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魔族大戦

第百七十五話 出陣前の祝宴

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 統一軍本軍が出撃したということで、私たちの周りも戦争ムードになる。問題は野戦で強力な魔族軍、特にヴェルドーが率いると、東部戦線の過去例みるにほとんどが統一軍が負けていた。

 というのも、機動戦になると相手は飛兵がいるため、こちらの陣形や、兵の数、装備、配置をすべて空から調べられてしまい、弱点を突かれる。

 圧倒的な戦力差がない限り、東部戦線で野戦や会戦を避けていくのが賢明になる。とすれば、活躍するのが砲兵と工兵だ。防御施設を素早く作り、兵士を守り、大砲によって、敵の接近を防ぎながら弾薬が許す限り、一方的に攻撃できる。

 相手も合成弓を持っているが、こちらの兵力や火力、銃武装の数からいって、優勢な遠距離戦力をこちらは持っている。近世の時代は遠距離の戦いから情勢が動きやすいから、これを生かすために兵に陣地構築技術、攻囲技術を叩き込まないといけなくなる。

 私は市民上りの頭脳面で優れているリーガン兵をピックアップして、工兵隊、砲兵隊を再編し、学者兼砲兵学顧問であるナターシャを呼びだして西部戦線と同じように、座学の講義を行うことにした。

 彼女は生徒たちを見渡しまず、連れてきた男を紹介した。

「さあ、みなさま、楽しい楽しい授業の時間です。教師はわたくし、無想転生のロリータ伯爵ですわ。そしてこの横にいるのが、わたくしの奴隷、もとい、ストレス解消相手、でもなく、西部戦線でそこそこ活躍した、アーノルド砲兵隊長ですわ、拍手!」

 こう言って生徒たちに拍手を強制し、参考のため私も遠くから授業を見ていたので苦笑した。彼女は小太りおっさんアーノルド砲兵隊長を気に入っているのか、いやされるのか、西部戦線でいろいろ彼女の知恵を実現した彼を、やたら呼び出してくる。

 いや、とはいってもおっさんとロリのカップリングは犯罪だから。だめだよ、ロリコンは遠くでチラチラ見るまでで、ぐっとこらえないと。いろいろ最近はややこしい社会だからね。

 アーノルド砲兵隊長はナターシャの授業をまじめに勉強して西部戦線での砲兵科のなかでも、いくつか勲章くんしょうをもらったひとだから、この授業の相方に適任と言えば適任だけどね。

 ナターシャは経験の浅い兵たちにわかりやすく、砲撃の理論を彼女は教えていく。

「では皆さま、砲撃、築城の基礎がわかりやすい、攻囲戦の説明から始めますわ。こちらと同じく相手ももちろん、重要な地点を守るために要塞城塞を構えてきますわ。そこで、まず我々はどうすればいいか説明いたしましょう。

 攻囲戦で重要なのは、はい、アーノルド砲兵隊長、なんですか?」
「相手の補給路を断ち、包囲し、またこちらの砲撃が届くよう、大砲を移動、設置しなければなりません!」

「エクセレント! そうですわ、敵側にとって困ることは、補給路を断たれると、籠城している敵側は非常に動揺してしまいます。なぜかと言えば、十分に食料弾薬が要塞内に持ち込まれていればいいですけど、何か月も数千、数万の兵を養うなど、補給が期待できない状態では困難になります。

 もちろんこちらも、何か月もの包囲ができるよう、物資も持ち込まないといけませんが、包囲されている防戦側よりは、補給のめどは立ちやすい。乱暴に言えば、通常、弾薬はまだしも食料は近くの村から略奪すればいいのですから。

 それはともかく、攻囲戦で重要なのは相手の防戦の意思をくじくことです。防壁は籠城側にとって、安心など心の支えとなります。そういう施設を壊していけるように攻囲戦には大砲が必須。そうでなければ、おびただしい兵の死体を積み上げることを覚悟しなければなりません。

