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僕とメリッサの戦い

第二十九話 戦慄②

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 「ほほう、そのおもちゃ、さっきのとは形が同じではないが、似たようなシルエットをしておる。どうやって使うのか非常に興味がある」

 黒いヴァルキュリアが屋根から飛び降り僕の顎元あごもとに手を添えた。

「そのおもちゃじっくりみせておくれ。私の世界では見たことがない」

 ねっとりとしたもったいぶった口ぶりで僕の頬を指先でなでた。瞬時にメリッサは片手剣を振りかざし黒いヴァルキュリアに斬りかかる。

「おやおや、男女の会話を剣で寸断するとははしたない。そこのエインヘリャルや、苦労した顔をしておるの」

 メリッサは片手剣で剣先から黒髪の女の影を追う。──素早い。彼女がこんなにも戦闘技術があるとは思わなかった。ゆっくりと黒いヴァルキュリアも剣を抜く。1mはある長めの剣を悠々ゆうゆうと抜き片手であつかい剣先をメリッサの首につける。

「おみごと」

 黒いヴァルキュリアは言う、なぜなら、メリッサの剣が彼女の喉元に突きつけられていたからだ。両者とも譲らない刹那の剣技、側で見ていて、僕は背筋が凍る思いをする。メリッサの持っている片手剣は80cmほどであろう、器用に傾けさせて、剣が交わらないようにまっすぐ突きつける。

 メリッサは言っていたが自分の剣は自身の身体に合わせて、取り扱いやすいように仕立てているようだ。重心、柄、飾りを鍛冶師と話して独自に作ってある。僕の世界の中世ヨーロッパの西洋流剣術はマニュアル本と型が残ってあるだけで実際にどうやって取り扱ったかは伝承や絵でしかわからない。

 現在のヨーロッパでは文献のひもを解き流儀を再生中だが正確に伝承しているわけではない。実際に見るのは僕が初めてだろう。その動作に好奇心を踊らせるが、しかし、止めるべきだ。

「黒いヴァルキュリア。忘れたのか、ヴァルキュリアは敵のエインヘリャルに対して抵抗できないと」

 僕は銃を女の頭に突きつける。戦いはこちらに優位に運ばせてもらう。

「佑月、邪魔をするな。戦士同士の戦いだ」

 予想外に反してメリッサは僕にやめろと告げた。

「しかし」
「お望みかい。なら、おいで」

 黒いヴァルキュリアは箱に飛び乗り低めの屋根に飛び乗る、メリッサはそれを追いかけた。

「メリッサ! 挑発に乗るな! そいつは僕が仕留めれば良い」
「いいか、絶対に邪魔をするな。邪魔をしたらその首をはねる」

 メリッサは相当頭にきているみたいだ、彼女が珍しく、冷静さを失っている。僕は大男に警戒しながら、遠くから彼女たちの戦いを見ているしかなかった。

――お互い大盾を出し盾を左手に携えて円形にくるくる回る、そして甲高い雄叫びを上げ相手を威嚇していた。それは、キジの鳴き声のよう、ゆっくりと、二人の距離が近くによると構えを出す。あれが彼らの実践知識から考える型という物だろう。

 半身になった身体を大盾の半分で隠し盾の上に剣を構え水平にする。よく見るとメリッサは剣を15度くらい斜めにして盾の上部にくぼんだ溝に合わせて剣の半身をすっぽりと隠している。

 屋根の上にのぼっている二人を見るとメリッサはかなり小さい、メリッサは身長152cmで相手の黒いヴァルキュリアは僕くらい大きい。リーチの差は明らかだ。

 盾を10度斜めに構え直すメリッサ、相手の間合いの深さを測って型を修正していく。そして、先に仕掛けたのはメリッサだった。メリッサは盾に身を隠しながら相手の盾に突進していく、相手の盾の右半分に当て盾を大きくそらせる。

 相手の隠れた足をメリッサの視界にさらけ出させて、彼女は相手の出ている左足をなぎ払おうとするが、さすがに、相手も達人だ易々と第一撃を剣で合わせていた。くるりと右手の手の甲を返して剣を垂直にしている。

 メリッサは雄叫びを上げながらその体勢を相手に対して体重を乗せその運動エネルギーをえて自らを回転させ柄で相手のわきを殴った。相手はたじろく気配もないまま、盾で圧殺しようとする。メリッサは体さばきでエネルギーを逃しあいてから距離を取った。

 敵もそれを逃さず雄叫びを上げながらリーチと体格の差でメリッサの頭部に追撃を加ようとした、その刹那、メリッサの鮮やかな動作に目を奪われた。なんだ! あの動きは!?

 メリッサは剣を斜めに滑らせて巧みにエネルギーを殺しながら相手の剣を流す、その後は剣の残像しか見えなかった。とにかくすごいスピードで相手の右手首をなぎ払った。

 メリッサすごいなあ、戦っている姿を初めてみるから感心するばかりだ。そして、相手はメリッサの剣戟けんげきに驚いたのだろう、一気に間合いを取りメリッサの攻撃を殺す。

 メリッサの剣すじは美しい。精錬されてて見ていると華麗に踊っているよう見えた。

「小手先だけは器用と見ゆる。さてそれがいつまでつづくのかえ? 銀色の?」
「まずは二打を頂戴した。練度が足りないのじゃないか? 黒のおばさま?」

「小さいくせにほざくほざく。小娘みたいなダンスだ、気品が足りぬ。まるで農民の娘が祭りではしゃいで、きゃあきゃあ言って男にこびている。もう、目も当てられない下品さ。まるで礼儀がなっておらん。その剣は鼻につく、殺させてもらう」

「そうですか勉強になりますわ。せいぜい一人で家政婦に対して、グチグチと文句を言ってくださいましね、おばさま?」

「銀色の。年上を侮辱するときはその首を表にさらされると思え、わかっておるの?」

「至極真っ当! 我が剣その身で味わうがいい!」

 二人が一気に殺気立っていく、見ているこっちが震えそうな雄叫びを上げた。張り裂けんばかりの辺りの空気、世界を切り裂かんという殺意が二人から発せられた。

 ――その気配に気づいたのだろう男の雄叫びが鳴り響く! 僕の横にあった壁を易々と砕いて金髪の大男が現れる。

「ラミディ! 私はこの銀色のを八つ裂きにする。貴様はせいぜい楽しんでそのエインヘリャルをバラバラにしてしまえ!」

 黒いヴァルキュリアは大男に向かって叫んだ、くっこいつか、厄介な! ラミディと言われた大男はニヤリと笑ったのであった。
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