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魔族大戦

第百六十三話 私、領地もらっちゃった

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 私は国王ウェリントンからリーガン領をもらい、その組織編制をあれこれ考えていた。豊かな領地をもらったからといって、一人で頑張ってもうまくなんかいかない。

 困難があっても、例えば戦争があっても、きちんと私の領地を任せられるよう、能力のある管理職を置いて、新しく雇う人材への教育、円滑なコミュニケーションなど、組織の運営が上手くいくよう、優れた管理職を選び抜かないといけない。

 ぶっちゃけ、組織が完璧なら、トップに座っている人間の仕事なんてサインを書くだけだ。しかし、そうは上手くいかないのが現実。椅子に座っているだけで、成功するなんてそんな甘っちょろい話はない。

 ということで、無事、家の管理職、女執事バトレスになったレミィをレオがいろいろ教育している。主人の朝の一杯は執事が入れるようにとレオが提案したからだ。

 朝は重要だからね、仕事が上手くいくかは気持ちよく主人を送り出せるかによる。これを見ている奇特な主婦がいたら、朝、夫へ、カップラーメンや電子レンジでチンするような食べ物を置いて適当に蹴とばして送り出していると、やる気が失せた夫が出世しないぞ!

 どうやらレオが一通り教えた通りレミィができて、試しに私へ一杯紅茶を入れてくれる。だが、相手はレミィ。服の胸が空いているから、彼女がお茶入れるとき、少し上半身をかがむから近くで谷間がドカンと目に入ってくる。

 山、谷、山。うわあ、うらやましいなあ。ちょっと興奮してしまうのが私の悪いところ。またメアリーにそういう扱いされてしまう。でも見ちゃうでしょ、女でも!

 どうやらレクスも同じようで、妹相手なのにちらりと胸の谷間を見てしまっていた。レミィは顔を赤らめながら彼に抗議してしまう。

「お兄ちゃん! 今、私の胸見たでしょ!」
「いや、見たけど、だからなんだ」

「居直った! 妹に欲情する兄なんてサイテー! 女の子は敏感なんだよ、そういうの!」
「あのなあ、俺はちゃんと成人した男だ。断言するが、妹に欲情するとかそんなのは一切ない」

「じゃあ、何で見たの!」
「男というものはだな、女の胸の谷間が視界に入ると、本能的に見てしまうんだ」

「は?」
「女にはわからないかもしれんが、これが男の本能なのか、オスの本能か知らんが、見たくなくても、そこに女の谷間があれば見てしまうんだ」

「はあっ──!? なんで理屈っぽく言い訳するの! お兄ちゃんが私に欲情したのなら、それでいいじゃん。素直に興奮しましたっていえばいいのに!

 逆に興味ないとか言われて、かえってショックじゃない!」
「その年でわからないのか! あのなあ──」

「ハイハイ、喧嘩ストップ」

 兄妹漫才に終わりがなさそうなのでミリシアが二人を止めた。

「妹ちゃんの気持ちはよぉくわかる、よくわかるけど、男ってそういう生き物なのよ、レミィ。哀しいことに……」
「ええ……」

「引いちゃうでしょ、妹の胸の谷間をのぞく実の兄なんて。でも見ちゃうんだよ男って。仕方ないんだよ。男って馬鹿だなあっと、心の中で笑って許してあげなさい。逆に哀れなんだから」

 ミリシア、ヴェルドーとの間に何があったんだろう……。私はそっちのほうに興味があるよ。やり取りを聞いて微笑んだレオはミリシアに対し、「ミリシアさんもお茶の入れ方を練習しますか?」と尋ねた。

 しかしミリシアは、

「あら、私はこういうの得意よ、なんてったって魔王エターリアの傍に仕えていたんだから」

 と告げたので、私は、

「じゃあミリシア、家政婦ハウスキーパー決定ね!」

 と言ったのに、ミリシアは状況が呑み込めないのか、たまにあるキョトンとした表情で「えっ?」と間の抜けた返しをする。ミリシアみたいな美人さんが、ちょっとおまぬけさんなところがあって可愛い。

 もとい、私はきちんと彼女に言葉の意図を説明した。

「私は正式に貴族になったばっかりで、領地を任せられるほどの騎士も家の者もいないわ。新興貴族だから。ルーカスの妻が一人ぼっちで襲われたことを考えて、私はきっちり家のことを任せられる人材が必要だと感じたわ。