 では、アーノルド砲兵隊長、攻囲戦で通用する大砲とはなにかしら?」
「それはカノン砲で、とくに口径の大きい砲弾を放てる重砲などで敵の防壁を打ち砕けばいいのです」

「バッード。20点ですわ。というのも、最近の要塞は築城技術が上がり、壁が厚く、カノン砲だけではなかなか城壁を崩すことはできません。そこで活躍するのが、臼砲きゅうほうです。

 丸くはちのようになっている砲身は短く、口径が大きく、デカくて重い砲弾をうてる臼砲は壁を打ち壊すのに持ってこい。弾道が高く、上方から重い砲弾をぶち込めて、命中精度が悪いものの、固定された施設を壊すのに適しています。

 最初は防戦用に使われていた臼砲ですが、西部戦線で多かった攻囲戦で活躍した経験をもとに、砲兵たちの間で再評価されて、現在の戦闘では小型に改良された持ち運びしやすい臼砲を敵側の近くに寄せてどんどん砲弾を放つ。これが要塞戦でグリリっと活躍しますわ。

 また、中軽砲や臼砲から放たれる榴弾りゅうだんは要塞にこもる兵士に向かってドッカンドッカンと砲弾を炸裂さくれつさせて、破片がすごい勢いで飛んで、敵側の兵士を殺傷し、相手の心をくじくことが出来ます。

 ではアーノルド砲兵隊長、攻囲側が相手に近づくにはどうする方法があるかしら?」
「それは相手の銃撃、砲撃を避けるために塹壕ざんごうを掘っていって、近づくという方法が一般的です」

「グッド! そう、相手側もまあ魔族ですから、銃は少ないでしょうが、弓矢や砲弾を放ってきます。そこに無謀にも近寄って、大砲を設置しようとすると、逆に的になりますわ。

 ということで地面を掘り進めていき、つまり、兵士の身を守る塹壕を掘っていき、そこを通りながら弾道学から最適な位置に大砲を移動させるのです。

 目標地点に相手の攻撃を防げるような遮蔽物しゃへいぶつがあれば、まっすぐ塹壕を掘ってもいいでしょう。しかし、そんな都合よくこちらに有利になる場所はあらかじめ破壊されている場合があります。

 そういうときは塹壕をジグザグに掘り進んでいきます。というのも、相手の砲撃がくると直線状の塹壕の場合、集中砲火を受けます。例えば、燃焼できるものや榴弾、擲弾てきだんを投げ込めばいいのですから。

 そうなったら最後、塹壕内は阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄になりますわ。なので相手の反撃を避けるべくジグザグ上に目標地点へと掘り進めるのがベターですわ。そのあとに、砲兵を守るよう陣地を構える。これが基本ですわ。

 こういう仕事をするのが、工兵科。砲弾が飛び交う戦場で果敢かかんに味方を守るためにいろんな場面で活躍する、重要で地味な兵科です。

 統一宰相のミサ……、いえ、リーガン女伯のご意向では、より戦略的に陣地を確保するようにするつもりらしいので、このわたくしがわざわざ呼ばれたのです。

 防戦はこれを踏まえて逆に相手を妨害する。野戦においてもこういった基本の工兵の戦い方は変わりません。細かい差異はこれからたっぷり、わたくし直々に貴方がたをしごいてあげますわ。お喜びなさいませ、おーほほほほほ!」
「おーほほほほほ!」

 アーノルド砲兵隊長まで、高笑いせんでよろしいわ。まあ、攻囲戦の話や工兵の仕事を聞けたことは私の戦略を考えるうえで参考になった。戦略包囲をして、ヴェルドーを倒す目標がある私には重要な講義だった。

 時間はどんどん過ぎていく、士官学校の卒業生やここまで軍に組み入れてこられなかった騎士たちが、私のサロンでの名声を頼りに貴族たちの噂となって見どころのある人材が我が軍に加わった。

