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魔族大戦

第百四十九話 ティンタジェル要塞包囲戦③

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 現在、魔族軍に奪われたティンタジェル要塞を攻略するため、司令官のジェラードが重要な陣地に夜襲をかけるなか、私は敵側になっているオークニー男爵を寝返らすために、たいまつで合図を行う。その時、魔族の私の友達のレクスに見つかり、彼の剣が私に振りかかろうとしていた。

 うそ──!?

 私が思わず目を背けてしまいそうになるところを一人の男がレクスの剣を止めた。槍を持ったダスティン大佐だ。

「おっと待ちな、俺を抜きにして宰相をやらせたりなんかしないぜ!」
「ちっ!?」

 レクスの剣を巧みに流し、ダスティンは槍で剣を払いのけて、心臓部を刺そうとする。が、レクスは剣をくるりと回し、逆にダスティンの槍を払いのける。

「くそっ、器用な」
「なかなかやるようだな。だが、俺には任務がある。そこをどいてもらう」

「気に食わねえな」
「なんだと」

「幼女に向かって刃を向けるその姿勢がよ!」
「ふん、俺は軍人だ。戦いの勝利のためならたとえ友人であろうとも、甘んじて汚れた道を進もう」

「勝利? 娘っ子一人犠牲にして勝ちを得ようなんて下らねえな! 幼女を殺してもたらす勝利がそんなに大事か!?」
「当り前だ。これまで何人もの仲間が死んでいった。それもこれも、俺たち魔族の未来の子どもたちが温かい日差しを浴びて、厳しい雪に埋もれたりせず、植えた作物が枯れるのを恐れる必要がない大地が必要だ。そのためなら何でもする」

「見下げ果てたぜ。いいか、俺たちは戦うために産まれた男たちだ。でもな、いくら戦いであってもやっていいことと、やっちゃあならないことがある。

 それをきちっと理解しなきゃただの殺人鬼だ。軍人には矜持きょうじがひつようだ。これは敵相手であろうとも同じだ」
「ミサを殺せばこの戦いはより魔族側の勝利に傾く。いやあるいは一人の犠牲で戦争が終わるかもしれん」

「だとしても幼女を殺して得た平和なんてただのくそだ。男なら自分の力で未来を切り開いて見せろ!」
「ぬかせ!」

 お互い一歩も引かぬ戦い。部下たちを交えて交戦が始まった。ダスティンはこちらに背を向けながら言った。

「宰相! 何やってる。あぶねえから、うちで待ってな!」
「でも! ダスティンもレクスも私の友達よ。ここにいるみんなだって……」

「だったら余計に帰れ! お友達がお友達を傷つける姿を見たいのか!?」
「!!!」

 これから繰り広げられるのは私の知り合い同士が殺し合う戦い。そんなのって、そんなのってないよ!

 でも私が何かできるわけじゃない。説得しようにも、どうしてレクスがここにいるのか……。そうだ、何で私の居所を彼は知っていたの!?

「レクス! なんで私がここにいることを知ってるの!? まさか……」
「ミサの居所なんて俺たちは知らん。だが、傭兵の一部が妙な動きをしていると知って、怪しい奴を捕えて吐かせたら、敵側に寝返るといううわさを聞きつけてな。

 昨今の要塞では引きこもっているだけではいずれやられる。そのまえに地下坑道を掘って、偵察に来ていただけだ」

 ……そう、つまり、オークニー男爵が私たちをたばかったわけじゃないのね。なるほどなら……。

 一進一退の攻防がつづく。戦いが激しくなっていく中、敵の援軍がここへ空からやってきた。レミィだ。

「レクス! どうなっている!?」
「敵を見つけた。交戦中だ、ミサもいるぞ」

「ミサが!?」

 レミィはとたん優しい顔になりかけたが、首を振り、私へと厳しい口調で告げる。

「ネーザン国宰相、残念だけど捕らえさせてもらうわ」

「そうはさせねえよ!」

 レミィが私に向かって来るのをダスティンが妨害するが、彼にはレクスがいるのに、さらにレミィ相手になると分が悪すぎる。敵の方が数が上回ってきたし、このままだと……。

 くっ、まだ……?

 私の予想に反して、助けとなったのはオークニー男爵ではない。どんどん蹄の音たちが聞こえてきて、男の声が私へと届いてくる!

