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魔族大戦

第百七十二話 戦への決意

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 現時点での軍司令部としての方針は決まったことで、あとは統一政府の閣僚たちが戦争のかじ取りをする。私はトップの統一宰相である以上、なんでもあれこれ自分でやるわけにはいかない。

 統一政府は統一国を織りなす諸国連合だ。私一人でやってしまうと、反発が起こり、まとまった話もひっくり返される。もともと独裁志向じゃない私はさっと割り切り、閣僚に細かいことを任せていった。

 今、私がやらなきゃいけないことは、統一軍の予備兵力新兵20万を用意して訓練しなければなならない。私はリーガン領の私の屋敷で私の家臣である、ミリシア、レクス、レミィとこれからのことを相談した。

「まずレクス、20万の大軍を私たちは作らないといけない。私がネーザン宰相ジャスミンと相談して、ネーザン国と諸国の健康男子、および難民から選び抜いて、民兵からなる軍を組織しないと。

 もちろん統一軍務卿であるジェラードが直接軍編成を行っているけど、私もリーガン領主として、民兵3万を私の領地でまかない、訓練することと決まったわ。

 聞きたいのは軍人から観点からみて民兵を今の戦争で通用する兵にするにはどれくらい必要、レクス、正直に言って」
「おそらく、1年は必要です、マイレディ」

「一年では遅すぎるわ、短縮できない?」
「急ぎ予定を詰めて、軍務卿ジェ……、テットベリー伯と協力して半年でなんとかそれなりの兵にはできますが、実際戦ってみないとわかりません。

 しかも相手はヴェルドーだ、生半可な兵を投入しても、通用するかどうか……」
「それは貴方たち士官の腕の見せ所と思ってほしい」

「無茶をおっしゃる。まあいいでしょう、俺も軍人だ。上から与えられた命令は全力を尽くす」
「いい答えだわ、レクス」

 そばで話を聞いていたレミィは、私に大事なことを相談してきた。

「み……、ご主人様、護衛軍として大体私は1000から2000を率いることが出来ますが、レクスを含めてミリシア様の三人しかリーガン領には主だった上長官がおりません。これでは3万の兵を率いることが出来ないでしょう」
「それについては、もと傭兵で今は軍人のダスティン大佐と西部戦線での縁でオークニー男爵に私が話しつけたから、貴方たちとあわせ15000から20000規模の兵の指揮を予定しているわ。彼らは連隊規模の指揮をしていたから、能力は十分。

 残りは士官学校や、幹部候補生から上がってきた下士官上がりを使って、統率していくつもりよ」
「ここも不安が残る要素ですねご主人様。かしこまりました、私は貴方に仕える女執事バトレス。ご主人様のため不可能であっても可能にしましょう」

「頼もしい言葉ね、レミィ、ありがとう」

 私とレミィの話が終わったことを見計らって、ミリシアが今度は大事な問題を私に方針を訪ねてきた。

「私からも質問があるわ、ミサ」
「なに、ミリシア?」

「問題は東部戦線への補給でしょ。魔王エターリアがバックにいる限り、東部軍、ヴェルドーと五魔貴族の一人、魔侯爵カウテスなどがいるわ。おそらく現在では25万の魔族兵が大陸東部にいるはず。これをどうするつもり?」
「現状を報告すると奴らは現地の傭兵を雇って、現在30万以上の兵力を持っているわ。これをまかなうには西部からの補給が必要。それを私は絶たないと、こちらはなかなか攻勢に出れない、と、そう言いたいんでしょ、ミリシア」

「ええそうよ、エターリアが支えている限り、広大な東部で自由に活動する軍をなかなか簡単に倒すことはできない、たとえ数を予備兵力含めて70万ほどそろえたとしても」
「もちろんこれに対する策が私にはあるわ」

「策?」
「ヴェルドーはエターリアの意向を無視して勝手に戦争を再開した。これに一番困っているのは私たち統一国、ではなくエターリアよ。

 なぜなら、彼女は西部戦線でかなり大掛かりな要塞防衛線を築いた。それにかかった莫大な費用はエターリアが大陸商人からかき集めた金で、何とか地元の人間を使って成し遂げたものよ。

 エターリアはかなりの額の借金を抱えているはず。彼女はこれからも魔族軍をまかなう以上、私たち統一軍との貿易でその分を稼がないといけない。もちろんウェストヘイム西部への食糧問題もあるけど。

