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砂城の愛

第五十一話 砂城の愛

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「だって……止めることができなかった……愛しているって抱きしめられてキスされたら……止められなかった……」

 ──ミリアが呪文のようにつぶやく、まるで壊れた玩具の人形のように。

「それでも止めるべきだったんだ! ヴァルキュリアは神だ、その神性を損なうことをしてはならない。他人と一つになろうとすると相手をヴァルハラの槍が顕在化けんざいかして貫く、どんな相手でも殺す。ヴァルキュリアは他人と一つになれないんだ!」

 叫び声が響く。え? メリッサ、どういうことだ? ヴァルキュリアとは一つにはなれないだって!? じゃあ、僕とメリッサは一つになれないのか?

 僕は言っていることが理解できなかった。心が凍りついた気分だ。僕の描いた幸せの光景が音を立てて崩れていく。こんなにも愛しているのに僕は彼女と子どもを作ることができないのか? 本当の家族になれない。なんだそれ、きいてないぞ。僕の幸せは一体どこに行くんだ?

「嫌……こんなの嫌……メンフェスを返して……メンフェス……!」

 ミリアはぽろぽろと涙をこぼす。泣き叫び、部屋に悲鳴がこだまする。

「しっかりしろ! ミリア・ヴァルキュリア!」

 メリッサは必死に励ます。同じヴァルキュリアだから同情しているのかな。僕にも説明をしてくれないか、メリッサ。君と僕とも繋がれないんだろう、何か言ってくれないか?

「コメディショーはどうだったかな? おじさんたち」

 扉が開き、いつもミリアに花を摘んでじゃれていた黒髪の男の子が部屋の中に入ってきた、ずいぶん愉快そうに、笑っている。

「エインヘリャル! お前……!」

 メリッサがじろりとにらみ、黒い髪の男の子に敵意丸出しにする。エインヘリャル? この子が?

「知ってたかい? お姉さん。この世界では、結婚式を挙げたときからその伴侶には継承権が与えられるんだ。つまり、城主の一人息子が死んだとき、その嫁がその領地を継承する」

 男の子のエインヘリャルが楽しそうに語っている。

「この領地が目的で、自分のヴァルキュリアを近づけたのか汚い真似を……!」

 メリッサが怒り混じりに言葉を投げつけた。

「はじめましてお姉さん。僕の名前はセルモア。見ての通り子ども何でね、色々と大変なんだ、わかってよ」

 セルモアと名乗った男の子はさも嬉しそうに語り始めた。

「教会団が怪しい動きをしているのはここにある教会を調べればわかった。卑怯じゃないか、この世界の人間を動員して殺そうとするなんて。なら、こちらも手も打たなきゃってね、対抗手段として権力を手に入れようと考えてね、ミリアを城主の息子に近づけたんだ」

 甲高い声でセルモアが僕らを嘲笑ちょうしょうする、あたりに殺気が充満した。

「見事にコロッと転んだね。男ってバカだねえ、救いようがない。そしたら計画通り結婚式を挙げることになったんだけど、他のエインヘリャルが来たのはちょっと焦ったよ。どうしたものかと思ったら、そのおっさんもコロッと転んで、大人ってホントバカだねえ」

「本当なのかミリア?」

 何かもが信じられない僕はミリアに尋ねた。

「違う……違う……私はユヅのこと本当に友達だと思っている、違うの信じて!」

 僕にすがるようにミリアは言葉をつないでいく。だがそれをセルモアはあざ笑う。

「あはは! だから君はバカなんだよミリア。こんな生存戦争のルールの中で友情なんてカスに決まっているだろ。よく考えろよ」

 セルモアは笑い続けた。流石に僕も怒りで手が震えてきた。コイツ……! 奴の嘲笑をさえぎるようにメリッサは言葉を投げかけた。

「それで、この状況をどうするつもりだ。佑月とサシで勝負するつもりか」
「まあ待ちなよ、役者たちが来るから、ほら来た──」

 大勢の足音が聞こえる、すぐに貴族と武装した騎士たちが入ってきた。見るに百人はゆうに超えている。

「これはいったい、ミリア様!?」
「メンフェス様が……なんということを!」

 観衆は口々に叫ぶ、そうしてにこやかにセルモアがミリアに言葉を投げかけた。

「さあ、言うんだ! ミリア! わかっているよな?」
「嫌……私……言いたくない……!」
「言うんだ! ミリア!!!」

 そうセルモアが脅すとミリアは泣きながら僕を指さし、

「こいつ……こいつがメンフェスを殺したの……私に横恋慕してメンフェスを殺したの……」

 と言った。何をしゃべったのかはわからなかった、だが、あたりがざわめく、そして、僕は観衆達の行動で悟った。──はめられたと。

「なんだと! 皆のものメンフェス様のかたきを取れ!」

 騎士たちが剣を抜く、一気に部屋に一触即発の空気にセルモアが畳みかけた。

「さあどうする? ここの騎士と貴族合わせて千人はいるよ。どう戦ってくれるかな」

 僕は少し目をつぶる。そしてメリッサにつぶやいた。

「――ヴァルキュリア、僕に力を貸せ」
「――イメージしろ。お前は何を思い描く?――」

 僕はメリッサからサーベルを受け取った。そして裸のミリアをシーツでくるみ、ミリアの首にサーベルを当てこう叫んだ。

「ミリアの命は我々が預かった! ミリアを殺されたくなければ道を空けろ! メリッサ……!」
「この者の命は預かったお前たちそこをどけ!」

 メリッサに通訳してもらって、貴族、騎士たちを脅す。脅すためにはこの世界の住人に武器だとわかるようなもので脅さなければならない、銃では訳のわからないおもちゃに見えて効果はないかもしれない。だとすれば、サーベルは言葉が通じなくても脅しに十分効果的だろう。

「ミリア様を人質に取るつもりか! なんと汚いやつ!」

 周りから怒号が投げ込まれた、しかしミリアは抵抗しない。

「道を空けろ! 邪魔だどけ!」

 メリッサが叫びこちらの意思を伝えた。

「あはは! そう来るとは思っていなかったよ! おじさんおもしろいねえ!」

 笑い声が後ろから響いてくる。僕たちは周りをかき分け必死に逃げ道を探した、くそ、この道は知らない! 手探りでメリッサたちを連れて走る、逃走の道中、人がいない場所を見つけ、メリッサがその中を飛び込もうとすると、僕は何か不安を感じた。

「メリッサ待て! 異様な雰囲気がする」
「異様な雰囲気……? 確かに、しかしお前なんでそんなことまで……」

 結婚式だからろくに警備していないのはわかるが、ここまで静かなのは変だ。あたりを見渡していると、前から道を塞ぐように騎士が二人やってくる。

「おのれくせ者! ミリア様を放せ!」

 そう言って道の空間に躍り出ると走り込む、二人に騎士の足下から耳を切り裂かんばかりの地響きが鳴り響く。地面から炎柱が上がり騎士たちは炎に包まれた。

 肉の焼ける匂いと鉄が焼け焦げていく独特の匂い、そしてとてつもない熱気が周りに立ちこめた。あっという間、そう、一瞬にして騎士たちは消し炭へとなってしまった。

「正解、よくできました」

 後ろのほうでセルモアの笑い声が聞こえる、これがやつの能力か! あわてて、僕らは来た道を引き返し、騎士たちをかき分け中央の庭園へとたどり着いたのだった。
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