ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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ザメハの笑み

第四十一話 選択そして

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「さあ、どうする? おっさん」

 ザメハは少女にをあてて、そして首筋からうっすらと血が流れゆく。やつは本気だ……!

「勘違いしてないか? 赤の他人を人質に取っても僕には何も関係ない」
「じゃあ切り刻むところをみせてやる」

 すっと刃を当て引こうとすると瞬間に、

「ま、まて!」

 と、僕は思わず声をあげていた。何故だかわからない、だが僕にはどうでも良いはずなのに、ザメハを引き留めていた。──あったのだ、捨て切れていない情が。

「ほら、おっさんアンタはそういう類いだ。自分の理性では他人には無関心、でもどこか誰かを救いたい、誰かに感謝されたい、それで自我を保つタイプだ、ヒーローではないが人間を捨てられない、非情になりきれない。

 アンタが子どもの頃親に愛されなかったろ。そういう過去を持つ男は他人に認識されることでしか自分を見いだせない、自分を認識してくれる女にすがるそういう男だ」

「お前に何がわかる!」

 奴の言葉に僕は思わず叫んでいた。

「わかるさ。アンタと同じだ俺は」
「なに?」

 僕がザメハと同じだと? 全く逆じゃないか。

「俺、赤ん坊の頃親に捨てられた。粗末な孤児院で監視役に虐待を受けていた、自分が保てない。何故生きているかわからない。5歳の頃俺は破れかぶれで監視役を殺した。

 今でも覚えてるよ。憎い相手だったのにどこか罪悪感で押しつぶされそうな気持ちだった。でもそいつが息絶える瞬間どこか充実感があったんだ。

 そして気づいた、これは他人が俺を見てくれているんだ。最後に俺自身を見てくれたんだ。それがわかると嬉しかった。

 人は殺されたその最後の瞬間、殺した相手をじっと見る。やっと見てくれた、俺はここにいる。ここにいるって。快感だった、最高の気持ちだった。

 アンタは逆の立場だが本質は同じ、誰かに見て欲しいんだ。他人に認識されないと幸福感を感じられない。自分一人では幸せになれないそういうタイプだ」

 僕は子どもの頃両親に厳しく育てられた、貧しい家庭にとって子どもは唯一の希望だ。自分の子どもがこんな貧しい環境から救ってくれる、そう思って親は厳しく教育し子どもに期待する。

 僕はその期待に応えられなかった。レベルの高い幼稚園に入る試験で落とされた、それから両親に粗末に扱われた、毎日お前はバカだ、出来損ないだと、言われ続けた。両親は結局本当の意味で一度も僕を見てくれなかった。

 どこか遠くに行きたかった、外国に行けば自分を認めてくれる人がいるんじゃないかと思っていた。そして、死んだ後やっと一人の女性に出会えた、メリッサ、彼女だ。

 奴の言うとおり、人に感謝されたり人に褒められたりすると喜びを感じてしまう。だから他人を見捨てることができない、他人を見捨ててしまえば、僕自身を認識してくれる人がいなくなる。そういう強迫観念がどこかにあった。

 だが奴の言うとおりにこのまま銃を捨てると僕は殺されて、永遠におもちゃにされるだろう。きっとメリッサが探しに来る、メリッサと会えばエインヘリャルの法則で無抵抗にならざるをえない、そして僕の前で切り刻むだろう。

 ──それだけは僕が死んでも避けなければならない。

 非情の決断をしなければならなかった、少女を見捨てる。目をつぶった、思いを巡らせて、どことなくただよう嫌な感覚、わかっていた、いつかこういう日が来ることを。僕は心で決めたんだ、──メリッサと共に生きること、どんな犠牲を払ってでも。やがて、ザメハは叫んだ。

「俺が5つ数えるうちにそのおもちゃを捨てろ、1!」

 それに対し、僕は冷静に静かに告げた。

「何か勘違いしてないか? 僕が5つ数えるうちに少女を放せ、1!」
「2」

 二人の声が重なる。

「3! 、4!」

 そして最後の瞬間が来る。

「5‼」

 ――「はい、残念賞」

 ザメハは少女の首すじを切った、ナイフは深く少女の柔肌を易々と切り裂く、赤い血が飛び散り、狭い空間に響き渡る少女の断末魔、地下室の中で反響していた。ザメハはただ笑っていた、狂ったように笑っていた、いや、最初から奴は狂っていたのだ。

 少女の体がゆっくりと崩れ落ちた、そしてザメハから離れたときぼくは銃を放つ! ドン! ドン! ドン! 空虚の銃声、空気が嘆いていた、これは行き場のない僕の叫びだ。ひとつひとつ弾数を舞い散る花びらを魂に重ねるように僕は数えた。

 七発、六発、五発!

 弾は奴の胸部を貫通し、轟音とともに体が壁へともたれかかれ、笑い声が消え、静かにこときれた。

 違う! これで終わりじゃない! まだだ、まだ弾は残っている! 四発! 三発! 二発! 一発!

 肉片が壁に飛び散り体はボロボロになる、これが奴にふさわしい姿だ。僕は肩で息をする。何も得ることのなかった手の感触だけが空しく残った。そうしてザメハの体が光に包まれていく、鬱屈うっくつした世界から雑音が消え去ったのだった。

 ──そして、僕の体から力が抜け、うなだれてしまい、うずくまった。

 これでよかったのか……?

 少女はこちらをにらみどうして助けてくれなかったの? という目で僕をじっと見つめている、やめてくれ、君を殺したのは僕じゃない。僕じゃないんだ。僕は少女の目を手で閉じる。

 メリッサ……君は僕をなじるだろうか、僕を叱るだろうか、軽蔑するだろうか。僕は誰も守れなかった……。

 会いたい……。早く、メリッサに会いたい。

 僕は血の気の引いた体でフラフラと宿を探し続ける、そうして夜が明け朝日が燦然さんぜんと現れた頃に、やっと宿を探し当てた。

 その時ゆっくりとキィっときしむ音を立ててドアを開かれると、メリッサが出迎えてくれた。

「どこにいってたんだ! 感知できないし、どこにもいないしずっと探していたんだぞ!」

 ハッとした表情でこちらを見た、僕の血に染まった姿を見て彼女は絶句していたようだ。

「血だらけじゃないか! なんで私を呼ばなかったんだ! 大丈夫か佑月!」
「僕は救えなかった……救えなかったんだ……!」

 僕は呪文のようにつぶやき続ける。メリッサは何も言わずに僕の体に手を回した。

「──大丈夫。私はここにいる。お前が帰ってくれればそれでいい……」

 彼女は僕を強く抱きしめ天使のように微笑んだ、僕はその映像を頭に刻むと、安心して、意識を失った……。
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