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魔族大戦

第百七十話 宮殿の華

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 ヴェルドーが動き出している以上、私たちも戦争の準備を急がないといけない。戦争はつねにもしものことを考えなけれならない。命を預かっている以上、想定外という言葉は存在してならないのだ。

 軍事はつねにあらゆるパターンをシミュレーションをしておかなければ、勝利を得ることは難しい。軍部上層部にはその責任がある。

 私は自分自身の出陣に備えて乗馬の訓練をしていた。いままで領地がなかったので私は馬に乗れなかったけど、戦争中に馬車なんて乗れるわけないし、輿こしに乗っているともしもの時の場合、身動き取れず危険になる場合がある。

 ということで私はジェラードと共に馬術訓練を行った。ほとんど彼の言うとおりにやっているけど、馬が全然いうこと聞かない。馬と相性悪いのかな。とジェラードに言ったところ、彼は優雅に私の馬を乗りこなして見せてくれた。

 彼いわく癖はあるけど、いい馬だって。くう、くやしいです! でも何度か練習を繰り返すことで、併せ馬ならなんとか私の馬も言うことを聞いてくれた。

 難しいし、結構体力使う。乗馬って、動かないといけないからちょっとやせてきた。ふ、ふとってないし! ちげえし! と調子に乗って馬のスピードを上げると、手綱たづながきかなくなり、ストップできなくなった。


「ぎゃああああああ!」
「ミサ!」

 乙女のか弱い奇声をきいて、ジェラードはすぐさま私の上に覆いかぶさって、下敷きになって、二人とも丘に転がっていった。

「いったー!」
「危ないぞ、ミサ。落馬で何人も死んでいったんだぞ。無茶するな」

「ごめーん」
「たくっ」

 その時私は彼と川の字に寝そべっていた。私はジェラードの顔が間近に迫って、ドギマギしているのをごまかすために、

「ジェラード、草だらけ」
「それはおまえもじゃないか、ミサ」

「ぷっ、ふふふ……」
「ははは……」

 と言って二人和やかに笑いあった。私は天を仰ぎながらつぶやいた。

「空、綺麗ね、青空がばーっとひろがって、すごい」
「そうだな、リーガン領の空は穏やかだ」

「テットベリー領では違うの?」
「曇っていることが多いな。このように色鮮やかな蒼色ではない」

「そうなんだ……。リーガン気に入ってくれた?」
「ああ、暮らしやすく、民も温厚だ、私ならこの領地をもっと栄えさせて見せる」

「ふふ、あら、野心家ね。じゃあ、サービスにいいこと教えてあげよっか?」
「なんだ?」

「いま、私を奪ってくれれば、ついでにリーガン領もついてきまーす」
「それはお買い得だな。ぜひ、今すぐものにしたい」

「そう?」
「そうだ」

 二人は瞳と瞳を通い合わせ、自然、唇は彼に奪われてしまう。前のより大人のキス。彼が徐々に私を求めていることを舌先と唇から気持ちが伝わってきた。

 すこし、気分が盛り上がった後、ふと目と目が合ってしまい、なんだかお互い冷静になって吹いてしまった。

「ぷっ、ふふふ」
「ははは」

「じゃあ、いつかもらってくれる? 私を」
「ああ、いつでもいいぞ。お前の心の整理が終わったら、結婚式だ」

「ええ? 婚約から始めようよ。あ、でも婚約破棄されるとショックだから、そこ飛ばすか」
「なんだ婚約破棄って」

「私は気が短いってこと」
「おいおい、さんざん男に待たせておいて、それか」

「女は卑怯なのよ」
「男はそれを笑って許してしまう。いいざまだ」

「ふふふ……」

 私はそっと彼の手を握った。大きくて少しごつごつしてて、指先が長く、私の小さな手がすっぽり彼の手の平に収まってしまう。あーあ、なんだか私自身も彼の腕に収まりそうだなあ。

 こんなことを考えながら、つかぬ間の穏やかな時間が過ぎていく。

 第二回、第三回と統一政府閣僚会議が進み、兵站へいたん戦略を詰めていった。ここは私がこだわっているところだ。

 というのも、大陸東部でヴェルドーはいま焦土化してるし、現地での補給面が期待できない。補給がおろそかだと、部隊進行に影響が出る。

 私たちは統一軍とは言え実質多国籍軍になってしまう。補給が満足にできなければ、逃亡者や裏切り、反乱がおこり、部隊の危機にさらされる。

 あらかじめ、どこにどれだけの規模の兵力を戦略機動させるか、それに必要な物資はどうするかを考えないといけない。また兵力によって、物資の損耗率が違う。

 これを軍事用語でロジスティックスっと言うが、時代が下るにつれ、現代戦になればなるほど、一人に兵にかかる物資が多量になっていくため、用語は多様な意味を含む。

 私たちが考えている補給計画ロジスティックスは近世でのことだ。私は計画を掘り下げながら、閣僚たちに述べていく。

「まず、大陸東方南部、サウザック、ホーランドなど諸国の要塞化を目指す。そこを補給基地として、ヴェルドーの後方攪乱かくらん、物資強奪から守るようにする。そこから、停戦ラインの地形に沿って、要塞防衛線を引く。