 領地は広いし豊かだし、いっぱい人を雇えるけど、それをあれこれ指示できる信頼できる中間管理職の人材がいない。ミリシアは経験豊かだし、気が利くし、側にいて落ち着くし、私は信頼しているからメイドたちを指示する役目、家政婦ハウスキーパーになって。

 男は女執事としてレミィにまかせるから」

「ちょ、ちょっとまって、メイドをあれこれ指示するなんて私経験ないわよ」
「ミリシアなら余裕でできるって。それにこれから先、魔族との戦争があって、女伯として私が出陣することに多分なる。戦闘は騎士に任せるけど、今から騎士を雇ってじゃあ、私お抱えの戦闘の指揮官の人手が足りない。

 歴史がないし、そんなに騎士や軍人を集めるコネないもの、私。親衛隊は統一軍で手がいっぱいだし。

 そこで私は家の者に私の護衛を頼むことにして、お抱えの騎士が主に戦場で戦えるよう人材を集中するわ。リーガン家の家訓は尚武しょうぶよ。

 護衛部隊としてメイドも私と一緒に戦ってもらうつもりだから、戦闘経験のある家政婦が必要。ミリシアは昔軍人だったんでしょ、12聖騎士だっけ。

 だったら貴女以上の適材は居ないわ。だからお願い!」

 私が手を合わせてお願いすると、ミリシアは落ち着いて答えた。

「つまり、私がメイド、女の子を自分を好きなようにしていいってことね」
「えっ、そうだけど、うん……」

「ええ、親友のミサの頼みだもの。喜んで引き受けるわ……!」
「やった、ありがとう、ミリシア!」

「ええ、だって、ミサの頼み。仕方ないもの、仕方ない……。若い女、メイドだらけ、夢の職場、キャッキャウフフ、ぐふふ……!」

 その瞬間ミリシアは目を輝かせて、よだれを垂らしていた。えっ!? しまった、彼女はガチだった! いいのかなあ……。でも差別はいけないし、女の子に詳しいということで、まあ良いか!

 屋敷で私の縁のある者をあれこれ指名して、軽く組織編制が終わった。ちょっと暇ができたので、レオのところの部屋に私は寄った。

 彼は家令スチュワードとして、私の領地経営をしなければならない。家令とは家の財産管理職で、いわゆる領地経営の社長。もしくは支社長。

 ずっと私の傍に置いて、きっちり政治のことを叩き込んだけど、実務はまだまだだ。だって13歳前後の男の子だし。どんどん書類が積みあがってしまい、難儀していた。

 彼が特に悩んでいたのは家計の数字計算だった。というのも、リーガン領は国王領のいち地方だったとはいえ、結構広くて豊かだから、収入支出が膨大になる。

 私が戦争で出かけたら、彼がひとりで領地を切り盛りしないといけない。どうやら彼が悩んでいるようなので、宰相経験者としてアドバイスすることにした。

「どうしたの、レオ、何悩んでいるの?」
「どう計算しても、収入と支出のバランスがおかしいんです、ここの領……」

「あら」

 私がネーザン宰相として、官僚組織を万全にしたけど、地方は基本丸投げにするしかない。

 宰相が全部経営するなんて不可能だし、いちおう法令で徹底したところもあるけど、元が中世の政治だから、識字率が低いし、商人やちゃんとした官吏じゃない限り、数字扱える人材は少ない。

 経済なんてさっぱりだろうし、領地の官吏なんてザルなのは仕方ない。ということで、私は彼に助言を続けた。

「ねえ、レオ。複式簿記ふくしきぼきって知ってる?」
「え、ふくしきこきゅう? え?」

「複式簿記。帳簿をつける以上、収入支出をきちんと記載しないといけない。そのバランスが等しくないと、どんどん数字が狂っていくの。その記載方法よ」
「そ、そんなものがあるんですか。初めて知りました……」

 元中世ではこれが当たり前。というのも、複式簿記ができたのは15、16世紀。イタリアの商業都市ヴェネツィア共和国で産まれたのだ。

 日本とか明治時代にようやく導入されたもの。現在の日本人でも、自営業や経理部、事務員など以外、自分の会社の財務状況の数字、帳簿がさっぱり読めない。

 普通のサラリーマンとか簿記の事全然知らないという人がいる。複式簿記ができるようになると、自分の家計管理、および、税金対策ができる。サラリーマンでも副収入がある場合、勉強したほうがいいかも。

