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スナイパー同士の戦い

第六十九話 不器用な愛②

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「え………………? うそ……。うそ……だよね?」

 日向ひゅうがさんは言葉を詰まらせ、身を強張らせた。見たくなかった、彼女のそんな姿を……僕は、もう後戻りはできないんだ。

「嘘じゃない私と佑月は付き合っているんだ!」

 さらにメリッサが畳みかけたため、僕は余りにもいたたまれなくて目をつぶったのであった。暗闇の中、震える日向さんの声がさざめくように聞こえる。これが夢の中なら彼女の肩を握り、抱きしめることができる。でもこれは現実なんだ……!

 これが僕が選んだ道、帰り道はない。君が望むなら、張り裂けそうな僕の胸を撃ち殺してくれてしまっていい。でも君と再び出会う前に、メリッサに会ってしまったんだ! 口づけを交わしてしまったんだ。僕の唇は決して日向さん、君の届くことはないんだ……。

「あは……あはは! そっかー! そうなんだ……ああそうね、私、お邪魔虫ということだよね! そっかー! そうなんだ、はは……、それじゃあ……仕方ないよね、……ははは……」

 すっと頬をつたう日向さんの涙、彼女は冗談じゃなく本気で僕と付き合う気だったんだろう、僕は心臓が鷲掴わしずかみにされたように苦しかった、耳をませると、かすれながらときどき聞こえる嗚咽おえつ

 彼女は抑え気味に泣いていたが、とてもじゃないがこらえきれなかったのだろう。僕もそんな彼女が悲しむ姿に心が痛くて仕方なかった……。ミリア、幸せって何だい、これが人を愛することなのかい?

 大切なものを守るために大切なものを傷つける。日向さんが幸せになることを心から望んでいた、できるなら僕の手でそれがなせるならよかった。でも、僕は何もしてあげられない。光る涙の雫、流れゆく僕と彼女の幸せな想い出。その結末がこれなのか……?

 日向さんは泣いた、ただ泣いた。僕は立ちすくんで、見つめることしかできなかった。それが僕の罪の証だった。そしてぼそりと、彼女から僕への罰を下す。

「──だめ、もう無理」

 何かぷつりと途切れたようだった。わかっている。どんな気持ちかは僕にもわかってる、でもこれ以上はやめてくれ、君には悲劇のヒロインは似合わない。だから……。でも、彼女はこう言ったんだ。

「……ねえ、佑月くん。私を……私を、殺して……!」

 僕は驚いたと同時に、その想いを理解してしまった。でも、否定させてくれ! それだけはお願いだ、頼む僕を許してくれ……。

「な、何を言ってるんだそんなことできるわけないじゃないか!」

 あの日向さんを殺す、そんなの無理だ、彼女はエインヘリャルとはいえ日向さんなんだ、日向さんなんだよ! 辛いのはわかってる、でも、やめてくれ……。

「どうせ枠はもう、狭いんだし、もう、いいよ……」
「もういいってなんだよ! 一緒に戦おう! そして生きて日向さんに、ふさわしいひとを見つければ、いいじゃないか!」

 僕も涙ながら彼女に許しを請うように、残酷な未来を歩むよう勧める。でも、彼女はそれを受け入れてくれなかった。

「そんなの無理だよ! すべての存在する世界が終わるのよ! そこで残るのはたった12人だけ、その中に私の運命の人がいるって言うの? いるわけないじゃない!」
「何を言ってるんだ……⁉」

 どういうことなんだ、12人が生き残るという戦いとは聞いていたが、世界が終わるって意味が解らない。彼女が動揺しているのか、それともメリッサが告げていないことがあるのか。真実をききたいけど……でも、そんな場合じゃない、彼女を説得しないと!

「……ねえ、私さ、もう疲れちゃった……。私が来たのは10年前のこの世界……。殺したのは3068人。すごいでしょ、ねえ、いっぱい殺したよ。ねえ、頑張ったでしょ? 

