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魔族大戦
第百七十四話 統一軍出陣
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時間はさらに流れていく。一か月半ぐらいたった後、ようやくリーガン軍にも士官がそろいだす。傭兵上がりで今は統一軍の大佐のダスティンと、ウェストヘイム傭兵貴族のオークニー男爵が加わり、士官訓練を受けた早期卒業生が私の軍に加わる。
約2万の大軍を形だけでも保持することとなった私は、さすがに武者震いって言うか、騎士震いっていうか、まあ、騎士じゃないんだけど貴族だし、とにかく気持ちが緊張しつつも興奮していた。
いつもはリーガン領各地でそれぞれ訓練を行っているんだけど、今回、合同訓練を行うということで、ずらっと民兵あがりの兵が2万そろうと、うわおって気分になる。
目の前で綺麗にそろった行進や部隊運動を見せられて、私は馬の手綱を固く握りしめてしまう。私の服装はドレスの上に胸甲を着て、それを軍服としていた。
現在の日本では信じられないかもしれないけど、中世から近世の時代の欧州は、男性は男性の服装、女性は女性の服装をしてないと、時と場合を選ばないとあれこれ詐欺罪やら宗教的な罪に問われてしまう。
近世の時代、割とよくあったのが、女性が男装して軍人になって、あとでバレて絞首刑とかが記録に残っている。女性はスカートを着てないと、周りから狂ってるとか、魔女だとか言われる。ジャンヌ・ダルクが処刑された理由の一つに男装した罪があった。
実は中世ヨーロッパの女性も戦争に参加することはたびたびあった。十字軍とか女性同伴だったし。でも戦闘する女性はまれで、ほとんど別のお仕事。ということで私はドレスを着て横乗りで馬に乗っている。
訓練の様子を見ながら、連隊を任せていたダスティンやオークニー男爵にリーガン兵の状態を聞いてみた。
「ねえ、ダスティン、今のところリーガン兵の訓練は進んでいる? 私には上手くいっているとしか見えないけど」
「あ、ああ、まあ、そうだな、閣下。俺はそもそも傭兵上がりなんで、平民出身を鍛えて兵として使い物になるよう訓練していたから、大体慣れているが、割といいじゃないかと感触を得ている」
「貴方から見てもそうなの?」
「肉体的には民間人上がりだから、バリバリの傭兵にはかなわないが、兵として優秀な点は士気が高く、訓練にも柔軟に取り込んでいて、のみ込みが早い。
多分純粋にお前さんを慕っているんだろうな。宰相としての実績は閣下にはあるし、ネーザン国民からは圧倒的な人気がある。
あと、男として、幼女、もう少女か。まあともかく、か弱い女の子を守るって気持ちで、辛い訓練も精神的に乗り越えているようだ」
「そう良かった。プロから見てもそうなんだ。オークニー男爵、どう、貴方の感想は?」
「私もダスティンと同じ感想です。民兵ということで余計な権力を考えず、純粋に国のために働く意志というのを強く感じます。ただ……」
「ただ、何?」
「兵の教育レベルがバラバラだということです。市民あがりは読み書きもでき、下士官に上がれそうな才気あふれるものもいますが、農民はまともに読み書きもできなく、本を読む習慣すらない状態です。
複雑な命令に応えられるか心配です。ですがそれは人事でエリート部隊と、一般部隊を分けて、戦術レベルの高い作戦はエリート部隊に任せると良いでしょう」
「なるほど参考になるわ。兵の資質が判明したら軍参謀部に言って。優秀な士官を集めたから、連携して実戦でも生かしてほしい」
「イエス・我が主」
ふうん、私は政治家上がりだから、実戦豊かな士官の意見は勉強になる。いろいろと修正が必要ね、これは。
合同訓練に十分な感触を得ていたころ、各部隊長ごとに訓練する時間になり、それを眺めていていて、どうやらレミィの部隊で何やら騒動が起こったみたいだ。
気になって私は馬を走らせて、近くに見に行った。レミィは大層ご立腹のようで、兵たちは激しい訓練でへばっていたみたい。
こんなザマを見たレミィは強い口調で兵を叱咤した。
「お前らどうした、それでも軍人か! 辛い時が一番の兵のリーガン魂の見せつける時だぞ! なんでそこであきらめるんだ!」
「だって……」
「だって、何だ?」
「だって、隊長はお兄ちゃんがラブなんですよね! 魔族が好きなんですよね! つまり、俺たち人間の事なんてどうでもいいんだ!」
「はい?」
「あっちのミリシア少佐の部隊を見てください! 可愛いメイドさんたちが近くに寄って励ましてくれてるんですよ! うらやましい、うらやましすぎる!」
「おまえら……!」
あのねえ、あんたら何しに来たんだろうね。よくわからん男の性欲と羨望に私は飽きれてしまう。まあでも、よく考えてみると、メイドさんが笑顔で側に寄ってくるだけで、そりゃ男はやる気になるよね。
それはわからんでもない。彼らの不貞腐れた状態に、レミィは手を震わしながら、大声で胸を張って叫んだ!
