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徒花
第八十二話 オレンジ色の光の中で
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風に吹かれて戦乙女の銀色の髪が舞う。揺らめく黄緑の木々の葉が囁くように、僕たちの旅路を歓迎していた。葉の間隙からオレンジ色の光が差し込む。柔らかな森のただなか、僕たちは一歩一歩足を進めていく。
「ママ~! わたしたち、どこに行くの?」
ナオコが目を輝かし僕たちの旅路に行方を聞いてきた。
「ミランディアという街だ、ちょうどこの大陸の中心部に当たる。街並みが整っていて、かなりの都会だ」
目を輝かせるナオコにメリッサが諭すように柔らかな声色で目的地の様子を語っていく。すっかり母子の姿に僕は思わず笑みを隠せなかった。
「ととのっているってなに?」
今度は僕に聞いてくる。さてこんな時父親は子どもに何て言えばいいのだろうか。しばしの逡巡の後、良いことを思いついたのでナオコに教えてあげた。
「ママのように綺麗だってことさ」
僕がさらりと述べた瞬間、メリッサは透き通った肌がさっと桃色に染まる。
「わ、私は別にそんなことで動揺する女じゃないぞ。そこら辺の女と一緒にされては困る」
「ママ、顔真っ赤~!」
「うるさい! 子どもが大人をからかうんじゃない。ナオコお前は人に好かれる人間になるんだぞ。パパのようにうじうじしたり、ちょっとのことで泣いたりするんじゃないぞ」
「パパ泣くの?」
「泣きたい時は泣くし、笑いたい時は笑う。僕は弱い人間だけど、それでいいんだ。強さばかりを求めて人を見下し、人の気持ちがわからなくなるくらいなら、弱い人間で良い。僕の持論だけどね」
ナオコに語ったつもりだったけど、メリッサがやけに感心した様子だった。
「ほう、ようやく理解したか。私は、お前はお前のままで良いと思う。だから私は……」
「僕に惚れたの?」
「口に出すより行動」
メリッサはナオコの前でも僕にささっとキスしてくれた。
「わあ~パパとママ、仲良し」
「もちろんナオコにも」
すぐさま、ナオコにもおでこにキスするメリッサ。
「じゃあ僕も」
僕もメリッサのようにナオコの頬にキスをする。
「あったか~い」
「そうだね、僕たち、暖かいんだ」
笑い合いながら、一歩一歩足を進めていく。ずっとこのままだといいのに。僕たちは、豪華な食事も綺麗な衣装もいらない。確かな絆があればそれでいいんだ。
ナオコが来てくれて、それが確かになった。この戦いの最初は、子どもと一緒に旅するなんて、考えることができなかった。
それでいてナオコは素直でいい子だし、メリッサにもすごくなついている。メリッサは最初はナオコにツンツンしていたけれど、徐々に本当の子どものようにいろいろ世話を焼く。
子ども好きのお嫁さんはいいなあ。見ていてホッとする。家族ってこんなにも良いものだったんだ。思い返すと僕は家庭環境に恵まれてなかった、その分ナオコには幸せになってもらいたい、そう願うばかり。
夕食は僕がクロスボウで貫いた鹿のような生き物をメリッサがさばいた。角が四本ついてあり、筋肉がしっかりとしていた。肉が堅そうだが調理は大丈夫だろうか。
流石に五つ星シェフのメリッサも苦労したようだ、長い時間をかけて血を抜いて、肉を叩いて軟らかくして僕たちの口に合うように工夫をする。口調に似合わず丁寧な作業をこなす器用さに、この娘は別にヴァルキュリアでなくてもどこでも通用する人間になるんじゃないかと感心する。
日が沈み、料理ができあがる頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。
「さあ、出来たぞメリッサ特製カカリリの肉鍋だ」
メリッサが鍋の蓋を取り、山菜と、とろとろの肉が入った見るからに旨そうな鍋料理を披露する。肉の甘い香りに食欲がどんどん増していく。どんな味がするのだろう、早く食べたいな。
そう云えばあの鹿、カカリリっていうのか、ロハ民族の言葉は覚えにくいな。まあ、一つずつ勉強だ。
「わ~あ、おいしそう」
「ナオコ、食べてから感想を言うんだぞ。それが料理人への礼儀だ」
「わかった、ママ、いただきま~す」
メリッサはナオコの持つ木の器に煮汁を運ぶ。汁の熱さを冷ますため、ナオコがふうふうと息をかけ、白い湯気が舞い、木のスプーンで肉汁が浮いた汁をすする。
「甘~い」
嬉しそうに言いながら、肉の味が気になって仕方ないのだろう、すぐさまスプーンでカカリリの肉を頬張る。やっぱり背中を丸めてリスのようだ。
