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魔族大戦

第百五十六話 ミリシアの本当

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 ミリシアには兄がいると昔話してくれた。でも、彼女は過去を詳しく語ろうとしない。かなり昔から魔王の血を受けて、五魔貴族のファイブアイズとして緋色の瞳を持っている。

 彼女の正体はいったい何者なんだろう、そして、彼女は何の目的で私たち人間側に協力してくれたんだろう。

 私とミリシアは魔王、エターリアと停戦条約を結ぶため、何度も交渉を重ねた。私たちは問題になっているコルチェスター地方がどこに属するか最終的な議論を行った。

「最初に申した通り、コルチェスター地方はもとより自立志向が高い地方です。過去ウェストヘイム国に独立戦争を仕掛けております。また、いったん魔族に組みしたのはそのためです。

 お互いの良き統治という観点から考うる限り、ここはいったん統一国と魔族国との中立地帯として、緩衝地域として置いておきたいのです」

 という度重なる私の説得に、エターリアの態度も徐々に軟化していった。

「理由は分かった。だが、コルチェスターは私たち魔王軍の重要な補給路だ。あそこを抑えてないと、ウェストヘイム中部の民も貧困にあえぐ可能性がある」
「おっしゃる通りです。ですから、我々統一国はコルチェスター地方でのみ限定的な我が国と貿易を行うことを許可します。

 魔王様の疑念もわかりますが、これは我が統一国の最大限の譲歩です。人道的観点からして、お互いがよりよい未来のために、ぜひともご了承頂けると幸いです」
「……そうかわかった。なら、統一王のもとに限定貿易を許可するのなら、我々もその条件を飲んでもよい。しかしこれは誓約だ。たがえると我々も終末的な軍事行動に出ざるを得ない」

「ええ、条約を魔王様がお守りいただける限り、国の威信にかけてお約束します」
「相分かった。次はそちらで面倒見ている我々の民のことだが……」

 エターリアはちらりとミリシアを見た。前、激しい啖呵たんかを切ったミリシアはなんだか腫れもの扱いで、エターリアは持て余していた。そんな彼女にミリシアは笑顔で言った。

「私は帰らないわ、貴女のもとへは。私の目的を果たさない限り」
「いまだに奴に対する想いを吹っ切れないか。あれから1500年以上がたち、二人とも大人になればいいものを」

「彼が変わらない以上、私も変わるつもりはないわ」
「個人的な感情でお前を失うか。はあー」

「ごめんね、エターリア。でもあいつは私がケリをつける。貴女の考えもあるだろうけど、これは私が決めたことよ」
「頑固なやつだ。まあ、いい。ミサが面倒見てくれるなら心配はいらないだろう。はあー」

 話の内容が理解できないけど、相変わらず私に打ち明けてくれないから、何のことだかわからない。エターリアはミリシアの目的を知っているような素振りだ。

 機会が来たらミリシア本人が話すと言っていたし、その時を待つか。私はさらに重要なことをまとめなければならない。

「ミリシア殿の身柄は私たちが保証します。魔王様はご安心を。それよりも、捕虜交換の件ですが、ウェストヘイム国王夫妻のご遺体を我々のもとへと返還して欲しいことと共に、ご承知願えないでしょうか?」
「両軍の捕虜を解放するため、捕虜交換もしくはその代償として金銭を払うという話か。それも了解した。ただし……」

「ただし?」
「レクス隊の帰参は許可しない。やつらは一回、命令無視でヴェルドー軍から我ら魔王軍に入っている。本来なら重罰だが、あえて事情を考慮して許した。

 だが再び命令無視をして、要塞を明け渡し貴国に降伏したのだ。2度も軍律違反を行っている。よって我々魔族は彼らに対価を払うつもりはないし、こちらに属することを許可しない。

 我々魔族は鉄の軍規を誇っている。これはあいつらも十分理解していると思う」
「そう……ですか。なら、私が直接彼らに伝えます。魔王様、有意義な時間を過ごせて光栄です。お互いの繁栄を我らは望んでいます」

「相変わらず口が上手いなミサ、達者でな」
「ええ、これから何度もお会いできると思いますよ」

 と言ったあと、お互いが握手を交わす。大体の停戦条件が定まった。あと、私たちは議会での決議のため条項を持って帰るだけだ。ウェリントンには私からすでに連絡しており、全権を任されているから、そこらへんは心配ない。

 私はレクス隊がいるティンタジェル要塞に向かった。彼らへと今後のことを伝えないと。

「レクス、貴方に知らせなきゃならないの」
「なんだ、ミサ。農作業で忙しいんだ」

「重要な話だから手を止めて。魔王様と話し合ったけど、貴方たちの帰参は認められなかったわ」
「そうか……」

「言っただろ、レクス。勝手に降伏したら、帰る場所がなくなるって。だから私は反対だったんだ」

 とほほを膨らます美少女魔族レミィ。人間の服を着た彼女はとても魅力的で、思わず体が火照ってしまうほどだ。可愛いなあ、スタイル良いし。シャツから盛り上がってる胸の部分が目に入ってしまう。