 これを私は、アバディーンラインと命じたわ。おそらくヴェルドーは要塞化の動きを知ると、彼はこれを防ぐために停戦ラインを超えて軍を動かしてくる。

 補給面から考えて、アバディーンラインで総兵23万にて、戦争再開時、戦略防御を試みる。時間を稼いでいる間、本軍である統一軍をネーザン本土から、40万の援軍を差し向ける。ここまでで何か質問は?」

「順当な計画だと思います、ですが……」

 と国務卿バーナードが渋る。私は彼の言い分をとくと聞いた。

「ですが、補給線から考えて、60万の大軍をアバディーンラインでまかなえるでしょうか。現在の補給限界から見て、20万が限界だと、前回、軍務卿テットベリー伯は申されたのに」

 今度は私はテットベリー伯ジェラードに話しを振る。

「40万を展開するにはどういった行動が必要なの、軍務卿?」
「そこまでの大陸東方南部への道や、川などインフラ整備へ投資が行われるので、ライン周辺では30万の展開は可能ですが、残りの軍はネーザンなど後方補給に頼る必要があります。

 また、東部に進行する場合、兵を軍団ごとに編成して、十分に進行地で補給が行えるよう、軍団ごとに独立した工兵や軍政官が必要です。今のままでは下士官が足りないでしょう」

「なら、ネーザンの陸軍士官学校の拡大、および、上級士官も独立した作戦立案ができるよう、幹部候補生学校を創設するわ。それで士官をまかなう。あとはたたき上げを階級昇進、などね。

 兵は民兵を編成できるよう、ネーザン国内で募兵法案が成立したわ。兵の充足はネーザン国中から集める。

 あとは物資。この前から生産物資の規格化、大量生産のための分業化が進み、一年後には10倍ほどの生産力が見込めるそうよ。

 で、今の停戦ラインまで、物資を充足させ、消耗したら網の目になった補給線から、近くある基地から物資移動。これは魔族の飛兵の略奪から考えて一気に遠方よりの補給は難しい。だから物資を守らないといけない。

 また現在建設中の艦隊で海からの補給も視野に入れる。

 そして、最終的に前線に届くよう、現場の軍団が補給線を作り、リレー状になった後方からの補給を可能にする。これはどうかしら、テットベリー伯?」
「実際にできるかどうかはともかくとして、極めて現段階で現実的な兵站計画ロジスティックスだと思います。これで補給による部隊機動の遅滞をなるべく防ぐことができ、前線での様々な作戦が可能になるでしょう。

 あとは実現できるまで、統一軍務庁で計画を煮詰めていきます」
「たのむわ、軍務卿」

 軍務長官である、ジェラードが納得したことにより、今回の閣僚会議が終わりを迎えた。そこにまたもや、バーナードが私に話しかけてきた。

「二、三、聞いてよろしいですか、閣下」
「ええいいわよ」

「まずこの計画は貴女が立案したものですか? それともテットベリー伯が計画したことですか?」
「停戦前、私とジェラードは西部戦線で補給計画を可能にした。その経験から、前々から計画を練っていたのよ」

「なら次です。この計画は停戦前から練られていたものですか、それとも後?」
「停戦前からよ」

「最後におききします、貴女自身がヴェルドーが停戦後に動くことを予想していたのですか?」
「そのとおりよ。ヴェルドーは顔見知り、彼の性格からこれからの行動は推測できた。手に取るようにね」

「それは……感服いたしました、ミサ宰相閣下。貴女はまさに統一軍の勝利の女神だ。どうか微力ですが、わたくしの力も貴方の理想のためにお使いくださいませ。私は貴女をお助けしたいのです」

「考えとくわ。でも、私を口説くのは難しいわよ。ジェラードだって、手を余すくらいだから」

「ぜひ、わたくしもテットベリー伯のようになりたいものです」

 そう言ってバーナードは私の手をとり、かがんで手の甲にそっとキスをした。ぐふふ、イケメンの心ゲット! モテ期キター!!! って違う。私にはジェラードとウェリントンが……。こんなところで破滅フラグを立てるんじゃない、私! 我慢我慢。欲望に負けちゃダメ!