「ミサ──!!」
「ジェラード!?」

 彼はさっそうと馬で駆け付け、ダスティンとレクス、レミィの間に割って入る。

「ふっ、魔族がいたか。おもしろい。ダスティン、手を貸すぞ!」
「ありがてぇ!」

 事態が複雑化していて私が戸惑ってしまう中、ジェラードに邪魔にならないようにタイミングを見て疑問をぶつけた。

「なんで、ジェラードがここに!?」
「斥候部隊の話では魔族たちがここいら一帯でうろついているという、うわさがあってな。心配になって駆け付けたのだ」

「ありがとう、助かる」
「ああ、だが、私にとって幸運だったな。そこのお前、確かレクスだと言ったか。久しぶりだな、ミサを救出した時以来か」

 レクスは鼻を鳴らし、笑みを浮かべながら言った。

「テットベリー伯か。いつぞやは世話になったな。前回はミサのことがあり退いてやったが、今度は預けていた命を頂戴する」
「貴様には我が領地で部下を殺したいった借りがある。ここで決着をつけるぞ!」

「望むところ!」

「レクス! 私も……」

 とレミィが彼の援護に向かおうとしたところ、今度はダスティンが妨害する。

「おっと、お嬢ちゃんはこっちだぜ!」
「ちっ! しつこいおっさんは嫌われるぞ!」

「俺はお前さんのような娘さんは好みだぜ。ベッドでねんねしてりゃあな!」
「ほざけ!」

 と、形勢が逆転し、一気に援軍が来たこちらに有利になっていく。レクスとジェラードは干戈かんかを交えながら語り合った。

「どうやら、お前の剣も俺の肌を貫けるようになったか、テットベリー伯」
「ああ、今度という今度は後れを取らん。3度目は終わらせてもらう」

「だが、俺も魔族軍特殊部隊隊長だ、貴様に負けるなどありえん!」
「なら私は統一軍司令官としてお相手しよう、隊長殿」

「司令官!? そんなものが堂々と前線にきて敵と剣を交えるとはな!」
「確かに言うとおりだ! だがな、危機に見舞われている愛しの姫君を助けるためには、ナイトとして救いに向かうのが、おとぎ話では王道だ!」

「はっ、つまらんことを抜かす! 戦いは非情だ、遊びでやっているわけじゃないぞ! 貴族!」
「道楽で私が剣をふるうとでも! 騎士の誇りは命懸けでレディを守ってこそ証明できる。貴様ら魔族と違ってな!」

「付き合いきれんぞ! はあぁぁ──っ!!」
「させるか──っ!!!」

 お互い一歩も引かぬ互角の戦いが繰り広げられる。このままだと、私の友達の誰かが傷つく。早く、早く、事を起こして、傭兵たち!!

 私が祈っていると、突然ティンタジェル要塞内で大きな音を立てて爆発が起こった。やった成功だ!

「なんだ!?」

 とみなが要塞を見上げる。そこには教会周辺から勢いよく火の煙が上がっていた。私以外全員が混乱する中、大きな犬に乗ったブルッツェン司令官がこちらにやってきた。

「レクス、レミィ、退け! 傭兵たちが蜂起した!」
「なんですって!? 司令官、我々は確かに賊を捕らえたはずだ」

「どうやら、さらに敵の手引きがあったらしい」
「まさかっ!? ミサ!」

 動揺する相手に対し私は笑みを浮かべながら皆に告げた。

「立ち去りなさい、レクス、レミィ、ブルッツェン司令官。すでに傭兵たちは、いや、要塞内部の人間たちは私の味方よ」
「なんだと⁉」

「オークニー男爵ら傭兵たちが蜂起できればそれでよし、しかし、万が一というものがあるもの。私は同時に、内部に入り込んだ傭兵たちを使って、人間たちを説得できるよう裏工作していたのよ。

 統一王および統一国宰相の書状を携えた金品は高くついたけど、贈り物として安いもの。早く戻らないと、本砦にまで傭兵たちが駆け込むわよ」

「くそっ、だからミサには気を付けるべきだったんだ。ブルッツェン司令官、レミィ! 急いで戻るぞ!」

 とレクスが命令をし、レクス軍は整然と引き上げて行った。私は辺りが落ち着いたことを理解して、ジェラードに尋ねた。

「夜襲はどうなったの?」
「どうやら勝算の高い作戦であるから、部下に任せた。あそこの陣地が防備を固める前に襲撃できたのは幸運だ。いや、お前のおかげだな。

 オークニー男爵を調略しておいたおかげで時間がかからず、素早く作戦に移せた。これから、東部軍も駆けつけるだろうし、有利に包囲戦が始められる」
「良かった。私は剣は使えないけど、ペンは使えるから」

「頼りにしているぞ、ミサ」
「ははは……」

 今さっきまで殺し合いがなかったかのように和やかなムードになった。幸いこちらの被害も少なく、傭兵蜂起も陣地夜襲も上手くいき、攻略の最大の準備は整った。あとは時間の問題だ。
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