 私、幼女だから、彼女の顔の方を見ると上を見上げないといけなくて、レミィの胸部装甲の厚みがよくわかる。あらーゆさゆさ揺れますねえ。私は二人を慰めるために提案した。

「ねえ、レクス、レミィ。これから無事、魔族軍と停戦が行われるだろうし、帰るところがないなら、私のところで暮らしてみない? 捕虜の扱いの先例になるだろうし、私は別にいいわよ。むしろそうして欲しい」
「そうかミサのとこか、悪くない……」

「──私は嫌だ!」

 レクスが言ったのに対して、レミィはそっぽ向いてしまう。まあ、すねちゃって。私は優しく彼女に話しかけた。

「なーに、まだ私が勝手に出て行ったことを怒ってるの?」
「当り前だ。どれだけ心配したかわかるか? いきなりいなくなって。連絡もよこさず、戦場で会うまでどうせ私のこと忘れていたんでしょ、友達なのに……」

「そんなことないって、戦争中だから仕方なかっただけ。本当に貴女に私は会いたかったわ」
「信じられるか」

「じゃあ、約束しよ。今度はお互い親友を裏切らないって」
「むぅ、何か挑戦的だな。勝手に私を裏切ったくせに……」

「ははは、ごめんごめん。許してよ、レミィ」
「……ま、まあ、そこまで言うなら……、別にミサのもとに行っても構わないわよ。嫌いになっちゃったわけじゃないし……」

「本当!? ありがとう、レミィ!」

 そう言ってお互いがハグして抱き合った。停戦できること自体が嬉しいけど、一番うれしいのは彼ら友達と再びこうして一緒にいられることだ。敵味方で別れるのは嫌だしつらいもん。

 こうやって、私たちはティンタジェル要塞で少しの間過ごすこととなった。

 ある晩、私は歌声が聞こえて目を覚ました。綺麗で透き通った女性の声。アイラの歌声のように美しく気品がある。興味がわいてきて、夜にもかかわらず、私は思わず声のもとへ向かった。

 よく考えたら停戦交渉中だから危険な行為だけど、月夜の晩、月影が美しくて、幻惑的なムードのまま勝手に足が向かった。ふと、黒髪のロングの女性の後ろ姿が見えた。ミリシアだ。

「ミリシア、初めて貴女の歌声を聴いた……。とても綺麗」
「ミサなのね。そうか、そろそろかあ……」

 彼女はこちらに向かず、寂しそうに言ったのでどうしたのかと思って彼女の隣に立った。お互い城壁の回廊に立ち上空の夜空を見上げ、しっとりと彼女は語り始めた。

「よく、貴女は私のことを聞いてきたよね。でも私は今までそれに応えなかった」
「友達だもん、当たり前だよ。もっと貴女のことが知りたいから」

「好奇心?」
「ちがう、貴女が好きだから。悩んでいることがあるなら私に相談してほしい」

「そう、やさしいのね……」

 彼女は少し間をおいて静かな口調で続ける。

「私に兄がいるっていったよね、昔」
「ええ、とっても素敵な人だって」

「素敵だったというのが正解ね。1500年以上前、まだ、私と彼が魔族になる前、遠い遠い昔の話。魔族との戦争が起こったときの事よ」
「そんな昔の話なんだ」

「ええ、私は遠く離れて暮らしていた一番上の大兄様のもとへ参じて、魔族と戦ったの。その時は仲が良かった兄と一緒に」
「ミリシアが!? 本当に」

「ごめんなさいね、貴女をだましていて。昔の私はやんちゃで、いつも兄と一緒に剣術や武術を稽古していた仲なの。子どもの頃の遊びだったのよ、それは」
「めずらしいね、ミリシアのイメージにない」

「ええ、でも、それが功を奏してか、私と兄は戦場を駆け巡り、魔族に勝利していった。嬉しかった、大好きな兄さんと共に人間たちのみんなの役に立てて。

 みなが私たちの事を称賛し、いつのまにか彼のもとに集まった12騎士の一人に私は含まれていた。それで私たちは円卓の前ですべてを語り合った。お互い例え血のつながりがなくても差別がないように。

 そしてみんなが心を合わせて人間のために命がけで戦った。なつかしいわね。すべてが昨日のことのよう……」
「ねえ、もしかしたらでいいの、違うならそれでいい。でも確かめたい。……貴女は、貴女は──ヴェルドーの、彼の妹なのね?」

「ええ、そうよ。私の本名は、レキウィア・ミリシア・アレクサンダー。二人の兄の名は、のちの統一王プロポリウス・デクスター・アレクサンダー。……そしてもう一人は、のちの魔将軍レキウス・ヴェルドー・アレクサンダーよ」

 夜風が寒々しく吹いていく、穏やかな晩、数奇な運命をたどった美女は静かな笑みを浮かべて歴史の真実を語っていく。
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