「お~いし~い! なんでママはこんなにも料理が美味しいの!」
「長年の研究と研鑽の成果だ、佑月お前も食べろ」
そういうと木のお玉で僕の手にある器に煮汁を運ぶ。僕は迷わず、スプーンで肉を口に運ぶ。そして一言。
「うっま~い!」
僕の大袈裟な反応に皆で笑い合った。
夜が深まり当たりは静かになった。僕たち三人は一つの毛布で体を温め合う。真ん中にナオコがおり、メリッサが左、僕が右に寝っころがっていた。
ナオコはすうすうと寝息を立てており、メリッサがポンポンと手を当てる。和やかな雰囲気に寒いこの世界に日が輝いているように見えた。
僕は小さな声で、「メリッサ起きているかい」と尋ねる。
「ああ、起きているよ。あ、エッチなことしようとしているな。ナオコが寝ているからダメだぞ」
「そんなこと考えてないよ、その……何度も聞くようで申し訳ないけどさ、ナオコのこと本音ではどう思っているか聞きたくてさ」
「どういう意味だ?」
「成り行きで母親役をやっているだろう? 本当はどう思ってるか知りたくて」
「迷惑じゃないかと聞きたいんだな。はっ、まあ、可愛い妹だと思っているよ。本音を言わせてもらえばママと呼ばれるのは違和感がある」
「そうか……、そうだよないきなりだもんな。正直済まないと思っている」
「イヤだったらイヤって言っているぞ、私も子どもができたら、こんな感じなんだろうなって勉強になるよ」
「そうだね、僕も勉強になるよ。子どもができるって大変なことなんだなあって、でもそれで少しずつ僕自身も心が成長している感じがする」
「うん、生きているって勉強ばかりだな、私はこちらの世界に来て楽しいよ。ヴァルハラでくすぶっていた時よりも、充実している」
そして一呼吸置いて、
「……もちろん佑月、お前がいるからだぞ」
と、湿らせたセクシーヴォイスに僕の耳が赤くなってそうだ。静かに、かつ自然にメリッサが僕にキスをする。優しいキス、潤った唇の温かさが僕の心を安らげる。そして──
「おやすみ、メリッサ」
「おやすみ」
そう言って目を閉じる。今は一日が幸せな時。だが、欲張りな僕は明日はどんな楽しいことが待っているだろうかと思い浮かべていた。そのまま、束の間の妄想にひたり僕は眠りに落ちていった。
目を開くと日は昇り、白色の日差しが僕たち三人に降り注ぐ。メリッサが愛らしく、また小さく口を開けあくびをする。
「さあ、ミランディアまでもうすぐだ。今日が始まるぞ!」
……僕たちは歩いていく、一歩ずつ、一歩ずつだ。僕たちの長い長い人生の階段を確かめながら登るように──
「ママ~! わたしたち、どこに行くの?」
ナオコが目を輝かし僕たちの旅路に行方を聞いてきた。
「ミランディアという街だ、ちょうどこの大陸の中心部に当たる。街並みが整っていて、かなりの都会だ」
目を輝かせるナオコにメリッサが諭すように柔らかな声色で目的地の様子を語っていく。すっかり母子の姿に僕は思わず笑みを隠せなかった。
「ととのっているってなに?」
今度は僕に聞いてくる。さてこんな時父親は子どもに何て言えばいいのだろうか。しばしの逡巡の後、良いことを思いついたのでナオコに教えてあげた。
「ママのように綺麗だってことさ」
僕がさらりと述べた瞬間、メリッサは透き通った肌がさっと桃色に染まる。
「わ、私は別にそんなことで動揺する女じゃないぞ。そこら辺の女と一緒にされては困る」
「ママ、顔真っ赤~!」
「うるさい! 子どもが大人をからかうんじゃない。ナオコお前は人に好かれる人間になるんだぞ。パパのようにうじうじしたり、ちょっとのことで泣いたりするんじゃないぞ」
「パパ泣くの?」
「泣きたい時は泣くし、笑いたい時は笑う。僕は弱い人間だけど、それでいいんだ。強さばかりを求めて人を見下し、人の気持ちがわからなくなるくらいなら、弱い人間で良い。僕の持論だけどね」
ナオコに語ったつもりだったけど、メリッサがやけに感心した様子だった。
「ほう、ようやく理解したか。私は、お前はお前のままで良いと思う。だから私は……」
「僕に惚れたの?」
「口に出すより行動」
メリッサはナオコの前でも僕にささっとキスしてくれた。
「わあ~パパとママ、仲良し」
「もちろんナオコにも」
すぐさま、ナオコにもおでこにキスするメリッサ。
「じゃあ僕も」
僕もメリッサのようにナオコの頬にキスをする。
「あったか~い」
「そうだね、僕たち、暖かいんだ」
笑い合いながら、一歩一歩足を進めていく。ずっとこのままだといいのに。僕たちは、豪華な食事も綺麗な衣装もいらない。確かな絆があればそれでいいんだ。
ナオコが来てくれて、それが確かになった。この戦いの最初は、子どもと一緒に旅するなんて、考えることができなかった。