 何も知らない人からすると、脱税だとか言ってる人もいるけど、ほとんどの人は自分が税金がどうやってとられているかすら理解していない。

 基本自己申告なので、きちんと各市町村の税務課にみせて、税金控除とかあてはまるか、その証明になる数字とかを報告しなければならない。知らなきゃ損する社会人の豆知識ね。

 学生のときに教えてくれればいいのに……。

 というわけで、私はあれこれ複式簿記を基本に財務管理をレオに叩き込んだ。この時代電卓もパソコンもないから、ネーザン宰相のとき私大変だった。はじめ書類たまっていたのもそのせい。

 いちおう財務省全員は複式簿記ができるようにした。じゃないと統計取れないしね。小さな私が残した財産だ。

 一通り、家の管理体制ができた。そんな日が続き、私が領地をもらったことにお祝いに駆け付けてくれる人がいた。ルーカスとジョセフだ。

 二人とも私と縁が深いし、親衛隊の件や決闘裁判で私とかなり親しい。二人は祝い品を持ってきてくれて、私は素直に嬉しかった。

「ありがとう、ルーカス、ジョセフ」
「宰相閣下にはずいぶんお世話になりましたから。いつぞやの決闘裁判では我が家のことでご迷惑おかけしました」

「まったく、俺とミサ様の縁が無かったら、俺死んでましたね」

 とルーカスにジョセフは言って、側にいたセーヌ夫人は深く私に頭を下げて、感謝をしてくれた。この後仲良く、一緒にみんなと食事をして、パーティを開いた。

 やっぱ友達っていると嬉しいよ。若いときはめんどくさいと思いがちだけど、一人になったら、だれか頼りになる人がいないって、苦しいもん。

 パーティが終わり、私がベッドに入ったけど、ここのベッドがやけに豪華ですぐに寝付けなかった。ふらっと部屋の外に出ると、前の部屋で寝ているレミィがドアの音に気付いたようで、私の傍に寄った。

「ミサ、眠れないの?」
「うん、ちょっと」

「夜風に当たる? ここの星空綺麗だし、夜なのにわりかし温かいし」
「そうね、そうしましょう」

 と言って、仲良く私とレミィは手をつないで、外に出た。いや、夜怖いだけ、べ、別にレミィとそういう関係じゃないんだからね!
 
 と外を二人ふらりと見て回る。広がる美しい自然の景色。ヨーロッパの農村風景って、やたら魅力的なんだよね、日本人としては。

 ふと、レミィが立ち止まった。「私がどうしたの?」と聞くと、「人がいる」とレミィは答えた。恐る恐る見ると、レクスがぼうっと空を眺めていた。

 レミィが「おにぃちゃん」と声をかけようとしたのを私は止めた。ちょっと様子が変だったのだ。やたらさみしそうに星を見ていた瞳が気になったのだ。

 そこに杖を突きながら、傷がまだ癒えないジョセフが彼に話しかけたようだ。

「おっと、なんだ女性かと思えば、男か」
「女だったら、どうしたんだ?」

「まあ、口説いていたね。こんなロマンチックな風景じゃあ、コロリと女は落ちるからな」
「俺はニンゲンのそういうところが理解できない……」

「理解できないのはそこじゃないだろ」
「何がだ」

「ミサ様から聞いた。お前、あの人から騎士になるよう誘われて、今だ答えを返してないみたいだな」
「……」

「なぜだ?」
「俺は魔族の軍人だ。ミサの騎士になると、魔族と戦う可能性が高い」

「それだけか?」
「……。俺は不器用だ、レミィとは違う。あんなにすんなりニンゲンたちとなじめない」

「言い訳だな。お前の本心はそうじゃないだろ。じゃないと迷う理由が俺にはわからない」
「俺もわからないんだよ、ニンゲンが、とくに騎士というものが」

「あ? どういう意味だ」
「……お前、決闘のとき、何故降伏しなかったんだ。あのままだとお前は殺されていた。死んでどうなる。ただの無駄死にじゃないか」

「無駄死に、魔族にはそう見えるのか」
「違うと言いたいのか?」

「違うな。俺はあの時隊長に殺されても満足だった。信頼し尊敬している人だ。自分の誇りを捨てるくらいなら、男として死んだほうがましだ。

 正々堂々あの人と戦って、死ねたらそれはそれで俺は本望だった。自分の死に意味があるからだ」
「死ぬなんてただの無だ」

「お前さんがた、魔族はそう思うのは無理もない。寿命が長いんだろ、たくさん生きて満足して死ねる。だが人間は違う。俺たちの一生は短い。

 すぐに病気して老い、そして死ぬ。だからむしろ、自分が生きていた証をこの世に残せるなんて、すげえ、嬉しいことなんだぜ。

 ほとんどの人間はただ生きて死ぬだけ。でもあの決闘のとき俺が死んだら、きっと後で、ミサ様が俺の無実を証明してくれる。そのとき隊長は俺のことを涙して、たぶんミサ様も、世の女たちは泣いてくれる。