 だからこのことを使って、何とかヴェルドーを孤立化させるよう、これからエターリアに会いに行くつもりよ」
「なるほど、兄さん、いえ、ヴェルドーが勝手が過ぎるのをエターリアは常々怒りを感じていた。貴女の読み、いい線をいってるわ。

 エターリアに会いに行くのなら、私も連れて行って。護衛が必要でしょ。メイド戦隊引き連れて一緒に行きましょう、ミサ」
「ええ、そうするつもりよ」

 私たちリーガン家の方針がまとまり、みんなうなずいたあと、私たちは次なる一手、魔王エターリアと交渉することとなった。

 エターリアが居城としているウェストヘイムのフェニックスヒルに私とミリシアは向かった。なんとしてもエターリアとヴェルドーを引き離さないといけない。くさびを打ち込むため、私はエターリアと外交交渉を始めた。

「まずはお眼にかかれて光栄です、魔王様。東部魔族軍が停戦ラインから超えてこちらを襲ってきたので、てっきり会うことはかなわぬと思っておりました」
「う、ま、まあ、そちらの言い分もあるだろうがここは落ち着いて話しをたい」

「何を落ち着くのでしょうか、我が統一国に攻めてこられても平然としておれと、そう魔王様はおっしゃるつもりでしょうか?」
「いや、それは……、ほう、今日はミリシアも一緒か、元気か?」

 とミリシアに話しをエターリアは向けた。私をじらして、こちらの圧力をかわす気だろう。交渉のテクニックの一つだ。それに対し、ミリシアは平然と言った。

「達者も何も、ヴェルドーという無法者が攻め込んできたから、毎日が忙しいわ、ありがとう、感謝するわ、魔王様」
「ぐっ。いや、なんと言うか、あいつはお前の……」

「ヴェルドーはお前の兄とでも言いたいの、貴女は。私は兄妹の縁を切ったつもりと貴女に言ったはずよ。まさか忘れたのかしら? 停戦条約のことも含めて」
「そ、それはだなあ……」

 ミリシアもミリシアで取り付く島もない。困ったエターリアは今度は柔らかい声調で私に聞いた。

「こちらに来たということは、統一王は怒っておるのかな」
「ええ、激怒して、陛下自らここ、フェニックスヒルを落とそうと、現在兵を集めている最中でございます」

「なるほど、統一王は怒っているか、そうか……」
「この度は国交の断絶、および我が国との貿易の取りやめるべく、通告しに参ったのです」

「貿易の取りやめ!? まて、それは困る」
「困るのはわが国です。まさか魔王様は、我が統一国の一員である大事な諸侯の領土を荒らされ、素知らぬ顔で敵国に物資をやれと、そうおっしゃるのでしょうか?」

「落ち着けと言ってる。ヴェルドーの件は私も了解してない」
「了解してないから何です。ヴェルドーは魔族軍の中心である魔将軍。責任はもちろん魔王様、貴女にあるのではないですか?」

「エジンバラ以南のことは責任をとれないと言っておいただろう」
「そのような言い逃れ、わたくし、わざわざ聞きに来たのはでありません」

「なら、どうすればいい。ヴェルドーは私の配下とはいえ、奴の身勝手な行動を許してはいない、誤解を抱くな」
「逆にお聞きいたします。どこまでヴェルドーの行動を責任をとるおつもりですか、魔王様は? まさかこのままあの無法者を泳がすおつもりでしょうか」

「それは……。何度もあいつにきつく言っているが、今回ばかりはさすがに私も驚いている」
「そうですか、魔王様はあくまで統一国との友好を大事となさりたい、そういうご意向と受け取っても構いませんか?」

「そう言っているつもりだ」
「ならばこちらから要求がございます」

「なんだ?」
「魔王様のご意志ではなく勝手にヴェルドーが行動している以上、魔王様は奴をかばう必要もない。よって彼に対する恩情もなしとすべきではないのですか?」

「つまり私にどうしろというのだ」
「では申します。ヴェルドー及び東部魔族軍への支援及び、補給物資を送るのをおやめください。我々の要求はこれです」

「ちょっとまて、あいつが勝手に動いているとはいえ、その部下たちは私の部下でもあるんだぞ」
「お見捨てになさいませ」

「まて、まて。それは過分な言いぐさじゃないのか」
「どこが過分なのでしょうか。我が統一国の宿敵である、ヴェルドーを我々の貴重な物資で食わせることなど、民が到底許すはずもありません。そうでしょう、違いますか魔王様?」

