上 下
25 / 211
見えない敵

第二十五話 二人の距離

しおりを挟む
 日は沈み辺りはすっかり夜だ。たきぎを囲みながら僕とメリッサは夕食を済ますと、真っ赤に燃える火をぼうっとみつめていた。

 会話がない。何か言われることを覚悟しておいたが、メリッサは何も言わない、ただじっと火を見つめている。僕はたまらずに声をかけた。

「なあ、何か話さないか、明日のこととか、次の街のこととか」

 対しメリッサは静かに銀色の長い髪をふさりとかき上げこちらを向く。

「──無言に耐えられれば夫婦の証だぞ」

 夫婦!? 今夫婦と言ったのか? どういう意味だ、僕の告白から彼女からの答えを聞いていない。好きとは前言われた、でも、実際に僕たちがどういう関係なのか僕にはわからない。

 パートナー? 恋人? いやそんな感じではない。

 僕たちはどこか中学生のカップルみたいなかんじだ。むずがゆくて、こそばゆいがそばにいればホッとするそういう関係だ、別にそのままで良いと思っていた。ところがさっきの告白だ、否が応でも意識してしまう、彼女はどう思っているのだろうか……。

 彼女の表情をうかがう、メリッサは何も言わない。僕は焦らされている、少女におっさんが焦らされている。いや、ここは大人の余裕を見せつけねば。

「そうだな」

 僕はそれだけを答える。大人っぽいし、格好いい答え方だ、それでいて彼女の反応も期待できる、ベターな感じ、まずは攻めすぎないこと、それが大切。

「なあ……」

 メリッサがつぶやいてきた、ほらきた、若いからすぐ答えを聞きたがる。じっくりじらしながら、時間をかけてたっぷりと……。

「――女の前で泣きながら愛してるとかお前、大丈夫か?」

 うるせえええぇぇ──っ!!!

 あれは、お前が寝てると思ってたんだよ、そしたらピンピンしていやがって、誰が恥ずかしくて人前であんなこと言えるか、コイツは! くそっ! いかん、取り乱すな、少女に何を翻弄ほんろうされている、ここは大人の余裕を見せねば。

 大人の余裕を……。

「男もそうしたいときもあるさ」

 何か含みのある答え方だ、興味をそそるだろう。

「──私は無理」

 へ? 無理って何? どういう意味だ、まさかあのことでドン引きされて……。

「がっかりだな佑月。お前がそういう奴だなんて……」

 え、え、どういうこと? がっかりって……

「失望した」

 うああああぁぁ──っ!!!

 心の中で絶叫する僕。きっと表情は世界で一番情けない男の顔だっただろう。

「ぷっ、ははは、はははははははは!」

 え? ……メリッサが笑ってる?

「なんだその顔、お前三十五のおっさんだぞ、二〇代のころから全然進歩してないな、ははは、あははは」

 コイツ……僕をからかって、きっと僕は不機嫌な顔をしていたんだろう、メリッサは笑いながら言った。

「すまん、すまん、ははは。お前が可愛いやつだからつい、からかったんだよ。はははは……」

 ──ああ、振り回されている、でも何故か不快感がない。こういう愛嬌あいきょうがある娘は良いなあ、メリッサは体をひっつけ腕を組み上目づかいで話す。

「……好きな男に愛されてると言われて嬉しくない女はいないぞ」

 そう言うと鼻歌を歌いながら僕の肩にメリッサの顔を乗せる。僕の体がほのかに温かくなった、なのにどうして良いのかわからず僕はじっとしている。

 静かな時間、鳥の声と森のざわめきしか聞こえない。徐々に心臓から熱くたぎった血が全身を駆け巡る。たまらず僕は、「あの……さ」とつぶやく。

「──無言に耐えられれば夫婦の証だぞ」

 メリッサは静かに同じ言葉を繰り返す。何だろうこの感じ、とても心地よい、たぶん幸せってこういうことなんだなって思う。

 誰かと比べられるわけでもなく、誰かに賞賛されるわけでもなく、ただ二人の温かい時間が流れていく。

 ……時間が静かに流れていく。彼女は僕のほうにに体重を乗せる、メリッサは僕の肩を枕に静かに目をつぶっていた。

「……眠ってるのかい?」

 彼女が寝ているかどうかわからないので小さな声で僕は尋ねる。

「起きているぞ、あっまたいたずらしようとしたな、ダメなやつだな。女には気分やタイミングがあるんだぞ。それを踏みにじってイヤラシいことをしたらグーパンを覚悟しろ、こいつめ」