 新たに編成された予備隊を含め、総勢3万のリーガン軍をこさえることが出来たのだ。

 そのうえで、私と同じ第三軍で指揮をするテットベリー伯爵ジェラードの軍と模擬戦闘をすることとなった。実戦さながらのシミュレーションで、私が実戦で指揮をとれるようにするためにも役に立つ。

 数は同じ3万対3万。それにお互い民兵上がりの兵が多く、ジェラードも同様に国王領の一部を借りて、彼の騎士たちが士官となりきたえてきたテットベリー軍だ。前の戦争まで率いていた兵はウェリントンが率いる本軍に精兵として引き抜かれたから、同じ新兵。

 いくら相手は経験豊かな士官が多いとはいえ、条件は私とほぼ互角で訓練期間も同じ。だというのに……!

 私は五度彼と対戦して、五度とも負けてしまった。これまでみんなと訓練してきたはずなのに、なんで。私は納得がいかなくて、ジェラードに「な、なんで、ここまで差ができたの?」と尋ねると、彼は言いにくそうに、

「それは戦場での経験の差がある。それにお前たちリーガン軍は、私と寝食を共にした騎士たちが士官のテットベリー軍とちがって、急遽きゅうきょゼロから設立した軍だ。こういった差が出てしまうのはむしろ当然だ」

「でも、それは、相手がヴェルドーとなると致命的になってしまう。このままだと……!」
「落ち着け、お前の心情はよくわかるが、これが戦争というものだ。実戦になったら、私がお前をフォローする。気に病む必要はない」

「でも……!」
「なら、こうなった原因をよく考えてみるのもいいかもしれない。皆と話し合って、自分なりの答えを出さないと、先に進めないものもある。未来は自分でつかむもの。そうだろ?」

「……。わかった、ちょっと後でみんなと話し合ってみる」

 といった話をして、初めての模擬戦は満足のいく結果が出なかった。私は何が原因か見つけるため騎兵科連隊長であるレクスに感想を尋ねた。

「ねえ、今回何か変じゃなかったかな。なんで私たち負けたんだと思う?」
「テットベリー伯が言うように、我が軍は寄せ集めの軍だから、連携がうまくいってなかったのかと。騎兵連隊である俺は周りをよく見渡すため、考えうる限り相手の軍とその連携の差が出たのかと思います」

「なるほど、ありがとう、レクス。参考になったわ」
「まだ時間はあります。戦争において結果は最終的に勝利を収めればいい。100回やって、99回負けても最後に大勝利を得れば我々の勝利です、マイレディ」

 私は彼の言葉にうなずき、こんどは我が軍の歩兵連隊長である、オークニー男爵に尋ねた。

「今回の件をおさらいしたいのだけれども、何において差が出たのだと思う。なんでも素直に言って」
「戦争においてこういう場合もあるので、私的にはミサ様に問題があったとは思っていません。また、同時に兵たちに問題があったとも思っていません」

「逆に問題がないって困るんだけれど」
「と言われても、決定的な差は毎回僅差きんさ。兵たちの練度が相手と比べて劣っているとも思いませんし、士気も高い。ただ……」

「ただ、なに?」
「相手にこちらの行動が読まれているのではないかと感じました」

「読まれている? どういうこと」
「わかりません、これもテットベリー伯の将としての才能なんですかね。彼のもとで兵を動かすとなぜか、我々は勝っているといった不思議な体験を西部戦線で感じましたから」

「ありがとう、参考になったわ」
「いえ、良い結果を生むことを期待しています。女伯様」

 と彼に礼を言ったあと、最後に傭兵上がりの連隊のダスティン大佐に聞いた。

「ねえ、あなたの立場から今回何が悪かったと思う? 傭兵経験の豊かな貴方の意見が聞きたいわ」
「悪かった……。悪かったと言えば、相手が悪かったとしか思えねえな。あのテットベリーのお貴族様は、俺たちの部隊を使った将の中でも、超一流だ。