「私はレクスが好きなんじゃない! お兄ちゃんだから、甲斐甲斐しくやっているだけだ! 誤解するんじゃない! それに人間だろうとか、もはやどうでもいい!
男は魂だ! 魂で女を守れ! それでも男か!」
レミィの言葉がなんだか心に刺さったのか兵たちは、彼女をまばゆいものでも見るようになっていた。
「美少女のツンデレ……、おっぱい……!」
「銀髪、肌の色が青白い、しかも耳も尖ってて可愛い……!」
「それでいて純情……! 処女……!」
「うおおおおおおおおおおおおっ──!!!」
急に兵たちは声を出して叫び声をあげた! なになになんなの!? レミィもポカーンして兵たちの熱気を口を開けて見ていた。あら、かわいい。その様子を見て兵たちはさらに大喜びで声をあげた。
「よく考えれば、俺たちの隊長はSSRだぞ! 銀髪ツンデレ美少女だぞ!」
「ああ、それもおっぱいがでかい! 動くたびブルンブルン揺れる!」
「最高だ! 訓練最高!! レミィはかわいいなあ!!!!!!」
「お、おまえら、私をそんな目で見るなー!!!」
「照れてる、カワイイ! いいぞお、隊長をデレさせろ、散々デレさせるぞ! やるぞー!!!」
「おおおおおおっ!!!」
お、男ってホントに馬鹿ばっかり……。でもレミィが恥ずかしそうに頬を染めていたのを見れてもう、ゴチになります! やっぱ遠くの女より近くのアイドルだよねー。うんうん。
こうやって、無事合同訓練は成功を収めたのだった。なんだかなあ。
訓練が進み、順調に兵たちが実戦でも使えるようになってきたところ、同じ統一軍第三軍の将になる、ジェラードが私の様子を見に来た。ほんとのところ私がやんわり誘ったんだけどね。いいじゃん、プロの将軍に兵の状態見てもらえるんだから。
職権乱用して、彼を呼びつけたわけじゃないからね、勘違いしないよーに。とまあ、そんなこんなで私は大喜びで彼の到着を迎えて、リーガンの領地や兵の様子を見たり、いろいろ相談した。そのあと、軍司令官でもある彼に現在の東部戦線の情報を尋ねた。
「ねえ、ジェラード、東部戦線はどうなっているの? そろそろ情勢がわかってもおかしくないころだし」
「いい知らせがある。ヴェルドーが兵を後退させ始めた」
「ほんとう? 要塞防衛が上手くいったの!?」
「それもあるが、奴も名将だ、これ以上、侵攻にこだわると兵の損耗が激しくなるから、温存しており、全力で攻撃を行っていなかったみたいだ」
「そう……。奴を実力で退かせたわけじゃないの」
「いやそうじゃない、東部魔族軍は精鋭で実戦経験が豊富だ。お前が築くよう命じた要塞防衛線を見て、これからの戦況を考えてヴェルドーは退いたのだ。
これもお前の、そして私たちの実力のうちだ。なにも直接戦闘するだけが戦争じゃない。こういった駆け引きが、名将同士の戦いだ。お前はよくやっている。私はそう思うぞ」
「ありがとう、でも、これも貴方のおかげだわ、貴方の支えがなかったら、私は軍事にずっと疎いままだったから」
「そうか、私もお前を口説いた甲斐があったよ」
「もう、冗談ばっかり」
「たまには素直に受け取れ。私の立場がないだろ?」
「ごめーん。うん、ありがとう。こっちの方が気分いいね、お互いに」
「そうだ。ところでだ、じっくり話をする機会ができたから、相談したいことがあるのだが」
「結婚とか恋愛とかは、まだ、待っててお願い。統一宰相である私が、戦争中に恋にかまけているということになったら、全軍の士気にかかわるから」
「いや、そうじゃない、じゃないな、そうだな。私が相談したかったのは、ヴェルドーはおそらくこれから、大陸東部の北に我らを引き込み、もっと有利な態勢で事を決しようと考えているはずだ。それにもうすぐ陛下たち第二軍の援軍が出陣できる。
