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魔族大戦

第百六十二話 リーガン女伯誕生

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 真犯人が出たことで、何とかルーカスとジョセフの決闘裁判を取りやめにすることが出来た。そして再度、国王裁判所で容疑者を含めて、審議が行われることとなった。

 真犯人はルーカスの屋敷に過去仕えていた男だった。というのも、この男、大層女好きであり、貴族でもなく平民として鬱屈した精神の持ち主だった。

 屋敷の主人の妻であるセーヌ夫人の美貌に惹かれてもんもんとしていたある日、ルーカスが出兵することとなって自分の欲望を達成する機会を狙って、その秘めた欲望を遂げようと考えた。

 しかし、その間ジョセフが夫人を面倒を見ていたため、隙が無かったらしい。セーヌ夫人は身もちが固く、夫を愛していた。

 そのため犯人は夫人に警戒されてしまい、これがジョセフに伝わって、彼が不埒な考えを持っているのではないかと調べたうえで、夫人の安全を考えて解雇した。

 それを恨みに思った犯人は屋敷で働いていたツテを使って、ジョセフが夫人のカラダを狙っていると吹聴したらしい。疑心暗鬼に陥った夫人は徐々にジョセフをそのように見るようになっていった。

 ジョセフは女好きだけど、結構ケジメがしっかりできる男らしく、自分の知り合いが付き合っている女には手を出さないようにしていたが、何しろ女癖の評判が悪い。夫人はだんだんジョセフを警戒するようになっていた。

 そして事件の夜、夫人が一人でいることを知った犯人はジョセフのふりをして、その行為に及んだという。夫人は行為を強制された後、真っ暗のまま寝込んでしまい、もともと火事をさけるため、ろうそくをすべて消していたため、暗闇の中一人だったらしい。

 疑心暗鬼になっていき、彼女はジョセフが自分のことを襲ったと思い込むようになってしまった。ジョセフは夫人を不思議に思いながらも、彼も西部戦線にいき、停戦となって、ことがルーカスに発覚したらしい。

 ジョセフに夫人は直接夫と話をするからと、襲われたことを口止めしていた。多分ジョセフのことが信じられなかったのだと思う。それが決闘という事態になってしまった。

 夫人は真実が明らかになって、涙を流していた。夫への純潔を奪われ、自分のせいでルーカスとジョセフの間を引き裂いたのである。彼女の心は察するにあまりある。

 犯人の自白とその裏付けの証拠が確かだったので、結果、ジョセフは無罪になり、のちの裁判で、犯人の男は絞首刑と決まった。

 ルーカスは裁判が終わった後、ジョセフに丁寧に謝罪を述べる。

「すまなかった。ジョセフ。よりにもよってお前を疑うだなんて。私はどうかしていた。愛する妻が襲われたと聞いて、冷静でいられなかった。心よりお詫びする」

 決闘で大けがを負い、杖をつきながらジョセフは笑顔で上司の謝罪に応えた。

「いいんですよ、これも身から出たさび。普段から疑われることをしていたんだから、隊長が俺を疑うのは当然です」
「だが、私は心の底では妻を襲ったのは、ジョセフ、お前ではないとわかっていたのかもしれない。それでいて、なお妻の言うことを証明するために躍起やっきになっていた。

 自分が大切な人を守れなかったという想いをお前にぶつけて、自分自身の慰めとしていたのだろう。騎士としてあるまじき心だ。私は自分があさましく思うよ」
「隊長があさましいだなんてそんなことはありませんよ。俺だって夫人を守れなかった。それで罰を受けるのは騎士として当たり前です。ただ、隊長にそういう目で見られたくはなかった」