「筋は通っている、だが……」
「なるほど、そうですか。いいことを思いつきました。魔王様はエジンバラ以南は責任をおとりになるつもりがないのなら、そこより南は魔王様の軍および、物資を送ってはならない。そういたしましょう。

 エジンバラ以南は紛争地域とし、それにまったく関与しないと魔王様がお約束なさるなら、陛下もお怒りを抑え、晴れた気持ちではるばる東部へ、憎きヴェルドーを討ちに遠征なさることでしょう」
「エジンバラ以南……それさえ飲めば貿易は続けてもよいと、そういうことか? ミサ」

「ええ、どうです、これなら飲めるはずでしょう、魔王様」
「……わかった。私の配下はエジンバラ以南に入らぬ。また、エジンバラ以南の魔族軍はそちらが好きにすればよい」

「気持ちのいいご返事をいただき光栄でございます。陛下もお喜びになられることでしょう」

 と言ったあと私とミリシアは謁見室を出て、道すがら話した。ミリシアは交渉にどうやら不満の様子だった。

「エターリアはヴェルドーを影から支援するつもりよ、すこしでも統一国の勢力、経済力を削りたいでしょうから」
「でしょうね、そしたら次の一手をうつわ」

「次の手?」
「まあ、待って、ミリシア。いずれわかるわ。まずは表立ってヴェルドーなど東部魔族軍を支援できなくなったことを喜びましょう」

「……考えがあるならこれ以上は何も言わないわ。ヴェルドーを討つのが私の望みだから」
「ならいい。まあ見てて」

 私たちは外交成果が出たことでレスターで対策を練った後、リーガン領に戻った。これから民兵たちと一緒にこの戦争を私たちは戦わないといけない。

 しかし、元警察出身や地元治安組織出身は多いと言え、ほとんどの者はずぶのド素人だ。これからの訓練をこなしていけるか不安がある。

 そこで、我が領の民たちと一緒に民兵たちと入隊祝いを行うことにした。昼間からお祭り騒ぎで民兵たちは歓迎され、英雄扱いに戸惑いを隠せない様子だ。

 その夜、私たちは村を丸々借りて、祝宴会を開いた。熱い火を囲みながら、民たちに迎えられた民兵たちは酒を飲み、食事を楽しみ、陽気な歌が聞こえてくる。私はそこに顔を見せに行った。

 私が姿を見せるや否や、民や兵は「女伯様!」「宰相閣下!」と声を上げ、私の周りを囲んで、キラキラした眼差しで私の言葉を待った。

 私は彼らと同じ大地に立ち、握手していきながら一人一人兵になるものに声をかける。

「とてもいい眼差しです。きっと貴女は良き兵となることでしょう」
「ありがたきお言葉! 涙でそうです!」

「貴方はとても精悍せいかんな顔つきです。必ずや魔族たちも貴方の顔を見れば恐れをなすでしょう」
「おお、あの、有名な宰相閣下にそのようなお言葉をいただけるとは、夢のようです!」

「あなたは……。すこし、ぽっちゃりですね。でもきっと、皆の心をいやし、優しい心で、皆を包み、団結させて、ヴェルドーを倒す偉業を成し遂げるでしょう」
「ぼくなんかに、ミサ様がお声をおかけくださるなんて……ほんと、田舎を出て来てよかった!」

 皆、涙ぐみながら喜ぶ。そうやって皆に一人ずつ声をかけていき、最後に私はこう締めくくった。

「ここにいる勇敢なるリーガン軍には、世界を救う立派な勇士たちが集まりました。陛下もお喜びでしょう。必ずや私たちと力を合わせ、大陸を、この世界をみなの手で守りましょう!」
「ザ・カウンテス・オブ・リーガン! ザ・カウンテス・オブ・リーガン! ……」

「我がリーガン軍に幸あれ! 統一国に祝福あれ! 魔族に正義の鉄槌てっついをくだそう!」

「オオぉっ──!!!」

 こうして兵たちの心は私のもと一つとなった。これから始まる大事な戦いのため、私たちは共に厳しい道を歩んでいくのであった。
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