これからの攻勢戦略を考えないと、いつまでたっても状況は変わらない。ということだ、ミサ、お前はどう思う?」
「たしかに、神出鬼没のヴェルドーや東部魔族軍を倒すには、これから先、ち密な戦略が必要ね。
そこでなんだけど、ヴェルドーを倒すアイディアが何かない? なんでもいいの、何か手掛かりになれば」
「と言われても、ヴェルドーの奴に常識は通用しない。こちらが有利のときはささっと引き、こちらが不利のときは、斬新なアイディアでこちらを襲う。つかみどころがない奴だ。
普通のやり方ではあちらに見破られてしまう。兵力の差があっても、確実にとらえきれない敵に当たるのは困難だ。兵をそろえても戦場を自由自在に動かれては、戦場に参加しない我々のほとんどの兵は遊兵になってしまう。難題だな」
「戦場を自由自在に動く……。なら、圧倒的な兵力をもって相手を地域ごと包囲していけば、ヴェルドーも最終的に動けなくなるんじゃない?」
「なるほど、戦略的包囲か。おもしろいな、それは。しかし、それを実現できるかどうかは、かなりの冒険と実行力が必要だ」
「そうね、なら、その方向で綿密に政軍一体で行動しましょう。私たちは全力をもってじゃないと、ヴェルドーを倒すことはできない」
「たしかに。参謀本部で作戦を練っていこう。斬新な戦略を可能にするには、おびただしい準備が必要だ」
「ええ、二人で力合わせて、ヴェルドーを倒しましょう」
「ああ、そうだなミサ」
私たちはお互いに手を固く握り、ここまで築いた絆を感じつつ、戦争に当たっていく。今はそれでいいんだと思う。
東部奪還のため、援軍である第二軍が編成され、合同訓練が十分に行われて、ついに出陣の日がやってきた。この軍は元々大陸貴族たちや親衛隊による精鋭。よってこの軍を本軍とし、統一王であるウェリントンが直々に率いる。
王自ら兵を率いるのはヨーロッパで結構よくあった。獅子心王リチャード一世、グスタフ・アドルフ、ナポレオン、有名どころでも名前を挙げればきりがない。ヨーロッパでは強いリーダーが好まれるからだ。
また、貴族たちや騎士たちの義務に軍務がある。金を払って逃れることはできるけど、直接戦うことは騎士の誉。臣下の者が止めても、自ら出陣する王なんていくらでもいる。
特に現在の我が統一国は、諸国連合の集まりであるため、諸王諸侯にまかせっきりでトップである統一王が自領で遊んでいると、全軍の士気にかかわってしまう。ウェリントンも出陣を望んでいるし、指揮官として彼は有能だから、私は安心して彼の出征を求めた。
第二軍が出陣式に集まりざっと総勢35万の軍が、今か今かと統一王ウェリントンの姿を待っている。彼が堂々と姿を現し、席の前に立つと、兵たちは捧げ銃などの栄誉礼で敬意を表す。
軍楽隊が演奏しはじめて、荘厳な空気感のなか、兵士たちは引き締まった顔で彼らの元首を見つめる。まさにこれから戦う男たちの表情だ。私は彼らを頼ましく思って、ウェリントンを任せられると、ふとほっとした。
そして時間が経ち、ウェリントンが演説台に立ち、彼の出陣の意気込みを語っていく。
「ついに時は来た。我らは長くつらい戦いに明け暮れていた。停戦があり、家族たちのもとに帰った諸君らにはあの忌々しいヴェルドーの名を聞くだけで、だれもが不快感を表すだろう。
そうだ、知っての通り、そのヴェルドーがアバディーンにて我らの同胞たちを襲った。神をも恐れぬ、厚顔無恥、邪知暴虐なる獣がまたもや諸君らの家族のもとへと放たれたのだ。
我らは平和を愛する。家族を愛する。恋人を愛する。故郷を愛する。諸君らの中には、生まれ故郷が悪辣な魔族に今も侵されているものもいるはずだ。
諸君らの疲れを休める暇もなく、いまだ安心して眠ることも叶わない。それはなぜか! それはヴェルドーがこの世にいるからだ!
