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スナイパー同士の戦い
第六十六話 青春時代③
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「うっす、今日も佑月くんはご機嫌だねー、カノジョでもできた?」
「僕はいつも通りだよ」
「……うん、知ってる」
日向さんは朗らかに笑い、しかも熱っぽい視線を出しているように思えてならない。あれからというものの幾月も流れて、僕たちはすっかり仲が睦まじくなっていた。
「おい、日向と池田お前ら相変わらず新婚気分だな」
少し離れた席から男子生徒からの茶々が入った。それに対し彼女は眉を柔らかくあげて応える。
「ほほっ、やっかんでんの。あんたらもカノジョ作りなよー」
「なんだよその上から目線は」
「調子に乗ってんじゃねーぞ」
「すっかり女になっちまって、かあ、やだねえ」
男子生徒たちは笑いながら、僕たちの仲をいじってくる、それに僕は頬が紅潮しているのか顔が熱くなってうつむいた。
それを見た日向さんは少しため息をついて「なんなのその態度、いまさらじゃない」と言いながら、自分の手を結んで胸元からぐっと前に伸ばし、少し上目遣いでこちらを見た。
「だって僕ら付き合ってないじゃない……」
「あーはいはい、そうですねー。いつになったら私をもらってくれるんですかねー?」
そう冗談交じりに声を上げると、教室の女子が「わーっ」っと黄色い声援を上げる。もはや公式のカップルだ。
「えっとさ、日向さん冗談でもそういうこと言うと誤解されるよ」
「誤解されるために言ってるんじゃない、それともなに、私、そんなに魅力ない?」
笑顔で僕の顔を下から上目遣いで見て、あごを引き、頬に手を当てていた。
「……日向さんは魅力的だよ」
「で、他には?」
彼女にまっすぐ見つめられると何も言えなくなる。僕は顔を背けて、あまりにも魅力的に育った女性を真正面から見つめ返すなんて僕にはできやしない。
あれから2年、日向さんは美しい少女へと磨きがかかっていた。3年生ともなれば高校生と見わけもつかない見た目をしている女の子が中にはいる、彼女がまさにそうであった。
唇はふっくらとし、おしゃれに気を使っているのかショートヘアーがさらさらと音がするようになびかせて、黒髪の艶やかさは漆が塗られているようだ。
体も随分と成熟して、すっかり女性へと変化してしまっている。目を定めるとこに困るくらいだ。シャンプーのいい匂いがして、しっとりとした肌に光が当たると少し日焼けした真珠みたい。
可憐な少女からから妖しげな魅力を放つ女に変貌してしまった、そのことに最近の僕は戸惑いを隠せない。
仲は良かったがキス一つしたことがなかった、日向さんが冗談交じりに唇を近づけると、あまりにも恐れ多くて、僕は逃げてしまっていた。彼女は積極的だ、隙があれば一線超えようとしていた、それに対して僕は何一つ答えることなく、時間だけが過ぎていった。
「で、これからどうしたい? 佑月くん?」
「ええっ──⁉」
「ばーか、進路の話だ、この、むっつりスケベ」
軽く鼻を鳴らし、日向さんはちらりと舌を外に出した。
「し、進路なら別に僕は行ける高校に行くだけだよ」
「ええっ、まだ決めてないの、私県外の体育系高校に行くって言ってたよね」
少し不機嫌そうに、こちらをたしなめる。
「日向さん、そこ、学力レベルが高いって言ってたよね」
「うんうん」
「……」
「他には……?」
「その……」
僕がそのあと言葉に詰まらせると、彼女は眉をひそめた。
「ねえ、きみ、勉強してないよね?」
「……うん」
「……!」
今度は日向さんが言葉に詰まらせた。そしてため息をついて、「早く決めないと、担任に怒られるよー」と少し間延びした言い方で、不満そうに自分の席に座ってしまった。
手早く鞄から机に教科書と参考書を出して、それを眺めていた。彼女はスポーツ推薦だから勉強する必要がないのだが、なぜだか最近勉強にいそしんでいる、しかし、顔に少し影を落としていた。
──────────────
「あのさあ、ねえ、なんで私のところに勉強を聞きに来ないの?」
「……」
