、こんな些細ささいなことでもタイムパラドックスが起きてしまう可能性があり、彼女はそのため能力を使わなかった。
 
 そう、彼女の能力には制限がある、だから出来なかった、決まりだな」

「攻略できそうか?」
 メリッサの問いに僕はささやかに微笑み、

「当然さ」

 と答える。僕は確信した、勝利を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...