 私は自分に言い聞かせた。政務の休みの日はリーガン領に戻ることも多くなった。拝領してからまだ一年もたっていないし、領民を安心させるため足しげく通っている。

 本当はウェリントンとも話がしたいけど、なかなか私と日程が合わない。ウェリントンはウェリントンで、停戦中の諸侯の面倒を見ていた。

 私は数か月前から、開催された私のリーガン領ヨーク荘でサロンを開いている。私が参加することになり、サロンを任せている宮中伯の未亡人、マーガレット夫人が私を迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、女伯様」
「マーガレット夫人、ご機嫌いかがかしら?」

「いつものように貴女様のおかげで不便なく暮らしております」
「我が領リーガンを気に入ってくださり光栄ですわ」

「ええ、とっても。毎日が楽しくて、飛び上がりそうなくらい!」

 と、彼女は両手をあげて上品そうに元気であるアピールをした。彼女は夫の伯爵が亡くなって以来、寂しい暮らしをしていた未亡人。

 三十はじめながら、亡き夫の前の妻とできていた子どもが領地を継承し、彼女は領内で引きこもっていた女性だ。

 夫が生きているときは王宮で明るくふるまい、彼女の美しさと明るさにひかれる貴族も多かったが、夫が亡くなった後、ふさぎ込んで辛い日々を暮らしていたという。

 そこに私が目をつけて、彼女をリーガン領に連れてきて、このヨーク荘の管理を任せていた。元々明るい性格が派手なサロンで蘇っていき、今では私以外でのサロンの華だ。

 でも彼女は落ち着いていて、私に対し一歩引いて親しく良くしてくれていた。私は彼女を大変気に入っており、よく留守の間、私に会いに来た貴族や知識人の面倒を見ていた。

 今では風呂プール完備のこのサロンではナイトプール夫人ともてはやされている。最初会ったときは暗かったけど、彼女の笑顔は素敵だから、元気になってよかった。

 私は彼女にサロンの様子を尋ねた。

「なにか面白い人は見つかりましたか、マーガレット夫人?」
「ええ、いろんな人が女伯様を慕って何十人もお越しになられましたわ」

「まあ、紹介してくださる?」
「もちろんですとも、私のブラックサファイア様」

 と彼女は私に才能がありそうな人物を次々と紹介してくれる。投資家、銀行家、企業家、科学者、弁護士、詩人から、天文学者まで、いろんな人が私を訪ねていてくれていたみたいだ。最近ではこのヨーク荘はホワイトリリィ宮殿と呼ばれていた。

 私はその人たちの話を聞き、この世界での知識と知見を深める。そんな時間を過ごしていると、もともと知り合いであった、貴族院国王民主党幹事長、カーディフ侯爵がやってきた。

 三院成立したあと、党の顔を若い者に渡し、彼は今では保守改革派の重鎮として、政界で名をはせている。

 カンビアス執政時も彼は頑強に貴族院をコントロールしようと働いていたが、私が帰ってきた後、内政が安定して暇をもてあましているらしい。

 彼は高らかに詩をうたうように私に声をかけた。

「ああ、リーガンに咲く二つの華、マーガレットと、ホワイトリリィ。マーガレットは気高く、白ユリは清楚に革命に捧げられていた。白ユリのまたの名はブラックサファイア。純白のドレスに身を包み、黒き瞳はリーガンを母のように見守りくださる。

 おお、愛しのリリィ、我らネーザンを守りたまえ、微笑み続けたまえ、我らを輝かしい未来へと導きたまえ」
「ずいぶんと優美な詩ですね、カーディフ侯爵。こんどは政治ではなく、詩に興味がおありのようです」

「もちろんですとも、女伯閣下。貴女ほどの美しき花を見てしまっては、どんな男性も詩を奏でずにはいられますまい」
「まあ、お調子者。でも、そう、貴方もとても若々しくて素敵ですわ」

「おお、あのミサ様からお褒めのお言葉、宝として、我が屋敷の金庫に収めておきましょう」
「放っておいては枯れてしまうかも」

「なんの、白ユリは永遠の華。貴女さまの栄華は永遠ですとも」
「ほんと侯爵様はお口が上手いですこと」

「なにしろ……、おっと、我がご令嬢をさらおうとする騎士様の御登場だ」

 侯爵が後ろを向くと、そこにジェラードがいた。

「これは、これは、カーディフ侯爵、愛しのご令嬢マイ・レディをお口説きとは、私との決闘がお望みですかな?」
「なんの、この太った腹では、わたくし、うまく馬に乗れませんぞ。もちろん勇ましきかの有名なテットベリー伯爵殿に道を譲りましょう、ささ、どうぞ」

「助かります」

 と陽気で上品なあいさつを交わした後、ジェラードは私に向かって言った。

「女伯様、貴女のためにやって参りました、どうぞお手を」
「あら、もちろんですとも。はい、どうぞ、テットベリー伯」

 そう言ったあと、後ろから演奏家たちが音楽を奏でる。私たちはホールを華麗に舞って見せた。外では、領民たちが私を見に来ようと敷地外から陽気な歌声がサロン内でも響いてくる。

 平和の味は優美なワイン。恋の踊りは夜を過ぎてもなお続いていく。

 こうして私はリーガン女伯として、ホワイトリリィの宮殿の華として、優雅に咲き誇っていた。
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