夏休みが明けたころ、日向さんは僕の机をたたき言い放った。
「それはその……」
言葉が出てこない僕に、言い訳などさせてはくれなかった。
「私体育推薦でレベルの高い進学校に行くって言ったじゃない!」
「……そうだね」
「なら、私に勉強聞きに来てよ! そのために勉強してるんだよ!」
「そう……なの……?」
「ねえ、そんなに私が嫌い? 私ってそんなに魅力ないの?」
「僕は……」
涙目で訴える彼女にやさしい言葉をかけるでもなく時間だけが止まってしまい、気が付いたときは彼女は僕の前から立ち去った後だった。僕は彼女に何もしてやれない、好きという言葉を伝えるなんておこがましいこと。
僕は普通以下の男子生徒だ。たまたま彼女と出会えて、たまたま彼女と親しくなっただけ、それだけだ。だから僕たちは離れる彼女のために。
僕は何をするでもなく、何がしたいでもなく短い時間をただ流していくだけであった。そして秋ごろ、紅葉が地面を赤く染めており、日向さんは校庭で憂鬱げにしていた。僕がどうしたのと声をかけると、彼女は何でもないと言う。その理由は僕なりにわかっていたつもりだ。
ただ隣にいる女の子が眩しくて近づけなかった。太陽に近づくと蝋の翼は溶けてしまう。僕は空へと飛び立てずに地表すれすれに滑空していた。それをどう意味するかは分かっていながらもどうしようもない。
僕は本当なら彼女に近づく資格すらない、たまたま同じ学校で、同じクラスになって、そのまま3年間月日だけが積み重なっていた。僕にとっては短い3年だったが、彼女にとっては長い3年だったのだろう、すっかり僕の手の届かないところに彼女はいた。
日向さんは県体陸上でトップを取り続けて、全国大会でも五本の指に入る選手となっており、勉学もともに申し分ない。毎回クラス委員長を務め、今や生徒会長。かたや、堕落した一男子生徒、釣り合うはずもなかった。
僕たちにとって中学は時間が少なかった、もっと多ければ、僕にも準備できた、大人になれたと言い訳したくなるが、隣にいる女性が僕のカノジョになるとは想像もつかなかった。卑屈ではなく、現実を考えて、彼女は余りにも僕にとって美しすぎたのだ。
「もう、終わりだね……」
そうどこともなく日向さんは呟く。
「そうだね、中学ってあっという間だね」
「……そうね」
彼女は僕の方向に顔を向けなかった。
「ねえ、佑月くん、最後くらいはきちんとしましょ」
「──えっ」
「……私の事、好き? 嫌い?」
「……」
直球だった、彼女らしいけじめのつけ方なのだろう、それに対し僕は──
「──好きだよ」
「それはlike、loveどっち?」
「僕は……、僕は……!」
それっきり言葉が出てこない。重圧感のある空気が流れてきて、僕は押しつぶされそうだった。何も言えない、言っていいものでもない、これで僕が思い描く様な夢のような未来を選ぶほど自分は軽薄ではなかった。いや、僕には選べなかったが正しい。
「そう──」
こちらに顔を向けて、彼女は険しい顔で勢いよくまくし立てる。
「もしかして、きみ、私と釣り合わないとか、身分が違うとか、そんなこと考えてるでしょ、それって卑怯よ! だって、私はきみが何考えてるのか、あれこれ一生懸命考えて、きみが反応しやすいように私なりに頑張ったんだよ、正直に一言ぐらい気持ちを伝えてくれてもいいじゃない!」
「ごめん」
「そう……か…、そう……なの……」
彼女は空を見上げて静かな時が流れ、そののちに明るいトーンで言葉を紡いでいく。
「私きみとの毎日楽しかったよ、毎日がイベントで、フェスティバル、充実してた、ただ、最後くらいは青春時代の強烈な思い出一つ残してほしかった、──ただそれだけ」
「……僕も充実してた」
「なら、待ってる……!」
その時日向さんはこの場から飛ぶがごとく、僕の前から立ち去った、僕に残ったのは苦しみ、これが何を意味するのか知っていたのに。無口な校舎が僕に立ちはだかる。憎々しい学校、日向さんと出会わなければ、彼女を傷つけることはなかった。
彼女と歩く未来なんてありえないのに、若いというだけでめぐり合わせる、残酷な校舎を僕は蹴り飛ばす。僕は彼女が好きだ。だから、別れるんだ。僕なんかが彼女を幸せにできるはずないだろ、ふざけるなよ!