 でも……もう! 無理なんだよ! もう、孤独な世界なんてまっぴら! 誰も私を理解してくれないし、愛してもくれない! それでも生きていけって君は言うの⁉ そんなの酷いじゃない! ねえ……この世界が美しいうちに、お願い私を殺して……!」

「そんなこと僕はできない!」
「私は佑月くんに殺して欲しいの、お願い……私を友達と思っているならお願い……、お願いだから、わがままを……! 少しだけのわがままを、きいて……!」

 僕は一体どうすれば……。僕は彼女に何もあげられない。僕が選んでしまったから、君を捨てなければならない。彼女は僕の想像以上に辛い人生をすごし、この世界でも苦しんでいたんだろう。

 僕は彼女に何をしてやれるんだ。壊れてしまった、二人の世界、大切な記憶。僕は決して忘れたことない。彼女の願いはそう、僕によって彼女の物語を終わらせること。段ボールの奥底に隠してしまった彼女自身をも壊すこと。

 できない……。できないよ。でも、僕はメリッサが好きだ、そして日向さんも好きだ、それはもう、比べられないし、比べること自体が悪なんだ。彼女にとってそれが侮辱なんだ。僕は彼女の一人の男になれない。

 なら、僕が、僕自身で、彼女を汚さなきゃならない。思い出もすべて。メリッサを愛する資格を得るために、僕が罪深いこの手で彼女を殺す。それを、しなきゃいけない。心の奥底で日向さんを愛しているから、だから、僕は日向さんを殺さなきゃメリッサを愛することはできないんだ! だから──!

「──わかった、どうやって殺せばいいんだ?」
「佑月!」

 メリッサが叫んだ。わかってるんだよ、そんなこと僕がしたくないよ! でも、僕は日向さんよりメリッサを選んだんだ、日向さんを幸せにすることはできないんだ。この出会いは僕の罪の運命、日向さんに思いをせながらメリッサを愛したんだ! 罪なら罰を受けなければならない。

 僕は日向さんと約束するよりも先にメリッサに約束したんだ、永遠を誓ったんだ、駄目なんだよ! 日向さんははっきりした女性だ、あいまいさは彼女への侮辱なんだ。彼女を選べないのならけじめをつけなければならない。そうじゃなきゃいけないんだよ!

 それが僕の知る日向さんだから! 僕の愛した日向さんだから!

「……やめろ佑月、日向直子はお前の……!」
「メリッサは黙っててくれないか! これは彼女と僕の問題だ、これ以上立ち入らないでくれ!」

「──なあ、日向さんどうして欲しいんだ……?」
「ねえ、上乗りになって首を絞めて。そうしたら佑月くんの顔を見て、笑いながら死ねるから、こんな私を笑い飛ばしながら死ねるから……」

「わかった……!」
「佑月……お前……!」

 もう後戻りができないことを悟った、メリッサは目をうるませている。僕は静かに日向さんの上乗りになってそっと優しく日向さんの首を絞めた。

「それじゃダメだよ……もっと強く……!」

 何をしてるんだ、相手はあの日向さんだぞ、日向さんの首を絞めるなんて! でもやらなきゃいけないんだ、そうじゃなきゃ日向さんの名誉が傷つけられる、彼女を女の敗北者としておとしめるなんて僕にはできないんだ!

 それが僕たちが再会した理由わけ。その僕たちの残酷な出会いに対して、同情したのだろう、メリッサは涙を流している……。

 今度は彼女の言う通り、きつく日向さんの首を絞めた。彼女は苦しむ様子もなく微笑んでいた。

「そう……それでいい……上手だよ……佑月くん……」

 頬を染めて少しずつ日向さんの呼吸が乱れていく、それがやけに美しかった、恍惚こうこつな表情に見とれながら手が吸い付いたように彼女の首から離れない。何故こうなったんだ、彼女は僕の大切の人のはずだ、切れがたい絆があったはずだ。それなのになんで……!

 僕はただ必死で首を締め付け続けていた。僕が僕を殺す前に、彼女を殺さないと、彼女が輝いていられない。あの美しい日向さんのままで。僕が体重をかけると日向さん背筋を伸ばしあえぎだした。

「とても……気持ちいい……いいよ……素敵……こんな死に方……!」

 彼女の表情が柔らかくなる。……これが素敵なはずがあるか! 僕は彼女を幸せにしたかった、それなのに!

 ……最後に細く首が折れるくらいに締め付けた。日向さんはこの死の快楽に陶酔とうすいしきっていた、彼女の持ち合わせた深い苦しみが快感に変わるこの行為、それが彼女のオーガズムだった。そのうちに、苦しみが逃れられる間に、夢のままの彼女でいられる間に、彼女を僕は、僕は彼女を殺す……!