奴は毒牙をもって諸侯の聖体に噛みつき、喰らい、血をすすり、神聖なる我らの大地をか弱き民の血で汚した。奴を闇に葬らぬ限り、我らの、我が国民の安眠を得ることはできない。
私は統一宰相とともに、全力をもって魔族から我らの平和を守るための準備を今まで行ってきた。その成果をそなたらの姿であらわすことが出来た。
ここにいる35万の兵はいにしえの魔族戦争の英雄たちと比するべき騎士! 今、我らが流してきた血と汗と涙をヴェルドーの血であがなう時が来たのだ!
私はこの戦いをすべての戦争を終わらせるための戦争と表する。この聖戦が我らの平和を、安泰を、繁栄を取り返す最終戦争だ!
いにしえからの因縁を、鎖から解き放とうではないか。今、これから、我々のこの手で……! つかむぞ! 最高の勝利を! 諸君らと共に! 私は、統一王は、いつも、これからも君たちの傍にいる……! 統一国万歳!!!」
「おおおおおおおおっ──!!!」
「統一王万歳! 統一王万歳!! 統一王万歳!!!」
「おおおおおおおおおおおっ──!!!」
次に私の演説の番だ。統一宰相として、統一王のもとに戦争の指揮を執る、私が彼らを導かないと……!
私は演説台に立ち胸を張って静かに声の厚みを増して、彼らに語り掛ける。
「──長い年月でした。私が統一王にお仕えして以来、すべては陛下のために、ネーザンのために、ヴェスペリアのために私は戦い続けました。
この大陸に来て以来、私は常に考え続けてきました。いったい私はここで、何を成し遂げられるのだろうか。ちっぽけな私に何ができるか。そんな毎日の連続でした。
いかに困難が訪れ、魔族にとらわれても、ネーザンが悪しき方向に傾いた時でも、私は、皆さんからすれば、このような小さな手で、小さな口で、すべての力をもって、あがき、苦しみ、皆様と共に私は戦い続けました。
私は貴方たち、ネーザン国民、大陸全土の民、大地、この世界を愛しております。この世界の人々が、平和に笑顔を絶やせずに生きていける、そんな世界を思い描き、ここまで歩んでいきました。これは本当の言葉です。うそ偽りない真実の言葉です。
私はすべてを愛しております。この世界のすべてを。この世界を真の平和にするにはどうすればいいか、ずっと考え、出した答えがこれです。我々の手で戦争の終焉を、ヴェルドーをこの手で倒す。答えはそれだけです。
そう、たったそれだけでよかった──
魔族たちは繁栄できる土地を目指してこの地にやってきました。争いの最初は小さなこと、最期は大きいこと。そして終わってみれば、私は、私たちは彼女たちの手を取っていた。もう、それだけでいいのです。私は多くは望みません。欲しがりません。
私はこの世界の人々が大好きです。皆が争わず、手を取り合って、未来に向かって歩める。そんな素敵な、女子供の夢を描いています。でもそれは夢ではなかったのです。私は今、貴方がたと出会って確信しました。
この戦争はきっと未来につながる、明日へとつながります。そして、私たちの姿を子どもたちに伝えましょう! 今この世界に英雄たちの物語があったと。
歴史は流れるものではありません、変えるものです。魔族との因縁、宿縁、貴方がたが受けた悲しみ、喜び。そのすべてを私たちは払い、すべてを、未来をつかむのです!
他に何もいりません、ヴェルドーを、ヴェルドーを、古い歴史に生きる彼を我々の手で倒す。その先に私たちの輝かしい未来があり、栄光がある!
今あなたたちは使命を負っている! この世界の運命を背負っている! この大陸の歴史を背負っている! いま、私たちは未来へと進まなければならない!
それを妨害するヴェルドーを取り除き、魔族たちの剣を折り、彼らが古い復讐から解き放たれたそのとき、私たちは彼らへと手を指し伸ばす! すべてはこの世界に生きる子どもたちのために!
それが私たちが歩む道。世界を、ヴェスペリアを統べる、統一国の歩む道です。貴方がたは道を切り開いてください、私は陛下のもとに、光となって、貴方がたを最高の勝利へと照らし出しましょう!!!
すべての忌まわしい歴史を終わらし、新しい歴史をこの私たちの手で切り開くために! 統一国万歳!! 統一王万歳! すべては輝かしい未来のために!!!」
「おおおおおおおおおおっ──!!!」
「我らが女伯様!! 我らが女伯様!! すべては勝利のために! 未来のために!! 統一王陛下のために!!!!」
「うおおおおおおおおおお────!!!」
「統一軍、出陣!!!」
「おおおおおおおおおお────!!!」
歓声が鳴り響く、そして一瞬静まった後、将校が号令をかけ、時代は動き出す。すべての戦いを終わらせる、この世界の未来のために……!