 おまえさん……宰相は悪くない。閣下はきちんとセオリー通りの指揮をした。それで十分じゃないか」
「でも相手はあのヴェルドーと戦うかもしれない。戦争は結果がすべてよ」

「そうか、そうだよなあ、なら……。閣下は先の先を考えて指揮をとっていたか?」
「先の先?」

「ああ、一流の将軍は感覚的なのか、嗅覚きゅうかくなのかわからんが、常に戦いの先手を取って兵たちに指示を出す。目に見える光景がすべてじゃない。そこら辺の差が出てしまったって俺は感じた」
「目に見える光景……なるほど……。確かに、私は次の事しか考えてなかった。勉強になったわ。ありがとう」

「気にするんじゃねえよ、別にお前さんだけ気張っても、戦争にケリがつくってわけじゃないからな」

 みんなに意見を聞いて行って、自分なりに私は考えてみた。連携、行動が読まれている、目に見える光景がすべてじゃない、先の先……。そうか! なるほど、そういうことか! そうだ、私と彼との決定的の差はあれだったんだ。なら……!

 私は自分の中で何かをつかみ、残り少ない時間をより私たちが前進するために考えて次の対戦に備えた。

 私たち第三軍にも出陣が迫っている。今のうちにリーガンの民たちともっとコミュニケーションをとった方がいい。私の領民だし、戦争で暮らしが乱されるのはいつの日も民衆だ。ましてやこの中には多くの者が家族が私の指揮のもとで戦う。

 私は何か彼らの命を預かる人間としてけじめをつけたかった。壮行会と称して、リーガン領民と祝宴を開くことにした。私は兵士たち含め、家族に声をかけ、迫る戦いに彼らに言葉をかけていく。

「みなさん、今日はお集まりいただきありがとうございます。わたくし、リーガン女伯として皆様と顔を合わせられて、非常に嬉しいです。皆様のご家族は私が守ります。このように少女になったばかりの身体ですが、精一杯ご家族を守ってみます。どうぞご安心ください」

 私の言葉にみんながしんと静まった。当たり前だ、家族と今生こんじょうの別れになるかもしれない。彼らの気持ちを察すると胸が痛む。

 そんな中、老女が私に応えた。

「……どうぞ、女伯様、お気になさらないでください。我らリーガンのため、統一王陛下のため、世界のために村の者を見送るのです。これほど誇らしいことはありません」

 彼女の言葉に中年の女性がうなずき、私に言った。

「女伯様。私も気持ちは同じです。私の息子なんて、ぐうたらで畑で居眠りするような、ろくでなしでしたが、今では目をキラキラしながら、閣下と共に、世界を救うなんて言うんですよ。

 私びっくりしました。バカ息子がいっちょ前のセリフ吐くなんて、嬉しいったらありゃしない。だから、こき使ってやってください、私の息子を。

 だから女伯様、息子を、息子を、よろしくお願いいたします……!」

「私も同じです」
「バカ息子が陛下のためになるなんて村で自慢できますよ」
「そうです、そうです」
「きっと、帰ってきますよみんな。リーガンの男は意地汚いから、きっと生きて帰る。ですよね、女伯様?」

 みんなの温かい声に逆に慰められて、私は心強く思って、すこし目をつぶり考えた後、みんなの目を見た。覚悟が決まっている。強い人たちだ。

 だから、私は素直に礼を返した。

「これは……、ありがたい話です。神も統一王陛下もお喜びでしょう。必ずや、必ずや、私が争いのない世界を、平和を実現してみせます。ですから……。少しの間、貴方がたの息子様をお預かりいたします」

「湿っぽいのはやめにしましょう! 今日はせっかくだから、飲みましょう。祝いだ! 祝い! なんだ、何の祝いだって母ちゃん?」
「ほんと馬鹿だねえ、あんたは。壮行会だよ、はははは!」

「ははははは……!」

 余りにも温かい火を囲んでしまい、少し私は涙ぐんでしまったのを必死にこらえて隠す。絶対彼らの決意を無駄にしない。この戦争、必ず勝つ……!
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