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ザメハの笑み

第三十八話 ザメハの笑み②

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 目が覚めると、あのザメハが僕の顔をのぞき込んでいた。

「おはよう、おっさん。また、おっさんと遊べて俺嬉しい」

 僕が死からよみがえるやいなや、赤毛で筋肉のついた若い男が目覚めの挨拶をする。問答無用で、ザメハに向かって即バースト射撃をおこなった。けたたましく銃声が鳴り響くが、ザメハは軽々しく空をとんでみせ、積まれた木箱の上に着地した。

「おっさん、目覚めから元気」

 くっ、残り26発、残弾が心もとない。どうする? なんとなく撃ってしまったが、また避けられてしまった。ひっそりと奴はまた闇へと身を潜め、殺気で空気が凍て付く、まったく気配が読めない。くそ、どうすればいいんだ⁉

「ザメハ、お前は暗殺者か何かか? 正々堂々真っ正面から戦う気はないのか」

 精一杯、ザメハを挑発するが、奴の嘲笑ちょうしょうだけが聞こえてきた。

「おっさん困ってる。俺ただの殺人鬼。五歳の頃から人を殺して生きてきた。みんな死は平等。貴族も、金持ちも、商人も、芸術家も、職人も、市民も、農民も、乞食も、女、子ども全部肉の塊。最後の瞬間絶望して苦しそうに死ぬの見るの快感。

 特に女、子ども殺すの楽しい。自分で守る力がないくせに無様に命乞いして何でもするとか言わせて遊ぶ、それで絶望をさせて苦しめるのは楽しい。人を殺すのは生きがい」

 マジで言っているのか。コイツどこまで頭がおかしいんだよ、……吐き気がしてきた。

「なぜそんなに人を殺してこの街で捕まらない? 警備は厳重のはずだ」

 治安のため牢にぶち込まれた経験がある僕には、当然の疑問が浮かび上がってくる、僕たちエインヘリャルでは言葉が通じないこの街で、どうやって暮らしているのか。

「俺言葉通じないから、困ってた。最初は肉屋やパン屋を殺して飯食っていた。そのうち兵士に捕まって教会に引っ張り出された。100人相手じゃ、どうしても、俺、殺しきれない。

 そしたら教会のおっさんに話がわかる奴がいて、自由に殺して良いと言われた。俺幸せ」

 教会に話が通じる奴がいる? どういうことだ、エインヘリャルはエインヘリャルかヴァルキュリアしか話が通じないと言っていた。


 まさかエインヘリャルが教会にいるのか? そもそもヴァルキュリアに男がいるとか聞いたことがない、それなら、メリッサがなにも教会相手に感知していないことがおかしい。僕だけじゃ判断しかねる情報だ。

 疑問が生まれたが今はコイツをどうやった倒すかを考えなければならない、罠を仕掛ける余裕はない、制圧射撃をおこなって確実に仕留めるには残弾が心許ない、奴の身体能力は異常だ。

 奴の短剣さばきも洗練されており、とても僕の動体視力ではとらえきれない。言いたくないが奴は暗殺のスペシャリストだ、一対一での戦いではこの上ない強敵。

 しかも僕の戦い方は見えない敵をとらえるのに向いていない、メリッサがいれば弓のエインヘリャルの時のように銃を交換して積極的に攻勢に出られるが、メリッサがいないんじゃあ仕方がない。

 メリッサを探すか? いや奴のことだ無抵抗のメリッサを真っ先に狙うだろう。僕はメリッサを傷つけることは絶対に避ける、メリッサは僕が守ると誓ったんだ。残り26発でコイツを仕留めなければ、……ああ、ならないな。

 で、どうする? もう一度考えるが、コイツの身体能力だけで勝利の方程式が思い浮かばない。僕にとって一番苦手な敵かもしれない、コイツと戦える作戦自体が思い浮かばないんだ。

 とりあえず奴の攻撃パターンがわかるまで自分も身を隠そう、僕は奴に対して反対側の道の角に体を隠して動向をうかがう。

 どこから出てくる……? 音が全くしない。夜の闇に街は静かに眠っている。辺りを見渡した、どこだ、どこから来る……?

 後ろを向いたその瞬間、布がはためく音がする、上か! 僕はとっさに銃を上空に構え、セミオートで撃った! ドンと銃声が鳴り響くとともにからりと薬莢やっきょうが固い石の床に落ちていく、辺りは静まりかえっている。


 奴にはあたらなかったが、少しひるませることができたんじゃないのか? その間に奴と間合いを取る、ここでザメハは獲物を逃がすまいと凄まじいスピードで追って来た。

 僕はトリガーを絞るが、ザメハは銃口から弾道を見切っているのか、かまわず走り込んでくる、そして僕に向かってショートソードを振り下ろしてくる!  僕はMP7A1でなんとか刃を止めた。硬質な固い物同士ががちりと、ぶつかった音がした。

 僕は奴に対して蹴ろうとしてきた、だが、ザメハは距離を取り構え直しこちらへと向かってくる! 身体能力でこれほど差があるのか、くそ、自分の不健康さが嫌になってきたぞ。

 僕はバースト射撃で奴を攻撃する、ガガガとなだれ込んでいく銃弾、しかし、奴は横に移動し難なく避けていく! 後21発、ザメハは身を隠しまた闇に体を潜めた。

 ──息のつく間のない攻防。心臓が止まっててよかった、心臓が動いていたら呼吸困難でぶっ倒れていたところだ、危ないな。自嘲じちょう気味に僕は笑ったが、奴はどこに行った?

 僕も木箱の裏に身を隠しザメハの動向をうかがった、辺りが静まったその時、ザメハはこちらに向かって直進してきた。

 工夫がない攻め方だが、最短距離で弾道を見切ってくるため、僕に対しては十二分に効果的な行動だ、奴に向かって銃口を定めると、それを見計らっていたのだろう斜めに移動し壁を蹴り大きく飛び上がり上空から僕を襲う!

 僕は銃を放つが弾はザメハの頬をかすめるのみ、奴はひるまず襲いかかってくる! 月影にきらめくショートソードの刃、MP7A1でショートソードを止めるが奴に力任せに倒され、上乗りで刃をこちらに向けてくる。

 蒼き月の光に照らされ僕の血がべっとりとついた刃が妖しく光り、どんどん僕の顔元へ近づいていく。僕はMP7A1の手を放し両手で奴の刃を止めようとするが、ザメハは片手でショートソードで突き刺そうとし、もう片方の手で僕の顔を殴りつけてきた!

 一方的になぶられる僕の頬。奴の攻撃を必死に止めようとするがなにせ筋力が違いすぎる、力任せに刃は喉元に突きつけられたので、僕は老婆相手に使った駆け引きであった、とっさに手を緩めることで、ショートソードをなんとか避ける。

 そうするとがちんと音を立て石畳にショートソードが跳ね返り奴の手元が狂う、そして、僕は頭突きを何度もぶつけ少し間合いができたところに、幾回も蹴りつける。

 殴られたせいで視界がぼやけ始めている。ザメハは体勢を立て直しこちらに向かって中腰に構えるが、──その瞬間だった。見えないほどの速さの剣先を操り、僕は頸動脈けいどうみゃくを切られてしまっていた。

「はい終了、おっさんの負けね」

 飛び散る血しぶき、体の力が抜ける。僕はMP7A1を拾い奴に一撃でも食らわそうとするが構えることもできず、石畳の地面に仰向けに倒れた。そんな……芸当もできるのか、間合いに入れば即死じゃないか、ずるいな、それは……。また意識を失いかけ、薄目で空を見上げた。

 月が蒼く光っている……。  
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