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魔族大戦

第百六十一話 決闘裁判③

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 決闘が始まってしまった。ルーカスとジョセフが勢いよく馬で駆けて、ランスを構え突撃チャージをする。その差わずかゼロコンマ数秒の差でルーカスの槍がジョセフの肩当を吹き飛ばす!

「くっ!?」

 だが、ジョセフは無事のようだ。それを私と一緒に観客席で見ているレクスとレミィはお互いに実感を述べた。

「どうやらあの大きい黒髪の男のほうが馬術に長けているらしい。突撃も見事だった」
「あら、お兄ちゃん、あのジョセフだって見事だよ、相手がやってくる瞬間に肩をそらし、槍が直接体に当たらなかったから。かわしてなければ、ジョセフの肩の骨は粉々に砕けていたよ」

 などとレミィが返したことにレクスは、

「たしかに、ジョセフも見事だった。これが騎士同士の戦いか……!」

 と、彼女の言葉を素直に認めた。二人は軍人らしく、彼らの戦いを興味深そうに語っている。本来なら、裁判だから私語は厳禁だけど、騒がない範囲ではとがめられない。

 二人の話だと互角の勝負を彼らはやっているようだ。ルーカスは馬を返し、再びジョセフを襲う。対し、ジョセフは彼のお付きの従騎士に「アクス!」と言い武器を持ち替える。

 ルーカスが「はっ!」と掛け声のあと、スピードに乗ってランスチャージを叩き込もうとするが、ジョセフは斜めに馬を駆けだして、すれ違いざまに斧でランスを叩き割る!

 武器を失ったルーカスは急いで、彼の従騎士のもとへ駆け寄り武器を交換しようとする。「星球式鎚矛モーニングスター!」と言い、とげのついた星形こん棒を受け取り、馬を走らせる!

 一瞬のすれ違いざまに、二人の武器は叩き落されてしまう。でもジョセフの様子が変で、私は何が起こったのかわからなかったが、レクスとレミィには理解できたようだ。

「ジョセフは斧であのへんな棍棒を叩き落そうとしたはいいものの一瞬遅く、ルーカスに腕へと打撃を叩き込まれてしまったな」
「リーチの差ね。一瞬であのへんな星付きを選んだのが良かったね。得物の差で、ジョセフの右腕が上がらないみたい」

 えっ、ということはジョセフは今ピンチなの!? ジョセフが右腕をかばいながら、武器を交換し、ルーカスが斧で襲おうとしたところ、ジョセフがスピアを持ちルーカスの太ももの部分を刺す!

「ぐっ!?」

 今度は得物の差でジョセフが勝ったようだ。ジョセフが剣を抜き、足が動かなくて落馬しそうなルーカスを襲う。

 ──しかし、ルーカスはむしろ自ら馬から倒れるように降りて、斧を捨てジョセフの剣をかわし、回転しながら、剣を抜き、ジョセフの足を切りつける!

「くっ!」

 体勢を崩したジョセフは落馬してしまい、ルーカスが追い打ちをかける。だが、何とか態勢を立て直し、ジョセフは中腰で剣を受け止めた。

 お互い近くで剣を交差し競り合いが続くが、目に見えてジョセフが不利だった。というのも──。

「これで右腕が使えないジョセフが不利になったな。条件が同じでは片手と両手、結果は目に見えている」
「残念ながらそうね。どうするんだろ、こんな時、人間は……?」

 とのレクスとレミィの会話の言う通り、明らかにジョセフが不利だ。片手であのクマを殺したという伝説があるルーカスに敵うわけがない。

 勝負がつきそうで、私は焦って近くにいた警官に「まだなの!?」と声を出してしまい、近くにいた審判の騎士ににらまれてしまった。

 戸惑う私にミリシアに、「おちついて、この状況からわずかな希望を持って奇跡を叶えるのよ、貴女は」と言われて、私は奥歯を噛みしめながらも、焦れる心を落ち着かせた。

 容疑者三人に尋問は始まっているらしい。早く、自白をとってもらいたいんだけど、時間が。あるいはほかにルーカスの妻の強姦事件の真犯人が……?