 自分の死を泣いてくれる人がいるって、嬉しいことだぞ。少なくても人間にとっては」
「俺は、死んでも誰も泣かないだろう」

「妹さんは?」
「あん?」

「そのまま、レミィをミサ様に押し付けてそのまま消えてしまいたいなんて、馬鹿な男の感傷だ。お前いま、寂しいだけだろ」
「寂しいわけじゃない。だが、俺はずっとレミィと一緒だった。あいつが産まれた時から、ずっと、軍人になってもあいつは俺を追いかけてきた。

 馬鹿なやつだ。俺と一緒で何が楽しいのかわからない。ただ、最近、ミサに執事として雇われて、なんだかあいつが充実してるように見えるんだ。

 女としても、魔族の人間としても、精一杯やって、輝いて見える。あいつのあんなに素直に笑っている姿を初めてみた。俺と軍人やっているときはきつい顔をしていた。

 でも、今のあいつはなんか、優しそうに笑うんだ。なんでかなあ、男の俺にはわからん」
「じゃあ、教えてやる。レミィが変わったわけを」

「なんだ?」
「自分の居場所を見つけた──」

「──っ!」
「素の自分を頼ってくれて、自分の能力が必要とされて、それがみんなに称えられる。俺が軍人だからわかるが、軍隊じゃあそこらへんシビアだ。誰を殺したとかあの戦場で活躍したとか、正直最初のとき以外は馬鹿らしくなっていく。

 どうせ死んでも、兵士としてでしか知られない。だが、今のレミィは素の自分を必要としてくれる。彼女にとってそれが幸せと感じる瞬間なのさ」
「……なるほど、だてに女に詳しいわけじゃないな、お前」

「どういたしまして。お前も女ぐらい見つけたらどうだ。妹さんにずっと頼りきりってわけにはいかないだろう」
「俺は捕虜の身だ」

「騎士になれば、女が寄ってくるぞ。騎士は貴族だからな。あらゆる女性から好意の目で向けられる」
「それはニンゲンの女だろう」

「構うもんか。世の中、男と女、まあ、それ以外もいるだろうが、ほとんどそうだ。そこに人間も魔族との差はないだろう。

 いいもんだぜ、男として必要とされるって、自分のために泣いてくれる人がいるって」
「……」

「このまま、ずるずる妹が遠いところに行くのをぼうっと眺めているだけか。たとえお前が捕虜でなくなって、魔族のところに戻ったとしても、その後どうなる?

 何もお前は変わらない。むしろ孤独になるだけ。妹さんのことだって、悪い男がひっついてこないか心配だろ、兄として。なら、──騎士となれ。

 そこでお前の自分の居場所を探しても遅くはないんじゃないか?」
「……そう、かもな……」

 私は二人の心が理解できたことで、レミィにそっと「ここはジョセフに任せよう」と言った。彼女は心配のようで、「でも……」と言ったが、「こういうとき、男同士の方が話しやすいんじゃないの」と返したので、彼女も黙ってうなずいた。

 そして──

「レクスを我が、ミサ・エチゴ・オブ・リーガンの名において、我が騎士となることを認める」

 私は純白のドレスとコートを着て、レクスの両肩にとんとんと、剣の峰を置き、騎士の証とする。騎士叙任式が終わり、彼は正式に私の騎士となったのだ。

 周りはレクスのことを称え、歓迎の意思を表す。レミィなんか、立派になった兄を見て涙ぐみながら、「まさか、自分からミサに騎士になりたいと言い出すなんて……」とつぶやいた。

 レクスはさらっと「気が変わったんだ」と言って、優しい笑顔になる。さみしいこと言わないでよ、自分が死んでも誰も泣かないなんて。いまのレクス、輝いているよ。レミィと同じくね。

 私は彼の決意に満足して、私の騎士誕生に深く感じ入ってしまったのだった。
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