「お前の言葉を信じてやれなくて済まない」
「もういいです、誰にでも間違いはあります。どうです、今度一杯、良い女をひっかけ……おっと、しばらくは女は控えましょう」

「ははは、その方が良い。まったく、お前ときたらすぐ女の尻を追っかける」
「性分なんでね、まあ、おたがい怪我が治ったら、飲みましょうよ。いっしょに」

「ああ、そうだな、我が心の友ジョセフよ」
「ふっ、はは」

「ははは……」

 二人はお互い肩を組んで決闘での健闘をたたえ合っていた。そのうえで、ルーカスとジョセフは夫人に謝罪をした。彼女は涙ながらも二人の男に敬意を表しハグしあった。

 裁判長としてメアリーが嬉しそうに私に話しかける。

「男の友情はいいね。さらっとして」
「なにそれ、私とメアリーはジメっとしてるの」

「やらしいわね、その言い方。やっぱアンタ、レズビアンよ」
「違うって、もう、せっかくいい場面を見て気持ちよくなっているときに、茶化さないでよ」

「まあ、失礼ね。私にとって大事なことなのに」
「その話やめよう。というか、貴女にも今回こじれた責任があるし」

「私のせい!? ミサがやれって言ったんでしょ!」
「でも、メアリーが暴走したんじゃない!」

「何よー」
「むうっ!」

 私たちが険悪になる様子を見て遠くからジョセフが笑いながら、

「今度は女同士の決闘ですか? いいですね、面白くなりそうだ」
「ははは……」

 とからかわれ、みんなに笑われて、私は恥ずかしくて顔が熱くなった。はあ、喧嘩よくない。私も二人みたいにちみちみ細かいことにこだわらないようにしよう。

 私は宰相府にもどり、ジャスミンをねぎらった。

「ありがとう、ジャスミン。あと、警察にも私から礼を言っていたと言っておいて。おかげでネーザン宰相として最後の仕事が成し遂げられた」
「いえ、すべて閣下の御差配。警察も閣下より直々の命がなければ、決闘に間に合わず、真実はことが終わってから明らかになってしまったでしょう」

「考えてみれば恐ろしいことよね、冤罪えんざいで人が死ぬって。ウェル・グリードの件もそうだけど、司法制度を改善するよう、次期宰相の貴方は指示しておいて。

 私も統一宰相として、諸国でもきちんとした法整備にするよう、条約を結ぶつもりだから」
「そうですか、次は貴女の舞台は世界ですか。大きくなりましたね」

 と言われて、なぜかあわててぺったんこの私の胸をおさえてしまった。10歳ぐらいだし、そろそろ膨らんでも……。前の世界でもそうだったし、スタイルぐらいバフ頂戴よ、阿弥陀様!

 そう言う日々が過ぎ、ついにウェリントンが凱旋することとなった。中央広場で、国王である彼を私たちは待ち受けて、自分たちの陛下に惜しみない拍手を行った。

 しかし、当のウェリントンは顔がさえず、疲れた様子で私たちの出迎えに応じた。まずは、国王代理であった、彼の姉メアリーが代表として彼に花束を贈る。

「おかえりなさい、ウェリントン。ずいぶんやつれたわね」
「ただいま帰りました、姉上、積もる話はまた今度にいたしましょう」

 そして次に宰相である私が彼を出迎える。

「おかえりなさいませ、陛下。話は聞いております。ご存分と体を休めてくださいませ。我ら一同、心より陛下のご帰還をお待ちしておりました」
「ああ、会いたかったぞ、ミサ。お前も随分と活躍したようだな。軍務もこなしたし、立派な貴族の一員だ」

「おほめにあずかり光栄でございます──きゃっ!?」

 彼は私を抱きしめながらいきなり私を持ち上げていた。

「大きくなったなほんとに、もう立派なレディだ。ははは」
「お、おやめくださいませ、陛下、皆が見ています!」

「そうか、積もる話はまたあとでしよう」

 そのあと、各三院首相と市長に歓迎を受けたウェリントンは、戦いの疲れを見せながらも立派に凱旋を行った。

 東部戦線は相手がヴェルドーであったため、ひどい戦場だったらしい。魔族軍の侵攻で大陸半分近くとられてなんとかウェリントンが食い止めていたが、いずれ私たちは決着をつけないといけない。

 先のことを考えながらも、今はただ、無事我が王が帰還したことを私は喜んでいた。

 私はリーガン領を拝領することになり、ウェリントンが帰ってきたことで、正式に臣従礼オマージュを行うことになった。

 ソルトベリー教会で私は雪白のドレスとコートを着て、ウェリントンの前でひざまずき、まず彼の騎士に問われた。

「汝、ミサ・エチゴよ、ネーザン国王に何を誓約するか?」
「ネーザン、および、世界の平和のために命を惜しまず、陛下の臣として生涯その日々を捧げることを誓います」

「ならば、手を出されよ」

 と言われ、私は両手を差し出し、ウェリントンに両手で包み込まれる。そのあと彼は私の手に接吻をしたあと、私は司祭が持ってきた聖書に手を置き、誓約の言葉をささげる。

「私、ミサ・エチゴは神の前において、この生涯、病める日も辛き日も哀しき日も、陛下のことをつねに想い、この身を捧げ、陛下の元、共に平和のために戦うことを、誓約いたします」