約2万の大軍を形だけでも保持することとなった私は、さすがに武者震いって言うか、騎士震いっていうか、まあ、騎士じゃないんだけど貴族だし、とにかく気持ちが緊張しつつも興奮していた。
いつもはリーガン領各地でそれぞれ訓練を行っているんだけど、今回、合同訓練を行うということで、ずらっと民兵あがりの兵が2万そろうと、うわおって気分になる。
目の前で綺麗にそろった行進や部隊運動を見せられて、私は馬の手綱を固く握りしめてしまう。私の服装はドレスの上に胸甲を着て、それを軍服としていた。
現在の日本では信じられないかもしれないけど、中世から近世の時代の欧州は、男性は男性の服装、女性は女性の服装をしてないと、時と場合を選ばないとあれこれ詐欺罪やら宗教的な罪に問われてしまう。
近世の時代、割とよくあったのが、女性が男装して軍人になって、あとでバレて絞首刑とかが記録に残っている。女性はスカートを着てないと、周りから狂ってるとか、魔女だとか言われる。ジャンヌ・ダルクが処刑された理由の一つに男装した罪があった。
実は中世ヨーロッパの女性も戦争に参加することはたびたびあった。十字軍とか女性同伴だったし。でも戦闘する女性はまれで、ほとんど別のお仕事。ということで私はドレスを着て横乗りで馬に乗っている。
訓練の様子を見ながら、連隊を任せていたダスティンやオークニー男爵にリーガン兵の状態を聞いてみた。
「ねえ、ダスティン、今のところリーガン兵の訓練は進んでいる? 私には上手くいっているとしか見えないけど」
「あ、ああ、まあ、そうだな、閣下。俺はそもそも傭兵上がりなんで、平民出身を鍛えて兵として使い物になるよう訓練していたから、大体慣れているが、割といいじゃないかと感触を得ている」
「貴方から見てもそうなの?」
「肉体的には民間人上がりだから、バリバリの傭兵にはかなわないが、兵として優秀な点は士気が高く、訓練にも柔軟に取り込んでいて、のみ込みが早い。
多分純粋にお前さんを慕っているんだろうな。宰相としての実績は閣下にはあるし、ネーザン国民からは圧倒的な人気がある。
あと、男として、幼女、もう少女か。まあともかく、か弱い女の子を守るって気持ちで、辛い訓練も精神的に乗り越えているようだ」
「そう良かった。プロから見てもそうなんだ。オークニー男爵、どう、貴方の感想は?」
「私もダスティンと同じ感想です。民兵ということで余計な権力を考えず、純粋に国のために働く意志というのを強く感じます。ただ……」
「ただ、何?」
「兵の教育レベルがバラバラだということです。市民あがりは読み書きもでき、下士官に上がれそうな才気あふれるものもいますが、農民はまともに読み書きもできなく、本を読む習慣すらない状態です。
複雑な命令に応えられるか心配です。ですがそれは人事でエリート部隊と、一般部隊を分けて、戦術レベルの高い作戦はエリート部隊に任せると良いでしょう」
「なるほど参考になるわ。兵の資質が判明したら軍参謀部に言って。優秀な士官を集めたから、連携して実戦でも生かしてほしい」
「イエス・我が主」
ふうん、私は政治家上がりだから、実戦豊かな士官の意見は勉強になる。いろいろと修正が必要ね、これは。
合同訓練に十分な感触を得ていたころ、各部隊長ごとに訓練する時間になり、それを眺めていていて、どうやらレミィの部隊で何やら騒動が起こったみたいだ。
気になって私は馬を走らせて、近くに見に行った。レミィは大層ご立腹のようで、兵たちは激しい訓練でへばっていたみたい。
こんなザマを見たレミィは強い口調で兵を叱咤した。
「お前らどうした、それでも軍人か! 辛い時が一番の兵のリーガン魂の見せつける時だぞ! なんでそこであきらめるんだ!」
「だって……」
「だって、何だ?」
「だって、隊長はお兄ちゃんがラブなんですよね! 魔族が好きなんですよね! つまり、俺たち人間の事なんてどうでもいいんだ!」
「はい?」
「あっちのミリシア少佐の部隊を見てください! 可愛いメイドさんたちが近くに寄って励ましてくれてるんですよ! うらやましい、うらやましすぎる!」
「おまえら……!」
あのねえ、あんたら何しに来たんだろうね。よくわからん男の性欲と羨望に私は飽きれてしまう。まあでも、よく考えてみると、メイドさんが笑顔で側に寄ってくるだけで、そりゃ男はやる気になるよね。
それはわからんでもない。彼らの不貞腐れた状態に、レミィは手を震わしながら、大声で胸を張って叫んだ!