 くっ、時間がない。ルーカスもこれ以上、殺し合うことは望まないようで、

「ジョセフ、お前の負けだ。素直に私の妻を犯したと言え」

 と告げたが、ジョセフは首を振った。

「できませんね! 無実の罪をかぶるなど。とくに隊長の妻を襲ったなんて!」
「なら、ここで死ね!」

「見損なわないで下さいよ!」

 とジョセフが言った時、ルーカスの剣が降り下ろされたのをかわし、ルーカスの傷を受けた太ももの反対側を剣で突き刺す!

 ふらつきそうになるルーカスはそれをこらえて、ジョセフをガントレットで殴りつけた! ジョセフの顔が歪み、頬にあざができ、歯が折れたのだろう、口から血を流している。

 女性に人気あるジョセフの身を案じて、ご婦人がたが「キャー!?」といった悲鳴を上げる。見てられない。無理やり止めるか、宰相の権力を使って。

 でもそれは国王権の侵犯だし、先例ができれば、のちの宰相が独裁者になり兼ねない。いまさら憲法や司法制度を壊すわけにはいかない。

 くそ、何か手は……!?

 レクスとレミィは事態が彼らの価値観から考えて理解できないのか、不思議な顔をして決闘を眺めていた。

「なぜ降参をせんのだ? もう勝負は決したも同然だろ。これ以上は無駄だろ。死んでは何もならんだろうに」
「ジョセフが昔言ってた。騎士には死んでも守らないといけない誓いと誇りがあるって、でも……」

「誓いと誇り、ニンゲンの価値観は俺には理解できない」

 レクスは深刻そうな目で戦いを見つめていた。彼ら魔族にとってこの決闘はカルチャーショックだったらしい。

 だが、彼らと意思とは関係なく戦いは続く。殴られ倒れそうな体をジョセフはこらえて、剣を振る。だが、それはルーカスにかわされた。いや、当たらなかったのだ。

 おそらく殴られて脳震盪のうしんとうになっているのだろう。距離感がおかしいのだ。ルーカスはそれを理解したようだ。

「もう一度言う、降参しろ。死んでは何もならん。お前が妻を襲ったと認めるなら、これ以上追求しない。保証さえして、名誉が回復できれば、前の通り同じ付き合いをしてやる」
「あいかわらずしつこいですね、隊長。俺は降参しませんよ。隊長の女を襲ったってだけは認めるわけにはいかない。この命に代えてもね!」

「意地になるな、ジョセフ!」
「意地になりますよ! 貴方は何もわかってない!」

「くそう、馬鹿者が!」

 ルーカスは声をあげながら、ジョセフに剣を振りかぶる! 斬撃は重く、ジョセフは剣で受けようとしたが、叩き落されてしまう。

 ジョセフは後ろの腰につけていた、ショートソードを構え、まだ戦う意思を見せる。

 レクスは思わず、「もういいだろ、やめろ!」と叫んでしまい、騎士や役人が彼のところに取り押さえようと肩をつかむ。

 それを見たレミィは「お前ら、お兄ちゃんに手を出すな!」と言って、騎士や役人の中に割って入ろうとする。

 混乱のさなか、急いで駆け足で、私のもとに近寄ろうとする男の姿が見えた。「あれは、レスター警察!」

 だが会場の反対側に警官は位置していたため、こっちに来るのに時間がかかる。早く! 私は決闘場を見ながら彼のもとに駆け寄る。

 決闘はもう佳境、主な得物を失ったジョセフはルーカスに攻められていき、どんどん観客席の敷居へと追い込まれていく。後ずさりをしていったせいか、ジョセフが足を滑らせて、態勢が崩れていく。

「ふんっ!」

 ルーカスは剣を振り下ろし、ジョセフのショートソードも叩き壊されてしまう。ルーカスはジョセフの首をつかみながら、

「我が妻を犯したと言え! それほど守るべき意地か! 貴様の誇りとはなんだ!」
「……いい加減、あきらめてくださいませんかねえ、やってないものはやってないんですよ!」

 ジョセフは力を振り絞り、ルーカスの顔を殴りつける。お互い全身鎧で動き回っていたのだ、疲れでふらつき、ルーカスが覆いかぶさるようにジョセフを押し倒す。

 私と警官は何とか合流し、事の仔細しさいを聞いた。

「なんですって!?」

 真実を聞いた私は居てもたってもいられず、メアリーのもとへ走り寄る。

 ルーカスはジョセフを押さえつけてジョセフの腰に騎乗する形で、ショートソードを抜いた!