 メリッサは優しく笑みを浮かべ嬉しそうに語る。

「そんなことをしないよ。ただ寝るんだったらこのままだとどうかなって」

 僕がそう言うと、彼女は微笑みながら甘くささやく。吐息が僕の耳をくすぐった。

「じゃあ、眠らせて……」

 心臓が飛び上がるかと思った。あまりにも突然な女の誘いに、僕はいろんな妄想を思い巡らせる。

 僕は彼女をじっと見つめた、とてもじゃないが紳士でいられるか保証できない、それをみてかメリッサはむっすりとした顔で僕の頬を引っ張った。

「こら、えっちなことじゃないぞ」
「え、そんなこと思っていないよ」

「思ってる」
「思ってない」

「嘘」
「本当……うそ」
「バカ……」

 そう言うとメリッサは僕の耳たぶを甘くかむ、温かくしめった唇が耳の敏感な部分を優しく挟む。

「これでがまんしなさい」

 しっとりとさとされてしまった。いつもメリッサにリードされてしまう。メリッサは僕の顔をじっと見つめてきた。

「なあ、お休みのキス」

 赤みを帯びた頬でメリッサが甘えてくる。僕はひたすら抱きしめたいのを我慢する。

「はやくー、ね?」

 メリッサは子供のようにおねだりをしてきた、ホント可愛いなコイツは。僕は顔近づけメリッサの顔と数ミリのところで、

「愛してるよ、メリッサ」とささやいた。

 彼女は満面の笑顔で、爽やかにそして優美に、軽やかに言う。

「私も好きだぞ、佑月──」

 そうして、二人は唇をかわす。砂糖菓子よりも甘い口づけ、脳みそがとろけそうだった。僕たちは抱きしめ合いそのままパタリと横たわる。

 唇は放さない、キスしたままそのまま眠りに入る。

 今度は彼女のほうが眠るのが早かった。静かに寝息を立てるメリッサ、僕はその天使の姿見つめながら、眠りに入る。

「――お休み、メリッサ」

 僕は彼女を抱きしめながら深い眠りへと落ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

前世で裏切られ死んだ俺が7年前に戻って最強になった件 ~裏切り者に復讐して、美少女たちと交わりながら自由気ままな冒険者ライフを満喫します~

絢乃
ファンタジー
【裏切りを乗り越えた俺、二度目の人生は楽しく無双する】 S級冒険者のディウスは、相棒のジークとともに世界最強のコンビとして名を馳せていた。 しかしある日、ディウスはジークの裏切りによって命を落としてしまう。 何の奇跡か冒険者になる前にタイムリープしたディウスは、ジークへの復讐を果たす。 そして前世では救えなかった故郷の村を救い、一般的な冒険者としての人生を歩み出す。 だが、前世の記憶故に規格外の強さを誇るディウスは、瞬く間に皆から注目されることになる。 多くの冒険者と出会い、圧倒的な強さで女をメロメロにする冒険譚。 ノクターンノベルズ、カクヨム、アルファポリスで連載しています。 なお、性描写はカクヨムを基準にしているため物足りないかもしれません。

夜を狩るもの 終末のディストピアⅡ meaning hidden

主道 学
ホラー
人類の終焉に死神が人類側に味方したお話。 雪の街 ホワイトシティで14歳の7人の少女たちが次々と襲われる事件が相次いで起きた。再び地上へと舞い降りた天使のオーゼムはその7人の少女たちには手首に聖痕があり何かを封印していることを知った。 モートは何故か同じ場所に聖痕ができてしまったアリスのために事件調査に乗り出したが、聖痕のついた7人の少女たちも守らなければならなかった。 やがて、事件は終焉を迎えようとするジョン・ムーアによって人類はゾンビ化の序曲を奏でる。 人類の終焉を囁く街での物語です。 注)グロ要素・ホラー要素があります。   産業革命後の空想世界での物語です。  前回のhttps://www.alphapolis.co.jp/novel/568505557/319447786の続編です。   超不定期更新です汗 申し訳ありません汗 お暇つぶし程度にお読み下さいませ<(_ _)> meaning hidden (ミーニング ヒドゥン) 隠された意味という意味です。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...