「私はレクスが好きなんじゃない! お兄ちゃんだから、甲斐甲斐しくやっているだけだ! 誤解するんじゃない! それに人間だろうとか、もはやどうでもいい!
男は魂だ! 魂で女を守れ! それでも男か!」
レミィの言葉がなんだか心に刺さったのか兵たちは、彼女をまばゆいものでも見るようになっていた。
「美少女のツンデレ……、おっぱい……!」
「銀髪、肌の色が青白い、しかも耳も尖ってて可愛い……!」
「それでいて純情……! 処女……!」
「うおおおおおおおおおおおおっ──!!!」
急に兵たちは声を出して叫び声をあげた! なになになんなの!? レミィもポカーンして兵たちの熱気を口を開けて見ていた。あら、かわいい。その様子を見て兵たちはさらに大喜びで声をあげた。
「よく考えれば、俺たちの隊長はSSRだぞ! 銀髪ツンデレ美少女だぞ!」
「ああ、それもおっぱいがでかい! 動くたびブルンブルン揺れる!」
「最高だ! 訓練最高!! レミィはかわいいなあ!!!!!!」
「お、おまえら、私をそんな目で見るなー!!!」
「照れてる、カワイイ! いいぞお、隊長をデレさせろ、散々デレさせるぞ! やるぞー!!!」
「おおおおおおっ!!!」
お、男ってホントに馬鹿ばっかり……。でもレミィが恥ずかしそうに頬を染めていたのを見れてもう、ゴチになります! やっぱ遠くの女より近くのアイドルだよねー。うんうん。
こうやって、無事合同訓練は成功を収めたのだった。なんだかなあ。
訓練が進み、順調に兵たちが実戦でも使えるようになってきたところ、同じ統一軍第三軍の将になる、ジェラードが私の様子を見に来た。ほんとのところ私がやんわり誘ったんだけどね。いいじゃん、プロの将軍に兵の状態見てもらえるんだから。
職権乱用して、彼を呼びつけたわけじゃないからね、勘違いしないよーに。とまあ、そんなこんなで私は大喜びで彼の到着を迎えて、リーガンの領地や兵の様子を見たり、いろいろ相談した。そのあと、軍司令官でもある彼に現在の東部戦線の情報を尋ねた。
「ねえ、ジェラード、東部戦線はどうなっているの? そろそろ情勢がわかってもおかしくないころだし」
「いい知らせがある。ヴェルドーが兵を後退させ始めた」
「ほんとう? 要塞防衛が上手くいったの!?」
「それもあるが、奴も名将だ、これ以上、侵攻にこだわると兵の損耗が激しくなるから、温存しており、全力で攻撃を行っていなかったみたいだ」
「そう……。奴を実力で退かせたわけじゃないの」
「いやそうじゃない、東部魔族軍は精鋭で実戦経験が豊富だ。お前が築くよう命じた要塞防衛線を見て、これからの戦況を考えてヴェルドーは退いたのだ。
これもお前の、そして私たちの実力のうちだ。なにも直接戦闘するだけが戦争じゃない。こういった駆け引きが、名将同士の戦いだ。お前はよくやっている。私はそう思うぞ」
「ありがとう、でも、これも貴方のおかげだわ、貴方の支えがなかったら、私は軍事にずっと疎いままだったから」
「そうか、私もお前を口説いた甲斐があったよ」
「もう、冗談ばっかり」
「たまには素直に受け取れ。私の立場がないだろ?」
「ごめーん。うん、ありがとう。こっちの方が気分いいね、お互いに」
「そうだ。ところでだ、じっくり話をする機会ができたから、相談したいことがあるのだが」
「結婚とか恋愛とかは、まだ、待っててお願い。統一宰相である私が、戦争中に恋にかまけているということになったら、全軍の士気にかかわるから」
「いや、そうじゃない、じゃないな、そうだな。私が相談したかったのは、ヴェルドーはおそらくこれから、大陸東部の北に我らを引き込み、もっと有利な態勢で事を決しようと考えているはずだ。それにもうすぐ陛下たち第二軍の援軍が出陣できる。
これからの攻勢戦略を考えないと、いつまでたっても状況は変わらない。ということだ、ミサ、お前はどう思う?」
「たしかに、神出鬼没のヴェルドーや東部魔族軍を倒すには、これから先、ち密な戦略が必要ね。