「嬉しい……貴方と会えて……良かった……。ずっと孤独で、寂しかったよ。……だから嬉しい……こんなにも佑月くんに見つめられたまま……いけるなんて………………ありがとう……

















 …………………………私の初恋の人…………」

 ──そう僕に告げた瞬間、静かに日向さんは壊れてしまった……。

「うわあぁ────────────────っ!!!」

 僕は全身から声をあげ、震えた手で銃を彼女の胸に当てる、残りの二発、その一発目を激情のままに僕は日向さんの胸に打ち込んだ!
 
 か弱く、強く、優しく、幸せそうな寝顔。まるで眠れる森の少女のようだった。朝日が黒髪を照らし、少しオレンジ色に輝く。それは静かだった。僕の美しい人形はもう二度と目を覚まさない。

 彼女だった体から光の玉がこぼれていく、こぼれていく、僕の幸せな想い出と共に。僕は日向さんの亡骸なきがらを抱き上げ、朝日に向かってメリッサに背を向けた。それが精いっぱいの意地だった。日向さんに対する想いの証明だった。

「お前の初恋の人……だったんだろ……?」
「……メリッサ。すまない……僕を……お願いだから、一人にしてくれないか……頼む!」
「わかった……!」

 朝日が僕たちを照らし続ける。日向さんは光り輝き、羽の生えた天使のようだった。僕は一人泣き続けた、メリッサにはこの涙は見せたくない、愛する女性のために流す涙を、愛している女性に見せたくない。この想いはずっと僕の胸にしまっておく。

 すまない日向さん……、君との想い出は僕の宝物だったよ、君をこんな状態で抱きしめたくなかった。でも、僕は選んでしまった。君よりメリッサへの未来を。

 だから、僕は大切な宝物をそっと胸の奥にしまい込む。彼女の亡骸が光となって消える。その刹那、僕は衝動にかられた、──そうだ、残りのたった一発の弾丸が残ってる! 僕は僕を許せない。だから、僕は銃を自分のあごに銃口を向ける。そして……、

 ……僕は銃を投げ出した、そんなことをしてはいけないんだ! それは彼女の生命いのちへの侮辱になる。生きる、日向さんの分まで、罪を背負って、あの彼女の軽い体を抱きしめたまま、ラグナロクの最後まで生き続けるんだ……!

 そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ、僕が僕を許せない。だからどんなにつらくても苦しくても生きるんだ。メリッサと共に──。

 やがて、力なく僕はその場に泣き崩れた。

────────────────────────────────────

 ──僕は中学校の卒業式を迎えた、僕の胸に秘められた言葉、想い、全部彼女にぶつけたかったんだ。それはちょっとした勇気。僕には必要だったもの、これから必要な物、だって僕は彼女が好きだから。

 彼女の名前は日向直子、大人びた女の子でとても美人で男子に人気がある、鈍くさい僕を色々世話してくれている素敵な人だ。僕は彼女に恋をしている。高校を卒業するともう二度と会えないかもしれない、だからこの想いをぶつけなきゃ。そうじゃなきゃきっと後悔する……。

 教室の中、僕は日向さんの前に立った。

「もう卒業だね……」

 彼女はつぶやいた。

「いろいろあったけど、この三年間楽しかったね。ありがとう佑月くん。高校生になっても連絡取り合おうね」

 彼女の思いを感じながらも……僕は緊張して何も言えない、彼女の前で固まってしまっていた。

「あの……」
「それじゃあ佑月くん、バイバイ……」

 彼女が立ち去ってしまう。走馬灯のようにゆっくりと……! 言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ……!

 時が静かに流れ、日向さんが僕の目の前から遠ざかっていく、彼女が教室から姿を消そうとした、その瞬くときに、僕は重く閉ざされていた心を開く……!

「あのっ!」

 僕が叫ぶ、彼女がゆっくり振り返った、そして……!