 私の言葉が終わった後、ウェリントンが司祭から渡された領地を意味する小枝を手に取りこっちに持っていき、私はそれを両手ですくうように受け取る。

 ウェリントンはそれを見届けた後、厳かに皆に告げるように宣言する。

「我ここに、ミサ・エチゴにリーガン地方、畑13700、村480、都市13の土地をあたえることを宣言す。そなたの未来に幸あれ」

 そのあと、大きな拍手で私は包まれる。貴族や貴婦人たちから、賞賛の声を浴びされて、この神聖な儀式が終わり、正式にリーガン領を拝領することとなった。

 私は馬に乗り、もらった領地へとおもむくことになった。豊かな土地で黄金の畑が風になびいている。レオは感動しながら私に言った。

「すごい、広いですね。それに農業が盛んで」
「ええ、陛下からいい土地をもらったもの。リーガン地方はもともと、国王直轄領の中でも歴史が長く、小麦やブドウ栽培がおこなわれているわね」

「ふへー、ミサ様、でも、統一宰相と兼務ですよね、経営大変そうですね」
「何言ってるの。私は王都レスターに住むわよ。領地を見て回ったら、貴方が家令スチュワードとして領地経営を行うのよ」

「え、僕が!? でもミサ様のお世話は誰がするんです!?」
「そうね、レミィ、お願い」

「え、私!?」

 魔族の娘である彼女は私の言葉に驚き、美しい顔がきょとんとしていたため、私は思わず笑った。

「ええ、領主となった以上、私には軍務義務があるし、戦いに詳しい人材が必要。レミィが女執事バトレスとして、レクスは私の騎士になってもらうわ」

「えっ!?」
「何!?」

 レクスとレミィはさらに驚く。私は笑顔のまま、理由を告げた。

「これからさき、魔族と戦争になるけども、私が目指すのは人間と魔族との融和よ。そのために政治のトップである私、統一宰相が魔族の人を部下につけるって、とても政治的に重要なことよ。

 どうしても歴史の隔たりがある以上、人種差別が起こるし、両者でいさかいがおこるでしょう。でも私が魔族の人間を雇うことで、人間のみんなも、魔族に対してもっと友好的な目で見るような刺激を与えることが出来る。

 まあ、強制はしないから、二人とも考えておいてね。もう、魔族のもとにはなかなか戻れそうにないんでしょ?」

「……」

 レクスとレミィは黙ってしまった。わかってる、そう簡単に心の整理がつかないって、でも、それを承知の上でレクスはレミィに言ったようだ。

「レミィ、お前、ミサに仕えろ」
「え、何言ってるのお兄ちゃん。お兄ちゃんはどうするの?」

「少し考えたい。俺は男の軍人だ。いろいろとある。だが、お前は違うだろ。これから先ミサが言うように魔族と人間が手を取り合うようになったら、お前はどうする?

 このまま軍人のまま、一生を終えるつもりだったのか。血を血で洗う生活をする気なのか。お前は本当は優しい娘だ。俺と違って器用だ。

 きっと人間たちとやっていけるはず。どこかの誰かに頼るより、ミサならお前を預けられる。だったら、せっかくの機会だ受けておけ」
「で、でも、わたし魔族だし……」

「お前が魔族だから言ってるんだろ。なあ、ミサ」

「そうよ、レミィ」

 レクスの言葉に同意し、彼女が出した答えは──。

 リーガン領の屋敷に泊まった後、私は新たな執事を迎えた。その娘はレミィ。黒いスーツを着ながらも、胸元はぱっくり開いており、豊かな乳房が横から上から肌をさらけ出している。下はスカートで、ぴっちり網タイツをはいていた。レミィは恥ずかしながら感想を述べた。

「何、この服、なんだか服着ている方が余計に恥ずかしい」
「ナターシャに頼んで作った特注魔族用、女執事服よ。魔族は平均体温が低いから厚着ができないので、通気性がよく、素材も暑くないよう考慮したって彼女は言ってた」

「なんかこの服余計にいやらしい……」
「可愛いって、ねえ、レオ?」

 私はレオに話題をふると、彼は顔を真っ赤にして言った。

「すごく、えっちです……」

「やだー、やっぱりやだーこの服!」
「ははは……!」

 レミィが真っ赤な顔で抗議したのが可愛くて、私たちは思わず笑いこけてしまったのだった。
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