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紅い月のもとで

第十五話 メリッサの夢

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 戦いは過ぎ、血なまぐさい時間は彼方のほうへ。僕はメリッサと町を散歩し、うららかな川で一休みしていた。

「ふふ、よく食べるよく食べる」

 昼の日差しを浴び彼女の銀髪プラチナブロンドまばゆく輝き、僕の隣でメリッサは町に流れる川の魚にパンくずをやっていた。本人いわく、この時代のパンは貴重でパン一斤いっきんで人殺しが起きると言っていたのに、それを惜しげもなく川の魚に与えている。いや、やっぱりやめたほうが良いじゃないんかな、観衆の目がこちらに刺さる。

「この魚はだな、この世界でルズといってとても人なつっこい。お前もやってみろ」

 メリッサが楽しそうに笑っていた、素直に可愛い、だが、通る町の人々が奇妙な目で見ていた。僕にはメリッサの光景を美しく思えたが、それは価値観の違いだろう。この時代は中世だ、人々に余裕なんてないからね。手持ち無沙汰ぶさたな僕はとにかく話題を振ろうとメリッサに軽く尋ねた。

「なあ、エインヘリャルってどんな国からもやってくるのか? 最初の女も次の婆さんも、とても日本人には見えなかったけど」

 そう言うと、あきれた様子でメリッサはこちらに向き、両手を腰に当てる。

「なにをいっているんだ、何人とかそういうレベルじゃない。全く違う世界からやってきた人間だ」

 違う世界? つまり僕の世界と違う世界があるというのか。僕が不思議そうな顔をしているとメリッサは、それに勘づき、また説明好きの病気が始まった。

「言っておくがパラレルワールドではないぞ。時間が平行ではなくお前の世界の時間と、他世界の時間の進み方は全く違う。逆に進んだり、途中で途切れたり生まれたりする」

 何? でも、その話が本当であれば疑問が生まれる。

「ならなんで同じ人間の形をしていたんだ。宇宙人とかそんなのは全く違う体をしてもおかしくないはずだ」

 メリッサはやれやれとあきれた様子で魚にエサを与えているのをやめ、こっちにやって来た。

「何を夢見ているんだ。どの世界も宇宙人なんて存在しない。人間という存在を神が創った。それはどの世界も一緒で、創造神が創ったものだ。神が創ったものに違いがある必要性はない、個体差があるだけだ」

 で、これまた、説明は続きはじめる。こうなると長いんだよなあ。

「なんで好き好んで変なガスを吐くような生き物を創らなければいけないんだ。同じ神が創った物なら同じ形の物を創るだろう、芸術家は似たような生物を創るし、似たような環境を創る。どの世界も一緒だ。人間でいうとそれが創る側の個性という物だろう」

 よくわからないが創る側の美学という物だろうか、タコみたいな生き物が言葉を話すのはわざわざ創りたくないかもしれない。また、それに、メリッサは付け加える。

「その世界たちの上の次元にヴァルハラがあるんだ。どの世界の人間の魂もあそこに保管されている。魂の安置場所だ。ヴァルハラの面積は無限大だ。永劫えいごうともいえ、永遠ともいえ果てなくつづく。

 私は、ヴァルハラの果てに行ったことはないが、他のヴァルキュリアと会ったとき、同じ場所がつづくと言っていたから多分そうなのだろう。まあ別にミズガルズに同じ世界から何人来ようとかまわないが」

 そうなのか、だったら同じ文明の敵と戦うことになるかもしれないな、そういえば聞いておきたいことがあった、昨日クレア・ヴァルキュリアが言っていたヴァルキュリアたちが戦う理由。時間もあるから、それを聞いておいた方がいいかもしれない、気になるし。

「なあ、なんでお前たちヴァルキュリアはここまで手を貸して戦ってくれるんだ? 別に体を張る必要もないだろ」
「ん? なんか相手のヴァルキュリアに言われたのか?」

 ずばりと見抜かれている。余計なことを話すと女性という生き物は男にとって理解できないことを言い出すから、気をつけよう。

「別に何も、ただ気になっただけ」

 僕はそう言うとメリッサはどこか嬉しそうに空を見上げて話し出す。時が止まったかのように、あたりは静かだ。

「この生存戦争に勝ったヴァルキュリアは人間になれるんだ」

 え、人間に……? そう言うとメリッサはなんだか体を小さく丸まりモジモジしだして、

「べ、別に人間に憧れているわけじゃないからな。ただ、普通の女のコになって、普通の恋をして、普通の結婚をして、普通の幸せを手にしてみたいだけなんだ」

「なら、僕と同じじゃないか」

 素っ気なく僕が言うとメリッサは立ち上がって怒り出した。

「違う! 全然違う! 次元が違う。夢とロマンが違う! お前みたいなおっさんといっしょにするな!」

 なんか可愛いなこの娘は、ときどき十代の少女が出てくる。年を食った僕にはそれが瑞々みずみずしくて甘酸っぱい。こちらも調子に乗って変な気分になって突拍子もないことを言う。

「普通の幸せなら今の状態でもなれるんじゃないか?」

 自分で言って、しまったと思った。これじゃあ告白じゃないか、年甲斐のないことを考えている。自分の年を考えろ、恥ずかしい。その言葉を聞くと銀髪の美少女は顔を赤く染め始めた。

「それなら……もっと……私のことをもっと大切にして欲しい……」

 彼女の言葉に二人とも顔を紅潮させてしまう。何照れてるんだ、やめてくれこういうの苦手なんだ、どうにもなんて言っていいかわからない。メリッサは物欲しげに上目遣いでこっちを見つめてきた。

 お、おいなんだよその目は何が言いたいんだ? メリッサが実年齢が何歳か知らないが精神年齢は十代の少女とただのしょぼくれたおっさんだぞ。釣り合うのか? 釣り合わすのか? ああ、釣り合わすのが男だろう。

 深呼吸をして心を落ち着かせて、空を一瞥いちべつし彼女のあおい瞳をまっすぐ見つめる。よし、腹はくくった。

「なら、僕についてこい。離れるなよ」

 この歳でこっぱずかしい事を言ってしまった。改めてメリッサを見ると満面の笑みが浮かび上がっていた。

「そうか! よかった……」

 そう言って、メリッサは僕の腕に彼女の腕をからませる。積極的だな、おい。最近の若い者は……。もちろん当然柔らかい胸が当たる。気恥ずかしさで破顔しそうで死にそうだった、彼女は何も言わない。妙にたおやかに僕の言葉を待っている。よしここは男として一言かまさないと。僕は粋な言葉を彼女に送った。

「いい天気だな……」

 あまりにも自分のボキャブラリーのなさに驚いた、陳腐な言葉にメリッサは目をぱちくりしている。 ちょっと風が背中を通った後、彼女は小悪魔的な笑みを浮かべだした。

「そうだな、いい天気だしデートしようか。もちろん私のリードでな」

 なんか寒気がする。怖い……痛いのは勘弁してください、お願いですから、お姫様。
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