「好きだ……」
「え……?」
「好きだ、僕は日向さんのことが好きだ!」

 教室のクラスメートが全員こちらを向いた。日向さんは顔を赤らめながら、わあっと泣き出してしまった。言えた、やっと言えた僕が秘めていた想い。これでいいんだ、この後どうなろうとかまわない。彼女のため言ったんだ。僕にけじめをつけさせるために。

「日向さん、あの……」
「……ぅ……っ、ごめんなさい……。泣いちゃって、違うんだよ、嬉しいんだよ。きみずっと言ってくれなかったから、私の言ってほしかった言葉。そう、……う、わ、私も佑月くんのこと好きです……ずっと言えなかったけど、ずっと好きでした。……ありがとう、佑月くん、佑月君……!」

 教室から歓声が沸き上がった。僕たち二人は恥ずかしそうにしている立ちすくんでいると、みんなから手荒い歓迎を受けた。なんだかこそばゆく僕はただ笑っていた、そう直子も笑っていた。ああ……、これが青春、青春なんだ。

 高校生になってしまった。直子とは別の学校だ、でも今は携帯がある、一日中つながっていられる。彼女とデートの待ち合わせだった、直子を待っていると黒い髪の外国人に道を尋ねられた。まったく言葉が通じなかったが、僕は身振り手振りで居場所を伝えた。

 そうしたら、横断歩道の向こう側、信号が青に変わり、直子がやってきてくれた。

「おーい佑月くん!」
「こっちだよ直子!」

 ──直子は嬉しそうに走ってきた。

 息を切らす直子、彼女の汗が美しくまばゆく輝いていた綺麗な僕のカノジョ、たった一人だけの女性、それが直子だった。だが直子は不満そうに僕をにらんだ。

「……今の女の人誰?」
「ん? ただ、道を聞かれただけだけど」
「本当ー? 浮気じゃないでしょうね……」

 直子はこう見えて嫉妬深い。だから僕は浮気しないよういつも気をつけている、当然だろ愛しているんだから。きっちり言わなきゃわからないやつだから、僕はちゃんと言うんだ。

「違うよ、僕が愛しているのは直子だけだよ」

 ふーんとうなり、眉を上げてこちらを見ると、いきなり唇を近づけてき、そして一言。

「浮気は許さん。私の唇を忘れないように」

 僕たちは甘い口づけをする、そして直子と腕を組む、傍から見ればバカップルだが僕たちは幸せだった。

 僕たちが社会人になると、仕事ほしさに都会へと向かった。地方では仕事がない。見慣れた場所から離れて少し不安だったが、直子が一緒だから平気だった。実は彼女と同棲していた。仕事は精神的にきつかった。だけど直子がいつも励ましてくれ、時には褒めてくれる。

「すごいじゃない佑月、やったじゃん。だから愛してるんだな、なーんて、さ、へへ……」

 彼女は照れ笑いをしながら、口づけしてくれた。愛してる……その言葉でどんな敵とも戦えるような気がした。そんな三文恋愛歌の詞を信じていた。それが若さの証明だった。

 20代中頃、僕と直子の子どもができた。最初は戸惑っていたものの順調に成長している。僕は直子の支えで仕事を頑張って、なんとか中小会社に就職できた。収入は厳しいが直子がきっちりやりくりしてくれている。子どもが幼稚園に入る頃には、直子はパートをして、家庭を支えてくれた。

 どこにもあるだろう家庭。普通の暮らし、それで良かった。そうしてある日のことだった。

「パパー見て」

 僕たちの娘が走ってやってくる。直子そっくりの僕の愛する我が子。この子の走る音に胸がおどる。大切な僕と直子の子どもだ。僕は思わず頬が緩みこの娘を抱きしめた。そしてこの娘はこう言ってくれた。

「幼稚園で絵を描いたの、パパとママの絵!」

 そこにはパステルカラーで、家族みんなの笑顔の絵が描かれていた。後ろには花が描かれていた。太陽のもとに笑った僕たち家族。あまりの嬉しさに僕は天国にいる心地だった。

「パパー」
「なんだい?」
「パパ、いつもお仕事ありがとう!」

 ……胸が熱くなった。最高の気分だった。このために僕は生きて来たんだ。そう思えた。直子もその絵を気にいってくれて、額縁に入れて壁に飾っている。そしてそれを見ながら、直子はそっと告げた……!
 
「……佑月、君の事、愛して良かった……」

 もちろん僕の答えは決まっている。

「……僕もだよ直子」

 娘に見られないようにしながら二人熱いキスをする、この愛は永遠だ、この幸せをずっと守っていく。──そう僕は神に誓った。これが幸せ、普通の幸せ。僕が欲しかった未来。だった……。
 
 
─────────────────────────────────────

 ……だが、ただ、僕は一人山の中、そういう夢を見ながら泣いていた。そう泣いていた、自分の罪を洗い流すように……。
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