ただ僕は固いコンクリート柱を蹴りつける。出会わなければ良かった、そうすればこんな苦しみも涙もなかっただろうに……!
だから結局、日向さんの気持ちに応えることはできなかった、当たり前だ僕は彼女にふさわしくない。それからというものの僕は彼女を避け始めた。
……初めから出会わなければよかったんだ、それならこんな鬱々とした毎日を送ることもなかったのに。これが僕なりの精一杯のけじめだった。……彼女は僕にあまりにも眩しすぎる。──涙が出てくるほどにね。
桜が舞い散る卒業式、彼女は僕を決して振り返らなかった、彼女は自分の道を信じて駆け上がる、僕はそれを遠くから祈る、それくらいしかできなかった。そして時は流れ、十五年後、日向さんが結婚したとはがきが実家に届いたとき、ただ、後悔しかなかった。
あのとき一言でも言葉をかけていれば、僕の未来は違ったのだろうか……? こんな底辺で這いずり回ってる自分が情けなくて、例えば外国に行って違う自分に変わりたかった、でもできなかった。
やがて、命が途絶え、この異世界へとやって来たのだ。その世界の果てでまた彼女と出会ってしまった。
僕は少し変わっただろうか? 例え変わっていたとしても日向さんに合わせる顔がなかった。しかし、その日向さんが今ここにいる。
「……久しぶりだね」
落ち着いてお互いに銃を下ろし、霧の中二人っきりで立っていた。
「久しぶり……」
僕は言葉を紡いでいくのに難儀した。彼女は何故か僕たちの中学校の制服を着て中学生のままの姿の、美しい少女だった。
「ねえ、お互いに話すことあるでしょ、ちょっと休まない?」
「ああ、そうだね」
──そう言って二人、岩場に座った時、すっかり霧は晴れていた。
「僕はいつも通りだよ」
「……うん、知ってる」
日向さんは朗らかに笑い、しかも熱っぽい視線を出しているように思えてならない。あれからというものの幾月も流れて、僕たちはすっかり仲が睦まじくなっていた。
「おい、日向と池田お前ら相変わらず新婚気分だな」
少し離れた席から男子生徒からの茶々が入った。それに対し彼女は眉を柔らかくあげて応える。
「ほほっ、やっかんでんの。あんたらもカノジョ作りなよー」
「なんだよその上から目線は」
「調子に乗ってんじゃねーぞ」
「すっかり女になっちまって、かあ、やだねえ」
男子生徒たちは笑いながら、僕たちの仲をいじってくる、それに僕は頬が紅潮しているのか顔が熱くなってうつむいた。
それを見た日向さんは少しため息をついて「なんなのその態度、いまさらじゃない」と言いながら、自分の手を結んで胸元からぐっと前に伸ばし、少し上目遣いでこちらを見た。
「だって僕ら付き合ってないじゃない……」
「あーはいはい、そうですねー。いつになったら私をもらってくれるんですかねー?」
そう冗談交じりに声を上げると、教室の女子が「わーっ」っと黄色い声援を上げる。もはや公式のカップルだ。
「えっとさ、日向さん冗談でもそういうこと言うと誤解されるよ」
「誤解されるために言ってるんじゃない、それともなに、私、そんなに魅力ない?」
笑顔で僕の顔を下から上目遣いで見て、あごを引き、頬に手を当てていた。
「……日向さんは魅力的だよ」
「で、他には?」
彼女にまっすぐ見つめられると何も言えなくなる。僕は顔を背けて、あまりにも魅力的に育った女性を真正面から見つめ返すなんて僕にはできやしない。
あれから2年、日向さんは美しい少女へと磨きがかかっていた。3年生ともなれば高校生と見わけもつかない見た目をしている女の子が中にはいる、彼女がまさにそうであった。
唇はふっくらとし、おしゃれに気を使っているのかショートヘアーがさらさらと音がするようになびかせて、黒髪の艶やかさは漆が塗られているようだ。
体も随分と成熟して、すっかり女性へと変化してしまっている。目を定めるとこに困るくらいだ。シャンプーのいい匂いがして、しっとりとした肌に光が当たると少し日焼けした真珠みたい。