それでいてナオコは素直でいい子だし、メリッサにもすごくなついている。メリッサは最初はナオコにツンツンしていたけれど、徐々に本当の子どものようにいろいろ世話を焼く。
子ども好きのお嫁さんはいいなあ。見ていてホッとする。家族ってこんなにも良いものだったんだ。思い返すと僕は家庭環境に恵まれてなかった、その分ナオコには幸せになってもらいたい、そう願うばかり。
夕食は僕がクロスボウで貫いた鹿のような生き物をメリッサがさばいた。角が四本ついてあり、筋肉がしっかりとしていた。肉が堅そうだが調理は大丈夫だろうか。
流石に五つ星シェフのメリッサも苦労したようだ、長い時間をかけて血を抜いて、肉を叩いて軟らかくして僕たちの口に合うように工夫をする。口調に似合わず丁寧な作業をこなす器用さに、この娘は別にヴァルキュリアでなくてもどこでも通用する人間になるんじゃないかと感心する。
日が沈み、料理ができあがる頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。
「さあ、出来たぞメリッサ特製カカリリの肉鍋だ」
メリッサが鍋の蓋を取り、山菜と、とろとろの肉が入った見るからに旨そうな鍋料理を披露する。肉の甘い香りに食欲がどんどん増していく。どんな味がするのだろう、早く食べたいな。
そう云えばあの鹿、カカリリっていうのか、ロハ民族の言葉は覚えにくいな。まあ、一つずつ勉強だ。
「わ~あ、おいしそう」
「ナオコ、食べてから感想を言うんだぞ。それが料理人への礼儀だ」
「わかった、ママ、いただきま~す」
メリッサはナオコの持つ木の器に煮汁を運ぶ。汁の熱さを冷ますため、ナオコがふうふうと息をかけ、白い湯気が舞い、木のスプーンで肉汁が浮いた汁をすする。
「甘~い」
嬉しそうに言いながら、肉の味が気になって仕方ないのだろう、すぐさまスプーンでカカリリの肉を頬張る。やっぱり背中を丸めてリスのようだ。
「お~いし~い! なんでママはこんなにも料理が美味しいの!」
「長年の研究と研鑽の成果だ、佑月お前も食べろ」
そういうと木のお玉で僕の手にある器に煮汁を運ぶ。僕は迷わず、スプーンで肉を口に運ぶ。そして一言。
「うっま~い!」
僕の大袈裟な反応に皆で笑い合った。
夜が深まり当たりは静かになった。僕たち三人は一つの毛布で体を温め合う。真ん中にナオコがおり、メリッサが左、僕が右に寝っころがっていた。
ナオコはすうすうと寝息を立てており、メリッサがポンポンと手を当てる。和やかな雰囲気に寒いこの世界に日が輝いているように見えた。
僕は小さな声で、「メリッサ起きているかい」と尋ねる。
「ああ、起きているよ。あ、エッチなことしようとしているな。ナオコが寝ているからダメだぞ」
「そんなこと考えてないよ、その……何度も聞くようで申し訳ないけどさ、ナオコのこと本音ではどう思っているか聞きたくてさ」
「どういう意味だ?」
「成り行きで母親役をやっているだろう? 本当はどう思ってるか知りたくて」
「迷惑じゃないかと聞きたいんだな。はっ、まあ、可愛い妹だと思っているよ。本音を言わせてもらえばママと呼ばれるのは違和感がある」
「そうか……、そうだよないきなりだもんな。正直済まないと思っている」
「イヤだったらイヤって言っているぞ、私も子どもができたら、こんな感じなんだろうなって勉強になるよ」
「そうだね、僕も勉強になるよ。子どもができるって大変なことなんだなあって、でもそれで少しずつ僕自身も心が成長している感じがする」
「うん、生きているって勉強ばかりだな、私はこちらの世界に来て楽しいよ。ヴァルハラでくすぶっていた時よりも、充実している」
そして一呼吸置いて、
「……もちろん佑月、お前がいるからだぞ」
と、湿らせたセクシーヴォイスに僕の耳が赤くなってそうだ。静かに、かつ自然にメリッサが僕にキスをする。優しいキス、潤った唇の温かさが僕の心を安らげる。そして──
「おやすみ、メリッサ」
「おやすみ」
そう言って目を閉じる。今は一日が幸せな時。だが、欲張りな僕は明日はどんな楽しいことが待っているだろうかと思い浮かべていた。そのまま、束の間の妄想にひたり僕は眠りに落ちていった。
目を開くと日は昇り、白色の日差しが僕たち三人に降り注ぐ。メリッサが愛らしく、また小さく口を開けあくびをする。
「さあ、ミランディアまでもうすぐだ。今日が始まるぞ!」
……僕たちは歩いていく、一歩ずつ、一歩ずつだ。僕たちの長い長い人生の階段を確かめながら登るように──
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