「言え! 降参すると! そしてわが妻に謝罪しろ!」
「断る! くどい!」

「貴様ぁ──っ!!!」

 抵抗を続けるジョセフに何度もルーカスは殴りつける。もみ合いで必死の攻防を続けるも、徐々にジョセフの抵抗する力が抜けていく。

 それを見たルーカスは肩で息をしながら、ジョセフに尋ねた。

「最後にく! 何故だ! 何故そこまで、己の罪を否定する! お前は女にあれほどうつつを抜かしていたではないか! いまさら不名誉をこうむっても問題なかろう!

 ──いったい何故だ!?」

「……問題、大ありですよ。そんなこともわからないんですか……?」
「なんだ! 言ってみろ!」

「……」
「なんだ! 言え」

「大馬鹿ですね、貴方は……」
「なんだと⁉ 貴様!」

「……。隊長、ルーカス隊長。……俺は、俺はっ!






 
 ──……貴方のことをお慕い申しておりました……!!」

 ジョセフは運命を受け入れたようで静かにほほ笑んだ。

「くっ……! おおおおおおおおぉっ────!!!」

 ルーカスは絶叫をし、ショートソードでジョセフの胸を貫こうとする! レクスが「やめろおっ──!!」と叫び、会場が絶叫に包まれる中、静かにメアリーは立ち上がり宣告した。

「双方やめい!」

「なっ……!?」
「はぁ……、はぁ……!」

 ルーカスは手を止め、メアリーへと顔を向けた。

「なぜです! 殿下!」
「ルーカス、やめい! 無実の部下を殺したいか!?」

「なっ!?」

 ルーカスは一度倒れているジョセフを見て、再度メアリーの方へ顔を向ける。戸惑う彼にメアリーは真実を告げた。

「ネーザン宰相ミサの調査により、あらたなる犯人が浮かび上がった。その者はルーカス、そなたの妻を犯したとたった今、いたのだ。

 よって、法を司る国王の代理として、新たなる事実が浮かんだことで、私はそなたらに再審議を提案する!」

「真犯人……? まさか、くっ!?」

 ルーカスはジョセフのまっすぐな瞳をちらりと見た後、己を恥じたようで頭を抱えた。メアリーはもう一度威厳を持って尋ねた。

「ルーカス、ジョセフ! 再度言う、再審議を受け入れるか!?」

 ルーカスはゆっくり十字を切ったあと、天を見つめながら、

「わかりました……」

 と言いジョセフももちろん、

「了解ですよ、姫様……!」

 と告げたことで、メアリーは二人の意思を確認して堂々と裁判の結論を告げた。

「両者承諾によって、真実を明らかにすべく、この決闘裁判は、国王代理、メアリー・オブ・ウェストミンスターの名において無効と宣言する! ──以上!!!」

 会場はしんと静まり返った。ルーカスは呆然と天を仰ぎ、ふと、隣にいた忠実なる部下が立ち上がりにくそうにしていたため、自然と彼は部下へと手を差し伸べる。

 ジョセフは隊長の差し伸べた手を強くつかみ、お互い手を握りしめ合い、ルーカスはめいっぱい引き上げ、彼に肩を貸した。その二人の誇り高き騎士の姿に会場は拍手をもって迎える。

 メアリーは拍手しながら、隣にいた私に向かって、

「よかったね」

 と言ったので、笑顔で返す。

「そうだよ。もちろんだよ」

 こうして、私は名誉ある我らが騎士たちの後ろ姿を拍手で見送った。のちにメアリーがこの決闘を「誇り高き我が騎士物語」という題名の小説にしたことで、内外にネーザン騎士の美談として語られるようになった。
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