可憐な少女からから妖しげな魅力を放つ女に変貌してしまった、そのことに最近の僕は戸惑いを隠せない。
仲は良かったがキス一つしたことがなかった、日向さんが冗談交じりに唇を近づけると、あまりにも恐れ多くて、僕は逃げてしまっていた。彼女は積極的だ、隙があれば一線超えようとしていた、それに対して僕は何一つ答えることなく、時間だけが過ぎていった。
「で、これからどうしたい? 佑月くん?」
「ええっ──⁉」
「ばーか、進路の話だ、この、むっつりスケベ」
軽く鼻を鳴らし、日向さんはちらりと舌を外に出した。
「し、進路なら別に僕は行ける高校に行くだけだよ」
「ええっ、まだ決めてないの、私県外の体育系高校に行くって言ってたよね」
少し不機嫌そうに、こちらをたしなめる。
「日向さん、そこ、学力レベルが高いって言ってたよね」
「うんうん」
「……」
「他には……?」
「その……」
僕がそのあと言葉に詰まらせると、彼女は眉をひそめた。
「ねえ、きみ、勉強してないよね?」
「……うん」
「……!」
今度は日向さんが言葉に詰まらせた。そしてため息をついて、「早く決めないと、担任に怒られるよー」と少し間延びした言い方で、不満そうに自分の席に座ってしまった。
手早く鞄から机に教科書と参考書を出して、それを眺めていた。彼女はスポーツ推薦だから勉強する必要がないのだが、なぜだか最近勉強にいそしんでいる、しかし、顔に少し影を落としていた。
──────────────
「あのさあ、ねえ、なんで私のところに勉強を聞きに来ないの?」
「……」
夏休みが明けたころ、日向さんは僕の机をたたき言い放った。
「それはその……」
言葉が出てこない僕に、言い訳などさせてはくれなかった。
「私体育推薦でレベルの高い進学校に行くって言ったじゃない!」
「……そうだね」
「なら、私に勉強聞きに来てよ! そのために勉強してるんだよ!」
「そう……なの……?」
「ねえ、そんなに私が嫌い? 私ってそんなに魅力ないの?」
「僕は……」
涙目で訴える彼女にやさしい言葉をかけるでもなく時間だけが止まってしまい、気が付いたときは彼女は僕の前から立ち去った後だった。僕は彼女に何もしてやれない、好きという言葉を伝えるなんておこがましいこと。
僕は普通以下の男子生徒だ。たまたま彼女と出会えて、たまたま彼女と親しくなっただけ、それだけだ。だから僕たちは離れる彼女のために。
僕は何をするでもなく、何がしたいでもなく短い時間をただ流していくだけであった。そして秋ごろ、紅葉が地面を赤く染めており、日向さんは校庭で憂鬱げにしていた。僕がどうしたのと声をかけると、彼女は何でもないと言う。その理由は僕なりにわかっていたつもりだ。
ただ隣にいる女の子が眩しくて近づけなかった。太陽に近づくと蝋の翼は溶けてしまう。僕は空へと飛び立てずに地表すれすれに滑空していた。それをどう意味するかは分かっていながらもどうしようもない。
僕は本当なら彼女に近づく資格すらない、たまたま同じ学校で、同じクラスになって、そのまま3年間月日だけが積み重なっていた。僕にとっては短い3年だったが、彼女にとっては長い3年だったのだろう、すっかり僕の手の届かないところに彼女はいた。
日向さんは県体陸上でトップを取り続けて、全国大会でも五本の指に入る選手となっており、勉学もともに申し分ない。毎回クラス委員長を務め、今や生徒会長。かたや、堕落した一男子生徒、釣り合うはずもなかった。
僕たちにとって中学は時間が少なかった、もっと多ければ、僕にも準備できた、大人になれたと言い訳したくなるが、隣にいる女性が僕のカノジョになるとは想像もつかなかった。卑屈ではなく、現実を考えて、彼女は余りにも僕にとって美しすぎたのだ。
「もう、終わりだね……」