そこでなんだけど、ヴェルドーを倒すアイディアが何かない? なんでもいいの、何か手掛かりになれば」
「と言われても、ヴェルドーの奴に常識は通用しない。こちらが有利のときはささっと引き、こちらが不利のときは、斬新なアイディアでこちらを襲う。つかみどころがない奴だ。
普通のやり方ではあちらに見破られてしまう。兵力の差があっても、確実にとらえきれない敵に当たるのは困難だ。兵をそろえても戦場を自由自在に動かれては、戦場に参加しない我々のほとんどの兵は遊兵になってしまう。難題だな」
「戦場を自由自在に動く……。なら、圧倒的な兵力をもって相手を地域ごと包囲していけば、ヴェルドーも最終的に動けなくなるんじゃない?」
「なるほど、戦略的包囲か。おもしろいな、それは。しかし、それを実現できるかどうかは、かなりの冒険と実行力が必要だ」
「そうね、なら、その方向で綿密に政軍一体で行動しましょう。私たちは全力をもってじゃないと、ヴェルドーを倒すことはできない」
「たしかに。参謀本部で作戦を練っていこう。斬新な戦略を可能にするには、おびただしい準備が必要だ」
「ええ、二人で力合わせて、ヴェルドーを倒しましょう」
「ああ、そうだなミサ」
私たちはお互いに手を固く握り、ここまで築いた絆を感じつつ、戦争に当たっていく。今はそれでいいんだと思う。
東部奪還のため、援軍である第二軍が編成され、合同訓練が十分に行われて、ついに出陣の日がやってきた。この軍は元々大陸貴族たちや親衛隊による精鋭。よってこの軍を本軍とし、統一王であるウェリントンが直々に率いる。
王自ら兵を率いるのはヨーロッパで結構よくあった。獅子心王リチャード一世、グスタフ・アドルフ、ナポレオン、有名どころでも名前を挙げればきりがない。ヨーロッパでは強いリーダーが好まれるからだ。
また、貴族たちや騎士たちの義務に軍務がある。金を払って逃れることはできるけど、直接戦うことは騎士の誉。臣下の者が止めても、自ら出陣する王なんていくらでもいる。
特に現在の我が統一国は、諸国連合の集まりであるため、諸王諸侯にまかせっきりでトップである統一王が自領で遊んでいると、全軍の士気にかかわってしまう。ウェリントンも出陣を望んでいるし、指揮官として彼は有能だから、私は安心して彼の出征を求めた。
第二軍が出陣式に集まりざっと総勢35万の軍が、今か今かと統一王ウェリントンの姿を待っている。彼が堂々と姿を現し、席の前に立つと、兵たちは捧げ銃などの栄誉礼で敬意を表す。
軍楽隊が演奏しはじめて、荘厳な空気感のなか、兵士たちは引き締まった顔で彼らの元首を見つめる。まさにこれから戦う男たちの表情だ。私は彼らを頼ましく思って、ウェリントンを任せられると、ふとほっとした。
そして時間が経ち、ウェリントンが演説台に立ち、彼の出陣の意気込みを語っていく。
「ついに時は来た。我らは長くつらい戦いに明け暮れていた。停戦があり、家族たちのもとに帰った諸君らにはあの忌々しいヴェルドーの名を聞くだけで、だれもが不快感を表すだろう。
そうだ、知っての通り、そのヴェルドーがアバディーンにて我らの同胞たちを襲った。神をも恐れぬ、厚顔無恥、邪知暴虐なる獣がまたもや諸君らの家族のもとへと放たれたのだ。
我らは平和を愛する。家族を愛する。恋人を愛する。故郷を愛する。諸君らの中には、生まれ故郷が悪辣な魔族に今も侵されているものもいるはずだ。
諸君らの疲れを休める暇もなく、いまだ安心して眠ることも叶わない。それはなぜか! それはヴェルドーがこの世にいるからだ!
奴は毒牙をもって諸侯の聖体に噛みつき、喰らい、血をすすり、神聖なる我らの大地をか弱き民の血で汚した。奴を闇に葬らぬ限り、我らの、我が国民の安眠を得ることはできない。
私は統一宰相とともに、全力をもって魔族から我らの平和を守るための準備を今まで行ってきた。その成果をそなたらの姿であらわすことが出来た。
ここにいる35万の兵はいにしえの魔族戦争の英雄たちと比するべき騎士! 今、我らが流してきた血と汗と涙をヴェルドーの血であがなう時が来たのだ!