そうどこともなく日向さんは呟く。
「そうだね、中学ってあっという間だね」
「……そうね」
彼女は僕の方向に顔を向けなかった。
「ねえ、佑月くん、最後くらいはきちんとしましょ」
「──えっ」
「……私の事、好き? 嫌い?」
「……」
直球だった、彼女らしいけじめのつけ方なのだろう、それに対し僕は──
「──好きだよ」
「それはlike、loveどっち?」
「僕は……、僕は……!」
それっきり言葉が出てこない。重圧感のある空気が流れてきて、僕は押しつぶされそうだった。何も言えない、言っていいものでもない、これで僕が思い描く様な夢のような未来を選ぶほど自分は軽薄ではなかった。いや、僕には選べなかったが正しい。
「そう──」
こちらに顔を向けて、彼女は険しい顔で勢いよくまくし立てる。
「もしかして、きみ、私と釣り合わないとか、身分が違うとか、そんなこと考えてるでしょ、それって卑怯よ! だって、私はきみが何考えてるのか、あれこれ一生懸命考えて、きみが反応しやすいように私なりに頑張ったんだよ、正直に一言ぐらい気持ちを伝えてくれてもいいじゃない!」
「ごめん」
「そう……か…、そう……なの……」
彼女は空を見上げて静かな時が流れ、そののちに明るいトーンで言葉を紡いでいく。
「私きみとの毎日楽しかったよ、毎日がイベントで、フェスティバル、充実してた、ただ、最後くらいは青春時代の強烈な思い出一つ残してほしかった、──ただそれだけ」
「……僕も充実してた」
「なら、待ってる……!」
その時日向さんはこの場から飛ぶがごとく、僕の前から立ち去った、僕に残ったのは苦しみ、これが何を意味するのか知っていたのに。無口な校舎が僕に立ちはだかる。憎々しい学校、日向さんと出会わなければ、彼女を傷つけることはなかった。
彼女と歩く未来なんてありえないのに、若いというだけでめぐり合わせる、残酷な校舎を僕は蹴り飛ばす。僕は彼女が好きだ。だから、別れるんだ。僕なんかが彼女を幸せにできるはずないだろ、ふざけるなよ!
ただ僕は固いコンクリート柱を蹴りつける。出会わなければ良かった、そうすればこんな苦しみも涙もなかっただろうに……!
だから結局、日向さんの気持ちに応えることはできなかった、当たり前だ僕は彼女にふさわしくない。それからというものの僕は彼女を避け始めた。
……初めから出会わなければよかったんだ、それならこんな鬱々とした毎日を送ることもなかったのに。これが僕なりの精一杯のけじめだった。……彼女は僕にあまりにも眩しすぎる。──涙が出てくるほどにね。
桜が舞い散る卒業式、彼女は僕を決して振り返らなかった、彼女は自分の道を信じて駆け上がる、僕はそれを遠くから祈る、それくらいしかできなかった。そして時は流れ、十五年後、日向さんが結婚したとはがきが実家に届いたとき、ただ、後悔しかなかった。
あのとき一言でも言葉をかけていれば、僕の未来は違ったのだろうか……? こんな底辺で這いずり回ってる自分が情けなくて、例えば外国に行って違う自分に変わりたかった、でもできなかった。
やがて、命が途絶え、この異世界へとやって来たのだ。その世界の果てでまた彼女と出会ってしまった。
僕は少し変わっただろうか? 例え変わっていたとしても日向さんに合わせる顔がなかった。しかし、その日向さんが今ここにいる。
「……久しぶりだね」
落ち着いてお互いに銃を下ろし、霧の中二人っきりで立っていた。
「久しぶり……」
僕は言葉を紡いでいくのに難儀した。彼女は何故か僕たちの中学校の制服を着て中学生のままの姿の、美しい少女だった。
「ねえ、お互いに話すことあるでしょ、ちょっと休まない?」
「ああ、そうだね」
──そう言って二人、岩場に座った時、すっかり霧は晴れていた。
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