私はこの戦いをすべての戦争を終わらせるための戦争と表する。この聖戦が我らの平和を、安泰を、繁栄を取り返す最終戦争だ!
いにしえからの因縁を、鎖から解き放とうではないか。今、これから、我々のこの手で……! つかむぞ! 最高の勝利を! 諸君らと共に! 私は、統一王は、いつも、これからも君たちの傍にいる……! 統一国万歳!!!」
「おおおおおおおおっ──!!!」
「統一王万歳! 統一王万歳!! 統一王万歳!!!」
「おおおおおおおおおおおっ──!!!」
次に私の演説の番だ。統一宰相として、統一王のもとに戦争の指揮を執る、私が彼らを導かないと……!
私は演説台に立ち胸を張って静かに声の厚みを増して、彼らに語り掛ける。
「──長い年月でした。私が統一王にお仕えして以来、すべては陛下のために、ネーザンのために、ヴェスペリアのために私は戦い続けました。
この大陸に来て以来、私は常に考え続けてきました。いったい私はここで、何を成し遂げられるのだろうか。ちっぽけな私に何ができるか。そんな毎日の連続でした。
いかに困難が訪れ、魔族にとらわれても、ネーザンが悪しき方向に傾いた時でも、私は、皆さんからすれば、このような小さな手で、小さな口で、すべての力をもって、あがき、苦しみ、皆様と共に私は戦い続けました。
私は貴方たち、ネーザン国民、大陸全土の民、大地、この世界を愛しております。この世界の人々が、平和に笑顔を絶やせずに生きていける、そんな世界を思い描き、ここまで歩んでいきました。これは本当の言葉です。うそ偽りない真実の言葉です。
私はすべてを愛しております。この世界のすべてを。この世界を真の平和にするにはどうすればいいか、ずっと考え、出した答えがこれです。我々の手で戦争の終焉を、ヴェルドーをこの手で倒す。答えはそれだけです。
そう、たったそれだけでよかった──
魔族たちは繁栄できる土地を目指してこの地にやってきました。争いの最初は小さなこと、最期は大きいこと。そして終わってみれば、私は、私たちは彼女たちの手を取っていた。もう、それだけでいいのです。私は多くは望みません。欲しがりません。
私はこの世界の人々が大好きです。皆が争わず、手を取り合って、未来に向かって歩める。そんな素敵な、女子供の夢を描いています。でもそれは夢ではなかったのです。私は今、貴方がたと出会って確信しました。
この戦争はきっと未来につながる、明日へとつながります。そして、私たちの姿を子どもたちに伝えましょう! 今この世界に英雄たちの物語があったと。
歴史は流れるものではありません、変えるものです。魔族との因縁、宿縁、貴方がたが受けた悲しみ、喜び。そのすべてを私たちは払い、すべてを、未来をつかむのです!
他に何もいりません、ヴェルドーを、ヴェルドーを、古い歴史に生きる彼を我々の手で倒す。その先に私たちの輝かしい未来があり、栄光がある!
今あなたたちは使命を負っている! この世界の運命を背負っている! この大陸の歴史を背負っている! いま、私たちは未来へと進まなければならない!
それを妨害するヴェルドーを取り除き、魔族たちの剣を折り、彼らが古い復讐から解き放たれたそのとき、私たちは彼らへと手を指し伸ばす! すべてはこの世界に生きる子どもたちのために!
それが私たちが歩む道。世界を、ヴェスペリアを統べる、統一国の歩む道です。貴方がたは道を切り開いてください、私は陛下のもとに、光となって、貴方がたを最高の勝利へと照らし出しましょう!!!
すべての忌まわしい歴史を終わらし、新しい歴史をこの私たちの手で切り開くために! 統一国万歳!! 統一王万歳! すべては輝かしい未来のために!!!」
「おおおおおおおおおおっ──!!!」
「我らが女伯様!! 我らが女伯様!! すべては勝利のために! 未来のために!! 統一王陛下のために!!!!」
「うおおおおおおおおおお────!!!」
「統一軍、出陣!!!」
「おおおおおおおおおお────!!!」
歓声が鳴り響く、そして一瞬静まった後、将校が号令をかけ、時代は動き出す。すべての戦いを終わらせる、この世界の未来のために……!
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